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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.Stop Sepsis, Save Lives.

誤嚥性肺炎(NHCAP)における抗菌薬(1)

※今回のこの記事はエビデンスに基づいた特集というわけではありません.あくまでも小生の一意見・考察に過ぎないので.第1回.

■高齢者の誤嚥性肺炎においては抗菌薬の選択には多数の意見があり,議論されている領域である.NHCAP(医療介護関連肺炎)診療ガイドラインにおいては選択抗菌薬が示されているが,広域すぎる印象もあり,むしろ耐性化や菌交代などが増加するのではないかと小生は危惧している.しかし,NHCAP診療ガイドラインの有効性に関して実際に検証するのは非常に困難であり,数年の歳月を要するだろう.いずれはガイドライン遵守群と非遵守群の比較が必要になると思われる.ここで論ずべきは耐性菌リスクで分けたB群・C群の取り扱いである.

■NHCAP診療ガイドラインにおける抗菌薬選択は重症度と耐性菌リスクの2つのfactorで4群に分けて提示している.

(1) A群
外来治療可能なNHCAP患者.
推奨抗菌薬:
・βラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン経口薬(CVA/AMPC,SBTPC)+マクロライド系(CAM or AZM)
・GRNX,MFLX or LVFX
・CTRX+マクロライド系(CAM,AZM)
※LVFXは抗嫌気性菌活性があまりないことに注意

(2) B群
非重症かつ耐性菌リスクがないNHCAP入院患者.
推奨抗菌薬:
・CTRX
・SBT/ABPC
・PAMP/BP
・LVFX IV
※LVFXは抗嫌気性菌活性があまりないことに注意
※PAMP/BPは緑膿菌に対する抗菌活性が弱い

(3) C群
非重症かつ耐性菌リスクがあるNHCAP入院患者.
推奨抗菌薬:
・TAZ/PIPC
・抗緑膿菌性カルバペネム系(IPM/CS,MEPM,DRPM)
・抗緑膿菌性セフェム系(CFPM,CRP)+ (MTZ IV,CLDM)
・ニューキノロン系(CPFX,PZFX)+SBT/ABPC
MRSAリスクがあるなら上記に抗MRSA薬(VCM,TEIC,LZD)追加を検討
※MTZ IVは2012年中に発売開始予定

(4) D群
重症で人工呼吸器装着などの集中治療を考慮するNHCAP入院患者.
推奨抗菌薬:
・TAZ/PIPC
・抗緑膿菌性カルバペネム系(IPM/CS,MEPM,DRPM)
・抗緑膿菌性セフェム系(CFPM,CRP)+ (MTZ IV,CLDM)
上記にニューキノロン系(CPFX,PZFX)or AZM IVを追加
MRSAリスクがあるなら上記に抗MRSA薬(VCM,TEIC,LZD)追加を検討

■この推奨抗菌薬で疑問となるのが,日常診療で誤嚥性肺炎に使用している抗菌薬よりも非常に広域である点である.とりわけ,NHCAPで問題となるC群の扱いについては推奨抗菌薬の再考が必要になると思われ,そのキーとなるのが耐性菌リスクの評価である.NHCAP診療ガイドラインが定める耐性菌リスクは「過去90日以内に広域抗菌薬(抗緑膿菌ペニシリン,第3・第4世代セフェム,カルバペネム,キノロン)の2日間以上の投与があった」「経管栄養が施行されていた」の少なくとも1項目を有する場合と定めており,さらにMRSA検出歴があればMRSAリスクありとされている.ただし,これはあくまでも喀痰からの検出菌によって抽出されたリスクファクターであり,その菌が肺炎の原因になっていたかは調査されていないし,耐性菌リスクのある患者の肺炎が耐性菌によって生じているかどうかのエビデンスもない.実際には耐性菌リスクあり,もしくは喀痰から緑膿菌,MRSAを検出しても,B群の抗菌薬で軽快することは非常に多い.この疑問に対して,うまく説明し得るのが大阪大学感染制御部の朝野和典教授の持論である.朝野教授は肺炎治療の限界と問題点を疫学的観点から見事に浮かび上がらせている.
 肺炎の診断方法は30年間進化していない.喀痰はどこから分泌されているのかは明らかになっていないし,実際に病巣からでている喀痰なのか,中枢に近い気管支からでたものなのかは不明であり,常在菌や保菌状態の菌まで紛れ込む.多数の肺炎球菌やインフルエンザ桿菌などがグラム染色で見えれば原因菌の可能性は極めて高いと言えるが,誤嚥性肺炎,NHCAPの患者においては喀痰培養で肺炎の原因菌は診断できず,あくまでも参考結果に過ぎない(喀痰培養をやらなくていいという意味ではない).

