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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

日本版敗血症診療ガイドライン2016(1) 概要

■日本集中治療医学会/日本救急医学会合同特別委員会による日本版敗血症診療ガイドライン2016がオンライン公開となった.
「日本版敗血症診療ガイドライン2016 (J-SSCG2016)」先行公開のお知らせ
http://www.jsicm.org/haiketu2016senkou.html
■今回のガイドラインは,2012年の日本版の改訂というよりゼロから作り直しである.領域は大幅に増えて19項目,Clinical Questionの数は100個弱に及ぶ.作成メンバーも全体で70名以上の大所帯となっている.2014年の夏にkick offとなり,1年かけて吟味に吟味を重ねて骨格となるClinical Questionを作成,その後1年半かけてシステマティックレビューと推奨作成を行った.COIに関しては,金銭面におけるCOI(economic COI)のみならず学術的COI(academic COI)も公開している.
本ガイドラインの特徴(ICUとCCU 2015; 39: 443-8)

1) 2016年の発表をめざし,名称は「日本版重症敗血症診療ガイドライン2016」とした.(その後Sepsis-3発表があり重症敗血症という病名がなくなったため現在の名前に変更)
2) 単なる改訂版の位置づけではなく,一般臨床家にも理解しやすい内容かつ質の高いガイドラインを作成し,広い普及を目指す.
3) 中立的な立場で活躍するアカデミックガイドライン推進班を作成するなど,先進的な組織作りを行い,本邦における大規模ガイドライン作成のモデルを目指す.
4) システマティック・レビューなどを通して,新たに見出されたエビデンスをガイドラインと独立して論文化し,救急・集中治療領域の資産とする.
5) 将来への橋渡しとなることを企図して,多くの若手医師をワーキンググループメンバーに登用している.
6) 質の担保と作業過程の透明化を図るため,相互査読制度,各班内の討議のオープン化,作業過程と討議過程の最終公開を行う.
7) クリニカルクエスチョンとガイドライン最終案の2回でパブリックコメント募集を行う.

今回のガイドライン作成を通してめざす本当の意義(ICUとCCU 2015; 39: 443-8)

国際的なガイドライン(SSCG)があるのに本邦独自のガイドラインを作成することの意義を疑問視する声も大きい.しかしながら,この議論は,複合産業である自動車産業が,わが国の発展にどれだけ寄与してきたかを議論するに近いものと考えている.かつて輸入車しかなかった時代に,まずは模倣あら始めることで国産車を作る試みを始めた先達のおかげで,我が国の多種多様な産業がどれだけ発展したかは改めて述べるまでもない.本邦独自のガイドラインの作成の意義を考えた時,「諸外国と同等のガイドラインさえも作れない国でいいのか?」と問いかけたい.
■このように質の高さと透明性の確保という面でかなり力の入ったガイドラインとなっており,見た目はかなりしっかりしたガイドラインである.ただし,次回改訂に向けた宿題が多数あるのも事実であり,今回作成にたずさわらせていただいた私もそれを痛感している.よって,ガイドラインの弱点も知った上で活用していただきたい.

(1) システマティックレビューはRCTのみで行っている

■今回のガイドラインは作成メンバーが70名以上とはいえ,CQは100個弱に及んでおり,人数も時間も厳しい状況であった.既知の優れたRCTのシステマティックレビューがあり,かつその後にエビデンスを覆すような新規のRCTがでていなければシステマティックレビューは行わないが,そうでない場合,あるいはシステマティックレビューが不足している等の事情があればシステマティックレビューをワーキンググループで行っている.しかし,質があまり高くないRCTしかなくその一方で大規模観察研究を複数有するような介入があった場合,RCTのみでのシステマティックレビューから出される推奨のみでよいのか?という点はlimitationであろう.

■同時に,RCTがないが観察研究はある介入であった場合,今回は観察研究のシステマティックレビューは行っておらず,エキスパートオピニオンとしてまとめた推奨文を作成している.相互査読,委員会での承認,パブコメを経たものとはいえ,作成時の議論の時間も厳しかったワーキンググループもあり,人によっては解釈がかなり異なってくる可能性もあるため注意が必要である.

