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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

日本版敗血症診療ガイドライン2016(6) ステロイド

CQ8.敗血症性ショックに対するステロイド療法
CQ8-1:初期輸液と循環作動薬に反応しない成人の敗血症性ショック患者に低用量ステロイド(ハイドロコルチゾン;HC)を投与するか?

A.敗血症性ショック患者が初期輸液と循環作動薬によりショックから回復した場合は,ステロイドを投与するべきでない.初期輸液と循環作動薬に反応しない成人の敗血症性ショック患者に対して,ショックの離脱を目的として低用量ステロイド(HC)を投与することを弱く推奨する(2B)
 敗血症におけるステロイドはいまだに議論のさなかにあり,エビデンスも二転三転しているが,特定の集団には有効に作用するであろうというのが近年の流れである.加えて血糖変動が敗血症の予後に想像以上に関連しているのではないかということも分かってきており,ステロイドの益と害のバランスを見極める必要がある.ただし,少なくともショックに陥っていない段階での敗血症へのステロイド投与はショックへの進展率や死亡率を改善させず,高血糖を有意に増加させ,二次感染,ICUAWも増加傾向であったとするHYPRESS trialが2016年に報告されている(JAMA 2016;316:1775-85)ことも考慮すると,ショックでない限りはステロイドの投与は行うべきではないだろう.

 ステロイドは抗炎症作用を有するが,あくまでもグルココルチコイド受容体を発現させる細胞にのみ作用が限定されるにもかかわらず敗血症が進行すると受容体は減少し,細胞選択性もなく,悪影響の懸念がある.さらには血糖値が上昇し,高血糖による害や外因性インスリン投与による害の懸念もある.その一方で,敗血症においては副腎機能低下が進行し,ショック形成に関与していることを留意する必要があり,ステロイドカバーの役割を担う可能性は残されており,これは本ガイドラインでも言及されている.

 ただし,真に副腎機能低下を有するのかの判断は極めて難しい.血中のコルチゾルを測定する方法も考えられるが,血中コルチゾルの9割は蛋白結合型の不活性型であり,活性を有するフリーコルチゾルは1割である.ところが,敗血症ではフリーコルチゾルの割合が50%程度にまで増加する.その一方で,アルブミン低下が著明となると,フリーコルチゾルが正常または増加しているにもかかわらず,総コルチゾルは低く測定されることになる.以上からコルチゾル値を計測しても副腎機能低下の判断は困難である.1つの方法として高度炎症状態では上昇するはずの血糖値がむしろ低い場合に副腎機能不全を疑うことはできるが,菌血症や糖尿病治療薬によって生じている可能性もあるため,確実な判定とはならない.
※ただし,低血糖を合併した敗血症は予後が非常に悪いことから,私は低血糖を見た時点でステロイド投与を行っている.

 本ガイドラインで行われたメタ解析では,28日死亡の有意な改善はみられていないが,効果推定値は1000 人あたり17人が死亡減少(95%CI 82人の減少~56 人の増加)という結果であり,加えてショック離脱率は有意に改善していた(137人が改善(81~198 人の改善)).一方,害のアウトカムは3つが設定されており,どれも重要度は5になっているため重みづけはできない.感染症発生リスクは1000 人あたり 23人の増加(31人の減少~93 人の増加),消化管出血発生リスクは21 人の増加(9人の減少~68人の増加),高血糖発生率は103人の増加であった(62~172 人の増加).これらを見るに,少なくとも感染症発生リスクと消化管出血発生リスクは死亡減少リスクの効果推定値とそこまで変わらない.高血糖発生もショック離脱よりも少ない数である.これらを総合的に見れば,益が害をおそらく上回るという判定は妥当と推察される.

 ただし,各研究ごとにデザインや患者層の違いがある.敗血症性ショックに対する低用量ステロイド療法は有効とする報告と無効とする報告の両方が複数報告されている.2004年のメタ解析(BMJ 2004; 329: 480-84)では,ステロイドによって28日死亡率,ICU死亡率,入院死亡率が有意に減少し,消化管出血,高血糖,続発性感染などの合併症の増加を認めず,ステロイド使用によりショックの離脱率が高く,昇圧薬の使用期間が短くなることが報告され,これを根拠としてSSCG 2004では低用量ステロイド長期間投与が推奨された経緯がある.

 一方で,2008年に報告された二重盲検多施設共同RCTであるCORTICUS study(N Engl J Med 2008; 358: 111-24)は症例数が500例と大規模であり,28日死亡率はステロイド投与によって変わらないことが示された.また,ステロイド群では続発性感染,高血糖,高Na血症が有意に高いことが示された.post hoc解析では,12時間以内に薬剤投与された場合でもステロイドの有無で死亡率が変わらないことが示された.この報告を受けて,SSCG 2008では少量ステロイド療法の推奨度がやや後退することとなる.しかしながら,CORTICUS studyには,ベースの患者の重症度が低い,ステロイド投与開始までの時間が長い(=すでに敗血症が軽快している可能性),有意差を出すためにサンプルサイズを800人に設定していたが,期間内に症例を集めることができず500人で終了している,などの問題点が挙げられている.

