マクロライド系抗菌薬(1)~抗菌作用~
1.マクロライド系の抗菌効果とPK/PD
■EMは経口投与により胃の中で分解され,ヘミケタルを作る.これが胃を刺激するため,EM特有の消化器症状が現れる.胃内の酸に安定性を増し,消化器症状を少なくし,生体内利用率,組織移行性,抗菌スペクトラムを改善したのが,EMの半合成誘導体である新世代マクロライドと言われるCAMとAZMである.EM,CAMはラクトンリングが14個,AZMは15個であるため,それぞれ14員環MLs,15員環MLsと呼ばれる.CAMはEM分子の炭素6位がメトキシ基に置換されており,経口による吸収が増し,抗菌スペクトラムが広くなっている.
■MLsは菌の50S ribosomeサブユニットの単一ドメイン(23rRNA分子のドメインVの2058 位および2059 位のアデニン塩基付近)に可逆的に1:1の割合で結合することで蛋白合成の延長反応を阻害し,抗菌効果を発揮する.その作用機序については不明な点も多いが,14 員環MLsはペプチジルtRNA の転位反応を阻害する.この結果,MLsはribosomeからのペプチジルtRNA の解離を促進す
ることでタンパク合成を阻害していると考えられている[1].さらに,他の作用機序として50S サブユニットの会合阻害も報告されている[2].
■EM経口薬は,空腹時によく吸収され,内服3時間後に血清濃度がピークに達する.CAM,AZMは経口でEMよりよく吸収され,血清濃度のピークは1時間以内に達する.EMとAZMは空腹時に内服すべきである.CAMは食後内服が可能である.
■多くのMLsは肝臓で代謝されるが,AZMは代謝されずにそのまま胆汁中に排泄される.また,わずかであるがMLsは尿中にも排泄される.
■MLsの特徴として,組織移行性が非常に高く,血清濃度をはるかに上回る組織内濃度を保つことができる.ただし,中枢神経へは移行性は悪い.また,免疫担当細胞である好中球,マクロファージなどに選択的に取り込まれ,炎症部位に集積しやすい特徴(phagocyte delivery,biological drug delivery system)を有する[3,4].細胞外濃度と比較した貪食細胞内濃度はEMで6.5倍,CAMで12.6倍,AZMで40.0倍となる[5,6].肺胞マクロファージ内においては投与4時間後で血漿中の濃度の1700倍以上となり,その後24時間まで血漿中濃度は低下していくのに対し,肺胞マクロファージ内濃度は上昇し続けることが分かっている(Phizer株式会社資料).AZMを貪食したマクロファージに細菌が近づくとAZMを放出することも知られている[7].
■マクロライド系抗菌薬における抗菌作用の濃度依存性または時間依存性の分類に関しては,必ずしも一致した見解が得られていないものの,EM, CAM およびAZM の抗菌作用は時間依存的効果と考えられていた[8].しかしながら,AZMの食細胞内濃度残存時間も考慮すると,AZMは濃度依存的効果も有しているともいえる.PAE(Post Antibiotics Effects)で見ると,肺炎球菌のPAE はEM で平均3.8hrs(1.9-7.7hrs),CAM で平均3.9 hrs(2.2-7.7hrs),AZM で平均2.9hrs(0.8-5.8hrs)が示されている[9,10].抗菌薬の治療効果と相関のあるPK/PDパラメータは,EM ではTAM(T>MIC)と考えられている.CAM に関しては,従来TAM との相関が指摘されていた.しかし,最近では,遊離薬物濃度でPK/PD パラメータの相関を見た場合に,AUC0-24h/MIC が最も良く治療効果と相関すると報告されている[11,12].また,AZM もAUC0-24h/MICと考えられている.
