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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

【文献+レビュー】敗血症診断から1時間以内に抗菌薬を投与しても予後は改善しない?

■敗血症を診断してから1時間以内に抗菌薬を投与することが強く推奨されていますが,そのエビデンスは非常に乏しいことはよく知られた話で,当然ながら「抗菌薬投与の遅れ=その他循環動態管理などの遅れ」ともとらえることができ,本当に抗菌薬を1時間以内に投与しなければいけないのか?という疑問は常日頃から敗血症診療をされている人は感じていたかもしれません.私も1時間以内という推奨に懐疑的ながら院内ではほぼ100%1時間以内に抗菌薬を開始しています.

■以下に紹介するメタ解析の結果は「やっぱりそうだろな」と感じる人も多いかもしれません.ただし,統計学的有意差がなくとも投与開始が遅れると死亡率が増加する傾向がみられ,これが臨床的に許容されるレベルの差であるかについては要検討です.かといってRCTは難しいかもしれませんが・・・.文献紹介とともにレビューをしてみました.
重症敗血症と敗血症性ショックにおける抗菌薬投与タイミングの予後への影響:システマティックレビューおよびメタ解析
Sterling SA, Miller WR, Pryor J, et al. The Impact of Timing of Antibiotics on Outcomes in Severe Sepsis and Septic Shock: A Systematic Review and Meta-Analysis. Crit Care Med. 2015 Jun 26. [Epub ahead of print]
PMID:26121073

Abstract
【目 的】
重症敗血症および敗血症性ショックにおいて,抗菌薬投与タイミングと死亡の関連性についてのデータのシステマティックレビューおよびメタ解析を検討する.

【方 法】
包括的な検索基準は事前に定められたプロトコルを用いてデータ抽出を行った.登録基準は,重症敗血症または敗血症性ショックの成人で,救急部門でのトリアージかつ/またはショックの認知に関連した抗菌薬投与時間と死亡率を報告したものとした.除外基準は,免疫抑制状態の患者,レビュー論文,エディトリアル,動物研究とした.データ抽出は,第3のレビュワーの調整のもと,2人のレビュワーが要約を通読して行った.死亡における抗菌薬投与までの時間の効果は,近年のガイドラインの推奨((1)救急部門でのトリアージから3時間以内投与,(2)重症敗血症/敗血症性ショック認知から1時間以内の投与)に基づいた.オッズ比はランダム効果モデルを用いて算出した.主要評価項目は死亡率とした.

【結 果】
全1123報が検出され,11報が解析に登録された.11報の研究において,16178例の患者が救急部門トリアージからの抗菌薬投与を評価されていた.救急部門でのトリアージから3時間以上後に抗菌薬投与を受けた患者は(3時間未満群と比較),死亡のオッズ比が1.16(95%CI 0.92-1.46; p=0.21)であった.計11017例の患者は重症敗血症/敗血症性ショックと認知されてからの抗菌薬投与を評価されていた.重症敗血症/敗血症性ショックの認知から1時間以上後に抗菌薬投与を受けた患者は(1時間未満群と比較),死亡のオッズ比が1.46(0.89-2.40; p=0.13)であった.重症敗血症/敗血症性ショック認知からの抗菌薬投与において1時間未満から5時間超までの各1時間ごとの投与の遅れについてのオッズ比では死亡率の増加はみられなかった.

【結 論】
利用可能な蓄積データを用いると,重症敗血症および敗血症性ショックにおいて,救急部門のトリアージから3時間以内またはショック認知から1時間以内の抗菌薬投与の死亡に影響する有意な有益性はみられなかった.この結果は,治療の質の評価としての近年の推奨されているタイミングの基準が既知のエビデンスによって支持されないことが示唆される.
■敗血症における抗菌薬治療を以下に述べる.感染症一般の話は割愛する.
抗菌薬投与の基本的考え方についてはこちら

1.「1時間以内に抗菌薬投与」のエビデンスは?

■敗血症ではできる限り早期に適切な抗菌薬投与が必要となる.SSCG 2012[1],日本版敗血症診療ガイドライン2012[2]では以下のように推奨されている.
SSCG 2012
敗血症性ショック(Grade 1B),敗血症性ショックでない重症敗血症(Grade 1C)と認識してから最初の1時間以内の有効な経静脈的抗菌薬投与を治療目標とすべきである.

日本版敗血症診療ガイドライン2012
診断後,1時間以内に経験的抗菌薬を開始する(Grade 1C).
■しかし,その投与開始までの時間に関する質の高いエビデンスは乏しく,その根拠は前向き観察研究,後ろ向きコホート研究によるため,実際の抗菌薬投与までの至適カットオフ時間が一般的に推奨されている1時間でよいのかについては明確なエビデンスはない.

