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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

日本版敗血症診療ガイドライン2016(2) 敗血症の診断

■以下では具体的な推奨内容(CQ&A)と注意点や私見を述べる.推奨理由等の詳細はガイドライン本文を参照されたい.

推奨提示
推奨提示はMINDs2014に準拠する

エビデンスの強さ(≒質)
A(強):効果の推定値に強い確信がある
B(中):効果の推定値に中等度の確信がある
C(弱):効果の推定値に対する確信は限定的である
D(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない

EC(エキスパートコンセンサス):①網羅的文献検索でRCTが存在しない場合,②委員会で複数の投票で合意が得られなかった場合,において,生理学や病態生理を考慮して提言をする臨床的な解決方法(生理学的に当たり前の事象で,介入試験で検証できない臨床上重要なこと)を推奨できる場合に限って提言.「常識的ではあるが臨床上確認しておくと患者にとって有益な事柄」

推奨の強さ
1:強く推奨する
2:弱く推奨する
 今回の推奨決定へのプロセスはGRADEシステムに非常に似ているが,異なる箇所もあるMINDs2014の方式を用いていることに注意されたい.また,SSCG 2012においてungradedという推奨表記があったが,本ガイドラインではEC(エキスパートコンセンサス)がほぼこれに相当する.

 作業工程としては,CQ(Clinical Question)およびPICO(対象,介入,対照,アウトカム)の決定,PubMedでのRCTの網羅的検索,(規定内容に該当するなら)システマティックレビュー,推奨決定となっている.委員会での投票はコアメンバー19名のうち2/3以上の賛同を得られれば承認となる.

 なお,解釈に注意したい部分として,推奨のベクトルがある.「行うことを弱く推奨する」と「行わないことを弱く推奨する」は真逆とは考えない.推奨の強さは①エビデンスの質,②益と害のバランス,③価値観,④コストや資源の利用の4要因によって規定されるものであり,その推奨度は連続的であるため,推奨と非推奨との間に大きな差がないこともありうる.

CQ1.定義と診断
CQ1-1.敗血症の定義は?

A.敗血症は,「感染症によって重篤な臓器障害が引き起こされる状態」と定義する.敗血症は,感染に対する生体反応が調節不能な病態であり,生命を脅かす臓器障害を導く.また,敗血症性ショックは,敗血症の一分症であり,「急性循環不全により細胞障害および代謝異常が重度となり,死亡率を増加させる可能性のある状態」と定義する.これらは2016年2月に発表された敗血症の新しい定義「The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3)」に準じる.
 2016年2月22日のCritical Care Congressにおいて発表された新しい敗血症の定義であるSepsis-3を採用することとなった.本内容はJAMA誌に掲載されており参照されたい(JAMA 2016; 315: 801-10).ざっくり言えば,炎症主体の概念から臓器障害主体の概念となっており,臓器障害のない感染症は敗血症とみなさなくなった.すなわち,これまでよりも重症度・死亡率の高い集団となる.
CQ1-2.敗血症の診断と重症度分類は?

A.敗血症は,感染症もしくは感染症の疑いがあり,かつSOFAスコア合計2点以上の急上昇により診断する.なお,診断に至るプロセスはICUなどにおいて重症管理をしている場合と,病院前救護,救急外来,一般病棟における場合で分けて考える.

ICUなどの重症管理においては,感染症もしくは感染症の疑いがあり,SOFAスコア合計2点以上の急上昇を確認し,敗血症と診断する.

一方,病院前救護,救急外来,一般病棟では,感染症あるいは感染症が疑われる患者に対しては,qSOFA(quick SOFA)を評価し,2項目異常が存在する場合は敗血症を疑い,臓器障害に関する検査,および早期治療開始や集中治療医への紹介のきっかけとして用いる.最終的には,ICUなどの重症管理と同様に,感染症もしくは感染症の疑いとSOFAスコア合計2点以上の急上昇を確認し,敗血症と確定診断とする.

