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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.Stop Sepsis, Save Lives.

カテゴリ:感染症( 12 )

■一般市民の間でHIV検査がなかなか進まない理由のひとつに「HIVに感染すると助からないから検査するのが恐い」というのがあります.検査を受けたくないという若い人に聞くと帰ってくる答えはだいたいこれです.世代によってはドラマ「神様もう少しだけ」を鮮明に覚えておられる方もいて,今はHIVに感染しても死なない時代に変わったということを教えると非常に驚かれます.それくらい,HIV/AIDSの治療が進歩したことはまだあまり知られておらず,悲しいことに医療従事者の間でも認識されていない,HIV/AIDSの疾患の知識が不十分と感じることがよくあります.

■HIV治療薬の進歩は目覚ましく,毎年新薬が出続け,ガイドラインも毎年のように更新されます.片手いっぱいの錠剤を飲まなければいけなかった時代はもう過去の話,今は内服薬は非常に少なくてすみ,副作用も少なくなっていて,一般人と変わらない生活を送ることができます.日本では1日あたり4人ずつHIV/AIDS患者が増加しており,いつどこで自分が感染するか分かりません.推計では依然8人に1人のHIV感染者が自身の感染の事実を知らずに生活しているとされています.HIV検査は保健所で無料で受けることができますので,一度でも性交渉があるなら検査をぜひ受けてください.たとえ感染が分かっても今は様々なサポート体制が整っています.

■今回,HIV感染者で治療を受けた患者の大規模コホートデータの解析結果がLancet HIV誌に報告されました.結果は,HIV患者の平均余命は今や一般人と変わらない,という結果でした.また,まだウイルス量が少ない状態で治療を開始した20歳のHIV感染者の平均余命は78歳と報告されており,できるだけ早いうちに検査を受けて治療を開始した方がいいのです.

■同時に,HIV感染患者は治療の進歩により高齢化が進んでいます.現時点でそのHIV患者の高齢化を受け入れる社会体制はまだ整っているとは言えず,これは医療機関でも同様で,今後の課題になっていくでしょう.
1996年から2013年に抗レトロウイルス治療を開始したHIV陽性患者の生存:コホート研究の共同解析
The Antiretroviral Therapy Cohort Collaboration. Survival of HIV-positive patients starting antiretroviral therapy between 1996 and 2013: a collaborative analysis of cohort studies. Lancet HIV 2017, May.10 [Epub ahead of print]

【背 景】
過去20年間でHIV感染患者の医療福祉は大幅に改善している.これらの改善が予後および平均余命にどのように影響したのかについての推定は,患者,臨床医およびヘルスケアプランナーにとって最も重要である.我々は1996年から2013年に抗レトロウイルス治療(ART)を開始した患者の3年生存と平均余命の変化について検討した.

【方 法】
我々は欧州および北米の18のHIV-1コホートからデータ解析を行った.患者(16歳以上)は1996年から2010年に3種類以上の薬剤によるARTを開始され,少なくとも3年間観察されている場合に解析に組み込んだ.ART開始後の最初の年およびART開始後の2年目および3年目の4期間(1996-99年,2000-03年,2004-07年,2008-年)における,ART開始時の年齢,性別,AIDS,リスク群,CD4細胞数,HIV-1 RNAで調整された全死亡と原因別死亡ハザード率(HRs)を推定した.ART導入の期間から平均余命を推定した.

【結 果】
88504例の患者が我々の解析に登録され,そのうち2106例がART導入の最初の1年で死亡し,ART導入の2年目または3年目で2302例が死亡した.2008-10年にARTを開始した患者は,2000-03年にARTを開始した患者よりも,ART導入後の最初の1年間の全死亡率が低かった(調整HR 0.71, 95%CI 0.61-0.83).ART導入後2年目および3年目の全死亡率もまた,2008-10年にARTを開始した患者の方が,2000-03年に開始した患者よりも低く(調整HR 0.57, 95%CI 0.49-0.67),この減少は1年時点でのウイルス量やCD4細胞数では十分に説明しえなかった.2000-03年のART導入と比較して2008-10年の方が,1年目(調整HR 0.48, 95%CI 0.34-0.67),2年目と3年目(調整HR 0.29, 95%CI 0.21-0.40)のAIDSでない死亡率は低かった.1996年から2010年までの間,ARTを開始した20歳の患者の平均余命は女性で9年,男性で10年延びていた.

【結 論】
後期ART時代であっても,ARTの最初の3年間の生存率は改善し続けており,おそらくは毒性の低い抗レトロウイルス薬への移行,服薬遵守の改善,予防措置,および併存疾患の管理を反映している.これらの改善を考慮に入れて,予後モデルおよび平均余命予測を更新する必要がある.

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by DrMagicianEARL | 2017-05-12 18:04 | 感染症 | Comments(0)
■上気道炎での咽頭痛を訴える患者は非常に多く,このような患者に対しては私はアズノールうがい液を処方することが一番多いです.他にはトローチや小柴胡湯加桔梗石膏を処方することもあります.この咽頭痛があるせいで抗菌薬の不適切使用につながっているという見方もあるようです.

■研修医の頃,咽頭痛にNSAIDsやトランサミンを処方している上級医も見たことがありますが,エビデンス的には・・・.一方,耳鼻科の先生から咽頭痛に対してステロイド(デキサメサゾン)が経験的によく効くということを教えられたことがあります.でもエビデンスや副作用のことを考えると処方する気にはなれず処方したことはありません.今回紹介する論文は成人の急性咽頭痛にデキサメサゾンが有効かを検討したRCTです.結果は,主要評価項目の24時間時点では咽頭痛を改善させる傾向はあるけど有意差なし,副次評価項目の48時間後なら有意に改善というなんとも評価しにくい結果です.どうやら効くかもしれないなという印象はありますが,投与を推奨するほどのインパクトがあるかというと疑問です.少なくともこの研究を見てデキサメサゾンを処方しようとは私はならないですね.
成人の急性咽頭痛における初期抗菌薬なしでのプラセボと比較したデキサメサゾン経口の効果
Hayward GN, Hay AD, Moore MV, et al. Effect of Oral Dexamethasone Without Immediate Antibiotics vs Placebo on Acute Sore Throat in Adults: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2017 Apr 18;317(15):1535-1543
PMID: 28418482

Abstract
【背 景】
急性咽頭痛はプライマリケアにおいては明らかな負担であり,不適切な抗菌薬処方の原因となる.コルチコステロイドは代替対症療法となりうる.

【目 的】
抗菌薬が処方されていない急性咽頭痛における経口コルチコステロイドの臨床的有効性を評価する.

【方 法】
南および西イングランドの42の診療所において,直ちに抗菌薬治療を必要としない急性咽頭痛を診療所で訴えたその日に登録された成人576例の二重盲検プラセボ対照無作為化試験(2013年4月から2015年2月まで;28日間追跡完了は2015年4月)を行った.投与は,デキサメサゾン10mg経口単回(293例)または同一のプラセボ(283例)とした.主要評価項目は,24時間後での症状が完全消失した患者の割合とした.副次評価項目は48時間後に症状が完全消失した患者の割合,中等度の症状持続期間(Linkertスケールに基づく),視覚的疼痛尺度(0-100mm; 0が無症状で100が最も悪い),仕事や学校を休んだ日数,後で処方された抗菌薬使用量または他の薬剤,有害事象とした.

【結 果】
565例の患者(年齢中央値34歳[四分位範囲 26.0-45.5歳]; 女性75.2%; 介入率100%)はデキサメサゾンを投与された288例とプラセボ277例に無作為に割り付けられた.24時間後,デキサメサゾン群で65例(22.6%),プラセボ群で49例(17.7%)が症状完全消失となり,リスク差は4.7%(95%CI -1.8% to 11.2%),相対リスクは1.28(95%CI 0.92 to 1.78; p=0.14).24時間後で,デキサメサゾン投与を受けた患者はプラセボを投与された患者と比較して症状完全消失が多くはならなかった.48時間後では,デキサメサゾン群で102例(35.4%),プラセボ群で75例(27.1%)が症状完全消失し,リスク差は8.7%(95%CI 1.2% to 16.2%),相対リスクは1.31(95%CI1.02 to 1.68; p=0.03)であった.この差は後での抗菌薬投与を受けていない患者においても見られており,リスク差は10.3%(95%CI 0.6% to 20.1%),相対リスクは1.37(95%CI 1.01 to 1.87; p=0.046).他の副次評価項目では有意差はみられなかった.

【結 論】
急性咽頭痛をプライマリケアで呈する成人において,デキサメサゾン経口単回投与はプラセボに比して24時間後の症状消失率を増加させなかった.しかしながら,48時間後では有意な増加がみられた.

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by DrMagicianEARL | 2017-05-08 19:56 | 感染症 | Comments(0)
Summary
・固形癌患者の感染症を最も規定する因子は好中球減少や細胞性免疫不全よりも癌そのものによる解剖学的異常であり,CTで構造的評価が必要となることがある.
・終末期癌患者は多様な感染症リスクを有し,広範囲の感染症に罹患しえ,死亡の主たる要因であるが,感染症とその他の炎症病態を鑑別することはしばしば困難となる.
・肺炎,尿路感染症が多く,いずれも3-5割を占める.原因菌では腸内細菌(特に大腸菌)と黄色ブドウ球菌が多い.
・抗菌薬治療により生存率向上,症状改善,快適さの向上が得られるとの報告があるが,一方でその改善率は非常に少ないとも報告されている.
・尿路感染症では抗菌薬は非常に有効であるが,その他の感染症においては抗菌薬奏功度は半分以下である.
・発熱のみをもって抗菌薬を投与することは治療失敗リスクを上昇させる可能性がある.
・複数の抗菌薬による広域カバーは副作用リスクや死亡リスクを増大させる可能性がある.
・患者側には抗菌薬に対する過剰な期待があり,抗菌薬投与の意思決定プロセスは医師単独で行われる傾向があり,是正が必要である.
・抗菌薬投与については,患者・家族,主治医や病棟スタッフ,PCT,ICTをまじえた検討が望ましく,そのゴールは治癒よりも症状緩和とすべきであり,症状改善がない状態での抗菌薬の漫然とした投与は避けるべきである.
■終末期の癌患者において感染症は頻繁にみられるが,同時に感染症以外での発熱や炎症もよく見られるものであり,感染症の診断自体が困難となることがある.このような患者において抗菌薬を投与するべきであろうか?抗菌薬を投与せず亡くなられる患者もいれば,カルバペネム系抗菌薬を亡くなるその瞬間まで投与されているケースもある.以下では,終末期の癌患者における抗菌薬投与の是非についてレビューを行った.