(2) システマティックレビューへの不慣れ

■今回の作成メンバーのうち,システマティックレビューに長けたメンバーはごく一部であった.このため,MINDsのシステマティックレビュー講習をメンバーは受講しているが,近年のシステマティックレビューから推奨に至るまでの過程の難解さに直面した.その不慣れさが推奨に現れていることも否定できず,パブコメではGRADEシステムの専門家の先生から厳しい指摘があったのも事実である(ただし今回は,似てはいるもののGRADEではなくMINDs方式である).

■バイアスリスク評価やエビデンスの質評価を行う課程では,ある程度決まった法則はあるもののメンバー間での意見の相違も多数生まれ,議論を要するが,実際に行ってみて痛感したのは,かなり長期間の訓練を要するものだということである.

(3) システマティックレビューの質としては・・・

■前述の通り,限られた人数で時間的制約もある中,近年の一般的なシステマティックレビューと同様の方法をとることは難しかった.たとえば,システマティックレビューでは文献検索エンジンは最低2つ以上用いるべきとされているが,今回はPubMedのみに限定している.検索式にしても,網羅しつつヒット数を絞り込めるような検索式を立てているが,本来ならば対象と介入のtermのみで構成した取りこぼしのない感度100%を目指す検索式が望ましい.しかし,それをやれば領域によっては万単位の文献ヒット数となり,これを仕分けるには膨大な時間を要してしまう.

■includeしたRCTのアウトカムであるが,生物学的研究でのデータは非正規分布であるとの考えから,連続変数については平均値と標準偏差の組み合わせではなく中央値と四分位範囲の組み合わせを提示している論文が増加している.しかし,中央値と四分位範囲ではメタ解析はできず,そのようなRCTは解析から除外しているワーキンググループもあれば,除外せずに中央値と四分位範囲を平均値と標準偏差に変換する手法(当然ながら数値の信頼性は落ちる)をとったワーキンググループもある.

(4) 推奨が提示できなかった項目がある

■今回のガイドラインでとりわけ奇怪と思われても仕方がない部分が2か所ある.免疫グロブリン製剤とリコンビナント・トロンボモデュリンである.これらは,RCTが複数ありシステマティックレビューを行った上で推奨を出すも,委員会での複数回の投票で2/3以上の賛同を得られなかった結果,「明確な推奨を提示できない」となったものである.SSCGどころか他のガイドラインでもこのような文面はまず見かけないし,現場にとっては混乱を招きかねない.修正に修正を重ねても議論が紛糾する領域は必ず存在するのだから,合議制なり何らかの落としどころを規定しておいた方がよかったのではないだろうかと感じている.

(5) 現場で即座に使える形ではない

■これは問題点というよりガイドラインそのものがもつ解決不能の弱点であり,今回のガイドラインに限らず,救急集中治療領域のあらゆるガイドラインに言えることである.本ガイドラインは本編だけで300ページ以上,付録も約150ページにおよぶ.推奨文の案に対するパブコメ期間は2週間ずつ2回設けられたが,その期間ですべての文章を熟読できた人はほとんどいないのではないだろうか?(それくらい情報量が多かったので).

■本来,ガイドラインはその治療に不慣れな医師でも標準レベルの医療の質を提供するものであるが,この分量をポンと渡されて目の前の敗血症患者の救命のために緊急の現場で使うのはかなり厳しいものがある.しかも19領域,CQ&Aの羅列が100個近く並ぶが,これをどのように治療の流れとして組み立てていくかをその場で考えるには本ガイドラインだけでは非現実的である.

■また,4年前にSSCG 2012や2012年の日本版が出たとき,臨床現場や研究会で私が感じたのは,CQ&Aのみしか見ておらず推奨文にも目を通していない医師の存在である.分量が多ければ多いほど,この現象は起こりやすいと推察される.

■よって,とりわけ救急・集中治療が専門でない医師が臨床現場で活用するのであれば,このガイドラインの内容をしっかり理解した上で,各施設の現状に合わせたコンパクトなフローチャート等に「圧縮」「翻訳」する必要がある.

■次回からは本ガイドラインの内容について見ていく.
日本版敗血症診療ガイドライン2016(2) 敗血症の診断→
by DrMagicianEARL | 2016-12-27 15:53 | 敗血症

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