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EARLの医学ノート

drmagician.exblog.jp

敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

抗菌薬以外の誤嚥性肺炎治療

Summary
・NHCAP診療ガイドラインは抗菌薬以外の治療法についてはあまり触れられていない.
・誤嚥性肺炎は嚥下反射・咳反射の低下が原因であり,その本態はsubstance Pの減少である.
・口腔ケアはsubstance Pの放出を促進させ,誤嚥性肺炎の予防につながる.
・ACE阻害薬はsubstance Pの分解を阻害し,嚥下反射・咳反射を改善させて肺炎を予防する効果があり,その効果は血圧に影響を与えない低用量でも発揮される.
・肺炎リスクのある高齢者に対する降圧薬において,ARBよりもACE阻害薬の方が死亡率を改善させる可能性がある.
・胃酸分泌抑制薬,とりわけPPI製剤は感染症のリスクを増大させる.一方,胃粘膜防御因子増強薬は感染症リスクを軽減する.
■高齢者肺炎のほとんどは誤嚥性肺炎であり,医療介護関連肺炎(NHCAP)である.2011年に日本呼吸器学会よりNHCAP診療ガイドラインが発表されたが,その内容はかなり抗菌薬に偏っており,抗菌薬以外の肺炎治療の方が抗菌薬単独より改善率がよいとする報告もあるにもかかわらずほとんど触れられていないに等しく,まだまだ問題点が指摘されている(2012年4月7日のNHCAPフォーラムでもその部分のフィードバックはほとんどなされておらず,反対意見はスルーされている).

■医療介護関連肺炎診療ガイドライン(NHCAP診療ガイドライン)の普及は抗菌薬に頼り過ぎる治療に成りかねず,結果的に耐性菌を増加させうる可能性があると思われる.

■誤嚥(aspiration)は,雑菌を含む唾液などの口腔,咽頭内容物,食物,稀に胃内容物を気道内に吸引することであり,これによって生じる肺炎を誤嚥性肺炎と称する.この危険因子として重要なのが不顕性誤嚥(silent aspiration:無意識のうちに細菌を含む口腔・咽頭分泌物を微量に誤嚥する現象)である[1,2].これを予防することで肺炎発症率を下げるのみならず,抗菌薬使用量減量・入院日数低下によりMRSA耐性菌などの減少につながる.

■嚥下性肺疾患は以下の4パターンがある.
① 誤嚥性肺炎
 嚥下障害により口腔内・咽頭の雑菌が気管・肺に混入し,発症する肺炎.胃食道逆流により消化管の細菌が上行性に混入することもある.
② 誤嚥性肺臓炎(化学性肺炎,Mendelson's syndrome)
 嘔吐の際に気管・肺に胃酸が混入して生じる肺炎.原則として感染合併がなければ抗生剤は不要である(抗生剤投与で逆に耐性菌による感染症合併をきたしやすくなる).状態によっては高率でALI/ARDSに進展する.
③ 人工呼吸器関連肺炎(VAP)
 人工呼吸器装着状態での感染性肺炎.
④ びまん性嚥下性細気管支炎(DAB)[3]
 食事による少量誤嚥によるもので,高齢者喘息と誤診されやすい.画像上はびまん性汎細気管支炎(DPB)に似た所見を呈する.通常,感染はきたさないため抗菌薬投与は不要である(ただし,誤嚥継続や閉塞性肺炎を呈するようであれば低用量マクロライド療法や抗菌薬治療が必要となることがある).吸入β刺激薬も吸入ステロイドも無効で,絶食のみで症状は改善する.

■以下ではNHCAPの主病態である誤嚥性肺炎について,抗菌薬以外の治療法をまとめる.
※本来ならばこれらのことはNHCAP診療ガイドラインに記載されてしかるべきである.

■不顕性誤嚥は,脳血管障害のなかでも特に日本人に多い大脳基底核病変を有している人に多く認められる[4].大脳基底核は穿通枝領域にあり,もともと脳梗塞を起こしやすい部位であるが,その障害はこの部位にある黒質線条体から産生されるドーパミンを減少させる[5].ドーパミンの減少は,迷走神経知覚枝から咽頭や喉頭・気管の粘膜に放出されるsubstance P(以下SP)の量を減少させる[2,6]

■SPは嚥下反射および咳反射の重要なtriggerであるため[2,6,7],SPの減少は嚥下反射と咳反射を低下させる.実際に,繰り返し肺炎を起こす高齢者から得られた喀痰中のSPの量は,健常者に比して減少していた[6].高齢者肺炎患者では嚥下反射と咳反射の低下が認められ,不顕性誤嚥を起こしやすい[7].特に,嚥下反射は夜間に低下しやすく,高齢者の肺炎の多くは夜間にはじまるのではないかと考えられている.