 肺炎は統計学的に見れば抗菌薬の影響を受けない.なぜなら新しい抗菌薬・ガイドラインが世にでても80歳以上の肺炎の死亡率は減少していない.超高齢者肺炎の死亡率が有意に減少したのはペニシリン系,マクロライド系抗菌薬がでたときだけであり,その後,セフェム系,カルバペネム系,抗MRSA抗菌薬がでても死亡率は不変である.加えて,肺炎が直接原因で死ぬことは統計学的にはほとんどない.一部の重症化,敗血症やARDSをきたした症例は別だが,それ以外のケースで亡くなることはなく,若年者の年齢別死亡者数は交通事故程度である(逆に,交通事故程度は死ぬので治療は行う必要がある).高齢者では肺炎死亡率が上昇するが,実際には肺炎が直接原因でなく,心不全などの合併症によって亡くなることがほとんどである.例外的に喀痰で診断がつけられ,適切な抗菌薬が投与される肺炎の代表的なものとして肺炎球菌肺炎がある.肺炎球菌によるCAP(市中肺炎)とHCAP(医療ケア関連肺炎)の死亡率を比較した報告では,7%vs30%と有意にHCAPの死亡率が高い.抗菌薬よりも宿主の基礎疾患の影響が大きいことがうかがえる.

■以上より肺炎診療における喀痰の細菌学的検査および抗菌薬治療には思った以上に低い限界があることを医療者は認知するべきである.

■喀痰から肺炎起因菌を診断することはいまだにできない.にもかかわらずNHCAP診療ガイドラインでは喀痰検出菌で耐性菌リスクを定め,該当する患者群にはかなりの広域抗菌薬やその併用を推奨している.耐性菌出現をおさえつつ抗菌薬を使用しなければならないが,これでは逆に耐性菌が増加してしまうのではないかという懸念がある.

■適切な治療と,不適切な治療を受けた患者群の比較では,不適切な治療を受けた群の予後が有意に不良であると報告されている.さらに,不適切な治療を行った群では,その後抗菌薬を広域なスペクトラムに広げて適正化しても予後は変わらないと報告されている.ただし,この報告では喀痰培養による分離菌が含まれているため,原因菌診断という面においては,初期治療が本当に不適切であったかどうか不明である.また,耐性菌の分離された群に適切な抗菌薬を選択したからといって,予後が改善するか否かは不明である.よって,NHCAPの患者では耐性菌が分離される率が高くなるが,必ずしも分離菌でないため,耐性菌の分離された患者にその細菌を標的に抗菌薬を選択することは過剰な治療となる可能性がある.

■当院では誤嚥性肺炎やNHCAPがたとえC群であってもSBT/ABPC,CTM+CLDM,CTX+CLDM,AZM IVといった選択が基本レシピであり,原則としてカルバペネム系,ニューキノロン系を第一選択に用いることはない(これは重症例でも同じで,肺炎に対してカルバペネム系,ニューキノロン系を第一選択とするのは特殊例のみである).当院のみの少数例での検討だが,緑膿菌,MRSAをカバーしないこの初期抗菌薬でもB群とC群の患者の死亡率は同等であり,死亡例はほとんどが慢性心不全増悪か窒息であった.当院でのNHCAP治療戦略は抗菌薬効果判定を治療開始から3-4日後に行い,効果が不十分かつ培養結果に耐性菌が検出された場合にのみその耐性菌に有効な抗菌薬にescalationする方法である.敗血症に陥っていないのであれば,後でescalationに切り替えても十分に治療可能ということが自施設の検討で示唆された.これは他の施設の医師に聞くと同様の印象をもつところがそれなりにある.広域で治療を開始するde-escalationよりも,昔ながらのescalationがNHCAPには向いているのかもしれないし,これによりNHCAP診療ガイドラインよりも耐性菌出現を減じることができるかもしれないが,これに関してはさらなる大規模多施設の検討が必要であろう.また,NHCAP自体がかなりlocal factorやantibiogramの影響を受けるため,地域によっては耐性菌が実際に肺炎の起因菌として多い可能性もありえるため,これらの要因を加味する必要もある.

■いずれにせよ,NHCAP診療ガイドラインの抗菌薬選択において必要と思われるのは,C群からB群に矢印をつけることである.すなわち,耐性菌リスク,MRSAリスクがあっても,医師の判断でB群の抗菌薬を使用してもよいという選択肢をつけることであろう.

■加えて抗菌薬治療はあくまでも患者の免疫力に補助的に使用するものであり,根本は原因を遮断することにあり,以前の記事「抗菌薬以外の誤嚥性肺炎治療」をより強く推奨する必要がある.

■NHCAP診療ガイドラインは内容については小生はかなり批判はしているが,“肺炎を考える機会を与えた”という意味ではよいきっかけとなったいえる.本ガイドラインを査読した上で,antibiogram,local factorを考慮し,各施設にマッチした自施設でのNHCAP診療ガイドラインを作成するのが望ましいと思われる.