 そして,2004年のメタ解析が2009年にup-dateされ,少量ステロイド長期投与による死亡率の改善効果がみられ(Clin Microbiol Infect 2009; 12: 308-18),さらに低用量ステロイドは死亡率が高いと予測される患者(重症患者)では有効となり,死亡率が低いと予測される患者(軽症患者)では害となりうることを報告している.これらから,患者の重症度に応じてステロイドを使い分ける必要がある可能性が示唆され,比較的軽症の敗血症性ショックで使用すると害が益を上回る可能性があることを考慮すべきである.

 本ガイドライン推奨はSSCG 2012でもほぼ同様の内容となっている.なお,敗血症におけるステロイドは現在ANZICSが3800例の大規模RCTであるADRENAL studyを行っており,この結果で一定の決着がつくものと思われる.
CQ8-2.ステロイドの投与時期は早期投与か晩期投与か?

A.成人の敗血症性ショック患者に対してステロイドを投与する場合,ショック発生6時間以内に投与開始することを推奨する(EC/エビデンスなし)
 ステロイドの早期投与と晩期投与を比較したRCTは存在しない.本ガイドラインでは根拠として①ショック発症後8 時間以内にステロイドを投与したフランスの RCT(JAMA 2002; 288: 862-71)ではショック離脱率や死亡率が改善しているが,ショック発症72時間以内に投与したCORTICUS Study(N Engl J Med 2008; 358: 111-24)では改善していない,②2つの観察研究(いずれも170例程度)がステロイドの早期投与の方が死亡率が低いと報告している,を挙げている.

 ①についてであるが,フランスのAnanneらのRCTはCORTICUS studyよりも重症度が高く,ベースの死亡リスクも高いことから,投与開始時間の違い以外に,Annaneらの方がベースの重症度が高かったからステロイド投与群の死亡リスクが改善した可能性がある.
※ガイドラインの解説文がやや紛らわしくなっているが,Annaneらのステロイド投与群の方がCORTICUSのステロイド投与群よりも死亡率が低いという意味ではないと思われる.

 次に②であるが,このガイドラインで挙げられた2つの170例程度の観察研究以外にCasserlyら(Intensive Care Med 2012; 38: 1946-54)の報告があるが,この報告はSurviving Sepsis Campaignデータベースを用いた17847例(敗血症性ショック)の大規模解析である.本解析結果では,ステロイド投与による死亡のオッズ比は,全体で1.18,8時間以内の投与開始で1.23,8-24時間で1.05(N.S.),24時間以降で1.36であり,投与開始時間が8-24時間の場合を除けば有意に死亡リスクが増加している.

 これらを見るに,ステロイド投与を6時間以内に投与することを推奨する,というエキスパートコンセンサスにはやや疑問を感じる部分はある.やはりどの程度の重症度あるいはカテコラミン反応性での判断によることが臨床現場では多いのではないだろうか?その上で後手に回らない早期治療を行っていけば結果的に6時間以内にステロイドが開始されている可能性はあると思われる.また,ステロイドの研究はSSCGが広く普及する以前のものも多いことを考慮しなければならない.

 なお,SSCG 2012,SSCG 2016ともに早期投与・晩期投与については推奨をだしていない.
Q8-3.ステロイドの至適投与量,投与期間は?

A.敗血症性ショック患者に対してステロイドを投与する場合,HC 300 mg/day 相当量以下の量で,ショック離脱を目安に(最長7日間程度)投与することを推奨する(EC / エビデンスなし)
 敗血症性ショックに対する高用量ステロイド投与は死亡リスクが増加するとして既に否定されていることから,行うのであれば低用量ステロイド投与である.投与量で比較したRCTは存在しないが,システマティックレビュー(JAMA 2009; 301: 2362-75)では,5日間以上/未満,ハイドロコルチゾン300mg以上/未満で比較して,低用量長期投与のみがショック離脱率や28日死亡率を改善していたとしている.各研究ごとにステロイドの投与レジメンが異なるものの,これらの結果から投与量・投与期間が最長7日間程度,300mg/day以下と設定している.ただし,ステロイドの副作用を考慮すると,循環動態が改善した場合は早めに投与量を漸減させた方がbetterと思われる.また,小規模研究ではあるが,反復ボーラス投与が持続投与よりも高血糖をきたしやすいことも報告されている(Intensive Care Med 2007; 33: 730-3)ことから,持続投与の方がbetterかもしれない.

 なお,SSCG 2012,SSCG 2016ではハイドロコルチゾン投与量は200mg/dayとしている.
CQ8-4.ハイドロコルチゾンを投与するか?

A.敗血症性ショック患者に対してステロイドを投与する場合,ハイドロコルチゾン(HC)または代替としてメチルプレドニゾロン(MPSL)を投与することを推奨する(EC/ エビデンスなし)
 どのステロイドがよいかについて検討したRCTはないが,過去の研究からこの2種類のステロイドが用いられることが慣習化している.ハイドロコルチゾンとメチルプレドニゾロンを比較した後ろ向き観察研究(Adv Ther 2009; 26: 728-35)では臨床アウトカムに差はない.

 これら以外のステロイドでは,フルドロコルチゾンやデキサメサゾンについて言及しているが,いずれもデメリットが大きいと考えられているステロイドのため推奨されていない.

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by DrMagicianEARL | 2017-04-03 19:16 | 敗血症

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