1.終末期の癌患者における感染症

■一口に癌患者といっても感染症リスクは非常に多様である.血液悪性腫瘍と固形腫瘍では感染症リスクは大きく異なるし,固形腫瘍でも免疫不全の程度はばらつきが非常に大きい.このため,癌患者全体でとらえるのではなく,個々の患者においてどの程度の感染症リスクがあるのかについて,知識とアセスメントが必要であり,「癌患者だから免疫不全」という単純な考え方は避けるべきである.

■固形腫瘍患者の感染症を最も規定する因子は好中球減少や細胞性免疫不全よりも解剖学的異常である.固形癌に伴う臓器障害や生体バリアの機能不全といった物理的要因も免疫不全を形成しうる[1].感染症を疑う場合,通常の市中感染症,医療関連感染症,日和見感染症のどれで考えるか,免疫不全がどの程度かを検討しなければならない.それを踏まえた上での抗菌薬投与は一般的な感染症診療の原則に基づいて行うが,前述の通り,(感染症治療を行うのであれば)腫瘍に伴う解剖学的異常を検索する意味も含めてCT検査は積極的に行うべきかもしれない.

■加えて,終末期の癌患者は低栄養状態,骨髄抑制,ステロイド治療,オピオイド投与,医療デバイスなど,感染リスク要因が多数存在し,広い範囲の感染症を合併しうる[2]

■また,終末期の癌患者では感染症以外の要因で発熱や炎症反応を呈することも多い.その原因は,腫瘍熱,薬剤熱,脱水,血栓塞栓症などさまざまであり,これらを明確に鑑別することはしばしば困難である.近年,プロカルシトニンが細菌感染症とそれ以外の鑑別に有用であるとされているが,その数値の解釈は簡単ではなく,偽陽性や偽陰性の問題もあるため,敗血症に至っていない終末期の癌患者において有用とは考えにくく,エビデンスもほとんどない状況である.

■このような状況下で,感染症を疑った場合,抗菌薬を投与するのは簡単であるが,抗菌薬を投与しないのは医療従事者としては選択しづらいオプションであろう.とりわけ国民皆保険制度がある本邦の医療においてはたとえ効果のエビデンスが乏しい治療を選ぶかにおいては「見送り三振」よりも「空振り三振」を好む傾向がある.

■終末期癌患者の死亡においては感染症が最多の原因とされる.その感染部位の検討[3-5]では,尿路感染症と呼吸器感染症が多く,いずれも3-5割程度を占め,皮膚軟部組織感染症や血流感染症がそれぞれ1割前後である.原因菌としては,腸内細菌,特に大腸菌が多く,ついで黄色ブドウ球菌がつづく[3,4]

■終末期癌患者が感染症を発症した場合,抗菌薬投与を受ける患者はそのうちの4-84%[6]と幅があるが,多くの報告は60%以上の数字がでており,高頻度に抗菌薬投与を受けている.また,亡くなる当日まで抗菌薬投与を受けている患者も多い[7,8].同時に,経験的治療になりやすいことから,適切か否かはともかく広域カバーの抗菌薬が選択されやすい傾向があり,Chunら[9]の検討ではTAZ/PIPCが37%,次いでVCMが33%であった.また,抗菌薬多重カバー(抗真菌薬,抗ウイルス薬)も少なからず行われている[10,11]

■前提として,終末期癌患者の感染症における抗菌薬投与は,必ずしも治療を目的とするとは限らない.もちろん単一菌種の単純性尿路感染症であれば短期間の抗菌薬投与で容易に治療できるが,実臨床では感染症治療は難渋することもしばしばある.低アルブミン血症による抗菌薬効果の減弱,腫瘍閉塞に伴う感染部位への抗菌薬移行性の低下などの効果阻害要因に加え,免疫能低下,重複感染,複数の菌種による感染,耐性菌などの存在がその治療を困難とさせる.

■また,抗菌薬投与の判断を難しくさせる要因として,余命推定が難しいことも挙げられる.本邦の研究[12]では,癌診療医による癌患者の余命推定はせいぜい3割程度しか当たらないことが報告されている.また,システマティックレビュー[13]によれば,医師は癌患者の余命を長めに推定してしまう傾向があるとされる.終末期で余命数日内という正確な判断ができるのであれば抗菌薬使用頻度は大きく変わるかもしれないが,現実的にはかなり難しく,「まだ最期の状況ではない」との判断で抗菌薬がなされることも多いと思われる.

2.終末期の癌患者の感染症に抗菌薬は使用すべきか?

■終末期癌患者における抗菌薬治療の是非を評価することは非常に難しく,RCTもガイドライン推奨もない状況にある.多くの研究は後ろ向き研究であり,前述の余命推定がしばしば困難であることに加え,その抗菌薬使用の適切性の判断も困難である上に,研究デザインによっては全例死亡することを前提とした研究(死亡から遡って1週間までのデータ集積を報告したもの)も複数あり,抗菌薬使用の妥当性評価をさらに難しくさせている.以下では過去の文献からPros & Consのそれぞれのデータを抽出して提示する.

Pros:「終末期癌患者には抗菌薬を投与すべき」

■Chenら[14]は,ホスピスおよび緩和ケアユニットに入院した535例の後ろ向き解析を行い,抗菌薬が投与されなかった患者では投与された患者に比して生存期間が有意に短かく(8.7±9.9日 vs 14.6±13.1日; p=0.03),3日死亡率も有意に高かった(50% vs 15.2%; p=0.015).また,抗菌薬を投与した方が,PS,口頭での意思疎通,意識レベルが改善していることから,患者の快適性を改善させたとしている.

■Mirhosseiniら[15]は,緩和ケアユニットに入室した26例の患者において抗菌薬投与前と投与後のEdmonton Symptom Assessment Scale (ESAS)スコアを評価したところ,不安以外のすべての項目において小さな改善を認めたと報告している.また,感染症に関連した症状の患者のアセスメントでも,すべての症状が小さく改善していた.医師によるアセスメントでは,咳嗽のみ有意ではあったが,すべての症状でごくわずかながら改善を認めた.抗菌薬治療後の患者の予後に関して,多くの医師のアセスメントでは症状が改善したとしている.

■Chihら[16]は,緩和ケアユニットに入院した終末期癌患者799例の後ろ向き解析を行い,Cox比例ハザード回帰解析では,抗菌薬投与は投与後1週生存率を有意に改善させた(HR 0.66; 95%CI 0.46-0.95)と報告している.

■Lamら[5]は,緩和ケアを受けた進行癌患者87例(感染エピソード計120事例)についてロジスティック回帰では,呼吸困難が感染症治療期間中の予後不良に関連しており,感受性に基づいた抗菌薬投与(vs経験的投与)と抗菌薬静脈内投与(vs経口投与)が予後良好に関連していたと報告している.

■また,終末期癌患者において尿路感染症は比較的治療しやすく,67-92%で抗菌薬治療で改善が得られる[6]ことから,とりわけ尿路感染症では抗菌薬治療を行うべきかもしれない.

Cons:「終末期癌患者には抗菌薬は投与すべきではない」

■Mohammedら[17]は,人生最後の入院となった癌患者258例において,発熱が生じ抗菌薬投与がなされた患者のうち,症状改善が得られたのはわずか17.3%であったのに対し,症状不変が29.2%,症状悪化が53.5%であったと報告している.これらは発熱のみで投与しており,感染症ではない病態に抗菌薬投与を行っていた可能性もあるが,逆に言えば発熱だけで抗菌薬を投与することは控えるべきかもしれない.

■Ohら[8]は,症状コントロール目的のみで入院した終末期癌患者141例を解析している.平均生存日数は31.2日間であり,医師が臨床的に感染症であると診断した患者の84.4%が抗菌薬治療を受け,抗菌薬使用後に48%が発熱を制御できたが,症状改善が得られたのはわずか15.1%であり,55.4%は改善がみられなかったが,63.8%は死亡するその日まで抗菌薬投与がなされていた.

■また,Prosにもある通り,尿路感染症の場合は抗菌薬の反応性は良好であるものの,他の部位の感染の患者では半分以下の改善率しかないと報告されている[18]

■また,抗菌薬を投与することは同時に副作用等の侵襲を与えうること,延命治療でしかない可能性もあることも理解しておかなければならない.癌患者においては多数の薬剤を使用する,いわゆるポリファーマシーも指摘されており[19],そこに抗菌薬が加わることによる相互作用も考慮が必要である.多剤併用によるカバーを行えば少なくとも感染症が悪くなることはないだろう,という安直な考えは危険である.耐性菌をカバーすべく複数の抗菌薬を併用して超広域カバーを行うと,あとでde-escalationを行ったにもかかわらず死亡率が増加することも示されている[20,21](うち1報はRCT)ことから,思っている以上に併用による副作用は大きいのかもしれない.

3.終末期癌患者に抗菌薬投与を行うかどうかをどのように決定すべきか?

■上記Pros & Consを見ても分かる通り,終末期癌患者の抗菌薬投与の是非については答えがでない状況にあり,その使用を決定する過程は非常に複雑である.これまでの研究で結果に大きくばらつきが出るのは,「終末期」の明確な定義が定まっていないことも関係している.

■Yaoら[22]は,末期癌で緩和ケアユニットに入院した201例の患者にアンケートを行った.最も多かった誤解は,「感染症の全末期癌患者において抗菌薬使用は有用」であり,これの反対意見を述べていた13.4%のみであった.また,45.8%は死が差し迫った末期状態においてさえも抗菌薬使用を希望し,26.4%は抗菌薬を希望せず,27.8%は不明確であった.最終的にこの抗菌薬を投与するかについて最も影響を与えるのは医療スタッフであった.このように,患者側に抗菌薬に対する過剰な期待がある場合もあり,同時に医療スタッフからの言動の影響も受けやすい.

■Stielら[23]の報告では,緩和ケアを受けている終末期患者で抗菌薬治療中断理由を調査したところ,全身状態の悪化が41.4%,治療の反応性なしが25.7%,患者の明確な希望が14.3%であった.さらに,この抗菌薬治療の開始はしばしば医師単独で決定されていた.

■このように,終末期癌患者においては抗菌薬使用の適切性のみならず,患者側と医療側の抗菌薬に対する感覚の乖離,意思決定プロセスの問題点がある.また,治療(Infection Control)も大事であるが,症状緩和(Symptom Control)できるかどうかが,抗菌薬を投与するか否かの指標とするべきであるとの意見もある[18,24].このあたりは,主治医,ICT(感染制御チーム),PCT(緩和ケアチーム)で連携して評価する必要もある.いずれにせよ,症状改善が得られないのであれば,その抗菌薬を漫然と投与しつづけることは避けるべきであろう.