■口腔内雑菌まじりの唾液を誤嚥して誤嚥性肺炎を生じるため,口腔ケアを行い,口腔内雑菌を減少させると,たとえ誤嚥しても肺炎には至らないと考えられる.しかしながら,口腔ケアはいくら毎日行っても,1日もたてば,要介護高齢者では口腔内雑菌がもとに戻ってしまうと報告されており(雑菌除去が無意味ということではない),口腔ケアは口腔内雑菌を減らすより,口腔内を歯ブラシで刺激してSPを放出させ,嚥下と咳反射を改善することが主な作用と考えられている.

■口腔ケアを歯ブラシで食後5分くらい行ったところ,SPが放出されて嚥下反射の改善をみた[8].同様に口腔ケアによって咳反射の改善も確認されている.口腔ケアによって2年間の肺炎発生を40%減少させることができたと報告されている[9].この報告では,対象は施設入所中の要介護高齢者であるが,これらの高齢者は一旦肺炎に罹患すると,抗菌薬治療によっても20%しか救命できない.しかし,口腔ケアによって肺炎の死亡率を50%に減じることができたと報告している.抗菌薬治療の成績が悪すぎる印象は否めないが,この報告では,口腔ケアが抗菌薬より優れているとも考えられる.

■また,歯のない患者への口腔ケアを行うことによっても,歯のある人と同等の肺炎発生率と肺炎死亡率を予防できたと報告されており[10],SP放出促進がいかに重要であるかが分かる.よって歯のない患者へも口腔ケアは行うべきである.

■口腔ケアの際,患者の顔面を触った手を口腔に入れてしまう結果,MRSAなどがたれ込む.このことから,イソジンまではいらないが,まず顔面をタオルなどで拭き取ってから口腔ケアを行うべきである.口腔ケアではイソジンではなくジェルを使うと咽頭に汚れた液が咽頭にたれ込まない.

■食事の際の誤嚥を予防するには,熱い食物は熱いなりに,冷たい食物は冷たいなりに食べることによってSPが口腔から放出されて,嚥下反射は改善される[11].なまぬるい食物は最悪である.

■アンギオテンシン変換酵素(ACE)はSPの分解酵素の1つであり,降圧薬のACE阻害薬を投与すればSPの分解も阻害されるため,ACE阻害薬投与により誤嚥性肺炎患者の嚥下反射が正常化する[12].また,ACE阻害薬の有名な副作用の乾性咳嗽があるが,脳血管障害のため咳嗽反射が低下した高齢者にACE阻害薬を投与すると咳反射も改善することが知られている.実際,imidapril(タナトリル®)等のACE阻害薬は嚥下反射を改善し,肺炎罹患率を約1/3に減じたと報告されている[13].imidaprilの1/4~1/20量内服により74%の患者で不顕性誤嚥が消失し,血清SPの上昇を認めた[14]ことから,正常血圧患者でも血圧に影響を及ぼさない少量のACE阻害薬で肺炎予防効果が期待できることが分かる.

■脳内移行性が確認されているACE阻害薬はperindopril(コバシル®)とcaptoril(カプトリル®)があり,認知機能低下をきたす原因の1つである脳内ACEを阻害することで,非移行性ACE阻害薬よりアルツハイマー病発症率が有意に低下したと報告されている[15]
※ACE阻害薬は嚥下機能改善目的での使用は保険適応がないため,高血圧病名をつけておく必要がある.

■嚥下機能が落ち,肺炎リスクのある高齢高血圧患者においては,病態生理学的にも臨床的にもARBをACE阻害薬より優先して使用するメリットはないと考えられる.しかし,これまで死亡率をアウトカムとして比較した報告はほとんどなかった.実際にACE阻害薬は上述の通り,高齢者で問題となる誤嚥性肺炎とアルツハイマー病を予防し得ることが近年分かってきており,くわえて,メタボサルタンとも呼ばれる種類のARBの特徴であるPPAR-γ活性化作用は肺炎や下気道感染のリスクを増加させる可能性も指摘されている[16]
※一方のACE阻害薬では,かなり稀ではあるが,小腸血管性浮腫に注意が必要である.急性腹痛症状で発症する.(Am J Roentgenol 2011; 197: 393)