敗血症の重症度は,大きく敗血症と敗血症性ショックに分類し,従来使用してきた重症敗血症の区分を用いない.敗血症性ショックは,「敗血症の中でも急性循環不全により死亡率が高い重症な状態」として区分し,具体的には輸液蘇生をしても平均動脈血圧65mmHg以上を保つのに血管収縮薬を必要とし,かつ血清乳酸値2 mmol/L(18 mg/dL)を超える病態とする.これらの2つの大きな重症度区分に準じて,個々の患者における重症度と緊急度を判断する.

なお,新たな敗血症の定義と診断Sepsis-3では,感染症(疑いを含む)の評価とSOFA合計スコアの推移(2点以上の急上昇)が診断基準として不可欠な項目であり,敗血症の早期診断と治療開始のためには,日々のルーティンな敗血症スクリーニングが必要である.
 SIRSの診断基準が消え,新たにqSOFAとSOFAスコアがスクリーニング基準および診断基準に組み込まれており,これらはSepsis-3で提示された診断プロセスである(JAMA 2016; 315: 801-10).ガイドライン本文には診断のフローチャートも掲載されており(29ページ参照),これを各施設で活用されたい.

 今回新たに登場したqSOFAは「呼吸数≧22回/分」「収縮期血圧≦100mmHg」「GCS<15」の3項目で構成されており,2つ以上満たせばスクリーニング陽性となる.言い換えれば「呼吸がおかしい」「橈骨動脈が触れにくい/触れない」「意識がおかしい」であり,とにかくベッドサイドで何かおかしいとすぐに気が付きやすいもので構成されていることが分かり,医師のみならずナースをはじめとする他の医療職種でも威力を発揮するスクリーニングツールである.また,SIRS基準では白血球数が必要であったが,qSOFAは採血なしに評価可能である.

(1) qSOFAの注意点
 なお,このフローチャートで特に注意していただきたいのは,qSOFAが2点未満で,基準に該当しなかった場合である.qSOFAスコアは非常に簡便に評価できる3項目ではあるが,当然ながら感度100%とはいかない.私見であるが,Sepsis-3が発表されてから1年弱の間,このqSOFAを適用させてみたが,どうも膿瘍や感染性心内膜炎,蜂窩織炎など比較的時間経過の長い感染症による敗血症においてはqSOFAからすりぬけてしまうようである.そして,これらのすりぬけた全症例の共通点として,呼吸数22回以上を満たすこと,SIRS基準を満たすこと,採血で臓器障害がみられること,の3つが挙げられた.また,中には平均血圧が65mmHgを下回っている症例も1例あった.このように,同じ敗血症でも感染症の違いによってqSOFAでは拾いきれないことがあり,それらを見逃さないための工夫が必要である.

(2) そもそもどこで感染症疑いとするか?
 本診断基準の難点として,感染症が疑われていることが前提である.逆に言えば感染症を疑っていなければそこで終了となってしまう.体温を参考にすればよいとする意見もあるが,体温は特異度が低い上,敗血症でも発熱があるとは限らない.2010年に行われた日本救急医学会の前向き調査Sepsis Registryデータの解析(Crit Care 2013; 17: R271)では4人に1人が36.5℃以下であり,しかもこのような低体温の患者の方が予後が悪いとされているため,体温に頼ったスクリーニングはリスキーである.後述するプロカルシトニンもその感度特異度や数値解釈の難しさを考えればこれだけをもって感染症診断を行うべきではない.

 結局は症状と経過,感染症リスク因子などを総合的に評価する必要がある.ただし,臨床的な経験と感覚で感染症疑いと容易に判断できるケースは多く,敗血症に至るほどの重症度レベルまでなった感染症症例が多数の症例が見落とされることはないと思われるため,実際に問題となるのは非典型症例である.そのような症例では診断に難渋するが,①qSOFA項目の明らかな異常があれば精査の対象となること,②重症度(特に臓器障害やショック)などがあれば緊急性が高く敗血症も鑑別に挙げての何らかの対応が必要となること,を念頭におけば,診断はつかずとも迅速な初期対応は可能になると思われる.