■緩和ケアを受ける癌終末期患者へのアプローチは,患者の希望,症状緩和,QOLの観点に基づき個別に対応し,患者・家族と医療提供者側が人工呼吸器・透析・輸血などの使用に際して行うか行わないかを話し合うのと同様に,抗菌薬についても検討すべきである.緩和ケアにおける抗菌薬治療のゴールは症状緩和であり,急性期病態における死亡率の低下を目標とした治療とはアウトカムが異なりうる.尿路感染症に対しては有効性は高そうであるものの,それ以外については全体的な生存期間延長を示す強い根拠が乏しく,医療スタッフ側は抗菌薬使用の限界を知る必要がある.

[1] Mandell GL, Bennett JE, et al. Mandell, Douglas, And Bennett's principles and practice of infectious disease. 6th ed. p3432, Churchill Livingstone, 2004.
[2] Homsi J, Walsh D, Panta R, et al. Infectious complications of advanced cancer. Support Care Cancer 2000; 8: 487-92
[3] Vitetta L, Kenner D, Sali A. Bacterial infections in terminally ill hospice patients. J Pain Symptom Manage 2000; 20: 326-34
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[5] Lam PT, Chan KS, Tse CY, et al. Retrospective analysis of antibiotic use and survival in advanced cancer patients with infections. J Pain Symptom Manage 2005; 30: 536-43
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[11] Abduh Al-Shaqi M, Alami AH, Zahrani AS, et al. The pattern of antimicrobial use for palliative care in-patients during the last week of life. Am J Hosp Palliat Care 2012; 29: 60-3
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[13] Glare P, Virik K, Jones M, et al. A systematic review of physicians' survival predictions in terminally ill cancer patients. BMJ 2003; 327: 195-8
[14] Chen LK, Chou YC, Hsu PS, et al. Antibiotic prescription for fever episodes in hospice patients. Support Care Cancer 2002; 10: 538-41
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[18] White PH, Kuhlenschmidt HL, Vancura BG, et al. Antimicrobial use in patients with advanced cancer receiving hospice care. J Pain Symptom Manage 2003; 25: 438-43
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by DrMagicianEARL | 2015-09-29 23:05 | 感染症 | Comments(0)
■Clostridium difficle感染(CDI)といえば,最近海外では最強のprobioticsとも言われる細菌叢移植である糞便投与が話題ですが,今度は無毒化したClostridium difficileを投与して再感染を防ぐという研究で,これもある意味probioticsということにはなりますが・・・この領域はとにかく驚かされる発想ばかりです(回盲部にドレーンつっこんで大量の水で洗い流すなんて治療もあります).よくこんなことやろうと考えましたね・・・
Clostridium difficle感染再発予防のための無毒化Clostridium difficile株M3の芽胞投与:無作為化比較試験
Gerding DN, Meyer T, Lee C, et al. Administration of spores of nontoxigenic Clostridium difficile strain M3 for prevention of recurrent C. difficile infection: a randomized clinical trial. JAMA. 2015 May 5;313(17):1719-27
PMID:25942722

Abstract
【背 景】
Clostridium difficileは米国の病院における医療ケア関連感染の最も多い原因である.患者の25-30%が再発する.

【目 的】
安全性,腸管内定着,再発率,C. difficle感染(CDI)再発予防のための無毒化C. difficile株M3(VP20621; NTCD-M3)最適な用量設計を検討する.

【方 法】
本研究は,米国,カナダ,欧州の44施設において,2011年6月から2013年6月まで,CDI(初回感染または初回再発)と診断を受け,かつメトロニダゾールか経口バンコマイシンまたはその両方の投与による治療が成功した18歳以上の患者173例で行われたPhaseⅡ,二重盲検プラセボ対照用量調節研究である.患者は,NTCD-M3の経口固形物として,10^4芽胞/日を7日間(n=43),10^7芽胞/日を7日間(n=44),10^7芽胞/日を14日間(n=42),プラセボを14日間(n=44)の4つの治療に無作為に割り付けられた.主要評価項目は治療7日間以内のNTCD-M3の安全性と忍容性とした.副次評価項目は研究薬終了から6週間のNTCD-M3の腸管定着とday 1から6週間のCDI再発とした.

【結 果】
治療開始となった168例の患者のうち,157例が治療を完遂した.1つ以上の治療を要する有害事象はNTCD-M3投与を受けた患者の78%,プラセボ投与を受けた患者の86%で報告された.下痢と腹痛は,それぞれ,NTCD-M3投与患者で46%と17%,プラセボ投与患者で60%と33%であった.治療を要する重篤な有害事象は,プラセボ投与患者で7%,NTCD-M3投与患者で3%であった.頭痛はNTCD-M3患者で10%,プラセボ投与患者で2%であった.腸管内定着はNTCD-M3患者の69%でみられ,10^7芽胞/日群で71%,10^4芽胞/日群で63%であった.CDI再発率は,プラセボ患者43例中13例(30%),NTCD-M3患者125例中14例(11%)であり(OR 0.28; 95%CI 0.11-0.69; p=0.006),最も低い再発率であったのは10^7芽胞/日の7日間投与を受けた患者で,43例中2例(5%)であった(OR 0.1; 95%CI 0.0-0.6; p=0.01 vs プラセボ).再発は定着した患者では86例中2例(2%),NTCD-M3を投与されたが定着しなかった患者では39例中12例(31%)であった(OR 0.01; 95%CI 0.00-0.05; p<0.001).

【結 論】
メトロニダゾールかバンコマイシンで治療を行い臨床的に改善したCDI患者において,NTCD-M3芽胞の経口投与は良好な忍容性と安全性を示した.無毒化C. difficlie株M3は消化管に定着し,CDI再発を有意に減少させた.

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by DrMagicianEARL | 2015-06-25 19:14 | 感染症 | Comments(0)
■先週,メディカル・サイエンス・インターナショナル社様から「感染症プラチナマニュアル」という書籍を御恵贈いただきました.岡秀昭先生(東京高輪病院プライマリケア臨床研修センター長/感染症内科)の単著本です.
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以下は1週間読んだり現場で持ち歩いたりしてみての使用感です.

1.非常にコンパクト
大きさとしてはiPhone 6 plusとほぼ同じくらいです.他のポケット本もいろいろ持っていますが一番小さくて持ち運びしやすいです.いわゆるレジデントマニュアルシリーズはポケットにギリギリ入るレベルですが,この本は余裕をもって持ち運びできます.

2.使いやすさ
Sunford Guide(熱病),JAID/JSC感染症治療ガイドよりも実践的です.すべての情報は網羅していないけれど,必要最低限の情報は網羅されていて,最短で抗菌薬選択できる現場向けの作りです.

3.内容レベル
高度な内容ではありません.基本をおさえ,かつ感染症診療に不慣れな人が臨床でよく困るシチュエーションに対応できるような感じです.

4.おすすめ度
研修医やレジデント,感染症診療に不慣れな医療従事者には非常におすすめできる本ではありますが,もちろん「これだけで分かった気にはなるなよ」と釘をさしておく必要はあります.また,ICTに所属しているスタッフならば,少なくともこの本に書かれている内容は既にほぼ頭に入っている状態であることが望ましいと思います.
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by DrMagicianEARL | 2015-05-22 17:48 | 感染症 | Comments(0)
■敗血症といえば菌・・・だけでなく真菌,ウイルス,寄生虫でも起こります.今話題のエボラ出血熱もウイルスによる敗血症です.菌による敗血症に対しては抗菌薬がありますが,対ウイルスには我々はごくわずかの武器しか持ち合わせておらず,治療薬がないウイルス感染症は多数存在します.

■セリンプロテアーゼ阻害薬であり,主に播種性血管内凝固(DIC;Disseminated Intravascular Coagulation)の治療に用いられるアンチトロンビン製剤(AT)が広域スペクトラムの抗RNAウイルス効果があることが近年多数報告されています.効果がみられたウイルスは単純ヘルペスウイルス,C型肝炎ウイルス,HIVに加え,近年インフルエンザウイルスでも有効であることが報告されました.一部の専門家によれば,その効果はリバビリンに匹敵するのではないかとも推測されています(インフルエンザウイルスH1N1では100倍以上の効果があるとする結果).保険適応はなく,ヒトでの臨床研究もまだありませんが,重症RNAウイルス感染症における将来的治療オプションとしての可能性を記憶しておいてもいいかもしれません(あるいは重症ウイルス感染症によるDICでAT IIIを使用するなど).さまざまなウイルスに対する論文を集めてみました(理論上,エボラウイルスやデングウイルスにも効きそうなんですが,残念ながらこれらのウイルスでの研究はありませんでした).全文フリーで読めるものも多いです.
セリンプロテアーゼ阻害薬アンチトロンビンIIIによるインフルエンザウイルスH1N1阻害
Smee DF, Hurst BL, Day CW, et al. Influenza Virus H1N1 inhibition by serine protease inhibitor (serpin) antithrombin III. Int Trends Immun 2014; 2: 83-6
PMID:24883334
Free Full Text

