EGDT(ELGT)とScvO2,乳酸
■肺動脈カテーテル(Swan-Gantzカテーテル)で得られる混合静脈血酸素飽和度SvO2は酸素需給バランスの指標であり
SvO2=SaO2-VO2/(1.34×Hb×CO)
で表されることから,SvO2の決定因子は動脈血酸素飽和度SaO2,酸素消費量VO2,Hb濃度,心拍出量COの4因子である.SaO2が正常であれば(SaO2はSpO2で判断できる),SvO2は全身の酸素消費量と酸素供給量の比に反比例することがわかる.すなわち,SvO2は全身の酸素供給量バランスの指標として臨床的に重要な意義をもつ.重症敗血症病態のような組織低灌流状態では,組織における酸素供給量を酸素消費量が上回るため,SvO2の低下を認める.よって,SpO2,PaO2が正常であっても酸素投与を行うべきである.
■SvO2の正常値は70-80%である.敗血症初期はSvO2はhyperdynamic stateにより上昇する.さらに病態が進行すると,末梢組織の灌流障害が生じSvO2は低下に転じる.60%以下になると前身の酸素需給バランスがうまくいかなくなっている状況が出現している.50%以下になると,生命に危険な状態が近づいていることを示しており,緊急に対策を立てる必要がある.
■SvO2は終末細動脈の酸素飽和度を反映する.組織への酸素拡散には終末細動脈での酸素分圧40mmHg以上を必要とし,ヘモグロビン酸素解離曲線においてこれは酸素飽和度70%に相当する.実際にはSvO2を測定するには肺動脈カテーテルを挿入しなければならないが,重症敗血症全例に施行するのはナンセンスである.そこで,SvO2の代用として頸静脈からの中心静脈カテーテルで計測するScvO2計測が簡便で有用である.このことから,ScvO2≧70%という目標が設定されている.
■しかしながら,重症化してもSvO2が正常や高値を示すケースがある.そのようなケースにおいては,組織に酸素が行かず静脈系に帰ってきている,すなわち組織酸素代謝異常により酸素利用障害が生じている可能性を留意する必要がある.そのため,乳酸値とセットで評価する必要がある.実際,敗血症性ショック後期のScvO2高値は死亡率と有意に関連することが報告されている.この報告によると,生存者の平均ScvO2が72-87%(中央値79%)であるのに対し,死亡者の平均ScvO2は78-89%(中央値85%)となっている.
■末梢や大腿静脈などから採取した静脈血酸素飽和度はScvO2と有意差があるため,ScvO2の代用とするのは不適切である.
■以前に行われた研究では,重症患者にジクロロ酢酸を投与し乳酸の代謝を改善すると乳酸値は低下するが転帰は改善しないという結果が得られている.つまり,乳酸値が高かったり,なかなか下がらなかったりすると転帰が不良である原因は高乳酸血症そのものなのではなく,乳酸値上昇を引き起こす要因が関与している可能性が高いと考えられる.敗血症では重症なほど組織の酸素利用障害が強く,敗血症における高乳酸血症の主因は酸素利用障害である.
■乳酸の低下を目標としたEarly Lactate-Guided Therapy(ELGT)の報告では,ICU入室時に乳酸値が高い(3.0mEq/L以上)患者において,EGDTに加え乳酸値を繰り返し測定し2時間以内に乳酸値が20%以上低下するように管理することで死亡率を有意に改善している.EGDTで16%の死亡率改善,さらにELGTを加えることで9.6%改善しており,単純計算すればEGDT+ELGTにより25.6%改善できるわけであり,これはSSCGの目標である重症敗血症死亡率25%改善にかなうものである.また,死亡率以外には短期臓器不全の減少,早期の人工呼吸器離脱,早期のICU退室において有意差がみられた.
■乳酸値を測定するだけでは転帰を改善することはできない.乳酸値を測定しモニタリングすることと並び,得られた値に応じた治療計画も重要である.ELGTの報告では,治療期間中における両群の治療法についての主な差違は,乳酸値測定群の方が輸液量が多く,血管拡張薬を投与された患者の割合が多かったことである.目標指向型輸液療法は広く推奨されているが,重症患者における血管拡張薬の使用の是非については賛否両論があった.しかしながら,重症患者に対する血管拡張薬投与の有効性を指摘する論文も複数発表されていた.十分な輸液負荷による血管内容量を保持しながらの血管拡張薬投与は,むしろ微小循環障害を改善し,末梢組織での酸素代謝・供給を改善する.ショック治療の歴史が血圧重視から末梢循環不全の改善へと変遷している流れを考えれば,このような結果が得られるのも十分にありえた話である.