■そのような中,2012年4月にACE阻害薬とARBにおける20報・16万人のRCTのメタ解析が発表された[17].このような高血圧による死亡率のメタ解析は世界初である.この報告によると,全体の全死亡および心血管死を解析したところ,プラセボ群に比べてACE阻害薬/ARB投与群は全死亡リスクを5%有意に低下させることが分かった.しかし,ACE阻害薬,ARBに分けてそれぞれを解析したところ,両者のリスク低下作用に差が生じた.ACE阻害薬はプラセボ群に比べて全死亡率を10%有意に低下させた(20.4%vs24.2%)のに対し,ARBでは有意差が見られなかった(21.4%vs22.0%).また全死亡リスクの低下を両群間で比較したところ,ACE阻害薬の方が有意に死亡率が低下した.そして,ACE阻害薬とARBでは心血管死のリスクに有意差はなく,それ以外のイベントにより死亡リスクに差が出たことになる.この結果から,誤嚥性肺炎リスクのある高齢高血圧患者ではARBよりACE阻害薬が推奨されるべきかもしれない.

■ドーパミンが少なくてSPが放出されないことから,ドーパミンを補充すれば誤嚥性肺炎は予防が可能と考えられる.実際,嚥下反射の低下した脳血管障害患者にL-DOPAを投与すると嚥下反射が著明に改善した.そこで,脳血管障害を有する高齢者患者に大脳基底核でのドパミン遊離促進薬であるアマンタジン(シンメトレル®)投与により肺炎発症率が1/5に抑制された[12].誤嚥性肺炎に罹患した患者を抗菌薬単独投与群と抗菌薬+ACE阻害薬タナトリル+シンメトレル併用投与群で比較したところ,併用群で抗菌薬使用量が半減し,在院日数・医療費は2/3に減少,MRSA発生率,肺炎での死亡率も有意に減少した[18]

■不顕性脳梗塞も含めると,脳血管障害の99%は脳梗塞と考えられる.不顕性脳梗塞でも,要介護高齢者であれば,2年以内に30%は肺炎を生じる.要介護高齢者に抗血小板作用と脳血管拡張作用を有するシロスタゾール(プレタール®)を投与すると,誤嚥性肺炎発症率が40%に低下したと報告されている[7].また,アスピリンとの比較でもシロスタゾールの肺炎予防効果が有意に高かった[19].さらに,シロスタゾールに嚥下改善作用が報告され,脳梗塞予防以外にも肺炎予防効果に関連する作用を有することが明らかになった[20]

■漢方の半夏厚朴湯は脳変性疾患患者に投与すると嚥下反射時間が短縮することが知られている.長期療養型病院に入院中の患者に半夏厚朴湯を投与すると,非投与群に比して肺炎の発症率が有意に抑制される[21]

■胃ろう増設患者において胃液逆流改善効果のあるモサプリド(ガスモチン®)投与により肺炎頻度が減少する[22]

■高齢患者の入院後感染症発症率は胃酸抑制薬投与群で38.8%,非投与群で9.6%(p<0.001)である.この傾向はPPI(プロトンポンプインヒビター製剤)で著明であり,H2RA(H2受容体拮抗薬)では有意差がなかった[23].PPIは感染症リスクであり,Clostidium difficile関連下痢(CDAD)の原因においても抗菌薬と同じくらい重要である.胃酸抑制薬使用で市中肺炎発症リスクが4.47倍[24],PPIで市中肺炎入院リスク1.5倍[25],胃酸抑制薬使用で院内肺炎発症リスク30%増[26]などが報告されている.また,65歳以上で肺炎入院既往がある肺炎ハイリスク患者で胃酸抑制薬使用は肺炎再発リスクを1.5倍になると報告されている[27]

■高齢入院患者において胃粘膜防御因子増強薬が単独投与されていた患者からの感染症発症はなく,投与されていた患者全体では感染症発症率は9.4%で,非投与群の25.6%に比べると有意に低い[28].胃酸抑制薬を投与されていても,胃粘膜防御因子増強薬を併用されていた患者では感染症発症率は18.8%であり,胃酸抑制剤単独投与の38.8%より有意に抑制されていた.この傾向は肺炎においても同様であった.胃粘膜防御因子増強薬はムチンなどを含む胃粘液の増加,胃粘膜のプロスタグランジンの増加,創傷治癒の促進,抗炎症作用などを有し,損傷した粘膜の修復や保護に作用する.ムチンには細菌の排除を容易にする作用がある.

■以上より,誤嚥性肺炎リスク患者においてPPI投与は本当に必要か再検討すべきであり,むしろ胃粘膜防御因子増強薬の使用をより積極的に考慮すべきかもしれない.
※当院ではガスロン®を推奨している

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by DrMagicianEARL | 2012-05-10 06:11 | 肺炎

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