Abstract
内因性セリンプロテアーゼ阻害因子(Serpins)は複数の生物学的機能を伴う抗炎症メディエーターである.Serpinsはマンノース結合蛋白レクチン,可溶性CD14,ディフェンシン,抗微生物ペプチドを含む,ウイルス感染に対する早期の先天的免疫反応の一部でもある.近年,SerpinのアンチトロンビンIII(AT III)はHIV,単純ヘルペスウイルス,C型肝炎ウイルスに対する広域抗ウイルス活性が示されている.我々はAT IIIの抗ウイルス活性によるさまざまなインフルエンザウイルス株への活性効果を検討した.本研究において,インフルエンザウイルスA/H1N1に対するin vitroの強い阻害作用が観察された.また,我々はAT IIIの活性の強さがリバビリンの100倍以上であることも示した.また,その阻害効果は,H1N1>H3N2>H5N1>>Bの順に減弱しており,ウイルスのヘマグルチニン依存性であることが分かった.この生体分子のより有効な輸送方法が必要であるため,in vivoでの効果を示すには至らなかった.AT IIIがインフルエンザウイルスを阻害するのかの解明は新たな治療介入の道を示す可能性がある.
セリンプロテアーゼ阻害薬アンチトロンビンIIIの抗単純ヘルペスウイルス活性(マウスモデルのin vivo研究)
Quenelle DC, Hartman TL, Buckheit RW, et al. Anti-HSV activity of serpin antithrombin III. Int Trends Immun 2014; 2: 87-92
PMID: 25215309
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HIV-1複製を阻害するプロスタグランジンシンセターゼ-2の抗ウイルス活性を誘導するセリンプロテアーゼ阻害薬(in vitro研究)
Whitney JB, Asmal M, Geiben-Lynn R. Serpin induced antiviral activity of prostaglandin synthetase-2 against HIV-1 replication. PLoS One 2011; 6: e18589
PMID:21533265
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HIV-1 CD8陽性T細胞抗ウイルス因子としてのウシアンチトロンビンIIIの修飾形の浄化作用(in vitro研究)
Geiben-Lynn R, Brown N, Walker BD, et al. Purification of a modified form of bovine antithrombin III as an HIV-1 CD8+ T-cell antiviral factor. J Biol Chem 2002; 277: 42352-7
PMID:12192009
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リンパ球を標的とするイムノリポソームにおけるヘパリン活性化セリンプロテアーゼ阻害薬アンチトロンビンIIIのin vitroでの抗HIV活性
Asmal M, Whitney JB, Luedemann C, et al. In Vivo Anti-HIV Activity of the Heparin-Activated Serine Protease Inhibitor Antithrombin III Encapsulated in Lymph-Targeting Immunoliposomes. PLoS One 2012; 7: e48234
PMID:23133620
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セリンプロテアーゼ阻害薬アンチトロンビンIIIによるC型肝炎ウイルスの阻害
Asmal M, Seaman M, Lin W, Chung RT, Letvin NL, Geiben-Lynn R. Inhibition of HCV by the serpin antithrombin III. Virol J 2012; 9: 226
PMID:23031791
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ヒトアンチトロンビンIIIの抗ウイルス活性
Elmaleh DR, Brown NV, Geiben-Lynn R. Anti-viral activity of human antithrombin III. Int J Mol Med 2005; 16: 191–200
PMID:16012749

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by DrMagicianEARL | 2014-10-08 19:12 | 感染症 | Comments(0)
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■MDRPのアウトブレイクから始まり,フィリピン輸入株の麻疹流行,大阪でのNDM-1産生腸内細菌の制御困難なアウトブレイク(おそらく大阪全域に既に拡散されているものと予想されてもいます)など2014年の日本の感染症業界は暗いニュースばかりですが,海外でもいろいろと大変なことが起こっています.今年NEJM誌に報告された3つの感染症の文献を紹介します.
Plasmodium. falciparumマラリアにおけるアルテミシン耐性
Ashley EA, Dhorda M, Fairhurst RM, et al; for the Tracking Resistance to Artemisinin Collaboration (TRAC). Artemisinin Resistance in Plasmodium. falciparum Malaria. N Engl J Med 2014; 371: 411-23
 東南アジアおよびアフリカのマラリア患者1241例の血液サンプルの解析を行ったもので,マラリア治療薬であるアルテミシンに耐性をもつマラリア原虫Plasmodium. falciparumがカンボジア,ミャンマー,ラオス,タイ,ベトナムで検出された.アルテミシンの単独治療はより強く回避すべきであろう.既に飛行機等を経由してマラリア媒介蚊が本邦に侵入してきている懸念もあり,高度耐性を有するマラリアが上陸すればかなり厄介なものとなるだろう.
市中感染型MRSAにおける伝達可能なバンコマイシン耐性
Rossi F, Diaz L, Wollam A, et al. Transferable vancomycin resistance in a community-associated MRSA lineage. N Engl J Med 2014; 370: 1524-31
PMID:24738669
 ブラジルで発見された,プラスミド伝達されるバンコマイシン耐性遺伝子van Aを有する市中感染型MRSA(米国で猛威をふるった強毒性PVLを産生するUSA300株の系統に関連)の世界初の報告.菌と菌が接触するだけでバンコマイシン感性株が耐性化してしまうプラスミド伝達があるため,菌の細胞分裂増殖をはるかに上回る爆発的な耐性菌数増加が生じうる.加えて菌種を越えて伝達しうるため,腸球菌等にまで耐性が伝達される可能性もある.

 一般的に感染症はオリンピックやメッカの巡礼などで世界中に拡散されるとされている.たとえば中東で流行しているMERSコロナウイルスも今年のメッカの巡礼を経て島国のインドネシアで十数人の感染者がでている.今回NEJM誌に報告されたすぐ後にブラジルでワールドカップが開催,さらには2年後にオリンピックも開催予定であり,プラスミド伝達型バンコマイシン耐性MRSAの世界中への拡散が懸念される.
ギアナにおけるエボラウイルス疾患の緊急事態(予備レポート)
Baize S, Pannetier D, Oestereich L, et al. Emergence of Zaire Ebola Virus Disease in Guinea - Preliminary Report. N Engl J Med 2014 Apr 16 [Epub ahead of print]
PMID:24738640
 2014年2月から西アフリカ地域でアウトブレイクしたエボラ出血熱は,過去の同疾患の中でも最悪の感染拡大となっており,既に感染者は1000人以上,死亡者は600人以上にのぼり,死亡率は約6割で,現地で治療にあたっている医師も感染・死亡している.同地域ではさらに感染が拡大,制御困難な状態に陥っており,7月31日に米国CDCは3カ国(ギニア,リベリア,シエラレオネ)について警戒レベルを最も高い「不要な渡航を控える勧告」に引き上げた.

 エボラウイルス自体は感染力は強くなく,主たる感染経路は接触感染である(ただし感染患者が嘔吐した場合等は,飛散により感染範囲が飛沫感染距離以上となりうる)ため,隔離と標準予防策・接触/飛沫感染予防を徹底すれば終息させることは難しくない.西アフリカでの感染拡大はアウトブレイク認知が遅れたことにより隔離が遅れたためと推察されている.地域丸ごと封鎖するか国境封鎖を行わなければ現在の流行地域での感染拡大は防げないだろう.

 一方,すでに世界中に認知された現在,おそらく世界レベルでのパンデミックは起こりにくく,海を越えて本邦に侵入してきたとしても感染対策で制圧は難しくないだろう.ただし,各国でのワクチンによる予防対策の準備は必要である.現時点でワクチンや治療薬は開発段階であり,使用できるものはなく,早急な開発が急がれる.
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by DrMagicianEARL | 2014-08-01 00:00 | 感染症 | Comments(0)
■多数の医療関係者が批判している塩野義製薬のインフルエンザの啓蒙CMについて,既に青木眞先生をはじめ多数の医師がブログで問題点を指摘しているため,もうブログ記事にしなくてもいいか,とも思ったが,インフルエンザ診療に携わる医師としてここは声をあげておく必要があるかと思い記事をアップした.

■問題のCMはこちらから見ることができる.
「ちゃんと知ろうインフルエンザ治療のこと」http://www.shionogi.co.jp/influ/
このCMでは,子供をもつ主婦+尾木ママの女子トークで始まる.「インフルエンザって早期治療がいいんだって」のセリフで始まり,尾木ママが「点滴薬まであるんだって」と加わり,最後は「インフルエンザ 早期治療 で検索を」で終わる.さらに,このサイトでは,インフルエンザがどのような病気か,かかったらどうしたらいいか,どんな治療薬があるか,について解説している.おそらく多くの一般市民はこれの何が問題なのかと思うだろうが,医療従事者から見ればおおいに問題である.

問題点1.「抗インフルエンザ薬は不要」という希望選択肢がない

■先述の啓蒙サイトを見ると,「どの治療を受けたいか」で注射薬,内服薬,吸入薬の3択になっている.なぜか「抗インフルエンザ薬は不要」という選択肢がない.投与して当たり前という認識を一般市民に持たせかねない.「インフルエンザに対して有効な薬剤があるならそれを投与すればよい」というほど感染症とは単純な疾患ではない.その病原体に効く薬剤があるからといって,それを投与すればより効果的とは限らないのが感染症の難しいところで,そこを理解していないと薬剤の乱用につながる.薬である以上は副作用を考慮する必要があり,副作用を上回る有用性が得られぬなら,安易にその薬剤は投与すべきではない.

■抗インフルエンザ薬(ここではタミフル®,リレンザ®,イナビル®,ラピアクタ®の4種類のノイラミニダーゼ阻害薬のことをさす)を投与されることによって重症化リスクのない健常成人では21時間の罹病期間短縮という恩恵が得られる一方で重症化率低下や死亡率低下といった有用性は認められないことが2つのメタ解析で示されており[1,2],この結果からは免疫力がある健常成人においては抗インフルエンザ薬を投与せずともさほど影響はないと考えられ,少なくともインフルエンザ患者全員に一律に抗インフルエンザ薬を投与する必要性はないであろう.インフルエンザは多くの場合,自然治癒しうる疾患である.

■その一方で,インフルエンザで重症化しやすい,あるいは死亡率が高まる集団がある.65歳以上の高齢者,妊婦,慢性肺疾患(COPD,喘息,肺線維症,肺結核など),心疾患(僧帽弁膜症,うっ血性心不全など),腎疾患(慢性腎不全,血液透析患者,腎移植患者など),代謝異常(糖尿病,アジソン病など),免疫不全状態の患者といったいわゆるインフルエンザ重症化ハイリスク群の患者である.また,これらのハイリスク群ほどではないが,小児も重症化リスクが若年成人より高い.前述の2つのメタ解析[1,2]で注意しなければならないのは,死亡リスクの高い患者をあらかじめ除外したRCTのみを扱っている点である(RCTを行う以上,リスクの高い患者を組み入れることが困難であった).米国CDCは,「規制当局が保有する臨床試験のみでタミフル®の効果を結論づけるべきではなく,観察研究で評価されるべきである」としてコクランのメタ解析を批判する声明をだしている.

■これらのハイリスク群に対しては抗インフルエンザ薬投与によりメリットが大きくなる可能性が数多く報告されており,Hsuらのタミフル®についての大規模観察研究74報のメタ解析[3]では,ハイリスク群において死亡率を77%減じ,入院を25%減じるとしている.また,2009年の新型インフルエンザH1N1pdm2009のパンデミック時の各国の死亡率をみると,日本が他国と比して非常に低い.これは,海外の他の国では,インフルエンザ罹患時は自宅待機し,タミフル®は服用しない方針であったのに対し,日本においては早期に病院を受診し,タミフル®を処方されていたことが関係しているとされる.これにより,これまでタミフル®処方に対して否定的見解を示してきたWHO,CDCもタミフル®使用検討に方針変更となっている.最も高い死亡率となった米国も「H1N1pdm2009時は日本のようにタミフル®を積極投与をすべきであった」との反省を示している[4]

■抗インフルエンザ薬を使用するとそのインフルエンザに対する抗体が作られにくくなることが報告されており[5,6],このため同一シーズンに2回同じウイルスに罹患しうるということが起こりうる.