■MLsはほとんどのグラム陽性菌と一部のグラム陰性菌に対して優れた活性を有する.また,とりわけよい適応となるのはマイコプラズマ,クラミジア,レジオネラ,リケッチアの一部などの細胞内細菌である(これらにβラクタム系抗菌薬は無効).Peptostreptococcusなどの口腔内嫌気性菌にも抗菌活性はあるが,Bacteroides属などの腹腔内嫌気性菌に対する抗菌活性はAZM注射製剤以外はないと考えた方がよい.その他に非定型抗酸菌,アクチノミセス,スピロヘータ(梅毒),減り子縛ター・ピロリにも抗菌活性を有する.カンピロバクターにおいては耐性がなければ,臨床的に長い経験もあるためよく使用される.2011年にドイツで大流行した大腸菌O-104(ESBL産生)感染者を対象にAZMを投与したところ28日以上長期保菌者はAZM群で22人中1人,抗菌薬非投与群で43人中35人で有意差あり.AZM群全員が最低3回の便検査で陰性化したことも報告されている[13].
■AZM注射製剤(AZM IV)はAZM錠剤とは別の薬剤と考えてよいほど抗菌スペクトラムが異なる.AZM IVはその高い移行性と極めて高い組織内濃度から,AZMに耐性化した菌であっても有効となることが近年発見されてきている.AZMに対する耐性化率が高い肺炎球菌においても,MICが128μg/mLを越える高度耐性株にまで臨床効果が得られたことが報告されており[14],MLs耐性肺炎球菌に対する効果は臨床薬理学を専門とする一部の研究者の注目を集めている[15].ただし,これらが意味することは,AZM IVは超広域抗菌薬として考えるべきであり,正常細菌叢破壊や耐性菌の菌交代現象に対する注意が必要ということでもある.従来MLsはClostridium difficile関連腸炎をきたしにくい薬剤とされていたが,AZM IVでは嫌気性菌にも強い抗菌活性を有し,注意する必要がある.なお,AZM SR製剤は錠剤と注射製剤の中間レベルの効果を持つ.
※当施設でもAZM耐性肺炎球菌においてAZM SRやAZM IVの単独治療での軽快例を複数経験している.
■静菌作用の抗菌薬とされているが,抗菌薬の組織濃度,対象微生物の種類や増殖速度によっては殺菌的に働く.実際,A群溶連菌,肺炎球菌,インフルエンザ桿菌には殺菌的に作用することが知られており,このため耳鼻科・呼吸器領域の市中感染症で乱用されがちである.これらの領域においては,非定型菌やレジオネラでない限りはペニシリン系で十分対応できることを忘れてはならない(ペニシリン系が第一選択となることがほとんどである).実際に,呼吸器感染症の原因菌においてはMLs耐性菌は増加傾向にあり,肺炎球菌に対しては耐性化率が80%以上に達している.また,第一選択であるマイコプラズマにおいても耐性化が進行している.外来においては適切に病態を判断し,MLs処方は慎重とすべきである.非定型菌の疑いがなければ,MLsはペニシリン系アレルギー患者にのみ適応させるべきである.また,マイコプラズマであっても,気管支炎レベルであれば無治療で軽快しうる.
2.マクロライド系に対する耐性化機序
■腸内細菌や緑膿菌などの非発酵菌の外膜をEMは透過することができない.また,何種類かの排出ポンプによる耐性化をきたすものもあり,あるものはM-phenotypeと呼ばれ,A群β溶連菌,肺炎球菌,その他の連鎖球菌で認められている.
■MLsに対する肺炎球菌の主な耐性機序としては,①メチル化酵素(ermB 遺伝子保有)による23SrRNA の特定アデニン塩基のメチル化,②マクロライド排出型タンパク質(mefA 遺伝子保有)による薬剤の汲み出し,③23SrRNA の点突然変異,または④ 50S リボソームタンパクの変異(L4,L22)が示されている.これらの耐性菌の分布には地域差があり,欧州と日本ではermB 遺伝子保有株,米国においてはmefA 遺伝子保有株の分離頻度が高いと報告されている[16].
