SSCG 2012(Surviving Sepsis Campaign Guidelines 2012)(5)
重症敗血症,敗血症性ショック患者において免疫グロブリン注射製剤は使用すべきではない(Grade 2B).免疫グロブリン注射製剤(IVIG)使用を推奨している日本版敗血症診療ガイドラインとは真逆の扱いとなった.
成人624例を登録した1つの大規模多施設共同RCTであるSBITS study(Crit Care Med 2007; 35: 2693-701),小児3493例を登録した1つの大規模多施設共同RCT(N Engl J Med 2011; 365: 1201-1)ではIVIGの有効性は否定されている.IVIGに関するコクランのメタ解析(Cochrane Database Syst Rev 2002; 1: CD001090)ではポリクローナルIVIGに関する10報1430例とIgM濃厚ポリクローナルIVIGに関する7報528例を解析している.この報告は2002年のものであり,当然ながら上記2つの大規模研究を含んでいない.このメタ解析ではIVIG,IgM濃厚IVIGはそれぞれ死亡リスクを29%,34%有意に低下させていたが,バイアスリスクの低い報告に限定すると,IVIGの死亡リスク減少効果は消失した.この結果はその後報告されたPidalら(Clin Infect Dis 2004; 39: 38-46),Lauplandら(Crit Care Med 2007; 35: 2686-92)のメタ解析でも同様の結果となっている.
以上より,IVIGの有効性を示した報告は小規模かつ研究の質が低いものであり,質の高い研究やSBITS studyのような大規模研究では有効性は否定されており,現時点でIVIGを敗血症を推奨する根拠は乏しいことからSSCG 2012では使用すべきでないと結論づけられた.
これに対し,2012年日本版敗血症診療ガイドラインでは,死亡率改善効果は認められないものの,人工呼吸器装着日数短縮やICU生存率の改善効果があるとして使用を考慮してもよいとしている.これはSBITS studyの結果をそのまま反映したものである.なお,この日本版ガイドラインではIVIGのエビデンスのlimitationとして,これまでのIVIGのエビデンスはSSCG 2004以前の報告がほとんどであり,敗血症標準治療が異なる可能性があることを指摘している.実際,死亡率改善効果を認めなかったSBITS studyも2007年に報告されたものであるが,trialの期間は1991-95年である.
ただし,SBITS studyと日本の現状の大きな違いは,IVIGの投与量にある.SBITS studyでは第0病日と第1病日に総量0.9g/kg(体重50kgなら総量45g)が投与されており,日本の投与量は5g/dayを3日間(総量15g)であり,3分の1に過ぎない.また,SBITS studyに限らず海外のRCTでの投与量は0.15-0.5g/kg/dayであり,海外のエビデンスをもって日本に適応させることは困難であり,SBITS studyで示された人工呼吸器装着期間短縮やICU生存率改善効果が日本の用量で得られるかは不明なはずである.また,海外で比較的有効性を示しているのはポリクローナルIgM濃厚IVIGでの報告に多く,これに対し日本のIVIGはIgGを抽出している.
日本の投与量での研究としては2000年の正岡ら(日化療会誌 2000; 48: 199)の682例非盲検RCTがあり,発熱や症状に関してIVIGが有意に改善効果を認めたとしている.しかしながら,この研究の対象である「重症感染症」の定義が明確でなく,アウトカムも死亡率ではなく解熱や症状といったあいまいなものになっていること,非盲検であることから,エビデンスの質はかなり低く,本邦用量でのIVIGの有用性には大きな疑問が生じる.日本版ガイドラインではこの他に,2007年に日本集中治療医学会が行った第1回Sepsis Registry調査結果を提示しており,この報告では,敗血症患者において傾向スコアマッチング解析を行い,投与量は15g/3日間と少量ながら28日死亡率,院内死亡率に有意な改善がみられたとしている.ただし,これはあくまでも後ろ向き解析である.