■以上のように,抗インフルエンザ薬を使用すれば劇的によくなる,というわけでもなく,副作用のリスクもあり,罹患したのに抗体ができなくなるというデメリットも有する.3割負担でも薬剤だけで1000円以上かかるということもあり,これらを説明した上で患者と相談し,抗インフルエンザ薬を使用しないという選択肢もあってしかるべきであろう.健常成人であれば,重症例でない限りは抗インフルエンザ薬が不要な可能性もあり,それならばわざわざ早期受診する必要性にもおおいに疑問がもたれる(受診せず自宅養生という選択肢もある).一方で重症化リスクの高い患者では早期治療を積極的に考慮すべきであろう.

問題点2.周囲への感染の危険性が考慮されていない

■インフルエンザウイルスの感染経路は飛沫感染である.感染危険距離は1mであり,ヒトが吸い込む飛沫の直径は0.5-5μmであるが,たった1個の飛沫でも感染が成立する.また,ヒトがよく触る部位にウイルスが付着し,それを触った場合はそこから何らかの経緯で気道内に入り込むことがある.咽頭にウイルスが付着した場合,15秒以内にうがいを行わなければ粘膜内に浸潤してしまう(このため,原則としてうがいではインフルエンザは予防できないとされる).それほどインフルエンザウイルスの感染力は強い.

■このようなインフルエンザ患者が病院に来院することは他の患者への危険も伴う.病院には上述のハイリスク群に含まれる患者が多く存在し,その患者に院内で感染することはなんとしても避けなければならない.塩野義製薬はCMやサイトでラピアクタ®という抗インフルエンザ薬の点滴そのものを宣伝したわけではないが,点滴薬の存在を強調しており,サイトでも希望治療薬の一番上に点滴薬を持ってきており,なんとかして間接的にラピアクタ®を強調しようとしていることがうかがえる.日本は点滴が大好きな文化が根付いており,「抗インフルエンザ薬の点滴があるならすごく効きそう」という先入観を与えかねない.このCMやサイトによって抗インフルエンザ薬の点滴を希望する患者が増える可能性は十分にあると思われる.

■ラピアクタ®の点滴時間は15分以上かけて行う必要があり,院内に余計にインフルエンザ患者を長く留め置くことになってしまう.隔離可能な部屋を有する病院ならまだいいが,そうでないならば感染対策上ラピアクタ®を外来で使用することは禁止とすべきだろう.これは何もラピアクタ®に限ったことではない.空気感染,飛沫感染の可能性がある患者に対する外来点滴治療は感染対策上細心の注意を払う必要があり,行わないという選択肢があるならば行うべきではない.

※抗インフルエンザ薬ではないが,ジスロマック®注射製剤の点滴は2時間を要する.外来で投与されるとき,ほとんどの場合は原因菌が確定していないケースがほとんどであり,そのような患者を外来点滴で2時間院内にとどめる場合,感染対策上問題がある.特にインフルエンザ,結核の除外がなされていない状況では問題である.非定型肺炎の診断基準では結核もあてはまってしまうという欠点がある.また,画像検査で結核は否定できない.肺結核において上肺野に病変を認めるのは,免疫正常者では68.1%であり,免疫不全者に至っては38.4%に過ぎない[7]

■病院としてはインフルエンザ患者は帰宅できるのであればさっさと薬剤を処方してできる限り早く帰宅させることが原則で,点滴によって院内滞在時間を長引かせるようなことはすべきではない.

※当院ではラピアクタ®を採用してはいるが,上述の理由により,院内感染対策室の方針で外来でのラピアクタ®投与を禁止している.よって患者からの希望があってもラピアクタ®を外来では使用できないようになっている.

問題点3.耐性化リスクを考慮していない

■微生物の環境適応性は我々の想像をはるかに超えており,今や世界中に抗菌薬耐性の細菌が蔓延している状態にあるが,これはウイルスであっても例外ではない.現在の抗インフルエンザ薬主要4剤が発売されるまではアマンタジンが唯一のインフルエンザ治療薬であった.しかし,インフルエンザウイルスはM2蛋白質の5箇所のアミノ酸のうち1つでも変異が起これば耐性化する.実際にin vitro研究ではアマンタジン存在下でたった1回の継代培養で耐性ウイルス株が検出された.アマンタジン耐性株は2003年に中国で増加傾向となり,わずか3年後には香港型H3N2株の91%が耐性化している.このため,米国CDCはインフルエンザ治療の目的でアマンタジンを使用すべきではないと勧告した.

■アマンタジンの後に登場したのがタミフル®である.このタミフル®は当初は耐性株が出現しにくいと考えられていたが,2004年には小児の入院患者などでタミフル®による治療後に香港型H3N2の18%が耐性化していたと報告されている[8].さらに,2007-2008年シーズンにはソ連型H1N1において高頻度にH275Y変異による耐性株が北欧で出現し,2008年に入って南半球で,2008-2009年シーズンは日本でもH275Y変異による耐性ウイルスが100%でみられるようになった.ラピアクタ®については耐性株の増加は報告されていないものの,やはりH275Y株では感受性低下が示されており,インフルエンザウイルスの耐性化に注意が必要である.リレンザ®,イナビル®も今のところ耐性株の報告はほとんどなく,耐性化しにくいと考えられているが,タミフル®発売時と同様に耐性化しないという楽観論は危険であると思われる.

■医療従事者にとって,感染症における抗菌薬,抗ウイルス薬の適正使用は目の前の患者の治療のみならず,10年・20年先の未来の患者における耐性株感染リスクを減少させるための治療でもある.乱用をすれば耐性ウイルスが増加する可能性がある以上,全患者に抗インフルエンザ薬をすすめるという安易な考えでインフルエンザ診療を行うべきではない.

その他問題点

■この他にも,医療費の圧迫(ラピアクタ®は抗インフルエンザ薬の中でも一番高い),他の疾患(ノロウイルスによる感染性胃腸炎,心筋梗塞,肺炎などなど)の患者でもごった返すシーズンに点滴を施行することによる病院スタッフの仕事量の増加,医師と患者のインフルエンザに対する認識のズレを悪化させてしまう,など塩野義製薬のCM・サイトの問題点は多い.なんとかして感染対策にかかわる医療従事者が苦労して治療薬を適正使用するよう推進し,一般市民にも正しい知識を啓蒙している中で,製薬会社が臨床現場の意図とは真逆の内容をCMやサイトで一般市民に発信するのは遺憾と言わざるを得ない.塩野義製薬は医療関連感染対策研修サポートツールも作成して医療機関に配布している製薬会社でもあるだけに,実に残念である.

■ラピアクタ®は決して不要な薬ではなく,重症例においては積極的に使用すべき薬剤である.しかしながら,上述の様々な問題点を無視し,「早期受診」「早期治療」という聞こえのいいうたい文句での情報発信は啓蒙とは言いがたい.

[1] Jefferson T, Jones MA, Doshi P, et al. Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children. Cochrane Database Syst Rev 2012; 1: CD008965
[2] Ebell MH, Call M, Shinholser J. Effectiveness of oseltamivir in adults: a meta-analysis of published and unpublished clinical trials. Fam Pract 2013; 30: 125-33
[3] Hsu J, Santesso N, Mustafa R, et al. Antivirals for treatment of influenza: a systematic review and meta-analysis of observational studies. Ann Intern Med 2012;156: 512-24
[4] Kuehn BM. Antiviral drugs underused in US patients for 2009 influenza A(H1N1) pandemic. JAMA 2011; 305: 1080-3
[5] Sawabuchi T, Suzuki S, Iwase K, et al. Boost of mucosal secretory immunoglobulin A response by clarithromycin in paediatric influenza. Respirology 2009; 14: 1173-9
[6] Takahashi E, Kataoka K, Fujii K, et al. Attenuation of inducible respiratory immune responses by oseltamivir treatment in mice infected with influenza A virus. Microbes Infect 2010; 12: 778-83
[7] Kobashi Y, Mouri K, Yagi S, et al. Clinical features of immunocompromised and nonimunonocopromised patients with pulmonary tuberculosis. J Infect Chemother 2007; 13: 405-10
[8] Kiso M, Mitamura K, Sakai-Tagawa Y, et al. Resistant influenza A viruses in children treated with oseltamivir: descriptive study. Lancet 2004; 364: 759-65
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by DrMagicianEARL | 2014-01-12 18:20 | 感染症 | Comments(2)
Summary
・インフルエンザワクチンに予防効果がないと主張する前橋レポートは恣意的なデータ解析がなされ,無理やり有効性がないと結論づけられているが,データ自体は有効であることを示している.
・インフルエンザワクチンの効果は個人と社会両方での評価が必要である.
・高齢者においてはインフルエンザワクチンは有効でない可能性が高い.
・学童・学校はインフルエンザの増幅環境であり,インフルエンザワクチン接種によりindirect protection作用を介してインフルエンザの拡大を防ぎうる.
・小児~若年者のインフルエンザワクチン接種はindirect protectionにより高齢者やハイリスク患者のインフルエンザ関連死を減少させる.
・インフルエンザワクチンは発症を完全には予防できないが,60%前後の予防効果を有する.
・インフルエンザワクチンによる重症化予防については特にハイリスク患者において死亡率を含め有意な改善がみられている報告が多い.
■ワクチンに限らず,あらゆる薬剤においては,そのリスク(副作用)とベネフィット(有効性)を考慮した上で投与するかを検討するのが常識である.仮にあるワクチンの副作用リスクが有効性を上回るものであるならば,そのワクチンは投与してはならない.その一方で,有効性が副作用を上回る場合においてはそのワクチンを安易に否定することは避けなければならない.これらはリスクとベネフィットの双方を吟味する能力がなければ評価はできない.その吟味を行わずにワクチンを推進している医師がいることも事実であるし,吟味できない一般人や一部の医師,あるいはホメオパスの一部がワクチンに反対していることも事実である.ことインフルエンザワクチンに関してはインターネット上で多くのデマが流れ,「インフルエンザワクチンは打ってはいけない」という書籍もでているほどである.

