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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

講演会概要(2013年7月27日,集中治療友の会)(4)

集中治療友の会(2013年7月27日,名古屋キャッスルプラザ,旭化成ファーマ主催)の講演内容です.最初から読まれる方はこちらをクリック

3.DICの治療

■集中治療領域におけるDIC(播種性血管内凝固)の診断は日本救急医学会が作成した急性期DIC診断基準(JAAM DIC criteria)[92]を用い,4点以上であればDICと診断する.このスコアはDICの重症度を定量化し,スコアリングが容易である.最近報告では,本邦15施設624例の前向き研究[93]が行われ,急性期DIC診断基準スコアはMOF/MODSと予後予測に有用であり,毎日のスコアリングは予後予測能を向上させると報告している.

■敗血症性DICに対するDIC治療薬の推奨度については,日本集中治療医学会の日本版敗血症診療ガイドラインと日本血栓止血学会のエキスパートコンセンサス[94]がある.日本集中治療医学会の推奨はアンチトロンビンⅢ製剤(AT),recombinant thrombomodulin(rTM),低分子ヘパリン(LMWH)を2Cで,それ以外は2Dとしている.日本血栓止血学会はATをB1で,メシル酸ガベキサート,メシル酸ナファモスタット,LMWHをB2で,それ以外をCとしており,rTMについては発売前であったため推奨度がつけられていない.当院の敗血症ガイドラインでは推奨度をA~Eの5段階で評価しており,使用することを推奨したのはAT,rTMでいずれも推奨度Bとし,それ以外は推奨度C,Dとして,使用を推奨していない.これは,本邦で予後改善報告があるのがATとrTMの2つだけだからである.

※後日,国内ではATでの予後改善報告はないのでは?と質問を受けたが,佐賀大学のSkamotoらの1報だけある[95]

■近年注目されているrTMは活性化プロテインCを介して抗凝固作用のみでなく,抗炎症作用も発揮する[96-99].さらに,high mobility group box-1 (HMGB-1)[100-102]やendotoxin[103]の吸着・中和,分解することによる抗炎症作用も兼ね備えた多面的DIC治療薬である.

■rTMのDIC治療効果はほぼ確立されているといっていい.問題は予後改善効果であるが,近年,多数の症例対照研究においてrTMによる予後改善効果が示されてきている[104-108].しかしながら,RCTは国内PhaseⅢのみしか行われておらず,予後改善は示されていない.現在米国でPhaseⅢが施行されており,この結果が待たれる.

■DIC治療開始は急性期DICスコア4点以上が基準となっているが,治療終了の明確な基準,エビデンスは存在しない.過去の多くの報告では投与期間が6日間に固定したプロトコルが用いられており,また臨床現場では慣習的に急性期DIC診断基準スコア3点以下が終了基準に用いられていることが多い.長期間投与では出血などの副作用リスクやコストの懸念も生じてくる.これらのことから,いつrTM投与を終了したらいいのかが臨床現場からの疑問として挙がっていたが,これまでなぜか誰も検討をしてこなかった.

■そこで,当院ではrTM投与の積極的終了基準を導入した.過去の知見と当院における先行データを根拠として以下の3基準を満たした時点で投与を終了するとした.
以下の3基準すべてを満たせばrTMを終了する
 ①敗血症蘇生プロトコルを達成していること
 ②SOFAスコアが前値より低下していること
 ③急性期DIC診断基準スコアが前値より低下していること(3点以下でなくてもよい),またはD-ダイマー値が最大値より25%以上低下していること
これらの積極的終了基準によりDIC治療薬投与期間が短縮し,かつ安全に終了できるとする仮説をたてた.この仮説検証のため,肺炎,尿路感染症が原因の,DICを合併した重症敗血症または敗血症性ショックで,当院の敗血症蘇生プロトコルを遵守し,rTMを投与された患者を対象とし,積極的終了基準を適応した患者群(積極群)と急性期DIC診断基準スコア3点以下で終了する標準的終了基準を適応した群(標準群)を後ろ向きに比較検討した.患者背景に有意差はなかった.プライマリアウトカムであるrTM平均投与期間は積極群2.8(±1.1)日 vs 標準群4.4(±1.0)日であり,有意に積極群で投与期間が短縮した(p=0.002).有害事象は,両群とも1例ずつ死亡例があり(有意差なし),いずれも敗血症治療終了後であり,当院でのrTMの積極的投与終了基準は投与期間を安全に短縮できるものと思われた(本研究は2013年6月19日の第17回大阪DIC研究会で報告した).今後,基準をやや改定した上での前向き研究を検討している.

