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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

トロンボモデュリン製剤は重症敗血症患者の死亡率と呼吸機能障害を改善する?

■リコンビナント・トロンボモデュリン製剤(以下rTM;商品名リコモジュリン®,旭化成ファーマ)は本邦で開発され,2008年に承認・発売開始となった新しいDIC治療薬であり,PhaseⅢ[1],市販後全例調査ともに優れたDIC改善効果を示している.その一方で,生存率は改善傾向を示したが有意差がでていない.また,二重盲検RCTであるが,対照群はプラセボではなくヘパリンを使用している.これは,本邦ではDICが治療対象疾患として保険承認されているせいでもあり,倫理的問題をはらみ,対照をプラセボにできないという事情がある.

■本邦でのDIC治療薬については科学的根拠に基づいた感染症に伴うDIC治療のエキスパートコンセンサス[2]があるが,rTMは2008年に承認発売となったため掲載されていない.日本版敗血症診療ガイドライン(案)ではアンチトロンビンⅢ製剤(ノイアート®)の2Aに次いでrTMは2Bに推奨度が位置づけられているが,DIC治療薬に関してこの推奨度は全く理解できないものでありあてにならない.
日本版敗血症診療ガイドラインのDICについてはこちら

■DIC治療においてrTM使用で確かな手ごたえを感じている集中治療医は多い.抗炎症効果も示し,凝固と炎症のcross-talkを形成する敗血症性DICでは特に有用であることが言われている.しかしながらDICは治療できるが生存率は改善できない,というのが現時点でのrTMのエビデンスである.そして,前述の通り本邦でプラセボ対照のRCTを行うことは難しく,国内でエビデンスを作るのであれば,アンチトロンビンⅢ製剤をはじめとする既存の抗DIC治療薬を対照とするより他ない.

■その一方で,海外ではDICは治療対象ではなく,原疾患治療が原則である.そこで,旭化成ファーマは海外での治験をすすめ,敗血症性DIC患者(ただし,DIC診断基準は本邦とは異なる)を対象とした二重盲検RCTのPhaseⅡが終了し,死亡率改善傾向を確認,p<0.3の基準をもってPhaseⅢに移行しており,その結果がエビデンスとなる可能性がある.
rTMの海外PhaseⅡについてはこちら

■ARDSに対するrTMの有用性については専門家レベルではおそらく有用ではないかと言われている程度であり,実際にそれを示したRCTはなく,症例集積の報告のみにとどまっている.ARDS単独に対しては保険適応外であり,有効な投与量も分かっていない.ARDSを合併したDIC症例において改善率を示した報告は少数ながら存在する.

■これまでrTMによる生存率改善を示したRCTはなく,以下の論文が2012年現在で生存率改善を示した最も質の高い研究ということになる.この研究は大阪大学医学部附属病院での研究で,高度救命救急センターの山川一馬先生が報告し,5月のJ Trauma Acute Care Surgに掲載され,現在旭化成ファーマが本研究の宣伝用アブストラクトを作成し,配布している.以下,本研究の概要と考察を述べる.

■本研究はrTMの敗血症性DICに対する効果を検証したもので,2006年1月から2008年8月までのrTM非使用の41例(他の抗DIC治療もなされていない)を対照群とし,2008年9月から2011年1月までのrTM使用の45例をrTM群として,後方視的に前後比較した単施設非盲検非無作為化試験である.

■①感染症を基礎疾患とするSIRSスコア2点以上,②1臓器以上の臓器障害,③血小板数が8万/mm^3未満,④人工呼吸器管理を要する重症例,の4項目を満たす成人の敗血症性DIC症例を対象とし,rTM禁忌に該当する場合は対象から除外している.その他の治療はSSCG(Surviving Sepsis Campaign Gideline)に準じ実施している.

■評価項目は①DIC治療開始後28日,60日,90日の転帰,②7日目までのSOFAスコアおよび肺損傷スコア(Lung Injury Score),③安全性評価項目(出欠に関する重篤有害事象)であった.

■患者背景は23項目で有意差検定が行われ,APACHEⅡスコア以外は有意差がなかった.APACHEⅡスコアは27.0(21.5-32.5) vs 21.0(16.-24.0),p<0.001であり,rTM群の方が対照群より重症例が多い.その他SOFA,ARDS合併率,肺損傷スコアなどを見ても,有意差はないがrTM群の方が高く,重症例が多いことがうかがえた.

■転帰については,Kaplan-Meier生存曲線を見るに7日目あたりから著明に差がついており,以下の通りrTMが有意に生存率を改善させる結果となった.
 28日目生存率 76% vs 53%,p=0.037
 60日目生存率 66% vs 42%,p=0.026
 90日目生存率 63% vs 42%,p=0.038

■SOFA score変化量,肺損傷スコア変化量においてもrTM群はコントロール群より有意な改善が認められた(7日間の追跡).

■出血に関連する重篤な有害事象は,rTM群が1例(2.4%),コントロール群が2例(4.4%)であった.

■以上の結果をもって,「rTMは敗血症性DIC患者に対する有用な治療薬であると考えられる」と述べている.