■1時間以内の投与の根拠として頻繁に引用されるのはKumarら[3]の後ろ向きコホート研究である.本研究はSSCGが発表される以前の1989年から2004年の敗血症性ショック患者2731例を登録したもので,抗菌薬投与が1時間遅れるごとに死亡率が7.6%増加すると報告している.

■また,Ferrerら[4]は重症敗血症患者2796例を登録した7施設共同前向き観察研究において,診断から6時間以内に抗菌薬が投与されない場合と比較して,1時間以内に投与することで死亡リスクが43%有意に減少したと報告している.Gaieskiら[5]は,重症敗血症患者261例を登録した単施設コホート研究を行い,1時間以内の抗菌薬投与が死亡リスクを70%有意に減少したと報告している.Jaliliら[6]はERに来院した敗血症患者145例(院内全死亡率21.4%)を登録した前向きコホート研究を行い,APACHEⅡスコアが21点以上の群では抗菌薬投与開始までの時間と死亡に関連性がみられたが,11-20点の患者では関連性はみられなかったと報告している.

■しかし,抗菌薬投与開始までの時間の延長は敗血症治療介入全体の治療のスピードに関連するとも考えられ,実際にはEarly Goal-Directed Therapy開始の遅れが予後悪化に関連しているのを反映している可能性もある.敗血症病態を考えれば,迅速な循環動態改善が行われれば抗菌薬投与開始までの時間が1時間を越えても予後が悪化しない可能性もあるわけである(現時点でそのような検討はなされていない).

■しかし,RCTをもって1時間以内の抗菌薬投与開始群とそれ以降の抗菌薬投与開始群をRCTで比較することは倫理的に行うことが困難と推察される.最近の研究では,Ferrerら[7]が,Surviving Sepsis Campaignで集積した欧州,米国,南米の165のICUに入室した重症敗血症患者17990例(院内死亡率29.7%)の大規模データの後ろ向き解析を行っており,抗菌薬投与開始が1時間を越えると,背景因子で調整しても死亡リスクが増加したと報告している.

■敗血症性ショックに至ってから抗菌薬投与を行った場合,ショック前に投与を行った場合と比較して死亡リスクは2.5倍に有意に増加することがPuskarichら[8]の3施設共同291例前向き観察研究で示されている.同様に真菌感染においても抗真菌薬投与が遅れれば死亡率が増加することが示されている[9]

2.適切な抗菌薬を1時間以内に投与できるか?

■薬剤をオーダーしてから投与までの時間はスタッフの慣れや病院システムの影響も大きい.夜間に救急車や外来がごった返す中,薬剤師が1人しかいない状況でオーダーから投与開始まで長い時間を要するケースも当然ありうる.また,投与までを急げばそのぶん何らかのミスが生じる可能性もある.抗菌薬の研究ではないが,敗血症性ショック患者の急な血圧低下で持続カテコラミン投与開始時に,指示受けてナースが調剤群vs充填済みシリンジ使用群を比較した48名看護師による患者シミュレータRCT[10]では,調剤群で投与開始までの時間が長く,誤投薬リスクは17倍であったと報告されている.

■実際に実臨床において抗菌薬投与までの時間は医師,病棟の影響を受けうることが複数報告されている.Cullenら[11]は,敗血症性ショック患者89例の観察研究を行い,救急医が適切な抗菌薬を投与するまでの時間は20分であったのに対し,内科レジデントでは180分を要したとしている.Kanji[12]らは,敗血症性ショック患者55例の後ろ向き観察研究を行い,有効な抗菌薬投与が開始されるまでの時間はERが1.1時間であるのに対し,ICUでは2.3時間であったと報告している.Mokら[13]は,大学病院において重症敗血症および敗血症性ショックと診断された患者100例(全死亡率44%)の後ろ向き観察研究を行っており,診断から抗菌薬投与までの時間は4時間であった.しかし,医師は抗菌薬オーダーを1.28時間で行っており,オーダーから実際の投与までの時間はERで3.28時間,ICUで4時間,一般病棟では5.67時間もの差があった.

■「早期に」「適切な」抗菌薬を投与,といっても適切性を求めようとすれば時間を要することも報告されている[11].1時間以内に抗菌薬を投与するとなれば,感染巣特定,グラム染色所見,その他各種データがすべてそろった状態でない可能性,抗菌薬を確実にあてようとすれば広域抗菌薬を多数併用しなければならない可能性,その際の有害事象が患者の予後に影響を与えうる可能性,なども考えなければならない.Pereiraら[14]は,抗菌薬投与開始までの時間に固執しすぎれば,抗菌薬の適切性が疎かになってしまう懸念を指摘している.また,前述のKumarら[3]の研究においても,適切な抗菌薬が投与されている場合にのみ予後が改善していることに注意しなければならない.