誤嚥性肺炎(NHCAP)における抗菌薬(1)につづく
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by DrMagicianEARL | 2012-07-03 13:46 | 肺炎 | Comments(4)
Commented by H.M. at 2015-04-06 00:12 x
広島県で医療療養型病院に勤める勤務医です。
このたび、病院機能評価を受審するにあたり、抗生剤の使用指針を作成する必要に迫られました。
当院では経験的に抗生剤の使用については、どの医師もescalatioinで使用しています。各種感染症のガイドラインや抗生剤についての本を何冊か読みましたが、最近はどの本をみてもde-escalationを推奨しており、当院の現状に即しません。抗生剤の理論的なことなどからde-escalationが正しいのはわかるのですが、当院では4世代セフェムはおいておらず、3世代、カルバペネムは届け出制です。どの本を見ても、escalationを勧めるものをみつけられなかったのですが、このブログで先生が高齢者の肺炎にはescalationをしているとの記載を見つけ、ぜひ、先生のご意見を伺いたいとコメントさせていただきました。また、高齢者の誤嚥性肺炎治療のescalationを推奨するという論文や本がありましたら、教えていただきたく存じます。また、当院では超高齢の寝たきりの患者が誤嚥性肺炎を繰り返す場合の対応に苦慮しております。結局、抗生剤を長期に投与せざるを得ない事態もよくあるのですが、それについてはどのようにお考えでしょうか。ご教授、よろしくお願い申し上げます。
Commented by DrMagicianEARL at 2015-04-07 03:35
前提として,高齢者肺炎の誤嚥性肺炎治療においてescalationを推奨する論文は現時点ではありません(もうすぐ出てくるとは思いますが)。これは私自身の経験に基づくものであり,実際にNHCAPのB群とC群に属する患者においては,de-escalation療法とescalation療法で特にアウトカムに有意差がないという結果を日本呼吸器学会で報告させていただきました。

私は急性期病院においてICTに所属し,基本的にはde-escalationを推奨している立場です。その対象は初期から広域抗菌薬が投与されていて,なおかつ以下の条件を満たす場合としています。
① 経験的治療開始前に良質な微生物学的検体の採取が行われている。
② 臨床的に臓器障害,重症度などの改善がある。
③ 同定された起炎菌が,より狭域の抗菌薬に感受性である。
④ 他の感染巣が否定できる。
⑤ 持続する好中球減少症(<1,000/mm3)などの重篤な免疫不全がない。
⑥ 選択する狭域抗菌薬が感染巣に移行しえる。

ただし,注意しておかなければならないのは,de-escalationには質の高いRCTレベルのエビデンスがほとんどないことです。加えて,de-escalationを行うということは初期の経験的治療からカルバペネム系やMRSAカバーでの併用などの広域カバーを行っているケースが対象になりやすくなりますが,そもそもそれだけの広域カバーが必要かについて現在議論されているのが現状です。例えばIDSAガイドラインは院内肺炎において複数の広域抗菌薬の併用を推奨していますが,その根拠は耐性菌を有する患者で死亡リスクが高いという観察研究に基づいており,実際にその菌が肺炎を起こしているかは別問題です。もちろん重症例ではカバーが必要になるでしょうが,はたしてそうでない患者まで必要か否かです。

実際に,IDSAガイドラインの遵守群と非遵守群とを比較したコホート研究では,より広域をカバーした遵守群の方が死亡率が高いという結果でした。また,人工呼吸器関連肺炎においてカルバペネム+バンコマイシンの広域カバーを行いつつ後でde-escalationする群とバンコマイシンを使用せずde-escalationも行わない群を比較したRCTでは前者の方がアウトカムが悪化したという結果が報告されています。

つづきます
Commented by DrMagicianEARL at 2015-04-07 03:36
つづきです

要は,de-escalationするしないよりも初期抗菌薬の選択が患者の予後にどう影響を与えるのかを考えた方がいいのではないか?というClinical Questionをもとに検討した結果のescalation療法です。NHCAPガイドラインやHAPガイドラインの経験的治療での推奨抗菌薬は広域すぎます.実際にはNHCAP C群や院内肺炎であってもSBT/ABPCやCMZで8割が奏功します(これは当院でも他の病院でも似たような報告が学会等でなされています)。では初期抗菌薬が奏功しなかった症例で予後が悪くなったかというと特に悪くはなっていません。基本的に重症敗血症・敗血症性ショックなどの重症例でない限り,初期抗菌薬がはずれてもあとで適切な抗菌薬に変更(escalation)すれば予後に影響はなく,結果的に広域抗菌薬の使用量を大幅に抑えることができます。

院内の寝たきり患者の誤嚥性肺炎については,私個人の経験ですが,基本的に発症から治療介入までが市中肺炎よりも早い(バイタル等で認知される)ことが前提であり,比較的短期間の投与で改善しやすいことが多いです(多くは5日で終了)。長く投与するのは,初期抗菌薬がはずれたケースや感染フォーカスが他にあるケースなどの抗菌薬の変更投与が必要な場合,あるいは抗菌薬加療中も誤嚥したケースですが,それほど多くは経験されません。もっとも急性期病院という特性上,栄養管理と口腔ケアにかなり力を入れていますので,そのぶん治りが早いという背景もあります。
Commented by H.M. at 2015-04-09 00:32 x
ありがとうございました。
とても参考になりました。

by DrMagicianEARL