■ELGT群において用いた治療アルゴリズムは,EGDT群よりも積極的な治療を行うように設計されている.しかし,ELGT群では対照群と比べ乳酸値が速やかに低下するわけではないという結果が得られている.これは,高乳酸血症は組織血流の低下を十分に反映するわけではなく,重症疾患における高乳酸血症の発生機序が複雑であることが如実に表されているともいえる.実際,IL-6,TNFα,IL-1βが活性型ピルビン酸脱水素酵素(PDH)を減少もしくは活性を低下させ,あるいはミトコンドリア呼吸に障害をきたすなどして骨格筋の乳酸増加をきたしたり,骨格筋のNa-K-ATPase活性上昇によって乳酸が産生されたり,クリアランス低下が原因で乳酸が蓄積することなどが指摘されており,虚血以外の機序による乳酸産生経路も存在する.
2.輸血
■敗血症をはじめ,ICUで治療される重症患者は様々な原因により貧血となる頻度が高く,赤血球輸血が必要となることが多い.
重症患者の貧血の原因
1.大量輸液による血液希釈
2.手術・処置に伴う出血
3.検査のための採血
4.赤血球寿命の低下
5.赤血球産生の低下
6.異常赤血球の産生
7.溶血
8.エリストポエチン産生の低下
9.鉄代謝の異常
10.栄養障害
ICU入室患者の貧血有病率
ICU入室時の平均Hb 10.5-11.3 g/dL
Hb<12.0 g/dLの頻度 60-70%
Hb<9.0 g/dLの頻度 20-30%
以前から貧血ありの患者 13%
かつては重症患者であるがゆえに組織への酸素供給を目的に輸血をしてHbレベルを高めることが望ましいとされた時代もあった.しかしながら,敗血症患者に輸血をして酸素供給量を増加させても酸素消費量は増大しないことがいくつかの研究で示されており,酸素供給を上げるための輸血には意味がない.しかし,SSCG 2008が推奨するEGDTアルゴリズムではScvO2改善目的でHt≧30%を目標に輸血をするように推奨しており,この対処法は従来のHbレベル7.0 g/dLという輸血を制限した基準から外れることになる.このHt≧30%を目標とする輸血基準が死亡率改善にどれほどの重要性を持っているのかは明らかになってはいない.また,こうした患者においてどれくらいの期間,こうしたより高めの輸血基準を続けるべきなのかもわかっていない.現時点では,今後の検討でその意味が明らかにされるまでは,敗血症の初期においてはEGDTのアルゴリズムにのっとって輸血を考慮すべき,としかいえない.
■敗血症患者を含む重症患者では貧血となりやすい.しかし,それに対する輸血には危険性を伴うといったジレンマがある.重症患者の貧血の原因のひとつにエリスロポエチン(EPO)産生低下があるため,機序的にはEPO投与が有効と考えるかもしれないが,SSCG 2008ではEPOは推奨されていない.
■EPO投与についての多施設二重盲検RCTは3つあり,2つは死亡率に有意差なし,1つはEPO群が有意に死亡率を低下させたが,EPO群において血栓性合併症発症リスクが有意に高くなることも判明し,EPO使用は安全性という点で懸念されることとなった.これらの結果やEPO試験のメタ解析から,腎不全による赤血球産生能低下というEPOを投与すべき明確な理由があるのならば投与してもよいかもしれない.しかし,重症敗血症に合併する貧血の特異的治療法としてはEPOを使用すべきではない.
3.ドブタミン
■SSCGではScvO2を上昇させることを目的にドブタミン(DOB)の使用を推奨しているが,実は根拠となる文献がない.重症敗血症の初期では心室筋のβ1受容体作用は強く障害されているため,DOB投与によっても心収縮力の増加は得られにくく,むしろ低下する場合が多い.末梢組織の酸素需要が高まることによって自然にhyperdynamic stateになっている状態で心拍出量を必要以上に上げても予後は改善しないと言われている.しかもβ2受容体作用によって頻脈や血管拡張をきたし,心筋障害を助長したり昇圧の妨げとなり得ることも考えると,デメリットの方が大きい可能性がある.加えて,先述の通りDOAと同じ機序で,DOB 5γ以上で細菌増殖やバイオフィルム形成,免疫細胞のアポトーシスを誘導してしまうことから,DOBは使用しても5γ未満とすべきかもしれない.
