【レビュー】敗血症sepsisの定義の変遷および改訂とその問題点
2012年10月29日改訂
2016年3月7日改訂
Summary■本記事では,過去の敗血症の定義も含めた解説であり,SIRS基準等も掲載している.新しい定義・基準は後半に記載があり,そちらを参照されたい.
・敗血症において菌血症は必要条件でもなければ十分条件でもない.
・敗血症の診断基準としては1991年基準(SIRS),2001年の基準があるが,感度・特異度の問題があり,2016年2月に第3の定義・診断基準が定められた.
・新しい定義・診断基準ではより重症度が高い患者集団に限定された.
・SIRS基準が消え,従来の重症敗血症以上が敗血症と定義された.
・新基準ではICU発症とICU以外での発症で診断基準が異なることに注意が必要である.ICU発症では感染症が疑われSOFAスコアの2点以上の増加,ICU以外ではqSOFAスコア2点以上で敗血症疑い(かつSOFAスコア2点以上で敗血症)と診断される.
・qSOFAは呼吸数22回以上,収縮期血圧100mmHg以下,意識障害(GCS<15)で規定される.
・感染症診断,スコアリングの間隔,臓器障害が慢性か急性か,アウトカム設定の問題,日本と米国のICU環境の違いなどの問題点を考慮する必要がある.
・敗血症性ショックは急速輸液負荷でも反応しない平均血圧65mmHg未満かつ乳酸値2mmol/L以上で診断される.
1.SIRSに始まる敗血症の定義・診断基準の変遷
■sepsisの語源はギリシャ語のseptikosであり,「崩壊」「腐敗」の意味
※sepsisの発音は英語なら「セプシス」,ドイツ語なら「ゼプシス」になる模様.
■古い敗血症の概念は1914年にSchottmullerらが定義した「敗血症は,微生物が局所から血流に侵入し,病気の原因となっている状態」であるが[1],これは現在の敗血症とは異なる.よく勘違いされるが,敗血症は「細菌(真菌)が血液中に侵入して生じるもの」ではない.菌血症は敗血症の必要条件でもなければ十分条件でもない.その後の敗血症の定義は生体反応である炎症を主体とするもに変遷していき,Surviving Sepsis Campaign Guidelines 2012[2]では「全身症状を伴う感染症,あるいはその疑い」とされた.
■1989年にBoneらは“sepsis syndrome”という概念を提唱した[3].これをもとに米国集中医療学会(SCCM)と米国胸部医学会(ACCP)が合同で発表したものが敗血症の定義の定義として十数年にわたって使用されてきたものである[4].ここで,感染症は微生物の存在,もしくは本来は無菌である組織への微生物の侵入に対する炎症反応と定義され,全身性炎症反応症候群Systemic Inflammatory response syndrome(SIRS)の概念が生まれた.SIRSについてのまとめはこちら
■SIRSは以下の4項目のうち2項目以上該当すれば診断される[3].
(1) BT >38℃ or <36℃このときの敗血症の定義は感染によって発症した全身性炎症反応症候群(SIRS),すなわちinfection-induced SIRSである.
(2) HR >90 bpm/min
(3) RR >20 bpm/min or PaCO2<32mmHg
(4) WBC >12000/mm^3 or <4000/mm^3 or immature leukocyte > 10%
■severe sepsis(重症敗血症)の診断基準[4]
Sepsisの中でも以下の項目を1つでも満たす.
(1) 臓器障害
(2) 臓器灌流障害
乳酸アシドーシス:lactate>2mmol/L
乏尿:1時間以上の尿量低下(<0.5mL/kg/H)
意識混濁
(3) 低血圧(収縮期血圧<90mmHgまたは通常血圧から40mmHg以上の低下)
■septic shock(敗血症性ショック)の診断基準[4]
severe sepsisの中で,血圧低下があり,十分な急速輸液負荷を行っても血圧が回復しないもの
■その後,2001年にSCCM,ACCP,ヨーロッパ集中医療学会(ESICM),米国胸部疾患学会(ATS),外科感染症学会(SIS)で集まったInternational Sepsis Definitions Conferenceで定義の再検討が行われ,SIRSは有用な概念であるが,感度過剰かつ非特異的だとして,生体反応を細かく評価する方法が提唱され,以下の新しい診断基準[5]が発表された.