以上より現在の敗血症のスタンダード治療において日本の用量のIVIGが有効であるかについてはほぼエビデンスがない状況であり,高額な薬剤であることや,SSCG 2012とは別に本邦でのIVIGの現状を考慮しても,その使用を推奨する根拠は乏しいと思われる.
M.セレン(Selenium)
重症敗血症の治療においてセレン経静脈投与は行うべきではない(Grade 2C).セレン注射製剤は本邦では未承認製剤であるため使用できない.セレンは生体内ではセレノシステインとしてタンパク質に組み込まれ,主にセレノプロテインとして働き,ビタミンEやビタミンCと協調して,活性酸素やラジカルから生体を防御すると考えられている.ヒトではセレン単独の欠乏症状が見られない.したがって,セレン欠乏は欠乏症の二次的な要因となると考えられている.すなわち,ビタミンEなどと協調してはたらくため,両栄養素の欠乏症状の相乗作用により現れると考えられている.高度侵襲化においてはセレンの生体内レベルが低下することが知られている.
しかしながら,セレンの臨床効果についてはいくつかのRCTが存在するものの,そのエビデンスは極めて弱い.1つだけ重症SIRS,敗血症,敗血症性ショックについて検討した大規模な臨床試験(Crit Care Med 2007; 35: 118-26)があるが,死亡率改善効果は認められなかった.また,セレン,グルタミンを評価したSIGNET trial(Trials 2007; 8: 25)でも死亡率改善効果は認めていない.
一方,メタ解析ではHeylandら(Intensive Care Med 2005; 31: 327-37)があり,死亡率の有意な改善を認めた.この報告では,単独投与であれ他の抗酸化物質との組み合わせであれ,セレンの経静脈投与が死亡率の鍵を握ると結論している.また,12報RCTのメタ解析(PLoS One 2013; 8: e54431)では,セレンの経静脈投与で敗血症による重症患者の死亡リスクが17%低下したと報告されている.現在カナダ・米国・欧州で進行中のREDOXS study(Proc Nutr Soc 2006; 65: 250-63)は,このセレンに焦点をあて,グルタミンとの併用の効果を含めて検討している.セレンの有効性についてはこのREDOXS studyの結果を待つべきであろう.
N.遺伝子組み換え活性化プロテインCに関する推奨の歴史(History of Recommendations Regarding Use of Recombinant Activated Protein C)
イーライ・リリー社が販売していた遺伝子組み換え活性化プロテインC(rAPC,商品名XIGRIS®)はPROWESS tiral(N Engl J Med 2001; 344: 699-709)を皮切りに敗血症に対する有効な治療薬として世界に広まり,SSCG 2004でも推奨されていたが,その効果と安全性に疑問がもたれ,2011年のPROWESS-SHOCK trial(N Engl J Med 2012; 366: 2055-64)の結果を受けて市場撤退となった.このため,SSCG 2012では推奨項目から消滅し,その推奨してきた歴史を提示している.
この歴史提示で触れられていないが,rAPC製剤が広まるに至ったPROWESS trialについてはNEJM誌発表から半年後に米国FDAにより,研究途中でプロトコルを変更していること,rAPC製剤の工場生産ラインが研究途中で変更されていること,rAPCの治療効果に経時的変化が認められることなどの問題点を指摘しており,実際に初期プロトコルの患者に絞った解析では有効性が認められなかった.また,イーライ・リリー社はSSCG作成におけるオフィシャルスポンサーでもあった.
