ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)
Summary1.HITの病態
・HITはDICに非常に類似した動静血栓症病態をとり,FDP,D-dimer,TATも上昇する.
・HIT発症はヘパリン使用から5-14日目に生じる.
・ヘパリン使用から100日間はヘパリン投与によるHITのリスクがある.
・治療用ヘパリンのみならず,ヘパリンフラッシュ(ヘパロック含む),カテーテルや回路などのヘパリンコーティングでもHITをきたしうる.
・検査所見,臨床経過に加え,4Tsを参考にHITを疑い,早期に治療を開始する.
・HIT抗体を計測し,確定診断を行う.
・治療の第一選択はヘパリン中止とアルガトロバン投与であり,APTTを指標として用い,基準値の1.5-3.0倍になるように調節する.
■播種性血管内凝固(DIC:disseminated intravascular coagulation)と鑑別が非常に紛らわしいものにヘパリン起因性血小板減少症(HIT:heparin induced thrombocytopenia)がある.
■HIT は1960 年代から報告されている[1].HIT の発症メカニズムに関しては当初より免疫的機序が推察されていたが1992 年Meyer らがヘパリンと血小板第4 因子(Platelet Factor 4)の複合体に対する抗体(HIT 抗体)が本症の発症の中心的な役割を果たすことを報告してから[2]飛躍的に研究が進み,現在は非免疫的機序によるⅠ型と,HIT 抗体が出現し免疫的機序で発症するⅡ型に分類されている[3].このうち重症化し臨床的に問題となるのはⅡ型である.以下ではⅡ型HITをHITとして記載する.
■HITは本来血液凝固反応を阻止するヘパリンの投与がきっかけで発症する血栓性の血小板減少症であり,30-50%に動静脈血栓症を合併する,ヘパリンの出血に次ぐ重大な副作用であり,血栓症による死亡率は5%程度に及ぶとされている[5].臨床的にはヘパリン開始後約5-14日で,DICなど明確に説明できる状況がないにもかかわらず血小板減少が進行する,原因不明の血小板減少症として認識されることが多い.血小板数はヘパリン使用前の50%以下,または10万/μL以下に減少する.また,100日以内にヘパリンの投与歴があれば,急速発症,早期発症の様式を示す場合がある.HITの約50%に血栓塞栓症が発症し,動静脈血栓症(静脈の方が多い)や透析では回路内凝血が生じる.ときに突然発症タイプもあり,血小板減少以外に以下の急性全身反応が発症する場合がある.
・炎症反応:悪寒,発熱,発疹
・心肺症状:頻脈,高血圧(or低血圧),頻呼吸,呼吸困難,胸痛,心肺停止
・偽性肺梗塞:重篤な呼吸困難,肺不全,呼吸停止
・消化器症状:悪心,嘔吐,下痢
・神経症状:拍動性疼痛,一過性健忘
これらの症状はヘパリンの中止により急速に改善する.HITでは通常は血小板減少から始まるが,血小板減少前に血栓症が先行するケースもある.治療目的でのヘパリンのみならず,カテーテルルート開存性維持目的でのヘパリンフラッシュによってもHITが生じることがあるため,医師が,ヘパリン投与に気が付いていないこともあり注意が必要である.
■本邦ではHIT診断のためのHIT抗体が保険承認されておらず,結果としてHITの理解が進まない現状がある[4].このため本邦におけるHITの発生頻度調査は少なく,患者の病態によってHITの発症リスクが異なるため,病態別のHITの発症リスク管理が必要である.したがって,HIT発症の高リスク患者に対しては,血小板数の測定を隔日に実施するなどの対応が必要となる.
(1) 高リスク(発生頻度1%以上)
ヘパリン投与を受けた心血管術後患者と整形外科術後患者.
(2) 中リスク(発生頻度1-0.1%)
ヘパリンフラッシュを受けている術後患者,ヘパリン治療を受けている入院患者,透析導入期患者,低分子ヘパリンを投与されている術後患者.
(3) 低リスク(発生頻度0.1%)
低分子ヘパリン(ダルテパリン;フラグミン®など)やヘパリンフラッシュのみの入院
■HIT発生が予測される病態と血小板測定推奨回数は以下の通り.
