敗血症と一酸化窒素NO
■生理的に血管壁では,アセチルコロン,ブラジキニン,あるいはずり応力などの血管拡張性刺激によって,内皮細胞のCa濃度が上昇し,それによりNOS(NO合成酵素;NO synthase)が刺激され,NOが産生される.NOは内皮に隣接する血管平滑筋細胞内に到達し,次にその細胞質内のguanylate cyclase(GC)を活性化する.GCはGTPからcGMPを産生し,続いてcGMPはある一群のリン酸化酵素G kinease(PKG)を活性化し,いくつかの蛋白質をリン酸化し,最終的にミオシン軽鎖の脱リン酸化を促進して平滑筋の弛緩が生じる.
■血管平滑筋の弛緩に限らず,NO作動性神経を介する腸管平滑筋の拡張や,血小板の凝集抑制,脳内でグルタミン酸の放出を増強するNOの作用においてもこのcGMP経路が関与している.このNOによるGCの活性化は,現在においてもNOシグナルの代表的経路と考えられている.
■NOの生体内での由来に関しては,NOSによりアルギニンからde novoに合成される場合と,NOの誘導体からsalvage経路で産生される場合がある.最近,後者のsalvage経路も生理的に重要な役割を果たすことが示されているが[1],やはりNOS依存性の経路が主要と考えられている.NOSに関しては,常に発現している構成型(constitutive)cNOSと,炎症などの刺激によって一時的に誘導される誘導型(inducible)のiNOSとにまず2分される.iNOSはマクロファージなどの炎症性細胞やその他さまざまな細胞で誘導発現され,炎症の病態発現に寄与する.一方,恒常的に発現しているcNOSはさらに2つに別れ,初めに存在が確認された組織の名前をとって,それぞれ神経型(neural)のnNOSおよび血管内皮型(endothelial)のeNOSに分類される.
■NOSの活性化ではカルモジュリン(CaM)というCa結合性蛋白が酵素にしっかりと結合することが必要で,そのためにcNOSでは細胞内Caの上昇というイベントに応じてNOが産生される.一方,iNOSでは,実はこのCaMがすでに結合しているので,カルシウムシグナルを必要とせず,iNOSがあれば持続的かつ大量にNOを産生しうる.しかし,制御の機構が何もないわけではなく,この場合も,初めの炎症刺激によりiNOSが誘導産生されることがNO産生のシグナルといえる.
■炎症反応においては,サイトカインをはじめとする炎症性メディエータ群の作用によりさまざまな細胞で,iNOSが生じ,NOが産生される.NOはエネルギー生産系であるクレブス回路や電子伝達系,さらにはDNA合成を阻害することにより,炎症の場に存在する感染微生物(あるいは腫瘍細胞)を攻撃し,個体保護に働く.しかし,NOの産生が過剰になると血管拡張作用により個体はショックに陥る.またさらに,NOは感染微生物を細胞死に導くのと同じ機構で周辺の自己正常細胞をも傷害する可能性がある.