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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

敗血症と栄養管理(1) 早期経腸栄養の重要性

2011年12月20日作成
2014年1月29日更新


敗血症と栄養管理(1) 早期経腸栄養の重要性
Summary
・腸管内において腸内細菌と腸管上皮細胞はCross-talkの関係にあり,これらは生体の免疫機能の70%を司り,免疫能維持において極めて重要である.
・生体侵襲下では腸管において細菌,PAMPs,AlarminsによるBacterial Translocationが生じうる.
・高度侵襲下では蛋白の異化が高度に亢進し,autophagy,autophagocytosisなどによる血中蛋白や細胞内蛋白の再利用システムが進み,さらにはapoptosisに至る.
・米国ASPEN/SCCMガイドラインにおいては,経腸栄養は栄養状態改善のみならず,腸管細胞と腸管免疫機能の改善が得られるとしている.
・過去の知見では,24時間以内に開始する早期経腸栄養によって感染症合併率が減少し,一部死亡率の改善が得られるとの報告もある.
・平均動脈圧が60mmHg未満,カテコラミンの使用を開始,または増量しようとする場合には経腸栄養を控えるべきかもしれない.
・腸蠕動音や排便・排ガスを経腸栄養開始基準としてはならない.
・経腸栄養そのものがストレス潰瘍予防となっている可能性がある.

1.早期経腸栄養はなぜ必要か?病態生理からのアプローチ

■腸管内には多数の常在菌が存在する.従来生物はこの常在菌に常時曝されていることで免疫力を維持しており,腸管のみならず全身の免疫を調整しており,腸管上皮細胞と腸内細菌は相互に作用し合い,恒常性の維持を可能にするバランスのとれたCross-talkを確立している.すなわち,異種生物である微生物の構成成分(LPS,リポ蛋白,ペプチドグリカン),そのDNAなどの微生物間で保存された共通の分子パターン(pathogen-associated molecular patterns:PAMPs)[1]をリガンドとして自己の細胞内シグナルを伝達,または制御している.事実,無菌で育成されたマウスは多くの免疫異常をきたす.腸管は生体の免疫の70%を司る最大の免疫維持システムである.

■しかし,生体に敗血症などのような大侵襲が加わると,①腸管蠕動運動の低下による腸内微生物の異常増殖と細菌叢の変化,②腸管の免疫細胞から分泌される分泌型IgAの不足,③血管透過性亢進による腸管浮腫に加えて,Fas,TNF-R1,caspase3の発現からアポトーシスが誘導されることによる腸粘膜細胞脱落,④CARS(copensatory anti-inflammatory response syndrome;代償性抗炎症反応症候群)[2,3]による免疫能力低下からの侵入微生物の全身播種,が生じる.この理論をBacterial Translocation(BT)とよぶ[4].このように,BTによって,もともと敗血症であった患者が別の要因でさらに感染症を続発することになり,日和見感染とも戦わなくてはならず,最初から投与している抗菌薬が効かない病原体が二次感染症を引き起こし,どの抗菌薬が有効でどの抗菌薬が無効なのか分からない状態に陥ってしまう.腸管を使用しないことは全身免疫にかかわることを肝に銘じる必要がある.

■また,Alexanderらは,生菌だけでなく死菌やエンドトキシン(いわゆるPAMPs)の生体内の移行(microbial translocation)もBTの概念に含めるべきとしており[5],PAMPEMIAという概念も近年Tsujimotoらによって提唱されている[6].さらにMainousらは,PAMPsによって腸管関連リンパ組織や腸間膜リンパ節で産生されるAlarmins[1,7]の動態も考慮すべきであると提唱している.

■大侵襲下ではSIRS状態により各臓器に存在する炎症警笛細胞(Alert Cell)[8]での大量のサイトカイン産生のためタンパクの需要が急激に増大する.低栄養状態になると,蛋白のリサイクルを行うため,これらのAlert Cellは自らの蛋白質を分解する自己融解(autophagy)[9]をおこし,自らのアミノ酸を他の細胞に譲り渡す.さらに,Alert Cellや他の血管内皮細胞はサイトカイン活性変化によりプログラム細胞死(apoptosis)をきたす.また,低蛋白血症が重度になれば,血小板に対する抗血小板抗体が出現し,血小板が破壊・成分を貪食されることで蛋白補充される.このような一連の異化亢進が生じている状態では蛋白の補給が急務である.

■米国静脈経腸栄養学会/米国集中治療学会(ASPEN/SCCM-G)[10]では,経腸的な栄養の投与は,腸管細胞間のtight junctionの維持,血流の増加,コレシストキニン,ガストリン,ボンベジン,胆汁酸塩などの消化に関連する内因性物質の分泌の促進,腸絨毛を維持し,IgAを分泌する免疫担当細胞を維持することによる腸管の構造の保持,腸管関連リンパ組織(GALT,パイエル板,腸間膜リンパ節,粘膜固有層,腸管上皮間リンパ球,クリプトパッチなど),リンパ球のホーミングに基づく遠隔臓器(肺,腎,肝など)における粘膜関連リンパ組織(MALT)の維持に有効であるとしている.そして,重症であればあるほど,経腸的な栄養投与が感染症と臓器不全の抑制,病院滞在日数の短縮に重要であると解説している.