4.CHDF
■血液浄化法の領域では,持続的血液透析濾過(CHDF)が30-40kDaの中分子量物質を血液中から除去できることから,各種メディエータの中でも様々なサイトカイン(分子量5-30kDa)を非選択的に除去できるとされ,敗血症に対するimmunomodulationの1つとして1990年代から施行されていた.このような,腎臓という臓器のサポートとしての血液浄化療法を行うのではなく,病因物質を除去して,病態そのものを改善するために血液浄化療法を行うことをnon renal indicationとよぶ.2000年代になって,血液浄化法によるhumoral mediator除去に関連した3つの理論が提唱された.
■1つ目は2004年に提唱された“peak concentration hypothesis”である.これには,SIRSとCARSの時相が異なるsequential theoryと同時期に混合してみられるparallel theoryがあり,CRRTにより各種mediatorが除去され,それぞれのピークを抑えることで破綻した免疫機構が改善する.たとえば,sequential theoryでは,炎症反応,あるいは抗炎症反応のみをtargetにステロイド,抗菌薬などの薬物療法で対応することも可能だが,炎症・抗炎症反応が混合するparallel theoryの状態ではステロイドは使いづらい.この場合は,腎補助療法は非選択的に各種メディエータの濃度を低下させないが,高い血中濃度ピークを削ることができ,それにより内因性のクリアランスで処理できるレベルに維持することで病態の進展を防ぎ,他の薬物療法に比較し有利である.この理論に引き続き,血液浄化法により血中だけでなく組織や間質のサイトカイン濃度を低下し得るとした“Honore concept”や,血液浄化法を用いた高メディエータ血症対策によってリンパ流量を増加させることが可能となり,結果的にmediatorを組織や間質から血中へ排出し得るとした“Alexander concept”が相次いで提唱され,広く受け入れられるようになった.
■海外では,急性腎傷害に対する腎補助療法のモードの差が予後に差を与えるというエビデンスは示されていない.ただし,理論的には中分子量の除去高率はCHDFよりもCHFの方が高く,海外ではCHFが第一選択となっていることが多い.しかしながら,CHF(≠CHDF)は重症敗血症/敗血症性ショック早期にnon-renal indicationで実施しても転帰が悪化し,サイトカインは除去できず,臓器不全の進展を助長し,人工呼吸,カテコラミン,腎代替療法などの臓器補助療法が必要な状態が遷延するという惨憺たる結果が2009年に報告されており,CHFは推奨されない.
■海外からの報告では,敗血症性ショックの患者に濾過量を増加させることにより循環が改善したと報告されている.また,正常腎の1日の糸球体濾過量に相当する180 Lレベルの6-9 L/hで4-6時間程度の短時間だけ限外濾過を行うshort-term high-volume hemofiltration(STHVH)により,敗血症性ショック症例で血圧の上昇とカテコラミン投与量の減量効果を示し,早期施行群で効果が高いことを示している[25].このことからCHDFは早期からの使用が望ましいものと考えられる.
■また,本邦ではPMMA-CHDFが行われている施設もあり,敗血症性ショックに対する効果として,血中IL-6濃度の低下とともに,血圧の上昇,尿量増加とともに,組織酸素代謝失調の指標となる血中乳酸値の低下が示されている.しかし,PMMA-CHDFの有効性を示した報告は敗血症性ショック以外のものも含めて全て症例集積研究のような低いレベルの小規模報告である.PMMA膜は他の膜に比べて透水性に劣り,濾過量を多くすることができないため,少ない濾過液流量を補うために透析液を併用したCHDFを選択する必要がある.
■本邦でPMMA-CHDFが有効だったとする報告では多くが「PMMA-CHDFが炎症性サイトカインを高率よく吸着して除去した」と主張している.しかし,PMMA-CHDFで実測されたIL-6のクリアランスはサイトカイン高値群でも8.9±9.0 mL/minであり,その効率は決して高くない.Sieberthらは,ある溶質の血中濃度を持続的血液濾過で低下させる条件として,①半減期が60分以上であること,②ふるい係数が1の病因物質で,③濾過流量は2L/hr以上必要であるとしている.この理論によれば,サイトカイン濃度を低下させるには最低でも約34mL/minのクリアランスを得る必要があり,PMMA-CHDFはこれらのクリアランス値を大きく下回っており,PMMA-CHDFが炎症性サイトカインの制御に有効であるという主張には説得力がない.
SSCGでもADQI(Acute Dialysis Quality Initiative)でもPMMA-CHDFについては言及されておらず,海外ではまったく評価されていない.そもそもPMMA-CHDFが血中サイトカインを低下させるかどうかについてすらRCTで実証されておらず,まず小規模なRCTであってもPMMA-CHDFがサイトカインの血中濃度を下げるということが実証される必要がある.さらに,生命予後をアウトカムするならば敗血症を対象にした少なくとも300例以上の大規模RCTが必要となる.