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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.Stop Sepsis, Save Lives.

「First, Do No Harm」をヒポクラテスの誓いとして使うべきではない

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■「First, Do No harm !」「Avobe All, Do No Harm !」(まず/何よりも,害を与えてはならない)という言葉は頻繁に使われており,ラテン語ではPrimum Non Nocereである.PubMedで「Do no harm」または「Primum non nocere」で検索すると1000を超える文献がヒットしており,この短く分かりやすい言葉がいかに引用されているかが分かる.ではこの言葉の由来についてはみなさんは御存知だろうか?

■「"First, Do No Harm"はヒポクラテス(Hippocrates)の誓いのひとつである」と由来を答える人がほとんどと思われる.しかし,ヒポクラテスの誓いにはこのような短文はない.ヒポクラテスの誓いの中には,英訳で「I will prescribe regimens for the good of my patients according to my ability and my judgment and never do harm to anyone.(自身の能力と判断に従って,患者に利すると思う治療法を選択し,害と知る治療法を決して選択しない.)」とあり,ここが類似している点である.確かにこの文章の一部としてDo No Harmを取り出したと考えることもできるかもしれない.しかしながら,意味がわずかながら異なってくること,ラテン語としては合わないことも指摘されている.そもそも頭につく「First」や「Above all」はいったいどこから来たのか?

■実は近年の由来の調査[1]では,この「Do No Harm」はヒポクラテスの言葉ではないとされている.弟子のガレン(Galen)という説もあったが,それも否定的であり,この言葉の由来は実はヒポクラテスの誓いにつながらない可能性が高いとされている.「First, Do No Harm」という言葉をヒポクラテスの言葉として引用すべきではなく,用いるならヒポクラテスの誓いからそのまま文章を引用すべきである.

■多くの人がこの言葉の由来を勘違いしている上に,教育現場でも不適切な引用が非常に多い.この言葉を批評というよりは象徴として用いていること[2]や,この言葉そのものに対する批判もでてきている.短い言葉ゆえに,しかも「First」や「Above all」が前に付いた結果,害を与えないことが前面に出すぎてしまいヒポクラテスの誓いが意図する意味と乖離し[3],害を過剰評価することで患者が得られるであろう利益とのバランスを考えなくなってしまうリスクがある[4].それゆえ「First, Do No Harmという短い言葉だけを示すのは不適切である」と指摘されている.
※私はこの「First, Do No Harm」という言葉は,原稿や講演会では使わないようにしています.

■話がやや脱線するが,私はエビデンスネガティブデータの扱いについて,とりわけ感染症・集中治療領域でここ1-2年間で感じていた,うまく言葉では言い表せない違和感をネット上で感じていた.これはFirst, Do No Harmというフレーズ(この言葉が出てきたわけではないが)の負の面を知らないうちに反映されていた心理的バイアスを感じ取っていたのではないかと考えている.

■たとえば薬剤の批判的吟味の際,有効性に関する報告は厳しく査読しつつ,ネガティブデータに関してはConclusionsだけに飛びついたかのような極端な発言がネット上で見受けられるのも事実である(仮にその先生がちゃんと読んで吟味していても,ネット上の発言はそう見えてしまうということ).私自身,2年くらい前はネガティブデータの論文の吟味が今よりかなり甘かったのも事実で,すぐに飛びついて過剰反応していた.リスクとベネフィットのバランスまでを深く考えていなかった部分もあった.そしてあるときに,「あれ?できる限りニュートラルに,と思っていたのに自分にバイアスがかかってる」と感じるようになり,ふとネットで周囲を見ると,そんなバイアスが全体的にかかっているようにも見えることに気がついた(私自身もそのバイアスが完全に消えたわけではなく,なかなか難しいところがある).

■要は,情報発信があったら,その元となる論文をちゃんと自分で確認し,自分で判断する,ということをちゃんと行うべきである.しかし,医療従事者全員がそうともいかず,理想がなかなか達成できない部分はある.英語を読むのが苦手な人もいれば,論文の吟味がまだ苦手な人や論文を読もうにも時間がない人も多い.自分の専門外領域の論文であれば読む優先順位が下がって後回しになることもあるかもしれない.そこに声が大きい先生の解釈等が提示されると,その通りに流れてしまう人もいて,おそらくその数は決して少なくない.そして,その傾向が特にネガティブデータ論文がでたときによく見られる.

■情報の受け取り側は相当ヘテロな集団である.「そんなことをいちいち気にしてたら情報発信もできなくなる」,と言われそうだが,情報発信と受け取りにおいてできる限り注意しておきたい部分である.
※と書きつつなんですが,このブログのこれまで書いてきた記事すべては極力ニュートラルな視点を心がけようとはしていますが,私の考えのフィルターがかかっているというバイアスリスクがあることが前提として読んでください.最近,いろんな病院の先生から「研修医が抄読会で先生のブログから記事を引っ張ってきてました(笑)」と言われることもあってちょっと気がかりにはなっているのですが,ちゃんと元論文を熟読・吟味してくださいね.

■First, Do No Harmについての由来等を検証した詳しい論文について読まれたい方は,ややマニアックな内容ではあるが以下の文献[1]がおすすめである.

[1] Smith MC. Origin and Uses of Primum Non Nocere - Above All, Do No Harm. J Clin Pharmacol 2005; 45: 371-7
[2] Brewin T. Primum non nocere ? Lancet 1994; 344: 1487-8
[3] Touhey JF. Balancing benefit and burden: merely avoiding harm does not carry out the intent of the Hippocratic oath. Health Prog 1989; 70: 77-9
[4] Lasagna L. The therapist and the researcher. Science 1967; 158: 246-7
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by DrMagicianEARL | 2014-06-25 20:30 | 文献 | Comments(0)

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