■また,早期から濃度の高い経腸栄養を投与することで,小腸から余分な水分を腸管内に引き込んで腸管浮腫を改善させることができる.この際の下痢はある程度許容すべきであるとされる.仮に必要以上に小腸から水を引いてしまっても,大腸で水分が吸収され,あたかも尿細管再吸収のような機構が働くことで水分出納量をコントロールしているという考え方もある.

■SIRS病態,特にショック状態では腸管は血液再分配機構(redistribution)による血液灌流量減少状態にあり,経腸栄養を行うことで腸管循環の改善につながるとする意見もある.

2.早期経腸栄養はなぜ必要か?臨床研究からのアプローチ

■ICUの重症患者の管理において経腸栄養(EN;enteral nutrition)で管理するか経静脈栄養(TPN;total parenteral nutrition)で管理するか,いずれがよいのかについてはほぼ決着がついたと言っていいかもしれない.過去の早期経腸栄養を行うか否かを比較したメタ解析を以下に示す[11-20]
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■これらを見て分かる通り,多くのメタ解析で感染症合併率の減少がみられており,一部のメタ解析では死亡率改善の結果も得られている.他にも病院滞在日数の短縮や医療コスト削減[14]も報告されている.

■「Feed th gut, not feed to the patient」というように,集中治療における経腸栄養の早期の段階は患者の栄養(feed to the patient)のためというより,むしろ患者の小腸の栄養(feed the gut)のためである.まず小腸を改善し,その後徐々に経腸栄養レベルをあげて患者を栄養する,そのためにも早期から開始しておかないと患者への十分量の蛋白・栄養補給はさらに後退してしまう.よって,近年では24時間以内に経腸栄養を開始するのが主流であり,施設によっては12時間以内を目標としているところもある.

■以上より,24時間以内の早期経腸栄養が推奨される.この投与開始直後の期間は過少栄養許容期(Permissive underfeeding)であり,経腸栄養開始72-96時間で目標カロリーの60-80%を目指すことになる.その後,ストレス侵襲による炎症反応の改善とともに100%を目指す.

■敗血症などの重症病態では常に腸管を含む虚血,再灌流障害の危険にさらされているが,このような患者の経腸栄養における腸管虚血の可能性は1%以下でそれほどおそれる必要はない[21].ASPEN/SCCM-Gでは,平均動脈圧が60mmHg未満,カテコラミンの使用を開始,または増量しようとする場合には経腸栄養を控えるべきとしている.少量のカテコラミン投与時には経腸栄養は可能であるが[22],腹部膨満,経鼻胃管の排液量,胃内残渣の増量などがあれば中止を検討してもよいというスタンスが無難であるが,一部の専門家は高用量カテコラミン下でも投与可としている.これは,経腸栄養によってむしろ腸管血流が増加するため,腸管虚血には陥りにくくなるという考え方からきている.

■ICU患者の30-70%に消化管機能不全がみられ,その原因は①腸管粘膜の破綻,②蠕動の低下と腸管粘膜の萎縮,③GALTの減少の3つである.腸蠕動音や排便・排ガスはこれらの指標にはならず,開始基準としてはならない.

■重症患者における経腸栄養の副次的メリットに胃のストレス潰瘍予防がある.近年のMarikらのメタ解析[23]では,ヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2RA)の消化管出血予防効果は全体では認められるが(OR 0.47; 95%CI 0.29-0.76; p<0.002),経腸栄養を施行した患者に限定したサブ解析ではH2RA投与有無で消化管出血リスクに影響はなく(OR 1.26; 95%CI 0.43-3.7),経腸栄養そのものが上部消化管出血を予防する可能性を示唆する結果となっている.これは,経腸栄養によって消化管血流が改善してストレス潰瘍発生の予防に関連していること,胃内pHが経腸栄養によって希釈されることなどが理由と考えられる.さらに,H2RAは全体では肺炎(OR 1.53; 95%CI 0.89-2.61; p=0.12),死亡率(OR 1.03; 95%CI 0.78-1.37; p=0.82)を増加させなかったが,経腸栄養患者ではH2RAを投与した方が肺炎(OR 2.81; 95%CI 1.20-6.56; p=0.02)や死亡率(OR 1.89; 95%CI 1.04-3.44; p=0.04)が増加している.以上から,経腸栄養はストレス潰瘍に対する予防効果があり,経腸栄養施行患者へのストレス潰瘍予防薬投与は合併症リスクが増加する可能性があることを考慮すると必要性は低くなると考えられる.ただし,これらの結果はあくまでもサブ解析にとどまっており,消化管出血予防をプライマリアウトカムとした経腸栄養患者での前向き臨床試験は現時点では存在せず,今後の研究が待たれる.

→敗血症と栄養管理(2) 投与カロリー,静脈栄養併用

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