敗血症講演会概要(1)
『当院での重症敗血症への取り組み』内容の要約・抜粋(1)
1.敗血症の概要と現状
敗血症とは,感染症を基盤とした全身性炎症反応症候群(SIRS)である.感染症診療では,病原微生物・医師・患者(感染部位)の三角関係で考えるが,このうち患者サイドに生じるのが敗血症であり,敗血症と菌血症は必要条件でもなく,十分条件でもない,すなわち,炎症性サイトカインなどの各種メディエータが局所で過剰な状態となり,これらが血管内に漏出して全身に播種し,全身症状を引き起こされるのが敗血症病態である.
感染症においては凝固と炎症が生じており,これらはいずれも生体防御反応である.しかしながら,これらはCross-talkの関係にあり,凝固と炎症は相互に作用しつつ増強し,SIRS,DICへと進展していく.さらにはCARSや凝固消耗などにより免疫力の低下もきたし,臓器不全へと進展していく.近年では凝固と炎症は不可分であるという考え方に移行し始めている.しかしながら,実際の臨床現場においてこの凝固と炎症のCross-talkは実感しにくい,言い換えるならば凝固と炎症だけでは足りないと私は考えている.すなわち,凝固,炎症に加えて虚血という概念を加えると臨床現場の治療に直結しやすいと思われる.虚血と凝固,虚血と炎症もCross-talkのような関係にあり,これらの3つを敗血症病態の基礎に起き,総合的な治療を行っていくべきであり,虚血に対する治療はもっと強調されるべきであると考える.
DICという概念があるために凝固は有害であると捉えられがちであるが,先述の通りこれは生体防御に有効である.敗血症病態においては血小板が病原微生物由来のPAMPsを認識し,好中球に結合して血小板好中球複合体を形成し,セレクチンSの働きにより好中球がetosisを起こし,自らを犠牲にしてNETsと呼ばれる粘着性の網を放出し,効率的に病原体を捕捉・殺菌する.このNETsは通常の感染症ならば感染から120分程度たたなければ起動しないが,重症感染症病態では血小板結合によりわずか30分で起動することが可能である.NETsに含まれるhistoneは強力な血小板凝集作用を示し,これに血管内皮細胞から起こる凝固カスケード反応と相まって微小血栓が形成される.好中球,血小板,血管内皮細胞にもCross-talkのような相互作用が存在し,凝固はこれらの間に介在する要因である.この凝固における3つの細胞の関連をとらえたcell-based process of hemostasisという考え方が近年提唱されている.すなわち,生態防御としての凝固の役割は,NETsなどによる効率的な病原体除去と微小血栓での局所封鎖による病原体やHMGB1,histoneなどの全身への拡散防止であり,これが制御できず過剰状態に至ったものがDICである.
敗血症性ショックではWarm ShockとCold Shockという2つの異なるショック病態が存在し,その病態の原因には,血管内皮細胞傷害による末梢血管の拡張から収縮へ転じる過程があり,この境界ラインはおおよそ6-10時間とされている.この過程において,DICが生じてくることになる.逆に言えば,DICが生じてきたということは,血管内皮細胞がかなり傷害されてきていることを意味する.よって,我々がなすべきことは,血管内皮細胞が傷害されてしまうまでに,6時間以内に初期治療を完了させることである.
重症敗血症,敗血症性ショックを扱う上で,当院ではその診断基準をACCP/SCCMのものから改変している.1つは重症敗血症基準のうち血圧低下項目に「平均血圧<60mmHg」を加えている.これは,末梢循環を考える際は収縮期血圧よりも平均血圧が重要であるからである.もう1つは敗血症性ショックに「乳酸>36mg/dL」を加えたことである.これにより,血圧が低下していなくても,高乳酸血症を伴えばショックとして扱い,迅速に治療を開始するようにしている.
敗血症性ショックのみならず,あらゆるショック病態におけることであるが,血圧だけを見てショックを判断してはならない.血圧低下はショックの原因の1つに過ぎず,また,ショックの簡便なスクリーニングの道具に過ぎない,つまり,血圧が正常でもショックのことがあることを認識する必要がある.現在ショックは第3世代まで定義が進んでおり,たとえ血圧が維持されていても,末梢組織,細胞での酸素利用障害などを含む酸素代謝異常,もしくは灌流障害と定義される.すなわち,ショックで重要なのは,酸素需給バランスを表すScvO2と酸素代謝・灌流障害を表す乳酸値である.これら両方のパラメータを改善させることがショック治療では必要であり,血圧だけを見ているとショックを見落とす可能性がある.