近年,ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP),マクロライド耐性肺炎球菌(ERSP),フルオロキノロン耐性肺炎球菌(QRSP)が臨床上問題となっているが,さらに,これに加えてペニシリン(PCG),第二世代セファロスポリン,マクロライド,テトラサイクリン,トリメトプリム/ スルファメトキサゾールのうち2 薬剤以上に耐性を獲得した多剤耐性肺炎球菌(MDRSP)も海外では問題となっている[17].本邦ではPRSPはそれほど多くなく,PRSPであっても肺炎であれば高用量PCGで治療が可能であり,今でも肺炎球菌の第一選択薬はPCGであることは変わりなく,第一選択としてMLsを使用する必要性はない.
■AZM耐性肺炎球菌に対してAZM錠剤は無効であるが,AZM SR,AZM IVは有効となりうる(上述参照).
■臨床におけるMLsの使用量の増加に伴い,2000年頃からMLsに耐性を示すMycoplasma pneumoniae(Mp)が出現し始め[18],本邦では2005年に15%程度と報告されていたが,2006年には30.6%にMLs耐性を認めていると報告された.そして,2011年にはMLs耐性Mpが全国で大流行することとなった.耐性機構は肺炎球菌と同じく,メチル化酵素(ermB 遺伝子保有)による23SrRNA の特定アデニン塩基のメチル化による耐性化がある.ポンプ機構やプラスミドを介した耐性機構などは見出されていない.
■乳幼児などで抗菌薬経口投与が難しい場合はMpにCLDMが用いられる場合があるが,MLs耐性MpではCLDMにも耐性が生じる.一方でテトラサイクリン系,ニューキノロンには感受性があり,耐性株に推奨される.しかしながら,耐性株は日常診療では実感されにくい.これは,MLs投与後の平均解熱日数が,感受性菌が1.5日であるのに対し,耐性菌は3.7日と2日間程度しか延長せず,難知性症例として感じにくく,MLsに感受性があるかのように感じるからである.Mpは,感染した細胞内に過剰に活性化酸素を産生させて軽く組織を傷害することの他には直接細胞傷害作用はなく,肺炎の病像は決して菌による直接侵襲の結果ではなく,宿主の免疫応答がサイトカインを介して過剰な炎症を惹起した結果である.MLsには気道上皮細胞あるいはマクロファージなどからのサイトカイン産生を抑制する作用があり,耐性菌であっても,これによる治療効果が存在するため解熱する.結果,症状は消失するも平均2日間の発熱期間延長により菌排出期間が遷延して耐性菌の流行が拡大しやすくなる.
※MLs耐性Mpとして当院に紹介されてくるケースの中には,Mp感染症でなかったケースも多く,実際にMLs耐性Mpが報道されていた数だけ大流行していたかどうかは疑問の余地もある.Mp抗体価のとらえ方,診断方法があまり知られていないこと,Mp-IgM迅速キット(イムノカード®)の偽陽性例多発などにより他の菌と誤診されていた可能性もある.何より肺炎に対して,原因菌にスペクトラムはあるが効果の乏しい経口第3世代セフェムを投与して効果がないとしてMpと判断してはならない.
[1] Antimicrob Agents Chemother 1982; 21: 811-8
[2] Antimicrob Agents Chemother 1995; 39: 2141-4
[3] J Antimicrob Chemother 1998; 31: S5
[4] Antimirob Agents Chemother 2007; 51: 103-9
[5] Eur J Clin Microbiol Infect Dis 1991; 10: 828
[6] Jpn J Antiobiot 2000; 53: S60-71
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[10] J Antimicrob Chemother 1998; 41: 149-53
[11] 40th Interscience Conference on Antimicrobial Agents and Chemotherapy. 2000;
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[12] Antimicrob Agents Chemother 2002; 46: 1425-34
[13] JAMA 2012;307:1046-52
[14] Intern Med 2009; 48: 527-35
[15] Jpn J Antiobiot 2009; 62: 483-91
[16] J Antimicrob Chemother. 2002; 50: S39-47
[17] Clin Infect Dis. 2003; 36: 963-70
[18] Microbiol Immunol 2001; 45: 617-20