感染症の存在が確定もしくは疑いであり,かつ下記のいくつかを満たす(項目数規定なし)
(1) 全身所見
・発熱:深部体温>38.3℃
・低体温:深部体温<36℃
・頻脈:心拍数>90回/分,もしくは>年齢平均の2SD
・頻呼吸
・精神状態の変化
・明らかな浮腫または体液過剰:24時間以内でのプラスバランス20mL/kg
・高血糖:糖尿病の既往が無い症例で血糖値>120mg/dL
(2) 炎症所見
・白血球上昇>12000/μL
・白血球低下<4000/μL
・白血球正常で>10%の幼若白血球を認める
・CRP>基準値の2SD
・プロカルシトニン>基準値の2SD
(3) 循環所見
・血圧低下:収縮期血圧<90mmHg,平均血圧<70mmHg,もしくは成人で正常値より>40mmHgの低下,小児で正常値より>2SDの低下
・混合静脈血酸素飽和度(SvO2)<70%
・心係数(CI)>3.5L/min/m^2
(4) 臓器障害所見
・低酸素血症:P/F(PaO2/FiO2)<300
・急性の乏尿:尿量<0.5mL/kg/hrが少なくとも2時間持続
・クレアチニンの増加:>0.5mg/dL
・凝固異常:PT-INR>1.5,もしくはAPTT>60秒
・イレウス:腸蠕動音の消失
・血小板減少<10万/μL
・総ビリルビン上昇>4mg/dL
(5) 組織灌流所見
・高乳酸血症>1mmol/L
・毛細血管の再灌流減少,もしくはmottled skin(斑状皮膚)
■しかしながら,この2001年の診断基準は1991年の診断基準(SIRS基準)より精度が特段向上したわけでもなく[6,7],24項目におよぶ上に項目数の規定がないなど非常に使いづらいものであり,精度報告も少ない.一方でSIRS基準は敗血症の疫学や治療介入を研究するためのentry criteriaの役割が主体で提唱されてはいるものの,そのスクリーニングツールとしての簡便さからSIRS基準は現場では用いられ,敗血症診療における中心的概念であり続けた.
2.Sepsis-3/敗血症の再定義と新しい診断基準
■敗血症の病理生物学的研究が進み,敗血症を単なる炎症だけでは説明できなくなってきている.実際にはSIRSという炎症過剰に引き続き,CARSという免疫抑制も生じることが分かっており,敗血症ではより複雑な免疫の多様な変化が生じていることから,炎症を過剰に重視しすぎることが問題視され,その視点をより臓器障害に向ける必要性が指摘されていた.
■また,EGDTをはじめとする多くの治療法が検討されていく中で,敗血症の死亡率は減少してきている[8-15].この中で,最重症病態である敗血症性ショックの近年の死亡率は20-30%まで低下しており,さまざまな治療介入をRCTで検証しても有意差はつかないということが相次いでいる.また,敗血症死亡率の疫学的推移を異とする主張もある.疫学研究においてはコーディング化された病名を拾いあげていくが,その際に過剰診断によるアップコーディングがあると敗血症患者が増えることになる[16].結果的にこれまでの基準では軽症例まで拾い上げていることもあり,死亡率をアウトカムとする場合,今後の治療介入の検証の妨げとなる.ならばより重症度の高い集団を敗血症と定義しなおす必要もあった.
■2016年2月22日,米国フロリダ州はオーランドで開催された第45回米国集中治療医学会(SCCM;Society of Critical Care Medicine)において,米国集中治療医学会・欧州集中治療医学会合同セッションで敗血症の新しい定義が発表され,同時にJAMA誌に新定義の論文1報[17]とその検証論文2報[18,19]がpublishされた.Sepsis-3と名付けられた新定義はこれまでの内容から大幅に変更となっている.
Sepsis-3新定義・新診断基準の概略■これまでのSIRS基準は消え,SIRS+感染症で敗血症としていたのが,重症敗血症以上で敗血症とし,なおかつ重症敗血症という用語が消滅した.これにより,敗血症(Sepsis)と敗血症性ショック(Septic shock)の2つになりシンプルになったと言える.