■実際に,敗血症ではないが,人工呼吸器関連肺炎に対して耐性菌フルカバーを目指した広域抗菌薬併用投与が逆に予後を悪化させたとする報告[15,16]がある以上,抗菌薬の有害事象は無視できない(しかもこのうちの1報はRCTである).これは,たとえ原因菌をあてていても,過剰カバーすると予後がむしろ悪化してしまうこともありうることを意味する

■また,初期の抗菌薬治療が不適切であった場合,後で適切な抗菌薬に変更してもその予後は改善しないとする報告もある[17].これは,ある意味,抗菌薬投与が遅れたのと同じととらえることもできる.

■メタ解析およびこれまでの研究結果を以下にまとめる.
・重症敗血症/敗血症性ショックにおいて早期(1時間以内or3時間以内)の抗菌薬投与が死亡率を改善させるかについては明確ではない.
・これまでの研究はすべて観察研究であり,抗菌薬の遅れが,EGDTなどの他の治療介入の遅れと重なっている可能性もあり,死亡との直接的因果関係が明確ではない.
・重症度が高まるほど,早期の抗菌薬投与が死亡率を改善させる可能性がある.
・観察研究でのデータを見ると,6時間未満であれば死亡率に影響がでない可能性があるが,それ以上遅れれば死亡率が高まる可能性がある.
・早期に抗菌薬を投与することは適切性(過剰カバーは予後を悪化させうるため適切とは言いがたい)を担保できない可能性がある.適切な抗菌薬選択がなされなければ予後は改善しないことから,1時間以内にこだわらず,適切な抗菌薬選択を考慮すべきかもしれない(6時間以内に選択?).


[1] Dellinger RP, Levy MM, Rhodes A, et al; Surviving Sepsis Campaign Guidelines Committee including the Pediatric Subgroup. Surviving sepsis campaign: international guidelines for management of severe sepsis and septic shock: 2012. Crit Care Med 2013; 41: 580-637
[2] 織田成人,相引眞幸,池田寿昭,他;日本集中治療医学会Sepsis Registry委員会.日本版敗血症診療ガイドライン.日集中医誌 2013; 20: 124-73
[3] Kumar A, et al. Duration of hypotension before initiation of effective antimicrobial therapy is the critical determinant of survival in human septic shock. Crit Care Med 2006; 34: 1589-96
[4] Ferrer R, Artigas A, Suarez D, et al; Edusepsis Study Group. Effectiveness of treatments for severe sepsis: a prospective, multicenter, observational study. Am J Respir Crit Care Med 2009; 180: 861-6
[5] Gaieski DF, Mikkelsen ME, Band RA, et al. Impact of time to antibiotics on survival in patients with severe sepsis or septic shock in whom early goal-directed therapy was initiated in the emergency department. Crit Care Med 2010; 38: 1045-53
[6] Jalili M, Barzegari H, Pourtabatabaei N, et al. Effect of door-to-antibiotic time on mortality of patients with sepsis in emergency department: a prospective cohort study. Acta Med Iran 2013; 51: 454-60
[7] Ferrer R, Martin-Loeches I, Phillips G, et al. Empiric antibiotic treatment reduces mortality in severe sepsis and septic shock from the first hour: results from a guideline-based performance improvement program. Crit Care Med 2014; 42: 1749-55
[8] Puskarich MA, Trzeciak S, Shapiro NI, et al; Emergency Medicine Shock Research Network (EMSHOCKNET). Association between timing of antibiotic administration and mortality from septic shock in patients treated with a quantitative resuscitation protocol. Crit Care Med 2011; 39: 2066-71
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[12] Kanji Z, Dumaresque C. Time to effective antibiotic administration in adult patients with septic shock: a descriptive analysis. Intensive Crit Care Nurs 2012; 28: 288-93
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[15] Kett DH, Cano E, Quartin AA, et al; Improving Medicine through Pathway Assessment of Critical Therapy of Hospital-Acquired Pneumonia (IMPACT-HAP) Investigators. Implementation of guidelines for management of possible multidrug-resistant pneumonia in intensive care: an observational, multicentre cohort study. Lancet Infect Dis 2011; 11: 181-9
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[17] Luna CM, et al. Impact of BAL data on the therapy and outcome of ventilator-associated pneumonia. Chest 1997; 111: 676-85
by DrMagicianEARL | 2015-07-01 17:11 | 敗血症

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