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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

【文献】重症疾患患者におけるグルタミン,抗酸化物質の無作為化試験(The REDOXS study)

■New England Journal of Medicineから重症患者の栄養に関する衝撃的な報告です.

■グルタミンは体内でもっとも豊富な遊離アミノ酸であり,侵襲時には異化亢進により減少してしまう.高度侵襲病態でのグルタミンは病原体の体内への侵入を防ぎ損傷部位を修復するために活性化される免疫細胞や腸管粘膜細胞のエネルギー基質となり,これにより感染防御維持とBacterial translocationの防止効果が期待される.一方,グルタミンが欠乏すると,マクロファージの抗原発現能が低下し,アポトーシスへの感受性が高まる.また,グルタミンは細胞内の代謝により抗酸化物質のグルタチオンの材料となることで侵襲時の酸化ストレスを軽減し,組織傷害を防止する.また,heat shock protein(HSP)の発現を高めることで致命的高熱による細胞死を防止する.これらの機序からグルタミン投与が高度侵襲病態で有用であることが期待されていた.

■Houdijkら[1]の多発外傷患者を対象としたRCTでは,グルタミン投与で肺炎,菌血症,敗血症の発生を有意に抑えることが示されている.Estívariz[2]の壊死性膵炎・心血管・大腸手術患者を対象とした検討では,膵臓手術では有意差はなかったものの,その他の手術では感染症合併や肺炎が有意に減少した.Grauら[3]のICU患者127例での多施設RCTでは,感染症合併率の減少と血糖コントロールの改善が示されている.その一方,Gianottiら[4]の,明らかな低栄養状態のない待機的消化器外科手術患者428例を対象としたRCTでは,術後合併症,感染症,在院日数等アウトカムに有意差はみられなかった.Andrewsら[5]のRCTでも,グルタミン投与は感染症発生率や死亡率に影響を与えなかったと報告している.

■このように,グルタミンの効果はまだ議論のさなかであり,死亡率改善効果を示した報告は存在しない.ただし,グルタミンは炎症反応を増悪させず,むしろ抗酸化能を高め,HSPの発現を高めることから高度な炎症反応を示す重症患者にも安全に投与できると考えられていた[6].ただし,動物実験(マウス腸管虚血再灌流モデル)では虚血状態でのグルタミン投与が好中球の過剰活性化を引き起こし,再灌流後の生存率を悪化させることが報告されている[7]

■抗酸化物質としては,近年特にセレンに注目が集まっている.セレン注射製剤は本邦では未承認製剤であるため使用できない.セレンは生体内ではセレノシステインとしてタンパク質に組み込まれ,主にセレノプロテインとして働き,ビタミンEやビタミンCと協調して,活性酸素やラジカルから生体を防御すると考えられている.ヒトではセレン単独の欠乏症状が見られない.したがって,セレン欠乏は欠乏症の二次的な要因となると考えられている.すなわち,ビタミンEなどと協調してはたらくため,両栄養素の欠乏症状の相乗作用により現れると考えられている.高度侵襲化においてはセレンの生体内レベルが低下することが知られている.

■しかしながら,セレンの臨床効果についてはいくつかのRCTが存在するものの,そのエビデンスは極めて弱い.Angstwurmら[8]は重症SIRS,敗血症,敗血症性ショックについて検討した249例の大規模な臨床試験を行ったが,死亡率改善効果は認められなかった.また,セレン,グルタミンを評価したSIGNET trial[5]でも死亡率改善効果は認めていない.

■一方,メタ解析ではHeylandら[9]があり,セレンは死亡リスクを35%有意に減少させていた.この報告では,単独投与であれ他の抗酸化物質との組み合わせであれ,セレンの経静脈投与が死亡率の鍵を握ると結論している.また,Huangら[10]の12報RCTのメタ解析では,セレンの経静脈投与で敗血症による重症患者の死亡リスクが17%低下したと報告されている.さらに,Alhazzaniら[11]は重症敗血症に限定した9報RCTのメタ解析を行い,セレンは死亡リスクを27%有意に減少させたとしている.

■カナダ・米国・欧州で行われていたREDOXS studyは,このセレンに焦点をあて,グルタミンとの併用の効果を含めて検討した研究である.その中間解析が,セレンの有用性を示したAlhazzaniら[11]のメタ解析の報告から1週間たたぬうちにNEJMに報告された.これが以下に紹介する論文である.研究デザインはSIGNET trial[5]に似ているが,結論は,グルタミンは死亡率を増加させうる,抗酸化物質(主にセレン)はプラセボと有意差なしであった.

■ただし,この報告をもってグルタミンを否定するのは早計と思われる.本研究の対象は多臓器不全に陥っている患者であり,上述の腸管虚血モデルでの死亡率悪化の報告を踏まえれば,腸管虚血状態を合併している可能性が高い多臓器不全であればグルタミンによって死亡率が増加することは矛盾しない.一方で,多臓器不全に至っていない重症例でグルタミンが死亡率を増加させるかはこの報告では不明である.SOFA scoreが低い患者でのグルタミンの効果の検討が今後必要と思われる.

