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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.Stop Sepsis, Save Lives.

【雑感】製薬メーカーによるマスコミ向けセミナー

■青木眞先生が「市中病院で見る世界の感染症セミナー」中止のお知らせをされていたので何事かと思い詳細を見てみると,原因は薬事日報3月4日の記事だった.リンクを見たらすぐ分かるので製薬メーカー名はもう伏せません.以下引用.抗菌薬適正使用を行っている先生方はこれを見ておそらくは頭にアラートが鳴るのではないだろうか?
【塩野義製薬】最も強い薬剤を短期投与‐抗菌薬適正使用でセミナー
http://www.yakuji.co.jp/entry35009.html

 塩野義製薬は2月26日,「グローバルにおける感染症治療」をテーマにマスコミ向けセミナーを開催し,竹安正顕海外事業本部長が,世界の感染症を取り巻く現況と治療薬の適正使用に対する同社の取り組みを語り,抗菌薬のグローバルスタンダードについて,「最も抗菌力の強い薬剤の短期間使用を地道に行うことにある」と強調した

 竹安氏は,日本では少ないカルバペネム耐性菌が米国や世界で問題になっている原因について、「日本は,最も抗菌力の強いカルバペネム抗菌薬を最初に短期間用いてきたが,米国や中国等では他の薬剤を先に使って同剤を最後に取っておく投与法を採用してきたことにある」と分析.抗菌薬療法のグローバルスタンダードは,「各病院ごとに出現する分離菌の状況,抗菌薬の感受性に従い,最も抗菌力の強い薬剤の短期間使用を地道に行うことにある」と提言した.
■塩野義製薬といえば,インフルエンザ啓蒙CM/サイトで多数の医療関係者から猛批判を浴びた(ついでに言えば「痛みはうつ」のCMも)ばかりだが,そこにきての今回のこのニュース.メーカー広報部はさすがに度が過ぎるのではないか.というわけで反論を書いておくべきと考えた.

※インフルエンザ啓蒙CM/サイト問題についてはこちら→http://drmagician.exblog.jp/21562162/

■セミナーの詳細までは掲載されていないが,「最も抗菌力の強い薬剤の短期間使用を地道に行うことにある」という台詞には違和感を感じる.好意的にとらえるなら,「その患者の状態に合って,推定病原菌に抗菌力を有する抗菌薬を(十分量)を用いて短期間で使用する」という意味で,一般人(ここではマスコミ関係者)向けに分かりやすく説明したのであれば問題はないが,そもそも「最も抗菌力の強い薬剤」という表現の時点で,感染症診療に理解があまりないのでは?と思われるし,後半でカルバペネムについて「最も強い抗菌薬」と言及している.

■基本的に抗菌薬を強い弱いという指標に分類するのは間違いである.たとえばメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)に対してはセファゾリンがよく用いられるが,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)であれば当然効かず,バンコマイシンが有効となる.ではバンコマイシンはセファゾリンより強いかというとそういうわけではない.セファゾリンが有効か無効かは黄色ブドウ球菌側の耐性遺伝子の有無で決まっているのであり,セファゾリンの方がバンコマイシンよりもMSSAに対する抗菌活性が強い.このように,病原菌ごとに,さらには感染臓器ごとに得意とする抗菌薬は変わりうるため,一般化して「この抗菌薬は強い」という表現は不適切となる.

■となれば,この発言の意図するところは,「感染症治療の中核となるβラクタム系抗菌薬の中でも最も広域スペクトラムを有するカルバペネム系を使え」という推奨にしか見えてこないのである.塩野義製薬はカルバペネム系抗菌薬であるドリペネムを販売している以上,メーカーがマスコミ向けに自社製品アピールを暗に含んだ抗菌薬推奨をグローバルスタンダードとして語っていることになり,極めて危険なバイアスといえる.極端に言えば,これによりカルバペネム系抗菌薬を使用していないだけで,それが適切か不適切かに関係なくマスコミが「カルバペネム系を最初に使っていないのは医療ミスでは?」と騒ぎ出す報道を行いかねないわけである.これまでのいわゆる医療崩壊の進展の原因のひとつにマスコミの歪んだ報道が関与していることは紛れもない事実であり,「極端に言えば」と前置きはしたものの,現実的に十分に起こりえる話であると思われる.ましてや抗菌薬メーカーが感染症医療崩壊を誘導するなどあってはならない.インフルエンザのCMの一件といい,メーカーとしての体質を疑わざるを得ない.

1.「日本ではカルバペネム使用量が多いから耐性菌が少ない」は正しいか?

■日本では少ないカルバペネム耐性菌が米国や世界で問題になっている原因を「海外ではカルバペネムを最初に使用しないから」としたのはおそらくカルバペネム消費量のみで見た結果であろう(このような主張をされる方々はほとんどが消費量のみでしか考察していないのをよく見かける).しかし,各国の背景の違いを考慮せずに消費量の比較で判断することは誤った結論を導きかねず注意が必要である.また,抗菌薬消費量が増えれば耐性率が増す例がいくらでも存在することは,ペニシリン実用化からわずか20年でペニシリン耐性黄色ブドウ球菌が発見され,さらにはMRSAが出現し世界中に伝播してきた歴史が物語っている.

■例えば,バンコマイシンすら効かない腸球菌(VRE)は1989年から米国で急激に増加したが,このときバンコマイシンを使用していなかったからではなくむしろバンコマイシンの消費量は非常に増加していたのである.欧州でも家畜の発育促進物質であるavoparcin(バンコマイシン類似物質)が関与しており,この使用禁止によりVREのヒトからの検出頻度が大きく減少している.日本が他国よりVREが少なかったのはバンコマイシンがMRSAにしか適応がなく,乱用されていなかったためと考えられている.

