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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

日本版重症敗血症診療ガイドライン2016 CQ案パブリックコメント募集(1)

■日本版敗血症診療ガイドライン(日本集中治療医学会作成)が2012年に作成・発表されています.このガイドラインは,システマティックレビューに基づいた厳密なガイドラインというわけでもなく,様々な問題点の指摘もあったのも事実です.このガイドライン委員会はすでに解散となっておりますが,今回,藤田保健衛生大学の西田修先生を委員長として,日本集中治療医学会と日本救急医学会の両学会から選出された委員(コアメンバー)とワーキンググループメンバーの総勢71名で構成される「日本版重症敗血症診療ガイドライン2016作成特別委員会(JAPAN SEPSIS 2016)」が設置され,2016年内の初版の改訂版の公開を目指して2014年夏から活動を開始しています.

■本日3月5日より,この日本版重症敗血症診療ガイドライン2016のClinical Question(案)がまとまり,パブリックコメントの募集が開始となりました.今回は私も2つの領域のワーキンググループメンバーとして参加しております.皆様の忌憚なき御意見を賜れれば幸甚です.
「日本版重症敗血症診療ガイドライン2016」
クリニカルクエスチョン案 パブリックコメント募集のお知らせ

期間:2015年3月5日(木)から3月31日(火)【必着】
http://www.jsicm.org/jyusyo_haiketu2016.html

■以下では本ガイドラインCQ案について書いていきます.

1.本改訂について

■今回の改訂は改訂というよりも一から作り直しに近い.MINDsのGUIDEシステムトライアルに参加し,MINDsからの支援を受けて作成を行っている.また,各項目領域のワーキンググループメンバーとは別に,どの領域にも属さない独立したグループであるアカデミックガイドライン推進班を立ち上げており,このグループは各ワーキンググループへの監査,ガイドライン全体としての一貫性をもたせるための調節の役割を担っている.また,相互査読制度を取り込み,全メンバーで自分の担当項目以外の項目の匿名査読評価を行うシステムを導入している.作成・議論等はすべて各ワーキンググループごとのメーリングリスト上で行い,コアメンバーとアカデミックガイドライン推進班がROMしている.2014年夏頃より活動を開始し,2016年日本集中治療医学会学術集会でドラフト発表,その後パブリックコメント募集を経て完成版を発表する.また英文化も予定している.

■本ガイドラインの各項目はIntroduction,CQ(Clinical Question),Answer,根拠で構成され,そのうちのCQを今回作成している.CQは18領域,全88項目で,初版にあった「蛋白分解酵素阻害薬」が削除となり(このためシベレスタット(エラスポール®),ウリナスタチン(ミラクリッド®)の名前はCQ案にはない),「感染巣に対する処置」「鎮痛鎮静」「体温管理」「PICS/ICUAW」「小児」が新たに追加となっている.

■2014年8月末より各ワーキンググループでCQ作成作業を開始した.CQはガイドラインの最重要部分であり,CQによって扱う内容,重要度,作成仕事量などが決定される,いわば骨組の役割となるため,この部分の作成は念入りに行う必要がある.CQの作成は,まずPICO(P:対象,I:介入,C:対照,O:アウトカム)を決定し,各アウトカムごとにシステマティックレビューを行う.たとえばアウトカムが3つ(死亡率,ICU在室日数,副作用)があればシステマティックレビューも3つ行う.これはGRADEシステムと同様の手法である.海外ではシステマティックレビューを行うサービスがあるが日本にはなく,ワーキンググループメンバーが日常診療を行いながらシステマティックレビューを行わなければならず,仕事量と時間的制約は厳しい.よって,SSCG 2012以降に新たな知見がない場合はSSCG 2012を踏襲し,新たに知見がでている場合に限りシステマティックレビューを行う.

■まず,各ワーキンググループがCQを作成し,一方でアカデミックガイドライン推進班がSSCG 2012や日本版初版のCQ項目,2012年以降に出た質の高いRCTなど(約100文献)を検索してまとめて各ワーキンググループに提示し,1回目のCQ改訂作業を行った.改訂したCQについて,今度は自分の担当していない他の項目のCQを匿名査読する作業をガイドラインメンバー全員で行い,その結果を各ワーキンググループに提出し,2回目のCQ改訂作業を行った.そしてコアメンバーによる委員会で各委員がCQを発表し,討議の上採用可否を決定した.今回,パブリックコメント募集直前の最終調整を経たものが公開されたCQ案であり,ここまで6カ月間の議論を重ねてきたものである.