アジア(日本含む)では敗血症の死亡率が高い.その原因として,アジアではSSCGの蘇生・管理バンドルの遵守率がそれぞれ7.6%,3.5%と極めて低いことが2011年のBMJで報告されている.本邦では敗血症の治療成績は決して悪くはないが,これは集中治療部がある病院の話である.本邦では救急・集中治療・感染症医でなければSSCGどころかSIRSさえほとんど知らないのが現実である.加えて本邦の医学生のバイブル「Year Note®」にはSIRS,敗血症の定義,治療の記載はあるものの,医師国家試験に出題されたことは一度もない.これは集中治療医がいない当院でも非常に顕著であった.
2.敗血症治療の概要
当院では敗血症治療において3つの目標を掲げている.1つ目はCold Shockに至る前に初期治療を完了すること,2つ目は多臓器障害を残さないこと,3つ目は二次感染を起こさないことである.これらの目標を達成せずに急性期を乗り切っても予後・死亡率は非常に悪い.1つでも達成できなければ長い目で見ると予後が悪く,後遺症も残りやすい.28日間は生存していても何度も感染を繰り返し,臓器不全が進行し,最終的には亡くなってしまう.そういう意味で敗血症の死亡率は28日で見るべきではなく,90日で見るべきであり,そうすることで,初期治療がきっちり行われたか否かの差は明確になる.これらの3つの目標を達成すれば敗血症性ショックといえども3日でカタをつけることも可能である.
重症敗血症治療においては,先述の凝固・炎症・虚血を治療のターゲットとして,集中治療の基本パラメータである感染,循環,呼吸,代謝,栄養のすべてから治療に望む.これは敗血症のみならず集中治療領域の基本的考え方であり,どの治療も不可欠である.1つに対する治療が他の要素にも働き,各治療法を組み合わせることで相乗効果が得られる.
敗血症性ショック治療においては当院では3つのGolden Timeを定めている.すなわち,来院もしくは病棟内発症から1時間以内に適切な抗菌薬を投与開始し,6時間以内に循環動態を回復させ,24時間以内に早期経腸栄養を開始することです.このGolden Time内に初期治療を完了させるためにも,多岐にわたる治療項目を優先順位をつけつつ順序だてて円滑に行うため,SSCGが推奨する通り,当院でも蘇生バンドルと管理バンドルを定めている.蘇生バンドルとは,6時間以内に100%達成すべき項目であり,予後決定因子であると言える.一方,管理バンドルとは,24時間以内に開始すべき管理治療項目である.
重症敗血症治療の歴史の変遷にも触れておく.重症敗血症治療は抗菌療法から始まり,抗炎症療法,抗凝固療法,さらには血管内皮細胞保護療法へと発展してきており,敗血症分野の研究は著しく進んでおり,新規創薬も盛んである.現在使用可能な薬剤の中にも敗血症でも有効ではないかと効果が期待されているものがいくつかある.2011年12月に販売開始となったアジスロマイシン注射製剤は抗菌作用のみならず抗炎症作用も期待されており,さらにphagocyte delivery systemにより,貪食能が高まったAlert Cellに選択的に取り込まれて効果を発揮する可能性が期待されている.エスモロールなどのアドレナリンβ1受容体遮断薬も敗血症病態において抗炎症作用,心筋保護作用,蛋白異化抑制作用が期待されている.PDEⅢ阻害薬もCold Shockにおいては理論上非常に有用ではないかと期待されており,敗血症における臨床応用研究が待たれる.高脂血症治療薬であるstatine製剤(HMG-CoA還元酵素阻害薬)も抗炎症効果,血管内皮細胞保護作用があり,敗血症,ARDS病態において重症化予防になりえるとする報告が相次いでいる.また,DIC治療薬であるリコンビナント・トロンボモデュリン製剤も抗炎症作用,血管内皮細胞保護作用が臨床レベルでも研究されており,期待がもたれている.そして,未来の治療として,正常免疫化による病原体の排除が提唱されている.これまで用いられてきたSIRSの概念から脱却して正常の炎症反応によって病原体が除去されていく過程を検証することが重要とするfuture directionが昨年のJAMAに掲載されている.また,近年基礎研究が盛んな再生医療領域においては,間葉系幹細胞(MSCs)があり,点滴投与でよく,入手しやすく,アレルギーも少なく,損傷部位に集束するEngraftment効果を有しており,さらに抗炎症作用も確認されている.