講演会概要(2013年7月27日,集中治療友の会)(2)
2.敗血症の治療(1)
■集中治療は全身性の炎症凝固の管理ともいえ,感染,循環,呼吸,栄養,代謝,神経筋などあらゆる管理を同時並行で行っていく必要がある.その中でついつい栄養を忘れてしまったりリハビリを忘れてしまったりといったことが生じてくるが,すべてを行ってこその相乗効果が期待されるものであり,習慣づけて覚えていく必要がある.なお,私の持論であるが,重症病態における相互連関(cross-talk)は炎症と凝固のみならず,虚血も組み入れた,炎症・凝固・虚血の3つのcross-talkととらえるべきであると考えており,全身管理における制御ターゲットとしてこの3つを念頭におくべきである.
■敗血症の治療はガイドラインが存在する.2002年にSurviving Sepsis Campaign[29]が開始され,2004年にガイドラインとしてSSCG(Surviving Sepsis Campaign Guidelines)が発表された.このSSCGは2008年,2012年に改訂が行われ[30],現在では日本集中治療医学会,日本救急医学会を含む30の学会・団体に支持されている.LevyらはSSCGの評価として多施設研究を行い,SSCG遵守率上昇とともに死亡率が有意に低下したことを報告した[31].また,Kumarらは2000年から2007年までの敗血症の調査を行った[32].この調査では,敗血症患者は増加し,障害臓器数でみた重症度も重症化傾向となってきているにもかかわらず,平均入院期間,死亡率は改善傾向にあり,SSCGの効果が示されている.
■日本からも本邦の実情にあわせたガイドラインとして,日本版敗血症診療ガイドライン[33]が2012年11月12日に発表された.しかしながら,このガイドラインは推奨項目に不可解な部分も多く,パブリックコメントで多数の批判があり,発表が3ヶ月遅れるといった経緯もあり,完成版においてもいまだに推奨に疑問が残る項目が数多く指摘される.このガイドラインを本邦のスタンダードにすべきかどうかが議論されてきているが,既にこのガイドラインを作成した委員会は解散しており,今後このガイドラインがどのように改訂されるかは全く不明である.日本版敗血症診療ガイドラインについての私の見解についてはブログに記載している通りである.
■当院では敗血症治療において次の7つの目標を提示している.
① 敗血症の早期認知
② できるだけ速い適切な抗菌薬の投与
③ できるだけ速い循環動態安定化
④ 適切な栄養管理
⑤ 二次感染を起こさない感染対策の徹底
⑥ 多臓器不全を残さない
⑦ 早期離床とリハビリテーション
SSCGで「early」という表現から「rapidly」に変わったのと同様に,当院でも「早期の」から「できるだけ速い」という表現に変更している.
■敗血症性ショックはWarm ShockとCold Shockという,相反した2つの病態をもち,治療においてはその病態の理解が必須である.サイトカイン濃度が上昇すると,NOやプロスタノイドなどの各種血管拡張物質が産生されて末梢血管が過剰に拡張することで血圧が低下する[34].同時にアドレナリンβ1受容体を介した陽性変力作用が阻害され,心収縮力低下が生じるが,末梢血管拡張により後負荷が減少するため見かけ上の心拍出量は保たれる.このとき,四肢末梢は温暖であるため,Warm Shockと称される.Warm Shockの状態において血管内皮細胞傷害が進行していくと,血管内皮細胞が膨隆,脱落,アポトーシスが生じ[35],エンドセリン,プロスタグランディン,ヒスタミンなどの血管内皮細胞のNO放出に依存した血管拡張性物質は,血管内皮細胞の脱落した血管平滑筋への直接作用を高め,血管拡張作用から血管収縮作用に転じ始める[36-38].このため後負荷が増大し,心収縮力低下が具現化する.このとき四肢末梢は冷たくなり,Cold Shockと呼ばれる病態となる.
■Warm ShockからCold shockに移行するのは約6-10時間後と言われている.この移行過程において血管内皮細胞傷害に起因する播種性血管内凝固(DIC)を発症する.Warm Shockにはある程度エビデンスが確立された治療法があるが,Cold Shockにはエビデンスがある治療法は存在しない.よって,血管内皮細胞傷害が進行してしまうまでに,すなわち6時間以内に速やかに適切な治療を行って全身状態安定化を終了することが必要であり,逆に,DICなどを発症しはじめるということは血管内皮細胞傷害がかなり進行してきていることを表し,病態がCold Shockに転じ始めていることを認識しておく必要がある.
■当院の敗血症診療プロトコルでは4つの目標達成時間「4Es of Golden Time」を明示している.すなわち,発症or来院から
1時間以内の適切な抗菌薬投与(EAAA;Early Appropriate Antimicrobial Agents )
6時間以内の循環動態安定化(EGDT;Early Goal Directed Therapy)
12時間以内の感染巣コントロール(EISC;Early Infectious Sourse Control)
24時間以内の早期経腸栄養(EGDN;Early Goal Directed Nutrition)
という目標である.これらの目標・Golden Timeを達成するために,様々な治療・管理をまとめた蘇生バンドルと管理バンドルを定め,プロトコル化し,Warm ShockからCold Shockへの進展や臓器不全を予防することが重要となる.