2.Clinical Question

■以下では各CQと私が個人的に気になった点を挙げている.
CQ1.敗血症の診断と定義

CQ1-3.敗血症診断にバイオマーカーを用いるのは有効か?

CQ1-4.重症敗血症診断に日々のルーチンスクリーニングは有用か?
 ここでのバイオマーカーはCRP,プロカルシトニン,プレセプシン,IL-6などが挙げられている.しかし,これらのうちどれが精度が高いかについて論じるのは難しい.現在敗血症では200近いバイオマーカーが研究されているが,現時点では高い確実性をもったバイオマーカーはない.また,現時点で敗血症診断にゴールデンスタンダードは存在しないため,バイオマーカーの精度評価そのものが困難となっていることを留意しておく必要がある(何をもって敗血症と診断したかの研究デザイン次第で精度が変わりうる).ここ3年間で新たな研究が複数報告されているものの現状は変わらないと推察される.

 日々のルーチンスクリーニングはとりわけ敗血症診療に慣れていない施設では威力をおおいに発揮すると推察される.当院も敗血症診療に不慣れであったが,SIRS基準を徹底しただけでその早期診断率と治療成績が飛躍的に向上している.もっともSIRS基準を意識することで,患者のバイタルで特にどのような変化を重視するのかの認識や,呼吸数をちゃんと計測することなどの副次的メリットも大きいと思われる.SSCG 2012では「敗血症の早期発見と早期治療を行うために,感染症の可能性のある重症患者にルーチンで重症敗血症のスクリーニングを実施することを推奨する(Grade 1C)」としている.
CQ2.感染症の診断
CQ2-1.血液培養はいつどのように採取するか?

CQ2-2.血液培養以外の培養検体は,いつ何をどのように採取するか?

CQ2-3.グラム染色は培養結果が得られる前の抗菌薬選択に有用か?
 血液培養に関しては,敗血症であれば必ず採取すべきであるが,本CQ2-1では対象が「敗血症患者」ではなく「菌血症を疑う患者」となっているのはどう解釈すればよいのだろうか?感染症という観点では,例えば髄膜炎や腎盂腎炎等では必須とされているが,肺炎では全例で血液培養を施行することは陽性率やコストを考慮するとルーチンで行う必要はないとする報告も複数ある.菌血症を効率よく見つけるタイミングに関しては現時点ではゴールデンスタンダードはない.発熱時に採取すべきとの意見はよく聞かれるが,エビデンス上は発熱時に採取してもその陽性化率が特段変わるわけではないとされている.

 グラム染色については,海外文献ではその有用性が否定されているため,システマティックレビューを行うとその精度は高くないだろう.しかし,注意すべきはこれらの報告はグラム陽性か陰性か,球菌か桿菌かの4パターンしか見ておらず,極めて雑な報告ばかりで,これをもって有用性を否定すべきではないと思われる.肺炎球菌,インフルエンザ菌,ブドウ球菌,腸球菌,アシネトバクターなどはグラム染色で判断可能となりうる菌であり,抗菌薬選択において重要なツールとなりうると推察される.今回のガイドラインでは,エビデンスレベルは低いが強く推奨するという内容になるだろうか?
CQ3.抗菌薬治療
CQ3-1.有効な抗菌薬治療を1時間以内に開始するか?

CQ3-2.重症敗血症の経験的抗菌薬治療において併用療法は推奨されるか?

CQ3-3.どのような場合に抗カンジダ薬を開始すべきか?

CQ3-4.βラクタム剤の持続投与または投与時間の延長は行うか?

CQ3-5.抗菌薬のディエスカレーションは推奨されるか?

