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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.Stop Sepsis, Save Lives.

MRSAの歴史と現状

■MRSAはMethicillin Resistant Streptococcus Aureus(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の略であり,黄色ブドウ球菌の中でもmecA(methicillin耐性)遺伝子を持ち,βラクタム系抗菌薬に耐性化したものと定義されている.このため,耐性化していない黄色ブドウ球菌はMRSAに対してMSSA(Methicillin Sensitive Streptococcus Aureus)と称する.以下,黄色ブドウ球菌はSAと略す.

■1928年のフレミングのpenicillinの発見と1940年代のチェインらによるpenicillinの実用化により,SAによる化膿性感染は克服された.しかし,1940年代末には一部の国でpenicillin耐性SAの割合が50%を越え,1950年代には80%に達した.これらの耐性菌は菌体内にプラスミド性のペニシリナーゼ遺伝子を持ち,その酵素活性によって,penicillinのβラクタム環が加水分解されて活性を失うことによる耐性化機構をもっていた.このペニシリナーゼ遺伝子保有菌は世界中に広がり,現在もなお臨床の場で分離されるSA,特にMRSAの大部分が保有している.ペニシリナーゼはその後開発されたABPCなどの広域ペニシリンも加水分解でき,耐性化をSAに与えている.それに対し,ペニシリナーゼに加水分解されないペニシリン系抗生物質であるメチシリン,オキサシリンなどが1960年に開発された.

■1960年に英国で5440株のSAが集められ,同一病院由来のSAの3株がメチシリン耐性を示していたのがMRSAの最初の報告である[1].1961-1962年に集められた22000株には99株(0.45%)のMRSAが検出された[2]

■本邦では1980年代になってMRSAの分離が次第に見られるようになった.MRSA病院感染が急激に増加するに至った背景には1981年の第3世代セファロスポリン系抗菌薬の発売とその後の多用が引き金になっていると推察されている.MRSA分離頻度は50%に達するも,MRSA感染症発症率は概ね0.8%前後のほぼ定常状態にあり,増加傾向はみられないことから,本邦でのMRSA病院対策は効果的に遂行されている.しかしながら,2006年の診療報酬改正では感染対策費が姿を消しており,これがどう影響するかは未知数である.

■近年話題となっている市中感染型MRSA(CA-MRSA)が増加しており,一般的なMRSAをHA-MRSAと表記することが増えてきた.

■高病原性のPanton-Valentine leukocidin(PVL:白血球破壊毒素.遺伝子コードlukS-lukF)遺伝子を有するMRSA市井感染症(PVL+CA-MRSA)が欧米で話題となっている[3].1990年代初頭,西オーストラリアのアボリジニの間で初めて報告されて以来,欧米において刑務所,スポーツチーム,学童などで集団発生が報告されている.PVL+CA-MRSAは遺伝子的にHA-MRSAとは異なっており,重篤な軟部組織感染ないし壊死性肺炎(致死率75%)を伴うため,公衆衛生上の脅威となっている.本邦では1979-80年代初期にはかなり認められたPVL+MRSAであるが,1999-2002年にはほとんど認められなくなった.しかしながら,本邦でもいつまた再度アウトブレイクするかは不明であり注意が必要である.

[1] British Med J 1961; 1: 124-5
[2] Lancet 1963; 1: 904-7
[3] Emerge Infect Dis 2003; 9: 978-84
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by DrMagicianEARL | 2012-02-03 12:19 | MRSA | Comments(0)

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