4.エビデンスと知識管理

■「臨床現場での経験」と「エビデンス,ガイドライン」はしばしば対義語のように用いられる.「経験的にこうだから」という頑固な医師もいれば,「エビデンスはこうだから」という頑固な医師もいる.しかし,経験とエビデンスは相反するものでは決してない.エビデンスは経験から生みだされたものであり,経験はエビデンスをもとに臨床現場で培われるものである.経験は暗黙知(tacit kyowledge)と呼ばれ,エビデンスは形式知(explicit knowledge)と呼ばれる.この概念は経営学から生まれたものである[109].臨床現場での経験をデータとして集約化することで明確化し(externalization),それらを解析することでエビデンスとし,そのエビデンスを臨床現場に還元し(internalization),医療の質を改善する(Quality Improvement).この経験とエビデンスの循環を行う知識管理は,情報共有手段としても非常に重要な意味をもつ.よって,我々はエビデンスから最大公約数的患者利益を目指すEBM(Evidence Based Medicine)を心がけると同時に,臨床現場において個々の患者の最大利益を目指すHBM(Human Based Medicine)を心がけ,Best Practiceを得る必要がある.
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■エビデンスの捉え方には注意が必要である.いかに質の高いエビデンスであってもTPO(時と場所と場合)次第ではその妥当性が損なわれる.

(1) T:Time
10年前に示されたエビデンスが今有用であるとは限らない.治療の進歩により,他の治療との組み合わせ等でも有用性は大きく変化する.質の高いシステマティックレビューのエビデンスであっても,賞味期限は1年以内が15%,2年以内が23%,平均賞味期限は5.5年(95%CI 4.6-7.6)とされている[110]

(2) P:Place
国・地域によって医療事情や人種差で有用性は大きく異なる.海外で示されたエビデンスが日本で通用するとは限らない.

(3) O:Occasion
エビデンスを示した施設の状況は必ずしも自施設ではあてはまらない.三次集中治療施設のエビデンスがはたして二次救急施設でも通用するのか?薬剤や検査機器,モニター,主治医のスキルの影響は無視できない.

■集中治療のエビデンスの最大の落とし穴として外的妥当性(External Validity)に注意が必要であると考えている. これまでの集中治療のエビデンスは救急集中治療医がいるICUにおいて作られてきたものである.このエビデンスは救急集中治療医がいない完全主治医制のopen ICUで有効だろうか?不慣れな医師・スタッフ,マンパワー不足,ICUモニター機器・検査機器・薬剤の不足といった様々な因子がある中でそのエビデンスは本当に有用か?実は救急・集中治療医がいない完全主治医制のopen ICUにおける集中治療のエビデンスは全くないに等しいのである.

■エビデンスを集約化させたものはガイドラインである.このガイドラインをどのように活かすか考える上で,以下の4つのプロセスを提示したい.これらのプロセスは先述の知識管理そのものである.

(1) いかに優れたガイドラインがあっても,推奨項目の羅列ともいえ,慣れてない人間には治療の流れが見えにくくなる上,ガイドラインそのものが認知されていなければ,所詮は絵に描いた餅に過ぎない.よって,まずは研修会などを開催するなどしてスタッフへの周知徹底が必要である.

(2) 病院ごとに診療事情が異なるため,各病院に合わせた治療プロセスを定め,周知徹底させる必要がある.そこで各病院ごとに治療内容のプロトコル化と情報共有をはかる必要がある.

(3) プロコトルを特に理由もないのになぜか受け入れない医師がいるのも現実である.多くの場合は,いわゆる“ベテラン”と呼ばれる医師にこのタイプが多く,経験を盾にしている場合がほとんどである.よって,その医師の経験による治療とプロトコルのいずれがよりよいアウトカムをもたらしているのかを明示するため,データの集約と提示が必要である.

(4) プロトコルは実際に施行してみなければちゃんと運用できるものかは分からない.プロトコル運営に支障をきたす場合やいいアウトカムが得られない場合は,必ずフィードバックを行い,PDSA cycleにもとづいた質の改善が必要である.

■当院での実践例を示す.2011年3月時点での当院では,完全主治医制のためほとんどの医師が敗血症患者を診療しうる状態であったにもかかわらず敗血症の診断と治療の認知度が極めて低く,10%に満たない状態であった.加えて,乳酸測定はできず,集中治療用のNPPVもD-ダイマー迅速キットもない状態であった.そのような中,過去2年間の敗血症性ショック患者の死亡率を算出すると惨憺たる成績であった.