■インフルエンザワクチンは任意接種であり,打つか打たないかを決めるのは市民の自由である.逆に打つことを強制することも「打ってはいけない」と言うこともいずれも無責任でしかない.以下の勘違いに該当するならば考え方を変えた方がいいと思われる.
インフルエンザワクチンに関する勘違い
・インフルエンザはたかが風邪だから予防する必要はない(予防はワクチン以外を含む).
・インフルエンザでは死なない.
・インフルエンザワクチン接種で不妊になる.
・インフルエンザワクチンでインフルエンザ感染は完全に予防できる.
・インフルエンザワクチンではインフルエンザ感染は全く予防できない.
・前橋レポートでインフルエンザワクチンの有効性は否定された.
・高齢者でもインフルエンザワクチン接種は非常に有効である.
・海外ではインフルエンザワクチンはほとんど打たれていない.
・インフルエンザワクチン接種でインフルエンザに感染する.

1.インフルエンザワクチンの有効性とindirect protection

■本邦のインフルエンザワクチンは3価不活化スプリットワクチンであり,現在はA型がH1N1pdm2009,香港型の2種とB型の計3種類のワクチン株である.このスプリットワクチンの接種により誘導される免疫は血中の中和抗体である.

■インフルエンザワクチンが有効でないと結論づけ,学童集団接種中止になったと言われる前橋レポートはどのような報告か?現在,賢明な人間であればワクチン懐疑主義者であっても前橋レポートを引用することはなく,紙切れ同然の扱いである.その理由は読めばどれだけいい加減な調査であったかが一目瞭然であるからであるが,残念ならがいまだにこの前橋レポートを引用してワクチン反対を唱えている医師がいることも事実である.この前橋レポートを「優れたレポートだ」と主張する人には学術論文の査読能力がない.よって,論文にすらなっていない上に現在ではとりあげられもしないレポートとなってしまっているので,以下に前橋レポートの概要を記す.

■前橋レポートの調査のアウトカムは,(1)インフルエンザワクチン接種を実施している近隣の自治体と,中止した前橋市との比較,(2)予防接種を中止したことで血中の抗体価がどのように変化したか,である.このレポートではまず,発熱や欠席をもってインフルエンザとみなしている.すなわち,ノロウイルスであってもマイコプラズマであってもズル休みであっても「インフルエンザで欠席した」とみなすという驚くべきいい加減な診断をしている.このような馬鹿げた有効性調査があるだろうか?インフルエンザワクチン接種群と未接種群との比較では,接種率50%以下という,集団免疫が得られないであろう地域を接種群にカウントするなどで有効率を低めるような数字の操作がなされていた.しかし,実際にはデータを見れば,χ2乗検定で計算すると接種有無でインフルエンザになる確率には統計学的有意差がはっきりとでる.抗体価の調査でも,予防接種群の方が発病を防止する効果が高いという結果が出ており,有効性が示されていた.しかし,レポートでは感染率と発病率という異なる2つの指標を比較し,予防接種の効果を意図的に低く見せかけていた.予防接種と医療費との関連性の解析でも,児童が少ない国民健康保険のデータが使用され,予防接種の有効性を低く見せるためのデータの取捨選択がなされていた.

■このように,前橋レポートは,サーベランスを行おうとした姿勢は評価できるが,自らの意図する結論をむりやり導くためにデータ解析過程で恣意的操作を行って有効を無効と言ってしまったレポートであり,その後の学童集団接種中止による死亡率増加に与えてしまった影響は大きい.
※このように前橋レポートは偽装に近い内容であるが,いまだにこれを崇拝しつつディオバン論文は非難する医師がいる.二枚舌は御勘弁いただきたいものである.

■実際のしっかりとデザインされた研究での有効性の評価はどうであろうか.世界各国では,高齢者とハイリスク患者を対象にワクチン接種を進めてきたが,インフルエンザ流行のインパクトを示す重要な指標となる超過死亡(インフルエンザ関連死亡)が低下しないことが指摘された[2].超過死亡の90%は高齢者であり,高齢者ではインフルエンザワクチン接種は有効性が低いことが示唆された.米国では高齢者の接種率が20%以下であったのが20年間で65%まで上昇していたにもかかわらず超過死亡の低下がみられなかったことも高齢者にワクチンが有効でないであろうことが分かる.これは,高齢者にワクチンを接種しても免疫機能の衰退によりワクチンによる免疫獲得がされにくいことが理由と推察される.

■一方,学童集団接種が1994年に中止となった日本では,中止前後の調査がなされた[3].これは日米の合同調査でもあり,日本では学童接種開始後に超過死亡が減少し,学童集団接種が中止した時期頃より再び超過死亡が(強力な抗生剤が新たに発売されていたにもかかわらず)急激に増加していることが分かる.一方の米国では高齢者のワクチン接種率が増加しても超過死亡が減少していなかった.超過死亡のほとんどは高齢者であり,高齢者へのインフルエンザワクチン接種は有効ではないが,学童集団接種は高齢者死亡を抑制していたのである.これは学童集団接種を行うことで学童のインフルエンザ感染を抑え,学童から社会さらには高齢者への感染を防いだことで高齢者のインフルエンザ死亡数が減少したという結果であり,後にこの効果はワクチンのindirect protection(間接的保護作用)と呼ばれるようになる.この論文はその後の世界のワクチン接種の基本的な考え方を変えることになった.同様の研究結果が2011年にも報告され[4],このindirect protectionの概念をもって世界はインフルエンザワクチン接種推進に舵を切るに至った.なお,これらの研究には,インフルエンザワクチンの有効性に懐疑的であったSimonsenらの研究グループもたずさわっていたことを付け加えておく.indirect protection効果は小児のロタウイルスワクチンにおいても証明されている[5]

■2005年には学童集団接種は日本の幼児の死亡を抑えていたことも報告された[6].この報告の超過死亡の推移から,学童集団接種による集団免疫により幼児が守られていたこと,1990年代のインフルエンザ脳症の多発は学童集団接種中止が原因であることが推察され,indirect protection効果を示唆する結果である.また,インフルエンザワクチン接種率,欠席率,学級閉鎖日数を24年間にわたり調査した報告[7]では,ワクチン接種率が低下すると,欠席率,学級閉鎖日数ともに有意に上昇することが示されている.特にワクチン接種率が60-70%程度に上昇すれば学級閉鎖が大幅に減少していることから,ある程度の接種率がなければ学校内での集団免疫,indirect protectionが得られないことが分かる.前橋レポートでもインフルエンザワクチンが有効であったデータが得られていることから,現時点で学童集団接種が無効であったとする根拠はほとんどないに等しい.

■2009年のインフルエンザA/H1N1pdm2009の大流行では,学童・学校でのインフルエンザ流行が社会全体に流行が拡大する増幅の場として大きな役割をはたしていることが改めて確認されており,学童におけるインフルエンザワクチンの重要性は今や世界の共通認識となっている.これは,それまでの個人の発病防止効果(direct protection:直接的保護作用)のみを重要視する考え方が大きく変わった結果である.インフルエンザワクチンの有効性は,indirect protectionについての理解を広めることが重要であり,インフルエンザワクチン接種により接種者自身をインフルエンザから守ることのみならず,その家族や周囲の人々,さらには社会の高齢者やハイリスク群を守ることにもなる.

■「インフルエンザワクチンは重症化を予防するが発症は予防できない」ということはよく知られているが,かなり誤解を招く表現である.インフルエンザワクチンによる免疫獲得の過程で,重症化を予防するのはIgG抗体であり,発症を予防するのは気道粘膜から分泌されるIgA抗体である.現在の不活化インフルエンザワクチンはIgGを誘導してもIgAの誘導能は乏しいとされている.ただし,不活化ワクチン接種者の末梢単核球においては,経鼻弱毒生ワクチン接種者に比してより多くのIgA,IgGを産生していることが証明されており[8],実際に上述の通り,学童集団接種で発症予防効果もあることが示されている.つまり「インフルエンザを完全には予防できない」だけで,年度によるが,実際には60%前後の予防効果が得られる.米国ではインフルエンザワクチンの有効率が毎年1月に米国CDCのMMWR速報で報告されている.

■本邦での調査では,6歳未満児におけるインフルエンザワクチンの予防効果は42-69%,入院防止効果は71-72%と報告されている[9].ハイリスク患者ではどうであろうか?最も厳しい論文評価を行うとされるコクランメタ解析でも,免疫力が低下した癌患者においてインフルエンザワクチンが安全かつ死亡リスクを減少させることが報告されている[10].糖尿病患者においては肺炎やインフルエンザ,さらにはあらゆる原因による入院をインフルエンザワクチン接種で減少させたと報告されている[11].6報RCT,6735例のメタ解析では,心血管ハイリスク患者に対するインフルエンザワクチンは心血管イベントリスクを36%有意に減少させ,特に最近の急性冠症候群の既往のある患者では55%有意に減少させたと報告されている[12].HIV感染者102例でのRCT[13]では,2回投与により100%の有効性を報告している.

■このように,あげていけばキリがないが,ハイリスク患者でのインフルエンザワクチンは有効であるとする報告は非常に多い.逆に言えばハイリスク患者はそれだけインフルエンザで重症化・死亡するリスクが高いということであり,この集団への感染を極力防ぐためにも,一般人へのインフルエンザワクチン接種が推奨されるわけである.ただし,前述の通り高齢者では有効性が落ちることが知られており,これは近年の日本の報告[14]でも示されている.実際に65歳以上でもインフルエンザワクチンが有効とする無作為化試験が存在しない(ただし,60歳以上という設定の1838例RCTでは有効との報告が1報[15]ある)ことから,高齢者に一律ルーチンでインフルエンザワクチンを推奨する方針は考え直すべきであろう.

■64歳以下の健常人での数百例以上の規模を有する無作為化比較試験では,現時点ですべて有効であるとの報告がでている[16-18]

■また,インフルエンザワクチン製造の段階で株の変異が生じ,目的としているワクチン株とは異なる株になっていることも最近判明し,2013-2014年シーズンからはそのような変異を抑制するように製造工程を見直したため,予防効果が増強されることが期待されている.ただし,そのシーズンに流行するウイルス株をはずしてしまうと予防効果が落ちることは避けられない.

■インフルエンザワクチンの有効性を高める方法として,probiotics製剤,漢方(補中益気湯など),マクロライドを接種期間前後に投与することが検討されているが,抗体価はあがるものの,実際の予防効果を検討した報告はまだない.