※早期リハビリテーション(EGDR;Early Goal Directed Rehabilitation)も含めたいところだが,Golden Timeの基準はなく,現時点では含めていない.
■当院での敗血症蘇生プロトコルは,診断から始まり,各種検査,抗菌薬投与へとすすんでいくことになる.なお,カンジダ感染症は特に見逃されがちで,可能性があるのであれば(尿路,中心静脈カテーテルなど)β-Dグルカンを計測すべきである.菌血症で最も死亡率が高いのはMRSAでもグラム陰性桿菌でもなくカンジダであることが報告されている[39].
※情報交換会で質問があったため追記:カンジダを想定した経験的な抗真菌薬投与は日本真菌感染症フォーラムによるACTIONs BUNDLE[40]を参考にするとよい.エキノキャンディン系(ミカファンギン,カスポファンギン)かフルコナゾールが第一選択となるが,いずれを選択するかはnon-albicans株の考慮が必要であり,原則として各施設で流行しているカンジダ菌種とantibiogramによる.しかし,症例数の少なさと感受性試験については限界があるのが現実である.そこで,おおまかな考え方として,ICU発症ではエキノキャンディン系が効きにくいCandida parapsilosisをカバーするためにフルコナゾールを,腹部術後・血液疾患・癌患者ではフルコナゾールが効きにくいCandida glabrataをカバーするためにエキノキャンディン系を投与する.
※なお,Candida glabrataは血液培養陽性化までが他のカンジダ菌種に比して非常に遅く,C. albicansが平均40時間であるのに対し,C. glabrataは平均60時間を要する.カンジダ血症では12時間以内に陽性になれば死亡率は15%以下,24時間以内なら死亡率は30%前後だが,この24時間時点でもC. glabrataは検出時間下限に達しておらず検出できない[41].また検出成功率も他のカンジダ菌種の半分に過ぎない[42]ため見逃されやすい.このせいもあってか,検出率上位3菌種(C. albicans,C. glabrata,C. parapsilosis)の中ではC. glabrataが最も死亡率が高い[43].なお,愛知医大の三鴨廣繁先生の研究によると,嫌気性ボトルからカンジダが検出されたらC. glabrataとみなしてよいとのことである.
■もし血圧低下,または乳酸値が4mmol/L以上であれば敗血症性ショックの可能性があり,末梢2ルートを確保して急速輸液負荷チャレンジ(晶質液1000mL/30min)を行う.
※末梢がとれない場合は仕方ないが,原則として中心静脈カテーテルは物理的構造上,急速輸液負荷には不向きである.
■ここで,血圧低下がなくても乳酸値上昇でも敗血症性ショックの可能性を考慮していることに注目されたい.血圧低下はショックにおける現象の1つに過ぎず,血圧が正常でもショック状態ということは臨床上よく経験され,逆に,血圧が正常ならばショックではないという考え方はやめるべきである.現在,ショックは第3世代の定義まで進んでおり,たとえ血圧が維持されていても,末梢組織,細胞での酸素利用障害などを含む酸素代謝異常,もしくは灌流障害があればショックとみなすとされている.この酸素利用障害,酸素代謝異常を示しているのが乳酸値である.血圧が正常のショックはCryptic Shock(神秘的ショック,潜在的ショックと訳される)と呼ばれ,血圧が維持されていても個々の臓器への血液灌流は必ずしも保証されないことを意味する[44].
■Kangらは,Cryptic Shockの患者においては治療プロトコルの遵守率が74%低下すると報告しており[45],治療の遅れから予後悪化につながりうる可能性があるため,血圧が低下していなくても治療をただちに開始する必要がある.Puskarichらは,敗血症性ショック患者において,Cryptic Shock群53例と輸液負荷チャレンジ後も血圧が遷延するOvert Shock群247例を比較し,死亡率に有意差がなかった(20%vs19%)と報告しており[46],このことからも,血圧低下を伴っていないショックでも死亡率は高まることが分かる.
※動脈硬化が非常に進行した患者では既に最初から血管内皮細胞が傷害されている状態にあり,敗血症が進行しても血圧が下がりにくく,Cryptic Shockを呈しやすくなることがある.
※乳酸値が4mmol/L以上でなくても敗血症性ショックに進展することがあり[47,48],また,乳酸値が正常であるにもかかわらず敗血症性ショックに陥ることもある.このようなケースの認知は非常に困難となる.Nikitasらは,敗血症性ショック患者の脂肪組織の乳酸/ピルビン酸比を測定すると,乳酸値が正常の患者であっても死亡リスクと有意に相関したと報告しており[49],今後この計測が迅速に行えるような検査キットがでればより早期の認知が可能となるかもしれない.
[29] http://ssc.sccm.org/Pages/default.aspx
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