CQ3-6.抗菌薬はどのような基準で中止したらよいか?
 コアとなる抗菌薬領域であるが,今回抗カンジダ薬の扱いが追加となっている.敗血症の原因菌別でみると,カンジダ血症は最も死亡率が高いとする報告が過去にあり,また,カンジダ自体が鑑別からはずれてしまうことも日常診療上よく見かける.近年,β-D-グルカンの有用性の報告も相次いでいること,本邦で進められたACTIONs BUNDLEでも良好な結果が得られていることを考慮すれば,CQにカンジダに関する内容が明記されたことはしごく妥当と思われる.
CQ4.画像診断
CQ4-1.感染巣制御のために画像診断は行うか?

CQ4-2.感染巣が不明の場合,早期(造影・全身)CTは有用か?

CQ5.感染巣に対する処置
CQ5-1.腹腔内感染症に対する感染源のコントロールはどのように行うか?

CQ5-2.感染性膵壊死に対する感染源のコントロールはどのように行うか?

CQ5-3.感染源を血管カテーテルと判断して早期に抜去することが推奨されるのはどのような場合か?

CQ5-4.急性腎盂腎炎に対する感染源のコントロールはどのように行うか?

CQ5-5.壊死性軟部組織感染症に対する感染源のコントロールはどのように行うか?
 初版にはない新たな項目として追加になった領域であるが,すべて各論的な内容となっている.総論的内容はIntroductionで触れるということであろうか?SSCG 2012では「緊急のsource controlが必要な解剖学的に特異な感染巣の検索を行い,可能な限り速やかな診断/除外がなされ,可能なら診断後12時間以内にsource controlを行う」としており,これはCQとして含めてもよかったのではないか?と思われる(敗血症に不慣れな施設ではこれが常識として認識されているわけではない).
CQ6.初期蘇生と循環作動薬
CQ6-1.初期蘇生にEGDTを用いるか?

CQ6-2.初期輸液として晶質液,人工膠質液のどちらを用いるか?

CQ6-3.輸液療法としてアルブミンを用いるか?

CQ6-4.初期輸液の輸液反応はCVP,SVV,心エコーのどれを指標にするか?

CQ6-5.第一選択としてノルアドレナリンを使用するか?

CQ6-6.ノルアドレナリンの昇圧効果が十分でない場合,アドレナリンを使用するか?

CQ6-7.心機能不全に対してドブタミンを使用するか?

CQ6-8.初期蘇生の指標としてScvO2,Lactateは有用か?

CQ6-9.初期蘇生におけるHbの目標値は?
 今回の改訂で私も一番注目している項目である.2つの大規模RCTであるProCESS,ARISEでEGDTプロトコルは標準治療と比較して死亡率に有意差がなかった.この結果をネガティブととらえるか否かだが,非救急医,非集中治療医でも標準レベルの敗血症治療ができるようにするという目的も持っているのがガイドラインであり,標準治療の治療成績が管理に慣れている救急集中治療医によって担保されていることを考えれば,EGDTプロトコルによって救急集中治療医の循環管理と同等の治療成績がだせるととらえることもでき,推奨されるべきものだと考える.

 CQの各項目を見るにバソプレシンへの言及がないのはなぜであろうか?もっとも日本ではあまりバソプレシンは好まれていないようではあるが,それなりにRCTは出されている.
CQ7.呼吸
CQ7-1.人工呼吸中の敗血症患者の一回換気量の目標値はどうするか?

CQ7-2.人工呼吸中の敗血症患者の気道内プラトー圧の目標値はどうするか?

CQ7-3.敗血症性ARDSにおいて高め(≧12cmH2O)のPEEPを用いるか?

CQ7-4.人工呼吸中の敗血症患者の適切な体位は?

CQ7-5.敗血症性ARDSに対する輸液過剰は有用か?
 CQ7-4での体位は「頭高位か仰臥位か」の比較であって,PROSEVA trialで有意に死亡率を改善させたとする腹臥位療法がCQに含まれていない(SSCG 2012では推奨あり).これに関してはメタ解析も複数でている.CQ採用されなかったのは,慣れていない施設ではむしろ危険な手技であるから,というスキル上の問題点をはらむからかもしれない.


→日本版重症敗血症診療ガイドライン2016 CQ案パブリックコメント募集(2)

by DrMagicianEARL | 2015-03-09 17:29 | 敗血症

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