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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

敗血症の展望 to 2020 ~世界敗血症の日(World Sepsis Day)~(4)重症敗血症の予防

4.敗血症の予防
■感染症を発症した患者における重症敗血症の予防とは,短期的に見れば,早期認知と早期診断,長期的に見れば耐性菌を予防するための抗菌薬の適正使用である.

(1) 早期診断
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■敗血症の早期発見はSIRS(Systemic Inflammatory Rseponse Syndrome:全身性炎症反応症候群)の認知に他ならない.SIRSとなる患者の多くは軽症のまま終息することが多いが,そのうちの少数が急速な重症化をたどり,重症敗血症に至る.このため,早期のSIRS認知による敗血症の診断と経過の予測が非常に重要となる.

■SIRSの病態は,本来は有益であるはずの炎症反応が過剰となった状態であり,敗血症は感染症によって生じたSIRSとされる[1].すなわち,SIRSは感染症による侵襲に対して,局所でサイトカインが産生されて全身に播種され,炎症反応のコントロールが破綻し,炎症が局所に留まらず全身へ波及した場合,サイトカインは生体の保護因子ではなく,むしろ破壊因子として働き,多数のカスケードと網状内皮系が活性化され,循環動態が破綻するため,臓器不全が生じる.以上から,敗血症の本態は菌血症ではなく,SIRS,すなわちPAMPs,Alarminsといった炎症性メディエーター[2]である.

■敗血症は以下のSIRS基準4項目のうち2項目以上該当すれば診断される[3].この基準は1991年に米国集中医療学会(SCCM)と米国胸部医学会(ACCP)が合同で発表したものであり,その後,簡便な早期発見スクリーニング基準として広く使用されている.
(1) 体温 >38℃ or <36℃
(2) 脈拍 >90回/分
(3) 呼吸数 >20回/分 or PaCO2<32mmHg
(4) WBC >12000/mm^3 or <4000/mm^3 or 桿状好中球 > 10%
■このSIRS基準には4項目中バイタルサインが3項目を占める.覚えやすく,すぐに診断できるツールであり,早期に重症化を認知して事前に対処するためにも看護経過記録は非常に重要となる[4].常に病棟に配置されている看護師によるSIRSの早期認知は非常に重要であり[5]医師のみでなく看護師もSIRS基準と重症敗血症・敗血症性ショックの徴候を認知できるよう教育することが世界集中治療看護連盟(WFCCN)のガイドラインでもGrade 1Cで強く推奨されている[6].実際に,医師のみならず看護師も含めた敗血症教育プログラムの導入により,死亡率が改善したと報告されている[7,8].SIRS基準を使用したスクリーニングツールの導入により看護師によるスクリーニングが増加し[9],死亡率も減少しうる[10]

■2001年にはSCCM,ACCPに加え,欧州集中医療学会(ESICM),米国胸部疾患学会(ATS),外科感染症学会(SIS)で集まったInternational Sepsis Definitions Conferenceで定義の再検討が行われ,SIRSは有用な概念であるが,感度過剰かつ非特異的だとして,生体反応を細かく評価する方法が提唱され,以下の新しい診断基準[11]が発表された.敗血症の国際ガイドラインであるSuuviving Sepsis Campaign Guidelines(SSCG)は,SSCG 2004,SSCG 2008においてはSIRS基準を推奨していたが,SSCG 2012ではSIRS基準の記載がなくなっており,2001年基準が提示されている.

■しかし,この2001年基準は,個々の項目は敗血症の臓器不全において重要なもではあるが,20個以上から構成されている上にいくつ該当すれば診断するのかが明示されておらず,実際の臨床現場では使用しづらいものとなっている.SIRS基準と精度を比較した研究が2報[12,13]あるが,ほとんど変わらない精度であり,いずれを用いても予後も差がないと報告されている.以上から,SIRS基準を用いることは精度と臨床現場を鑑みても妥当と推察される.

■現在臨床現場で使用可能なツールであるプロカルシトニンは敗血症の診断ツールとしては有用である[14]が,プロカルシトニン早期診断目的に使用するのは危険であり,推奨されない.プロカルシトニンの精度を検討したメタ解析14報を見ると,感度は0.59-0.96,特異度は0.43-0.91,AUROCは0.61-0.91とバラつきがあるが,おおむね0.7台といったところで,この数字を見ればCRPに比して特段優れているわけではない[15].診断ツールとしてはあくまでも参考指標にとどめるべきである.

■この他にも,敗血症が重症化しやすい患者集団を理解しておく必要があり,とりわけ糖尿病,肝硬変,悪性腫瘍をはじめとする免疫低下に関連する基礎疾患を有する患者が感染症を発症した場合は注意が必要であることは言うまでもない.

■事前に敗血症をきたしやすい患者,薬剤の効きやすい患者の遺伝的素因を解明する研究が進められている.現在ゲノム研究は米国を中心として急速に進んでおり,ヒトゲノムにおけるDNA多型(SNP)の一般集団におけるパターンを特定し,この情報を社会の共有財産として医学や医療の発展のために自由に利用できるようにする目的で開始された国際プロジェクトである国際ハプロタイプ地図(HapMap)計画[16]が2002年よりスタートしており,敗血症もこのHapMapプロジェクトで同定されたSNPを利用して,より大きな集団を対象にゲノムワイドでの遺伝子多型を同定していくことが望まれる.