・敗血症の新定義:「感染症に対する制御不能な宿主反応に起因した生命を脅かす臓器障害」
旧敗血症(SIRS+感染症)→敗血症から除外
旧重症敗血症(敗血症+臓器障害)→敗血症(重症はつけない)
・敗血症の新診断基準:ICU患者とそれ以外(院外,ER,一般病棟)で区別
(1) ICU患者:感染症が疑われSOFAスコアが2点以上増加
(2) 非ICU患者:quick SOFAスコア(qSOFA)で2点以上(疑い)→SOFAスコア2点で敗血症
qSOFAスコア:「呼吸数22回/分以上」「意識障害(GCS<15)」「収縮期血圧100mmHg以下」が各1点ずつ
・敗血症性ショックの定義・診断基準
新定義:「実質的に死亡率を増加させるに十分に重篤な循環,細胞,代謝の異常を有する敗血症のサブセット」
新診断基準:適切な輸液負荷を行ったにもかかわらず平均血圧65mmHg以上を維持するための循環作動薬を必要としかつ血清乳酸値の2mmol/L(18mg/dL)超過
■加えて,ICU患者では既に何らかの重症疾患で入院しており,qSOFAでみられるような異常は敗血症でなくとも頻繁にみられる.そこで,SOFAスコアの2点以上の増加という臓器障害度の変化をもってICU発症の敗血症を拾い上げることになる.
■しかし,この改良された診断基準にも問題点はまだまだあるため,以下の問題点を把握して判断する必要がある.
(1) 本検証が既に感染症と診断,あるいはその疑いがもたれた患者を対象に行っていることであり,感染症であることをどのように診断もしくは疑うとするのかは定められていない.このため,まずは感染症の見逃しを事前に防ぐ必要がある.
(2) SOFAスコアの変化をどの程度の変化をもって判断すべきかが示されていない.さらに採血を毎日行うわけでもない以上はSOFAスコアで2日以上は評価できないこともある.
(3) 検証研究において,臓器障害が慢性か急性かの区別が評価されていない(たとえば,認知症患者ではベースラインを知らな得ればqSOFAで1点と数えられてしまう過剰診断リスクが生じる).
(4) 本検証研究のアウトカムは院内死亡率またはICU在室日数3日以上としており,敗血症診断の感度特異度を評価した精度解析ではないことである(そういう意味ではSIRSより本当に優れているのかは評価しづらい).これらの指標は敗血症ではよく使用されるものの,あくまでも代替指標に過ぎない.もっとも敗血症に絶対指標がないためこの問題点を解決することは不可能とも言えるが,本診断基準が何を見ているのかは常に頭に置いておく必要がある.また,院内死亡率は全死亡率であり,その死亡原因は時期によってもかなり異なり[20],敗血症が原因でない場合も含まれるため,必要な治療介入が敗血症治療でない患者集団を含んでしまう.
(5) qSOFAで敗血症と診断したとしてもICUに入室させるかはその病院環境によって異なる.とりわけ回転が速く病床数の多い米国ICUと日本のICUを比較したとき,qSOFAをもって全例をICU入室適応とするのは妥当とは言いにくく,よりつっこんだ評価が必要であろう.
■敗血症性ショックの基準についても検証研究がなされている[19].収縮期血圧ではなく平均血圧を見ていること,乳酸値をより重要視することが推奨されており,これは血圧の下がったショック(Overt Shock)のみならず潜在的ショック(Cryptic Shock)もカバーする上で重要である.収縮期血圧は左室後負荷と動脈性出血リスクに関与する一方,平均血圧は心臓以外の臓器灌流の決定因子である.敗血症において血圧が低いことが問題になるのは臓器血流量が減少するからであり,それを決定するのは冠血流を除いては平均血圧である.平均血圧は以下の式から推測する.
MAP=DBP+(SBP-DBP)/3=SBP/3 + DBP×2/3
MAP:平均血圧
DBP:拡張期血圧
SBP:収縮期血圧
実際に敗血症においてはMAPが60mmHgと28日死亡率の関連が強く,SBPと死亡率の関連閾値は見出せなかったと報告されている[21].
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