ICU看護師対象DIC勉強会概要(1)
1.DICの病態生理
DICは播種性血管内凝固(Disseminated Intravascular Coagulation)の略であり,血液凝固反応,血小板が活性化され,全身の細小血管内に微小血栓が多発し,多臓器の微小循環障害,機能不全を生じる.また,消費性凝固障害や線溶活性化に伴う出血傾向をきたす.「Death Is Coming(死がやってきた!)とも揶揄されていたこともある.
平成10年度の厚生省特定疾患血液系疾患調査研究班血液凝固異常症分科会研究業績報告書によると,DICの原因は絶対数でみると敗血症が最も多く,ショック,非ホジキンリンパ腫,呼吸器感染症があとに続く.発症率でみると急性前骨髄性白血病をはじめとして白血病がDICを高率に発症することが分かる.敗血症での発症率は31.3%である.また,ARDSでもDICは比較的多いことが特徴である.しかし,これらの疾患だけがDICを起こすわけではない.実際にはあらゆる生体侵襲はDICを引き起こしうる.ときにインフルエンザ,心不全,間質性肺炎などでもDICを発症することがある.
DICでは血が固まって血栓を形成する凝固系と血栓が溶け易くなる線溶系が共存している.凝固系亢進により臓器に血栓が詰まれば臓器不全が,また,線溶系亢進により血が固まりにくくなって出血傾向が生じる.このように,凝固と出血という相反する病態が混在していることがDICの病態の難しさを表している.
ではDICは何が引き金で起こっているのか?これは活性化されたマクロファージや細胞傷害により細胞から放出される組織因子(TF:Tissue Factor)である.すなわち,大量の細胞が傷害されればTFも大量に放出され,DICの原因となる.
DICはTFから始まる凝固カスケード反応によってトロンビンが発生し,フィブリン血栓が形成されて進行する.その過程で,アンチトロンビンⅢ(ATⅢ)はトロンビンと結合し,トロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)を形成し,フィブリン血栓形成を阻害する.これがアンチトロンビン製剤(ノイアート®など)をDIC治療に用いる理由である.なお,DIC診断基準スコアがどうであろうとも,TATが正常値であればその1点のみでDICは否定される.
この凝固カスケード反応からのトロンビンを介した凝固反応だけでDICは本当に生じるのか?という疑問が以前から言われていた.そこで発見されたのがヒストン,HMGB1(high mobility group box1)の発見である.ヒストンは染色体を構成する蛋白質で,特に敗血症性DICで関与し,敗血症における主要な増悪因子であり,強い細胞傷害性と血小板を強力に凝集させる作用がある.HMGB1は通称「死のメディエーター」と呼ばれ,臓器障害晩期に死んだ細胞から放出され,次々と周囲の細胞をアポトーシス(プログラム細胞死)に陥らせるメディエーターで,HMGB1とトロンビンが共存すると著しく凝固活性が高まるとされている.また,HMGB1がプロテインC経路を抑制し,単球から組織因子(TF)産生を刺激することでさらに凝固反応が進行する.ただし,この2物質は生体にとって必要なものでもあり,作用の仕方しだいで体に有害なものとなる.
DICでは凝固反応に対抗する線溶反応が生じている.この線溶系は血栓だらけにならないための生体の防御反応である.フィブリン血栓ができると,組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)によりプラスミノゲン(PG)が活性化されてプラスミン(PM)が生成され,このPMがフィブリン血栓を溶解する.一方,このtPAを阻害するのがプラスミノーゲンアクチベータインヒビター(PAI-1)である.敗血症病態ではPAI-1が異常高値をとり,tPAを強く阻害する,すなわち,敗血症では線溶系が亢進しない.また,α2-プラスミンインヒビター(α2-PI)はPMと結合することでPM-α2PI複合体(PIC)を形成し,これが線溶系亢進のマーカーとなる.敗血症病態ではこのPICは2μg/mL前後しか上昇しない.
DICにおいて日常診療でよく見る検査項目はFDPとD-ダイマー(DD)である.血栓が形成される過程ではフィブリノゲンからフィブリン,不安定フィブリン,さらにD分画2つとE分画1つが架橋形成された安定化フィブリンとなっていく.これらをPMが分解することになる,すなわちFDPはフィブリン/フィブリノゲン分解産物の総称である.この分解産物はどの段階でのフィブリンを分解するかによってできるものが異なる.フィブリノゲン,フィブリンモノマー,不安定フィブリンが分解されるとD分画,E分画の1つ1つに分解される.一方,安定化フィブリンは架橋構造により安定化しているため,分解されてもD分画2つとE分画1つの組み合わさった単位は残る,すなわち分解されたものがD分画を2つ必ず有するため「D-ダイマー」と名づけられている.よって,DDはFDPの一部ということになる.