■敗血症性ショックの治療成績改善を目指し,2011年8月に,SSCG 2008をベースにし,その後の知見と当院の環境を加味した当院独自の敗血症診療ガイドラインを完成し,ICU看護師に配布した.この時点では医師には理解は得られていなかった.8月末に80歳代男性の尿路感染症からの敗血症性ショック+DIC症例に対して初のプロトコル導入となり,これまでにないスピードでの状態改善と早期のICU離脱を達成した.この症例経験後にプロトコルの有用性がコメディカルを中心に理解されるようになり,9月にはICU看護師,栄養士,薬剤師,臨床検査技師を対象とした敗血症勉強会を3回開催した.10月にはこれまでなかったD-ダイマー迅速キット,乳酸値計測可能な血液ガス分析機,集中管理用NPPV V60®を採用,導入となり,11月4日に敗血症院内ガイドライン概要を全職員対象に発表,11月11日には全電子カルテからガイドライン閲覧可能となり,各病棟の救急カートに敗血症治療プロトコルカードを設置するに至る.

■しかしながらこれでも医師のプロトコル遵守率は60%程度にとどまった.そこで,当院ICUに入室した敗血症性ショック患者49例を解析対象とし,蘇生プロトコル遵守群と非遵守群の比較を行った.平均年齢74.8±9.5歳,平均APACHEⅡスコア23.2±6.2,平均SOFAスコア10.6±2.2,DIC合併率は67.3%であり,両群間の患者背景に有意差はなかった.院内死亡率は遵守群33.3% vs 非遵守群77.4%であり,遵守群が統計学的に有意に死亡率が低い結果となった(p=0.002).オッズ比は0.14(95%CI 0.04-0.53)であり,後ろ向き症例対照研究での有用性結果で妥当とされているオッズ比<0.25[111]も満たしていた.多変量解析でも蘇生プロトコル遵守が生存に関連した独立因子であった(OR 0.66, 95%CI 0.52-0.86, p=0.002).
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■ベンチマーキングとして,海外三次救急施設での重症敗血症の院内死亡率(PROGRESS study:27.0%)と日本の三次救急施設での重症敗血症院内死亡率(第1回Sepsis Registry調査結果:37.6%)を提示する.当院遵守群の院内死亡率33.3%は重症敗血症の中でもショック例のみに限定しており,重症度は海外・本邦いずれのデータよりも高いにもかかわらず,遜色のない死亡率となっており,救急集中治療医が不在の当院であっても決して劣ってはいない死亡率である.集中治療医がすべての診察に携わるhigh intensity modelを採用している病院では,そうでない病院と比較してICU死亡率(OR 0.61, 95%CI 0.50-0.75),病院死亡率(OR 0.71, 95%CI 0.62-0.82)が低いとも報告されている[112]こともふまえると,今回の当院のプロトコルは敗血症診療において良好なアウトカムを得られるものと考えられた.
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■現在当院ではプロトコル見直しで改訂作業を行っているが,一部参考モデルにさせていただいているのが名古屋大学救急集中治療部の全身炎症管理バンドル(M11/S4バンドル)である.これは,敗血症のみならず,ICUで扱うあらゆる重症疾患を全身性炎症病態としてとらえて管理治療を行うことを目的に作られており,15個のプロトコル群から構成されている.2011年5月から2012年4月までに,このM11/S4バンドルを適応した敗血症性ショック患者41例の後ろ向き解析では,APACHEⅡスコア23.2±8.0,SOFAスコア11.2±3.9であり,60日死亡率はわずか4%という驚異的治療成績であった.プロトコル内容を見ても当院のような救急集中治療医が不在の二次救急施設ではこの死亡率4%という治療成績を達成するのは困難と思われるが,現在の敗血症治療はここまで死亡率を改善することができるという一傍証であると考えられる.同時に,救急集中治療医がいないopen ICUにおける集中治療のエビデンスを我々も出していかなければならないと考えている.

5.Take Home Message

■最後に
(1) 重症疾患に共通の病態生理メカニズムと治療対象を理解し,全身性の凝固炎症疾患としてとらえる目線を
(2) 病態を生理的制御範囲に回復させることを考える(恒常性維持)
(3) 長期予後(Post-Intensive Care Syndrome)も必ず考慮し,余計な侵襲的医療行為は極力避ける
(4) “経験馬鹿”にも“エビデンス馬鹿”にもならず,知識の循環と情報共有を
(5) Enjoy the “Intensive Care Medicine”

【謝辞】
このような発表の機会を与えて下さった愛知県がんセンター中央病院の川上次郎先生,旭化成ファーマ株式会社に厚く御礼申し上げます.

[92] Gando S, Iba T, Eguchi Y, et al; Japanese Association for Acute Medicine Disseminated Intravascular Coagulation (JAAM DIC) Study Group. A multicenter, prospective validation of disseminated intravascular coagulation diagnostic criteria for critically ill patients: comparing current criteria. Crit Care Med 2006; 34: 625-31
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by DrMagicianEARL | 2013-08-04 19:18 | 敗血症

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