■「カルバペネムを使用すると耐性菌が増えるする科学的根拠はない」と仰っている先生もおられるようだが根拠は文献として既に報告されている.Carmeliら[1]は,緑膿菌感染症患者271例のコホート研究を行い,緑膿菌の薬剤耐性増加リスクが,セフタジジム(CAZ)で0.8倍,ピペラシリン(PIPC)で5.2倍,シプロフロキサシン(CPFX)で9.2倍であったのに対して,カルバペネム系のイミペネム/シラスタチン(IPM/CS)で44.0倍と圧倒的に高かったことを報告している.Owensら[2]も抗菌薬使用と入院期間に関連したグラム陰性桿菌の薬剤耐性獲得率はアンピリシン/スルバクタム,第3世代セフェム,フルオロキノロン系に比してカルバペネム系のIPM/CSが高かった.カルバペネム系抗菌薬は薬剤耐性誘導の危険性が高いことはこのように臨床において既に知られていることである.

2.病原菌の抗菌薬耐性獲得はしばしば我々の予想を超える

■日本ではまだ耐性菌が少ないから,という油断は禁物である.ペニシリン耐性菌は本剤が臨床で使用されるようになる以前から存在していたことが知られている[3].自然環境においてはペニシリンをはじめとする抗菌物質を菌が産生することにより自分のなわばりのようなものを作ることが知られており,この抗菌物質に曝露される菌は多数存在しており,それらが生き延びるためには抗菌物質に対する耐性を持つ必要があった.すなわち,環境微生物に由来する抗菌性物質には古くから耐性菌が存在することは必然的なことであり,同時に抗菌薬に対する耐性獲得も時間の問題であったことは容易に想像できる.

■これに対し,キノロン系抗菌薬は自然界には存在しない化合物であったため[4],本剤耐性菌株が出現する可能性は低いと考えられていたが,この抗菌薬に対しても耐性菌が出現し,その頻度は上昇傾向にある[5].耐性化の速度は医師の想像の範疇を大きく越えるものであることを認識しておかなければならず,そのための抗菌薬適正使用でもある.ほとんどの抗菌薬が奏功しないNDM-1,KPC,MBLといった菌株の出現をカルバペネム系抗菌薬開発時に誰が想像しただろうか?当時は,「強力な抗菌薬が開発されたので,細菌感染症は撲滅できる」とまで主張した人もいたくらい楽観的予測だったのである.

3.カルバペネムをいつ使用するのか?

■私自身カルバペネム系を使用することはある.耐性菌が原因菌の可能性のある重症敗血症では選択肢に十分入ってくるし,原因菌不明の段階での壊死性筋膜炎でも使用を推奨する.一方で,「最初にカルバペネム系のような広域スペクトラムの抗菌薬を投与して,原因菌判明後にde-escalationする」という理論も見直す時期にきている.

■肺炎領域においては,初期抗菌薬治療は予後に関連しない,むしろ宿主の状態が予後に関連するという報告が多数でてきており[6-12],さらに広域カバーからのde-escalation戦略によって逆に予後が悪化したとする報告もある[13,14].重症感染症患者においてde-escalation戦略が予後を改善したとする報告は現時点では小規模のコホート研究しかなく[15-18],RCTは報告がない[19].以上から,de-escalationを行うなら初期はとりあえず広域カバーでもOK,という単純な話ではなくなってきているのが近年のエビデンスから分かる.耐性菌推定は大事ではあるが,より大事な抗菌薬選択因子は患者の状態評価であり,これをもって抗菌薬を選択すべきである.

■日本のカルバペネム使用量の多さが,真にカルバペネム必要度を反映しているのであればよいが,実際はそうではなく,不適切使用が非常に多いことは日本中のICTが感じていることだろう.医療現場で使用されている抗菌薬の半数は不必要あるいは不適切であるとされており[20],今後も耐性化を抑えていくためにも,抗菌薬適正使用は必要であり[21],ICT(感染制御チーム)や感染症専門医と協力して,有効かつ耐性菌を作らない抗菌薬適正使用が望まれる.同時に,カルバペネム系は他の抗菌薬に比してコストが高く,副作用リスクも高い部類に入るため,耐性菌以外の問題もかかえている抗菌薬である.

■このような中にあって日本の耐性菌の事情は現時点では海外よりは悪くない.MRSA分離率は近年低下傾向にあり,市中感染型MRSAの流行もまだわずかであり,VREやNDM-1なども数えられる程度しか検出されていない.カルバペネムに耐性化した大腸菌や肺炎桿菌を見ることもまずない.アシネトバクターのカルバペネム耐性化率を見ると,米国50%,欧州15%,サウジアラビア90%,インド17%,タイ75%,シンガポール46%,韓国70%,中国80-90%であるのに対し,日本は2%である.島国たる日本は1990年代から急速に発展した感染対策と感染症診療により耐性化を抑え,いい意味でガラパゴス化した感染制御を歩んできており[22],この現状を悪化させてはならない.一度耐性菌が増加し始めれば,菌株によっては日本全土に広がるのに数年で十分であろう.これは近年急激にカルバペネム耐性アシネトバクターが増加した韓国がいい例であるし,ESBL産生菌も2007年頃から瞬く間に日本全国に広がった.

■塩野義製薬には感染症治療薬を販売してきたメーカーであるならば,このようなミスリードを招きかねないアピールは自粛していただきたいところである.

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by DrMagicianEARL | 2014-03-08 17:23 | Comments(0)

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