FDP,DDを線溶系亢進型と抑制型(敗血症)の観点から見るとどうなるか.線溶亢進型DICではPM生成が亢進しており,フィブリノゲンが安定化フィブリンに至るまでにPMに分解される,すなわち安定化していない状態で分解されるためD分画やE分画の1つ1つの単位は多量に形成されるが,架橋形成された安定化フィブリンは少なく,DDはあまり上昇しない.よってFDPは増加し,DDの増加量は軽度にとどまるため,FDP/DD比が3を越えることが多い.
敗血症のような線溶系DICではPM生成が抑制されているため,フィブリノゲンから安定化フィブリンに至るまであまり分解されず,安定化フィブリンが蓄積される.そのためフィブリノゲン~不安定フィブリンよりも安定化フィブリンの方が分解される量が相対的に多くなるため,FDP全体に占めるDDの割合は大きくなり,FDP/DD比は3以下となることが多い.ただし,PMそのものが抑制されているため,FDP,DDともそれほど高値はとらない.
敗血症病態では別の機序でも血小板減少をきたすことがある.血小板を凝集させる因子にvon Willebrand Factor(vWF)がある.このvWFを制御しているのがADAMTS13(a disintegrin-like and metalloprotease
with thrombospondin type 1 motif13)である.DICの経過で血小板減少が遷延しているケースにおいてはADAMTS13が不足している可能性がある.これは血栓性血小板減少症(TTP)と同様の病態が生じていることになり,安易な血小板輸血は血栓形成を助長させるため危険である.DICに対する血小板輸血が慎重投与とされるのはこれが理由である.このような病態の場合は新鮮凍結血漿輸注によりADAMTS13を補充することが優先される.なお,ADAMTS13減少の理由として好中球エラスターゼ(NE)による分解が大きな役割を果たしている.
NEは一般的にはATⅢやPG,ADAMTS13を分解することによりDICでは凝固作用として働くとされる.しかし,一方でフィブリン/フィブリノゲン分解も一部関与しており,ときにこの作用が強く出ることにより線溶作用が大きくなることがある.敗血症病態でNEが関与した線溶系亢進パターンでは通常は上昇しにくいFDPが上昇,すなわちE分画(E-XDP)が多量産生され,このE-XDPとNEが正の相関を示すことが報告されている.
このE-XDP濃度で死亡率を見たところ,E-XDPが正常値である場合と比較して,E-XDPが高値(=NEが高値)の場合は死亡率が2.0-2.5倍と上昇する.しかし,E-XDPが低値(=NEが低値)をとる場合は死亡率が4倍以上となった.すなわち,NEは必ずしも抑制すればいいというわけではなく,あくまでも至適濃度にコントロールする必要があり,過度の抑制は逆効果となる可能性を考慮する必要がある.このことから,NEを抑制するウリナスタチン(ミラクリッド®)やシベレスタット(エラスポール®)を安易に投与すべきではない.実際,DICではないが,ARDSに対するNE阻害薬のシベレスタット(エラスポール®)投与により逆に死亡率が上昇したというSTRIVE studyもある.
DICという病態があるため,重症感染症において凝固は非常に悪いイメージを持たれがちであるが,凝固にも利点となる役割がある.重症感染症においては血小板が菌体成分を認識し,好中球に結合して複合体を形成する.好中球は血小板により活性化され,好中球が自らを犠牲にして直ちにNETsという染色体の粘稠な網を放出し,病原体を捕捉,殺菌する.このNETsに含まれるヒストンが血小板を凝集,微小血栓を形成する.すなわち,凝固はもともとは生体防御反応であり,NETsなどによる効率的な病原体除去と,微小血栓での局所封鎖による病原体やHMGB1,ヒストンなどが全身に拡散するのを防止する.これが過剰になるとDICに至る.
近年では敗血症,DICにおいて凝固と炎症のCross-talkという概念が定着してきている.すなわち,凝固,炎症は生体防御反応として微生物から身を守るための防衛手段であるが,この2つが相互作用,Cross-talkによって増強されてSIRS(全身性炎症反応症候群)とDICとなる.さらに,CARS(代償性抗炎症反応症候群)と凝固消耗による免疫力低下もきたし,多臓器不全へと病態が悪化していくことが知られる.
DICでは臓器不全や出血が生じることは今や常識であるが,それ以外に何がまずいのか.
① 血小板が消費され,免疫力が低下する(血小板は重症感染症においては重要な病原体認識細胞).
② 抗菌薬などの薬剤が血栓形成により病変部位に到達しにくくなる.
③ 局所で発生した有害物質(HMGB1やhistone,活性酸素種など)が全身に播種されてしまう.
④ 炎症とのCross-talkによりさらに炎症・凝固が増強されてしまう.
などが挙げられる.