A Randomized Trial of Glutamine and Antioxidants in Critically Ill Patients
Daren Heyland, M.D., John Muscedere, M.D., Paul E. Wischmeyer, M.D., Deborah Cook
, M.D., Gwynne Jones, M.D., Martin Albert, M.D., Gunnar Elke, M.D., Mette M. Berger, M.D., Ph.D., and Andrew G. Day, M.Sc. for the Canadian Critical Care Trials Group
N Engl J Med 2013; 368:1489-1497 | April 18, 2013 | DOI: 10.1056/NEJMoa1212722
重症疾患患者におけるグルタミン,抗酸化物質の無作為化試験(The REDOXS Study)

要 約

【背景】重症疾患患者は相当な酸化ストレスを受けている.グルタミンと抗酸化物質の補充は治療的ベネフィットを提供するかもしれないが,近年のデータは矛盾している.

【方法】この盲検化2×2要因試験において,我々はカナダ,アメリカ合衆国,ヨーロッパの40施設のICUの,多臓器不全を有し,かつ人工呼吸管理を有する成人重症疾患患者1223例を,グルタミン投与群,抗酸化物質投与群,併用群,プラセボ群に無作為に割り付けた.ICU入室から24時間以内に投与を開始し,いずれも経静脈,経腸の両方で投与された.主要評価項目は28日死亡率とした.中間解析のため,P値は最終解析で0.044以下で統計学的に有意であるとした.

【結果】グルタミン投与群は,グルタミン投与を受けていない患者群と比較して28日死亡率が増加する傾向が見られた(32.4% vs 27.2%; 調整オッズ比 1.28; 95%信頼区間 1.00-1.64; P=0.05).院内死亡率,6ヶ月死亡率はグルタミン投与群が非投与群よりも有意に高かった.グルタミンは臓器不全や感染症合併に対する効果は認められなかった.抗酸化物質は28日死亡率に影響を与えず(30.8% vs 28.8%抗酸化物質非投与群; 調整オッズ比 1.09; 95%信頼区間 0.86-1.40, P=0.48),その他の全ての二次評価項目にも影響を与えなかった.群間で重度な副反応の差は認められなかった(P=0.83).

【結果】早期のグルタミン,抗酸化物質の投与は臨床的予後を改善せず,グルタミンは多臓器不全を有する重症疾患患者の死亡率増加と関連していた.


[1] Houdijk AP, Rijnsburger ER, Jansen J, et al. Randomised trial of glutamine-enriched enteral nutrition on infectious morbidity in patients with multiple trauma. Lancet 1998; 352: 772-6
[2] Estívariz CF, Griffith DP, Luo M, et al. Efficacy of parenteral nutrition supplemented with glutamine dipeptide to decrease hospital infections in critically ill surgical patients. JPEN J Parenter Enteral Nutr 2008;32: 389-402
[3] Grau T, Bonet A, Miñambres E, et al; Metabolism, Nutrition Working Group, SEMICYUC, Spain. The effect of L-alanyl-L-glutamine dipeptide supplemented total parenteral nutrition on infectious morbidity and insulin sensitivity in critically ill patients. Crit Care Med 2011; 39: 1263-8
[4] Gianotti L, Braga M, Biffi R, et al; GlutamItaly Research Group of the Italian Society of Parenteral, and Enteral Nutrition. Perioperative intravenous glutamine supplemetation in major abdominal surgery for cancer: a randomized multicenter trial. Ann Surg 2009; 250: 684-90
[5] Andrews PJ, Avenell A, Noble DW, et al; Scottish Intensive care Glutamine or seleNium Evaluative Trial Trials Group. Randomised trial of glutamine, selenium, or both, to supplement parenteral nutrition for critically ill patients. BMJ 2011; 342: d1542
[6] Santora R, Kozar RA. Molecular mechanisms of pharmaconutrients. J Surg Res 2010; 161: 288-94
[7] Fukatsu K, Ueno C, Hashiguchi Y, et al. Glutamine infusion during ischemia is detrimental in a murine gut ischemia/reperfusion model. JPEN J Parenter Enteral Nutr 2003; 27: 187-92
[8] Angstwurm MW, Engelmann L, Zimmermann T, et al. Selenium in Intensive Care (SIC): results of a prospective randomized, placebo-controlled, multiple-center study in patients with severe systemic inflammatory response syndrome, sepsis, and septic shock. Crit Care Med 2007; 35: 118-26
[9] Heyland DK, Dhaliwal R, et al. Antioxidant nutrients: a systematic review of trace elements and vitamins in the critically ill patient. Intensive Care Med 2005; 31: 327-37
[10] Huang TS, Shyu YC, Chen HY, et al. Effect of parenteral selenium supplementation in critically ill patients: a systematic review and meta-analysis. PLoS One 2013; 8: e54431
[11] Alhazzani W, Jacobi J, Sindi A, et al. The Effect of Selenium Therapy on Mortality in Patients With Sepsis Syndrome: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Crit Care Med 2013 Apr 12
by DrMagicianEARL | 2013-04-19 11:41 | 敗血症

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