 なお,感染症有無を評価するツールとしてinfection probability scoreというものがある.体温,脈拍,呼吸数,白血球数,CRP,SOFAスコアの数値ごとに点数化され,合計が14点未満なら89.5%の確率(陰性適中率)で感染症を否定できるというものである.私自身は使用したことがないため,使用感は分からないが,項目を見てもすべて非特異的要素で構成されているため,実臨床でどこまで信頼のおけるツールかは判断しづらい(Crit Care Med 2003; 31: 2579-84)

(3) 呼吸数,平均動脈圧,乳酸値計測,SOFAスコアの普及の問題
 この4つはルーチンで見られていないことが多い.とりわけ呼吸数は急変の最も鋭敏なバイタルサインであるにもかかわらず,最も計測漏れするバイタルサインである.また,救急・集中治療を専門としない医師・スタッフは平均動脈圧の評価に慣れていない(そもそも計算方法を知らないこともしばしば).乳酸値計測は血液ガス分析が一般的だが,呼吸状態の評価としてしか用いない医師がいたり,乳酸値が計測項目に入っていない血液ガス分析機を採用している施設もまだ多い.SOFAスコアはICU領域において長年用いられてきた臓器障害スコアリングシステム,ではあるものの実際に日常診療で日々のSOFAスコアを計測しているICUは限られている.敗血症を診断する上で各施設でのこれらの問題点の解決は必須である.研修会等で周知徹底する必要があるだろう.
CQ1-3.敗血症診断のバイオマーカーとして,プロカルシトニン(PCT),プレセプシン(P-SEP),インターロイキン-6(IL-6)は有用か?

A.
①ICUなどの重症患者において敗血症が疑われる場合,感染症診断の補助検査としてP-SEPまたはPCTを評価することを弱く推奨する(P-SEP:2B,PCT:2C).感染症診断の補助検査としてIL-6を日常的には評価しないことを弱く推奨する(2C)

②救急外来や一般病棟などの非重症患者において敗血症が疑われる場合,感染症診断の補助検査としてP-SEPまたはPCTまたはIL-6を日常的には評価しないことを弱く推奨する(P-SEP:2C,PCT:2D,IL-6:2D)
 本推奨は,①ICUで全身状態が不安定な状況で敗血症を疑うが感染症の確定診断に苦慮する状態,②外来あるいは一般病棟入院中で全身状態は悪くはないが敗血症が疑われる状態の2つの状況を想定して検討されたものであるということを理解しておく必要がある.このような場合ではこれらのバイオマーカーが補助的診断ツールとして機能する可能性がある.現時点での評価は上記の通りであり,ICU以外では有用性はいまいちといったところであろうか.

 これらのバイオマーカーは診断ツールではない上にそこまで感度特異度が抜群にいいというわけではないのだが,とりわけ普及しているプロカルシトニンを見ると,実臨床ではあたかも診断ツールかのように計測されており,施設によっては感染症疑い患者でルーチンで計測を行っているなど,不適切使用が圧倒的に多い(宣伝するプロカルシトニンのメーカーも明らかな保険適用外使用をすすめてきたこともあり,プロモーションコードはいったいどうなってるのかと思ったことがある).その上,でてきた数値をちゃんと解釈できる医師は少数派と思われる.カットオフをどこに設定するかでもかなり変わるため,ちゃんと理解して使用しなければ計測するだけ無駄である.

 私見であるが,基本的に敗血症と診断できた状況で計測する意味はなく,また,細菌感染か否かの鑑別確定のために使用するものでもない(実際に計測して主治医が判断に悩む数値(0.1~0.5)がでてコンサルトされることはしばしばあるが,これらの多くの場合は計測しなくていい状況で計測しているだけである).結果的に抗菌薬不適切使用につながっているケースも多数見受けられた.そういう意味ではこれからプロカルシトニン等の院内採用を考えている施設は今一度熟慮されたい.

 そもそも,今回のガイドラインより敗血症の診断はSepsis-3に準じるものとしており,これらのバイオマーカーはSepsis-3基準では一切評価されていないことに注意されたい.

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by DrMagicianEARL | 2017-01-04 19:08 | 敗血症

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