■本研究の問題点として以下のことがあげられる.
①後方視的に前後比較した単施設非盲検非無作為化試験であり,エビデンスレベルは低くなる.
②本研究はrTM使用有無以外はSSCGに準じた治療を行っているとのことであるが,2008年を境に前後比較している.2008年はSSCGが改訂された年でもあり,敗血症治療のエビデンスがさらに蓄積されているため,治療内容に差が出る可能性がある(治療方法が異なる症例については除外しているとのことであるが・・・)
③患者背景にDIC関連の検査項目の比較がない(当然ながら有意差検定もない)
④患者背景においてAPACHEⅡスコアに有意差があり,rTM群の方が重症例が多かった
⑤SOFA score,肺損傷スコアについて絶対値ではなく変化量で比較している

■問題点③については,急性期DIC診断基準スコアなり,厚生労働省DIC診断基準スコアなりを示した方がよかったのではないだろうか?(もっとも海外向けの医学誌に掲載しても・・・という意見もあるだろうが).主要評価項目はDICの治療成績ではないためこうなったのかもしれない.しかし,DIC治療薬の研究であり,DICが多臓器不全の重要なfactorととらえての研究であるのだからDIC関連項目についても評価すべきではないだろうか?

■問題点④⑤についてであるが,特に肺損傷スコアについて疑問がある.肺損傷スコアの変化量は7日目の時点で有意にrTM群の方が低下しており(p=0.025),その差は約0.5である.繰り返すがこれは変化量の有意差である.一方,患者背景として,肺損傷スコアのベースラインはrTM群が2.5(1.75-2.88),コントロール群が2.0(1.75-2.75)であり,有意差はないが(p=0.153),rTM群の方が高い傾向にあり,ベースラインのAPACHEⅡスコアがrTM群で有意に高いことを考えれば重症例が多いことを反映していると思われる.問題はその差である.有意差はないがベースラインで0.5の差があり,7日目の変化量の差は約0.5.つまり肺損傷スコアの絶対値はほぼ重なるわけでありその差はかなり小さくなる.ここに有意差はあるのだろうか?

■この小生の疑問に対し,「改善効果を見ている以上,肺損傷スコアの絶対値で評価する必要はない」と反論されるかもしれない.また,「rTM群が重症例が多いのだから肺損傷スコアの絶対値で見るのはおかしい」という反論もあるかもしれない.しかし,ベースラインの肺損傷スコアの絶対値に有意差がないのであれば,7日目の絶対値比較は不要だろうか?加えて,治療を行っている以上,数値が高い方が下がりやすい可能性もある.こうなると,ベースラインの重症度(APACHEⅡ)に有意差がある状態での比較は効果が分かりにくくなる危険性があり,「重症でも肺傷害に対してrTMが効いた」と結論づけるのは客観性に欠ける.最終的に生存率に有意差がついているため,rTMの転帰改善効果は示せているものの,肺損傷スコアを改善したかというとそうは言い切れないだろう.実際,人工呼吸器装着期間は有意差がなかった.

■以上より,本研究では,rTMが生存率改善,臓器不全を改善する可能性が示唆されるものの,肺傷害に対する効果は再検討が必要であると思われる.
⇒本研究報告者の山川先生よりコメントに御回答あり

Ogawa Y, Yamakawa K, Ogura H, Kiguchi T, Mohri T, Nakamori Y, Kuwagata Y, Shimazu T, Hamasaki T, Fujimi S.
Recombinant human soluble thrombomodulin improves mortality and respiratory dysfunction in patients with severe sepsis.
J Trauma Acute Care Surg. 2012 May;72(5):1150-7.

Abstract

BACKGROUND: Respiratory dysfunction associated with severe sepsis is a serious condition leading to poor prognosis. Activation of coagulation is a consequence of and contributor to ongoing lung injury in severe sepsis. The purpose of this study was to examine the efficacy of recombinant human soluble thrombomodulin (rhTM), a novel anticoagulant agent, for treating patients with sepsis-induced disseminated intravascular coagulation (DIC) in terms of mortality and respiratory dysfunction.

METHODS: This study comprised 86 consecutive patients with sepsis-induced DIC who required ventilator management. The initial 45 patients were treated without rhTM (control group), and the following 41 patients were given rhTM (0.06 mg/kg/d) for 6 days (rhTM group). Patients were followed up for 90 days after study entry. Sequential Organ Failure Assessment (SOFA) score and lung injury score were recorded until 7 days after entry.

RESULTS: The baseline characteristic of severity of illness was significantly higher in the rhTM group than in the control group. Nevertheless, 90-day mortality rate in the rhTM group was significantly lower than that in the control group (37% vs. 58%, p = 0.038). There was a significant difference in the serial change of SOFA score from baseline to day 7 between the two groups (p = 0.009). Both the respiratory component of the SOFA score and the lung injury score in the rhTM group were significantly lower compared with the control group (p = 0.034 and p < 0.001, respectively).

CONCLUSIONS: rhTM may have a significant beneficial effect on mortality and respiratory dysfunction in patients with sepsis-induced DIC.

LEVEL OF EVIDENCE: III, therapeutic study.

[1] Saito H, Maruyama I, Shimazaki S, et al. Efficacy and safety of recombinant human soluble thrombomodulin (ART-123) in disseminated intravascular coagulation: results of a phase III, randomized, double-blind clinical trial. J Thromb Haemost 2007; 5: 31-41
[2] 日本血栓止血学会学術標準化委員会DIC部会.科学的根拠に基づいた感染症に伴うDIC治療のエキスパートコンセンサス. 日血栓止血会誌 2009; 20: 7-113
by DrMagicianEARL | 2012-07-27 14:19 | 敗血症性DIC

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