[1] http://www.kangaeroo.net/D-maebashi-F-top.html
[2] Simonsen L, Reichert TA, Viboud C, et al. Impact of influenza vaccination on seasonal mortality in the US elderly population. Arch Intern Med 2005; 165: 265-72
[3] Reichert TA, Sugaya N, Fedson DS, et al. The Japanese experience with vaccinating schoolchildren against influenza. N Engl J Med 2001; 344: 889-96
[4] Charu V, Viboud C, Simonsen L, et al. Influenza-related mortality trends in Japanese and American seniors: evidence for the indirect mortality benefits of vaccinating schoolchildren. PLoS One 2011; 6: e26282
[5] Anderson EJ, Shippee DB, Weinrobe MH, et al. Indirect protection of adults from rotavirus by pediatric rotavirus vaccination. Clin Infect Dis 2013; 56: 755-60
[6] Sugaya N, Takeuchi Y. Mass vaccination of schoolchildren against influenza and its impact on the influenza-associated mortality rate among children in Japan. Clin Infect Dis 2005; 41: 939-47
[7] Kawai S, Nanri S, Ban E, et al. Influenza vaccination of schoolchildren and influenza outbreaks in a school. Clin Infect Dis 2011; 53: 130-6
[8] Sasaki S, He XS, Holmes TH, et al. Influence of prior influenza vaccination on antibody and B-cell responses. PLoS One 2008; 3: e2975
[9] Katayose M, Hosoya M, Haneda T, et al. The effectiveness of trivalent inactivated influenza vaccine in children over six consecutive influenza seasons. Vaccine 2011; 29: 1844-9
[10] Eliakim-Raz N, Vinograd I, Zalmanovici Trestioreanu A, et al. Influenza vaccines in immunosuppressed adults with cancer. Cochrane Database Syst Rev 2013; 10: CD008983
[11] Lau D, Eurich DT, Majumdar SR, et al. Effectiveness of influenza vaccination in working-age adults with diabetes: a population-based cohort study. Thorax 2013; 68: 658-63
[12] Udell JA, Zawi R, Bhatt DL, et al. Association between influenza vaccination and cardiovascular outcomes in high-risk patients: a meta-analysis. JAMA 2013; 310: 1711-20
[13] Tasker SA, Treanor JJ, Paxton WB, et al. Efficacy of influenza vaccination in HIV-infected persons. A randomized, double-blind, placebo-controlled trial. Ann Intern Med 1999; 131: 430-3
[14] Suzuki M, Yoshimine H, Harada Y, et al. Estimating the influenza vaccine effectiveness against medically attended influenza in clinical settings: a hospital-based case-control study with a rapid diagnostic test in Japan. PLoS One 2013; 8: e52103
[15] Govaert TM, Thijis CT, Masurel N, et al. The efficacy of influenza vaccination in eldery individuals. A rondomized double-blind placebo-controled trial. JAMA 1994; 272: 1661-5
[16] Nichol KL, Lind A, Margolis KL, et al. The effectiveness of vaccination against influenza in healthy, working adults. N Engl J Med 1995; 333: 889-93
[17] Bridges CB, Thompson WW, Meltzer MI, et al. Effectiveness and cost-benefit of influenza vaccination of healthy working adults: A randomized controlled trial. JAMA 2000; 284: 1655-63
[18] Hoberman A, Greenberg DP, Paradise JL, et al. Effectiveness of inactivated influenza vaccine in preventing acute otitis media in young children: a randomized controlled trial. JAMA 2003; 290: 1608-16
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by DrMagicianEARL | 2013-11-27 00:00 | 感染症 | Comments(3)
※一部,医療関係者以外の一般向けの内容も含めています.このため,薬剤に関しては一般名ではなく商品名で記載しています.

■2013年3月31日に中国において鳥インフルエンザA/H7N9の人への感染例が報告されて以降,中国国内において患者の報告が継続している.また,4月24日には,中国江蘇省帰りの患者が台湾において発症が報告されており(4月26日時点ではICUで人工呼吸管理となっている),大陸外で初の感染者がでている.ただし,感染拡大速度は遅く,ヒト-ヒト感染も確認されておらず,現時点ではパンデミックとは程遠い状態にある.このため,渡航制限はなく,現時点では本邦の新型インフルエンザ等感染症特別措置法の対象外である.

■日本ではまだ発生例はなく,ヒト-ヒト感染も確認されておらず,ヒト-ヒト感染があったとしても非常に限定されていると考えられているが[1],新型インフルエンザ感染症等特別措置法を1ヶ月早めて4月13日に施行,4月21日の第53回日本呼吸器学会学術講演会での第162回ICD講習会においてもH7N9に関する内容が急遽盛り込まれ,4月26日には厚生労働省よりH7N9を指定感染症として定める等の政令が施行などの対応がとられている.地方レベルでも対応が開始されており,小生の所属する地区においても保健所より緊急連絡会議開催により各病院の感染対策従事者が5月2日に召集された.

■今回,5月2日時点での情報を以下にまとめる.なお,最新情報については国立感染症研究所疫学センターが適宜更新発表している.
国立感染症研究所疫学センターはこちら

1.鳥インフルエンザウイルスA/H7N9について
■ウイルス株を入手した国立感染症研究所の解析報告[2]では,A/H7N9は3タイプの鳥由来の遺伝子(H7N3のHA,H7N9由来のNA,H9N2由来の内部遺伝子)の再集合体である.ヒト型のレセプター結合能が増しており,PB2遺伝子も哺乳類への適応力が増している.RNAポリメーラゼ至適温度は鳥の41℃からヒトの上気道の34℃に変化し,ヒト上気道でも増殖可能となっている.現在ヒトからヒトへの伝播は確認されていないものの,ヒトへの適応性が高まっていることは明らかである.

■補足であるが,インフルエンザウイルスは宿主細胞に侵入する際,その表面糖蛋白質ヘマグルチニン(HA)を使って宿主細胞表面の受容体に結合する.ヒトの間で流行している季節性インフルエンザウイルスのHAは,ヒト上気道細胞表面の受容体(ヒト型受容体)に強く結合できるが,鳥インフルエンザウイルスのHAはその受容体に容易には結合できない.このため,HAがヒト受容体特異性にかかわる変異をきたさなければヒトには感染できない.ヒトへの感染能を獲得しても,実際に感染するのは容易ではなく,さらにヒトからヒトに感染することはさらに困難となるため,鳥インフルエンザではヒト-ヒト感染が起こりにくい.
※中国で2家族において同時感染例が報告されているが,ヒト-ヒト感染があったかどうかは不明である.SARSの際は家族内感染において血縁者にのみヒト-ヒト感染が生じたケースが報告されている.これは,SARSウイルスが南アジア人や本省人(広東省や福建省からの移住者)に多いHLA-B4601,5401とSARS感染が相関が強いためと考えられている.このように遺伝学的背景も感染に関与している可能性がある.

■H7亜型のインフルエンザウイルスは鳥の間で循環しているインフルエンザウイルスグループであり,これまでH7N2,H7N3,H7N7のヒトへの感染が報告されているが,H7N9に関しては今回が初めてである.

2.死亡率,死因,リスク因子
■新型感染症の発生当初は重症例から報告されることが多く,発生初期に報告される死亡率は極めて高く過大評価されることはSARSやインフルエンザA/H1N1pdm2009においても示されている.今回のH7N9においても,初期は極めて高い死亡率であったが,患者探知を重症下気道感染症患者から外来でインフルエンザ様症状を呈した患者にまで検査を拡大したところ,軽症の患者や無症候性感染者(不顕性感染例)が見つかるようになっており,4月29日のWHOの速報[3]では感染者126例,死亡者24例で,死亡率は20%を切り,さらに低下傾向にある.
※インターネットでは死亡率60%という誤った情報が散見されるが,これはH7N9ではなく1998年から報告されている高病原性鳥インフルエンザA/H5N1である.

■4月24日の報告[1]では,4月17日までに確認された82例の確定患者のうち,38例(46%)は65歳以上であり,2例(2%)が5歳未満の小児であった.これら小児2例はいずれも臨床的に軽度な上気道症状を呈していた.確定患者の多くは男性で(73%),情報が得られた71例のうち54例が1つ以上の基礎疾患を含む健康危害状況を伴っていた(高血圧31例,糖尿病14例,心疾患12例,慢性気管支炎7例,肝炎4例,喫煙4例,関節リウマチ4例など).確定症例82例のうち81例は入院加療を受けた.情報が得られた確定患者51例のうち,33例(65%)は重篤な下気道症状のためICUにおいて隔離が行われた.4月17日現在,17例の確定例と1例の疑い例がARDS(急性呼吸窮迫症候群)もしくは多臓器不全により死亡し,60例の確定例と1例の疑い例が危篤な状態にある.軽症であった4例は既に退院しており,無症状であった小児1例は入院加療を行わなかった.

■確定症例のうち,情報が得られた81例では,発症から初診までの中央値は1日,発症から入院までの期間の中央値は4.5日であった.情報が得られた64例のうち,41例(64%)がオセルタミビル(タミフル®)投与を受けていた.投与開始のタイミングの中央値発症から6日目であった.情報が得られた40例のうち19例がARDSを合併(発症からARDS合併までの中央値8日間)し,17例が死亡した(発症から死亡までの中央値11例).

■参考までに,1998年から報告されている高病原性鳥インフルエンザA/H5N1によるARDSについて触れておく.H5N1のARDSの特徴として,①若年者で多い,②多臓器不全がめったに生じない,③他の要因によるARDSに比して極めて死亡率が高い(60%),④ウイルス血症をほとんどきたさない,などが挙げられる.ベトナムのハノイのPICUにおけるH5N1によるARDS12例の解析では,白血球,血小板の減少と,AST,ALTの上昇がみられ,多臓器不全は非常に少なかった.通常のインフルエンザでは7日で治癒するが,インフルエンザ脳症,インフルエンザ心筋炎は早期に生じる.一方,H5N1のARDSは7日目までは死亡しにくいが,その後は急速に病状が悪化するという特徴を有する.

3.検査と診断,本邦での各診療機関の対応
■H7N9の診断は,上気道あるいは下気道から採取した検体からH7N9ウイルス遺伝子を同定するか,ウイルスを直接分離培養同定することで確定される.中国における確定症例82例においては,7例(9%)がウイルス分離により,2例が血清診断(急性期と回復期の抗体価の4倍以上の上昇)により,73例(89%)がリアルタイムRT-PCRによるウイルス遺伝子の検出により診断されている[1].一方,台湾での発症症例では,経過中,2回咽頭拭い液を採取したが,ともにリアルタイムRT-PCR法でH7N9ウイルス遺伝子は陰性で,4月22日に採取された喀痰検査でリアルタイムPCR法でようやくウイルス遺伝子が陽性となっている.
※一般的にICUでのインフルエンザ診断は,鼻咽頭スワブより下気道検体の方がよいことが報告されている[4].インフルエンザ肺炎によるARDSでは鼻咽頭検体でのインフルエンザ迅速キットは3-4人に1人は偽陰性になってしまう.