その後,PROWESS tiralと比較するために行われたオープンラベル単一アーム研究であるENHANCE trial(Crit Care Med 2005; 33: 2266-77),重症敗血症であるが死亡リスクの高くない患者を対象としたADDRESS(N Engl J Med 2005; 353: 1332-41),小児での有効性・安全性を検討したRESOLVE trial(Lancet 2007; 369: 836-43)などが行われている.これらのrAPCの検討結果では,早期開始例で死亡率が低い,重篤な出血性合併症はPROWESSで報告された頻度より高い,APACHEⅡscoreが25未満の比較的軽症な重症敗血症患者では死亡率改善効果はなく重篤な出血性合併症が多かった,小児においては有効性なし,というものであった.
rAPCを市場撤退に追い込んだPROWESS-SHOCK trialは,敗血症性ショック患者1697例におけるリコンビナントAPC製剤投与群とプラセボ群を比較した多施設共同二重盲検RCTであり,28日死亡率は26.4% vs 24.2%で有意差は認められなかった(RR 1.09, 95%CI 0.92-1.28, p=0.31).90日死亡率でも34.1% vs 32.7%で有意差は認められなかった(RR 1.04, 95%CI 0.90-1.19, p=0.56).
市場撤退後もrAPCの報告は出続けている.Casserlyらの後ろ向きコホート研究(Crit Care Med 2012; 40: 1417-26)は,165地域15022例(8%がrAPC投与)の解析を行ったものであり,敗血症診断の24時間以内に投与を開始した症例では死亡率は45%減少させていたと報告している.また,kalilら(Lancet Infect Dis 2012; 12: 678-86)によるrAPCに関する有効性を評価した9報RCT(41401例),16報観察研究(5822例)と,安全性を評価した20報(8245名)のメタ解析では,rAPC製剤を販売中止に追い込んだPROWESS-SHOCK試験を加えても有意に死亡率は低下していたとしている.この報告では重篤な出血は5.6%でみられ,PROWESS試験の3.5%より有意に多かった.
その一方で,質の高い研究に絞った2つのメタ解析も報告されている.Laiら(Minerva Anestesiol 2013; 79: 33-43)は,.rAPC製剤に関するRCT5報のメタ解析のupdateを行い,rAPCは重症敗血症,敗血症性ショックにおける28日死亡率を改善せず,重度の出血と関連していたと報告している.また,Martí-Carvajalらコクランレビューによるメタ解析(Cochrane Database Syst Rev 2012; 12: CD004388)では,6報(小児1報含む)のRCTを解析しており,重症敗血症・敗血症性ショックでrAPC製剤に死亡率改善エビデンスはなく,重症出血リスクは1.45倍であり,使用すべきではないと結論づけている.
rAPC製剤自体は抗炎症効果を示すものの,生理的範囲を越えて作用してしまうリスクを伴う.敗血症治療の進歩による死亡率低下がrAPCの死亡率改善効果を消滅させた可能性も残ってはいるが,現時点での敗血症治療においては不要かもしれない.
なお,rAPC製剤は本邦では承認されなかった薬剤であるが,類似する薬剤として遺伝子組み換えトロンボモデュリン製剤(rTM,商品名リコモジュリン®)がDIC治療薬として本邦では承認されており,DIC治療薬のシェアとしては約1/3を占めている.しかしながら,国内RCTでは敗血症性DIC離脱率は良好であるが,死亡率を改善したとするエビデンスは存在しない.RCT以外では大阪大学の後ろ向き傾向スコア層別解析研究(Yamakawa K, et al. Intensive Care Med 2013 Jan. 30),前後比較研究(J Trauma Acute Care Surg 2012; 72: 1150-7)の2報や,後ろ向きコホート研究(Thromb J 2013; 11: 3)があり,いずれもrTMで有意な死亡率低下を認めている.海外ではPhaseⅡを通過しており,現在PhaseⅢが開始され,rAPC製剤に代わる敗血症治療薬として注目されてきている.ただし,このPhaseⅢは,敗血症性DICではなくPT-INR>1.4の敗血症性凝固障害を対象としており,これはPhaseⅡのサブ解析に基づいている.PhaseⅢはPhaseⅡより治療効果が落ちやすく(BMJ 2013; 346: f457),PhaseⅡでは死亡率に減少傾向が認められたものの有意差がついていないことを考慮すると,期待された効果がでるかは疑問である.
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