(2) 耐性菌をださない抗菌薬適正使用

■1925年にAlexander Flemingがアオカビからペニシリンを発見し,1940年にはペニシリンが実用化となり[17],感染症治療は飛躍的に進歩し,抗菌薬のなかった時代(Pre-antibiotic era)からAntibiotic eraとも呼ばれる時代に移行した.しかし,それから20年足らずでペニシリン耐性黄色ブドウ球菌が急増している.実際にはペニシリン耐性菌は本剤が臨床で使用されるようになる以前から存在していたことが報告されている[18].自然環境においてはペニシリンを産生する菌に曝露される菌は多数存在しており,それらが生き延びるためにはペニシリンに対する耐性を持つ必要があった.すなわち,環境微生物に由来する抗菌性物質には古くから耐性菌が存在することは必然的なことであり,同時に抗菌薬に対する耐性獲得も時間の問題であったことは容易に想像できる.

■これに対し,キノロン系抗菌薬は自然界には存在しない化合物であったため[19],本剤耐性菌株が出現する可能性は低いと考えられていたが,この抗菌薬に対しても耐性菌が出現し,その頻度は上昇傾向にある[20]

■メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)のアウトブレイクにより認識が広がりだした多剤耐性菌は,現在,ほとんどの抗菌薬が効かない基質拡張型βラクタマーゼ(ESBL),メタロβラクタマーゼ(MBL),ニューデリー・メタロβラクタマーゼ(NDM-1)といった驚異的な耐性度をもつタンパクを有する菌が発見されるまでになっている.このような多剤耐性菌は日和見感染が主体であると考えられてきたが,近年,市中感染型MRSAが増加傾向にあり[21,22],2011年にドイツで食中毒により大流行した大腸菌O-104はESBL産生株であり[23],2011年に京都で発見された多剤耐性淋菌[24,25]も記憶に新しい.

■カルバペネムならグラム陰性桿菌にほとんど有効という時代は既に終わっており,インドをはじめとする海外では大腸菌にカルバペネムが無効であることが当たり前という国も多い.本邦であってもカルバペネム耐性緑膿菌は珍しくなくなっている[26,27].ESBL産生によるカルバペネム以外のほとんどの抗菌薬に対する薬剤耐性は世界中に拡散しているが[28],近年,カルバペネムすら加水分解するβラクタマーゼを産生する腸内細菌科の細菌(CRE)が日本でも臨床分離されている[29].このような高度多剤耐性株に対してコリスチンやチゲサイクリンなどが開発されてきたが,隣国の台湾では,この2剤すら効かないアシネトバクターが増加している[30]

■このように菌の耐性化の新規抗菌薬創薬のイタチゴッコが繰り広げられてきた中,抗菌薬開発はビジネスとしてリスクが高い割にはあまり収益が見込めない分野であり[31],採算性などの観点から最近は抗菌薬開発から撤退する企業が増加している[32].米国でも2020年までに新たな10種類の抗菌薬を開発するプロジェクトが行われているが,背景には1980年代以降,抗菌薬の数が減少し続けているという厳しい現状がある[33]

■米国で最もポピュラーな感染症診療の教科書であるInfection Diseasesは,Frederick Southwickの「われわれは抗菌薬の時代の終焉にいるのか?」という衝撃的な見出しから始まっており,今や世界は抗菌薬のなかった時代Pre-antibiotic eraと同じ状況になりつつある,Post-antibiotic eraにいるのかもしれない.抗菌薬の乱用により数多くの薬剤耐性菌が発生し,院内に留まらず,その地域にまで拡大しており,その速度は医師の想像の範疇を大きく越えるものである.

■東南アジアでの抗菌薬耐性化は特に深刻である[34].その原因は抗菌薬の乱用だけではない.インドでは入院していない一般人からもニューデリーの川からもNDM-1産生菌が普通に検出される.インドの抗菌薬後発品(ジェネリック)の生産工場の廃液にニューキノロン系抗菌薬のシプロフロキサシンが含まれており,その廃液の解析で様々な耐性遺伝子が検出されている.すなわち,ジェネリックの抗菌薬のずさんな生産管理から環境での抗菌薬耐性遺伝子を菌が獲得し,それが一般人に拡散,インドの病院での耐性菌が蔓延し,それがヨーロッパ,さらには世界に拡大しているという構図が示されつつある.抗菌薬をジェネリックメーカーが生産していることも多剤耐性菌を生み出す懸念材料となっている.

■このような中にあって日本の耐性菌の事情は実は海外よりは悪くない.MRSA分離率は近年低下傾向にあり,市中感染型MRSAの流行もまだわずかであり,VREやNDM-1なども数えられる程度しか検出されていない.カルバペネムに耐性化した大腸菌や肺炎桿菌を見ることもまずない.アシネトバクターのカルバペネム耐性化率を見ると,米国50%,欧州15%,サウジアラビア90%,インド17%,タイ75%,シンガポール46%,韓国70%,中国80-90%であるのに対し,日本は2%である.日本は1990年代から急速に発展した感染対策と感染症診療により耐性化を抑えており,いい意味でガラパゴス化しており[35],この現状を悪化させてはならない.

医療現場で使用されている抗菌薬の半数は不必要あるいは不適切であるとされている[36].今後も耐性化を抑えていくためにも,抗菌薬適正使用は必要であり[37],ICT(感染制御チーム)や感染症専門医と協力して,有効かつ耐性菌を作らない抗菌薬適正使用が望まれる.広い視点に立てば,敗血症を発症したとしても,薬剤耐性菌でなければ治療の効果および予後の改善が期待される.したがって,敗血症の予防といは,病院全体の薬剤耐性菌感染症の頻度を減少させることもひとつの方策であるということができる[35]

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by DrMagicianEARL | 2013-09-20 11:45 | 敗血症

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