■本邦での現時点でのH7N9の検査・診断についてであるが,本邦においては既に各地方衛生研究所でH7亜型検査が可能な体制ができている.現時点で以下の4項目全てを満たしている患者はH7N9ウイルス検査診断の候補となる.
(1) 38度以上の発熱と急性呼吸器症状があること
(2) 臨床的または放射線学的に肺病変(肺炎またはARDS)が疑われること
(3) 発症前10日以内の中国への渡航または居住歴があること
(4) ただし,他の感染症または他の病因が明らかな場合は除くこと
この基準を満たした患者を診療している病院においては,その患者が他の患者と接触しないような動線を確保し,マスク着用,個室に誘導し(確定診断がでるまで可能な限り入院させる.同伴者がいる場合は患者が要観察例と判断された時点で原則同伴させない),適切な感染防止対策を実施した上で,検体を採取し(喀痰,咽頭拭い液,吸引液)冷蔵保存を行う.同時に,保健所に連絡を行う.上記4項目を満たしていない場合でも,中国からの帰国者でインフルエンザ様症状を呈しているならば保健所に相談を行う(保健所としても極力検査にまわしたいとのことである).

■検体はハンクス液1.0-1.5mLを用い,保健所回収までは冷蔵保存とする(ハンクス液がない場合は保健所に相談).ハンクス液がない場合は滅菌生理食塩水を使用する(この場合,分離培養検査はできずPCR検査のみ可能).

■PCRによる確定診断となるまでは政令上はH7N9感染者とはみなされないため,要観察例とみなされた患者の入院は強制ではない.よって,やむを得ず入院ができない場合は,公共機関を使わないよう帰宅のうえ,自宅待機するよう指示する.また,H7N9と確定するまでは感染症指定医療機関には入院適応とならない.

■保健所が診療機関から検体を受け取り,地方衛生研究所に送付し,リアルタイムRT-PCR(検査時間5-6時間)を行う.H7と判明した場合は検体が国立感染症研究所に送付され(H7N9かの確認のため),同時に保健所の依頼により府搬送者または救急車で感染症指定医療機関に患者が搬送される.なお,休日の検査体制についてはまだ不十分であるため,週末や日曜祝日では初期対応病院での入院期間が数日にわたる可能性がある.
※大阪府下の感染症指定医療機関はりんくう総合医療センター,大阪市立総合医療センター,市立堺病院,市立豊中病院,市立枚方市民病院の5病院である.

■H7N9は通常のインフルエンザ迅速キットでも陽性となりうることは判明している,ただし,H7N9においてどの程度のウイルス量で陽性化するのかのカットオフ値や,適切な検体採取時期,検体採取部位等に関して信頼できる情報はなく,米国CDCからは,鳥インフルエンザウイルスまたは変異したA型インフルエンザウイルスを迅速キットでは検出できない場合があることも言及されており,現時点では迅速キット陰性をもってH7N9を否定してはならない

4.治療
■WHO,CDCいずれにおいても今回のH7N9に対してはタミフル®をはじめとするノイラミニダーゼ阻害薬は有効であると考えられている.H7N9に対する抗インフルエンザウイルス薬の臨床効果,適正な投与量,投与期間は不明であるが,理論上は発症早期の投与で有効性が高いと考えられるため,臨床的診断がついた段階で抗インフルエンザウイルス薬を投与した方がよい.中国からの報告においても,早期にH7N9を疑うこと,タミフル®を早期に投与することが重症度を下げる可能性があると言及されており,発症後5日以内の投与が重症化や死亡のリスクを減らすかもしれないと報告されている[1].これについては,過去にもH1N1pdm2009パンデミックの際に,ICUに入室したインフルエンザ患者1859例の後ろ向き解析で,ノイラミニダーゼ阻害薬投与群は非投与群より有意に生存率が高く(75%vs58%),発症後48時間を越えても,5日以内であれば非投与群より有意に予後が改善することが報告されている[5].また,中国の治療指針においては発症後48時間以内に投与開始すべきであるとされているが,重症例では発症後48時間以降においても投与を検討すべきであるとしている.

■国内においてはパンデミックに備えて国民の45%ぶんに相当するタミフル®の備蓄を行っている.これと市場に出回っているぶんを合わせれば,国民の60%ぶんに相当する.また,タミフル®耐性への懸念もあることから,リレンザ®等他の抗インフルエンザ薬の備蓄も検討している.

■タミフル®の有効性,副作用について,無効,あるいは異常行動を言及する声があるため,この点について触れておく.これまでタミフル®の有効性に関しては様々な多数の報告が存在する.最も質が高いと言われている報告として2012年1月のコクランレビューによるメタ解析の報告[6]があり,この報告では,「健康成人では抗インフルエンザ薬は,インフルエンザの罹病期間を21時間短縮するが,重症化を有意には抑えない.」としている.この報告については以下の注意が必要である.
(1) レビュー担当者の中にタミフル撲滅運動家の浜六郎氏(NPO法人医薬ビジランスセンター理事長でイレッサの撲滅運動も行っている)がおり,バイアスがかかっている可能性がある.
(2) 「学会誌等に掲載された論文は製薬企業の意向を反映している可能性が高いので,各国の規制当局が保有する臨床試験の成績を解析した.」と述べているにもかかわらず,いくつかは学会誌にも掲載されている報告があり,解析対象の矛盾が生じている.
(3) 規制当局が保有する臨床試験はハイリスク例や重症例が対象から除外されてしまっている(死亡例を出すわけにはいかないからである).
よって,このコクランレビューの報告から分かることは,非重症例の健常若年成人では(免疫力の関与が推察されるため)タミフル®の効果があらわれにくいという限定的な内容である.これらをもってハイリスク例や重症例,新型インフルエンザ感染者への投与を制限するのは危険である.このコクランレビューの報告が出て間もない2月7日に米国CDCは,「規制当局が保有する臨床試験のみでタミフル®の効果を結論づけるべきではなく,観察研究で評価されるべきである」としてコクランを批判する声明をだしている.

■実際にハイリスク例に対するタミフル®の投与を検討したメタ解析では,タミフル®が死亡リスクを77%減少させたとしている[7].また,2009年の新型インフルエンザH1N1pdm2009のパンデミック時の各国の死亡率をみると,日本が他国と比して非常に低い.これは,海外の他の国では,インフルエンザ罹患時は自宅待機し,タミフル®は服用しない方針であったのに対し,日本においては早期に病院を受診し,タミフル®を処方されていたことが関係しているとされる.これにより,これまでタミフル®処方に対して否定的見解を示してきたWHO,CDCもタミフル®使用検討に方針変更となっている.最も高い死亡率となった米国も「H1N1pdm2009時は日本のようにタミフル®を積極投与をすべきであった」との反省を示している[8]
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■タミフル®の副作用については日本では異常行動が指摘されてきた経緯がある.発端は2005年11月にタミフルを服用した2人の患者が異常行動の結果事故死したことから始まる.同年11月17日には米国FDAの調査でタミフルを服用した小児12人が死亡と公表した.2005年11月30日に日本小児科学会がタミフルと異常行動の因果関係を否定する見解を発表したが,2007年になってもタミフル服用後に異常行動による転落死などが相次ぎ,厚生労働省がタミフルの10歳代への使用制限を発表した.

■ここでひとつの議論となるのが,「インフルエンザそのもので異常行動は起きないのか?」ということである.インフルエンザに限らず重症感染症で高熱となった患者での中枢神経症状が生じることはよく知られており,敗血症が最たる例といえよう.近年,熱不安定性CPT-Ⅱ遺伝子多型による高熱での中枢神経傷害機序が判明し[9,10],特定の遺伝子変異を有する患者において異常行動が生じていた可能性も示唆されている.そこで,平成19年にインフルエンザに罹患した小児を対象に調査・後方視的解析が行われた.これによると,約1万例の解析で,タミフル服用者よりも非服用者の方が異常行動発生リスクが2.5倍有意に高いという結果となった.この結果を見れば,タミフル®が原因で異常行動が発生したとは考えにくいが,本解析は後方視的解析というlimitationが存在するため,タミフル®による異常行動は完全には否定しきれないとして,厚生労働省は10歳代へのタミフル®の使用制限を継続している.
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■なお,米国でタミフル®を処方された27684例と背景因子でマッチした27684例で有害事象を比較したコホート研究では[11],タミフル®は中枢神経系の有害事象との関連性はないとの結果であった.また,タイでの予防投与としてのタミフル®またはリレンザ®の16週間連続投与を検討したプラセボ対照二重盲検比較試験においても中枢神経系の有害事象は認められていない[12]

■アマンタジン(シンメトレル®)も抗インフルエンザ薬であるが,ノイラミニダーゼ阻害薬ではなく,H7N9においては耐性変異が既に確認されていることから使用は推奨されない.

■発熱外来は早期に破綻することが2009年の新型インフルエンザの時点で分かったため,今後は帰国者外来,接触者外来として対応していくことが特措法で定められている.

5.予防,ワクチン
■手指衛生,空気感染予防策が重要であることは言うまでもない.16報のシステマティックレビューにおいても,手指衛生がインフルエンザと気道感染症を減少させることが報告されている[13].また,感染源と推定されている家禽類(鳥)への接触を避けることも重要である.

■感染経路遮断については,全国的かつ急速な蔓延により国民生活および国民経済に甚大な影響を及ぼす恐れがあると認められるときに緊急事態宣言により,外出自粛要請,催物等制限など特別な措置がとれることになっている.

■H7N9のワクチンについては現時点では開発中の段階にある.ヒト-ヒト感染能が強まった場合のパンデミック時には第1波には間に合わないため,原則第2波への対応となる.その際はまず特定接種として,一般国民より先に医療従事者とライフライン関係者に接種が行われる.

■probioticsの免疫修飾作用が研究されているものの,probioticsによるインフルエンザ予防効果については現時点では明らかでない.国内では明治R-1ヨーグルト®がインフルエンザを予防しうるとして購入されているが,臨床的に解析検討はされておらず,真の有効性は不明である.一方,probioticsがインフルエンザワクチン接種後のIgA,IgG抗体価を上昇させることで予防効果を増強させるとする報告は複数ある.

■なお,近年,東日本大震災を皮切りにEM菌が話題となっているが,「EM菌をもって新型インフルエンザに対する抗体を獲得して罹患を予防する」といううたい文句でEM菌関連の製品を販売している業者が見受けられるが,まったくのでたらめ(この内容では詐欺商法ともいえる)である.感染が起こらなければ抗体は獲得できず,EM菌を接種したところで新型インフルエンザに対する抗体は作られない.

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by DrMagicianEARL | 2013-05-03 22:02 | 感染症 | Comments(0)

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