(1) ヘパリンによる血栓症の治療が行われている場合
5-14日間(またはヘパリン中止まで)は隔日または2-3日間隔で実施
(2) 過去100日以内にヘパリン投与の既往歴がある場合
ヘパリン投与前と投与後24時間以内は反復測定
(3) ヘパリン単回投与による急性全身反応(アナフィラキシー様反応)が発症した場合
即刻血小板数を測定し,最近の血小板数と比較する
(4) フォンダパリヌクス(アリクストラ®)使用の場合
通常は不要
(5) 透析導入時のヘパリン使用の場合
ヘパリン透析では10-15回透析まで透析ごとに実施する
■HIT発症のメカニズムは,血小板が何らかの要因で継続的に活性化される病態ではα顆粒より血小板第4因子(Platelet factor 4:PF4)が血小板膜上や血中に放出される.PF4は陽性荷電をもち,投与されたヘパリンや内皮のヘパラン硫酸と結合し,PF4-ヘパリン複合体を形成する.これが抗原として認識され,PF4-ヘパリン複合体抗体(HIT抗体)が産生され,PF4-ヘパリン複合体と免疫複合体を形成し,HIT抗体のFc部位が血小板膜上のFcγⅡa受容体と結合して血小板を活性化させ[6],血小板減少を引き起こす.ヘパリンとPF4が適度な濃度で存在しないとPF4の構造変化が起こらないことが指摘され,それがHIT抗体産生のリスク因子を規定している可能性が高いと報告されている[7].
■また,活性化された血小板より,凝固促進作用の強いマイクロパーティクルが放出され,Thrombinの産生により血液凝固が活性化され,凝固促進状態となる.血管内皮細胞や,単球に存在するヘパラン硫酸とPF4の複合体にもHIT抗体は結合し,その表面にTF(組織因子:Tissue factor)を発現させ,TFを介した血液凝固が活性化され,血栓症が生じる.このため,HITではDIC様の凝固亢進状態となり(TAT,FDPは上昇する),その後,動静脈血栓症が続発する.
■実際,血小板減少に伴い,ある程度のD-ダイマー産生が多くの症例で観察される.さらにHITを多く発症することが知られている血液透析の場合は,透析カラムの詰まりなどで血栓の存在を確認でき,メシル酸ナファモスタット(フサン®)に変更すると透析続行が可能な症例があることも知られている.このように免疫学的機序を介するため,発症まで5-14日を要する.
■HITはその病態メカニズムから一種の自己免疫疾患とも考えられるが,ヘパリン投与後5日目からとかなり早い段階から発症する.また,HIT抗体のなかのIgMやIgAではなく,IgGのみが血小板,単球,血管内皮細胞の活性化能をもち,病因となることが指摘されている[8].実際,外傷や整形外科術後で深部静脈血栓症のためにヘパリン投与を受けた患者で,HIT抗体を術後毎日測定した結果では,通常の免疫反応の場合,IgMの上昇から遅れてIgGの上昇がみられるが,HIT抗体の場合はIgM,IgA,IgGがほぼ同時にヘパリン投与開始後5日目から上昇してくることが報告され,HITの場合は通常の免疫反応と異なることが指摘されている[9].その理由として,PF4が陰性荷電を呈する微生物に対する防御システムのmisdirctionである可能性が指摘されている[10].したがって,ヘパリン投与によるHIT抗体の産生はたとてヘパリンの初回投与であっても二次応答として起こるため,IgM,IgA,IgGがほぼ同時に早期から産生されるものと理解できる.このように,HITの病因となるHIT抗体の産生は通常の抗原抗体反応とは異なる免疫学的システムと関連している可能性が示唆されている.
2.HITの診断
■HITの臨床診断として,Warkentinが提唱する,4項目のスコア化で行う方法(4T's scoreing)がよく用いられる[11,12].
(1) Thrombocytopenia(血小板減少)
2点:50%以上の減少,または最低値2-10万/μL
1点:30-50%の減少,または最低値1-1.9万/μL
0点:30%未満の減少,または最低値1万/μL
(2) Timing(ヘパリン使用開始後,血小板減少の出現まで)
2点:5-14日,またはヘパリン使用歴(30日以内)があり1日以内に血小板減少
1点:14日以後あるいは時期不明,またはヘパリン使用歴(31-100日)があり1日以内に血小板減少
0点:ヘパリン投与歴がなく4日以内の血小板減少
(3) Thrombosis(血栓,HITの皮膚症状)
2点:血栓の新生,皮膚壊死,静注後の急性全身反応
1点:血栓の進行か再発,紅斑様の皮膚症状,血栓の疑いが濃厚
0点:なし
(4) oTher(血小板減少の他の原因)
2点:他の原因なし
1点:他の原因の可能性あり
0点:他の原因あり
スコアの合計が6-8点ならHITの可能性が高い.4-5点ならHITの可能性は中等度.3点以下はHITの可能性が低い.ただし,本法は万能ではなく,救急領域など血小板減少が元来存在する領域で4Tsの利用しにくい症例があることも知られている[4,11,13].よって,overdiagnosisに注意しながら4Tsを用いるべきである.
■集中治療領域ではHITと鑑別が困難な疾患は多数存在し,ときには複数が重複していることもある.鑑別を要するものとして,敗血症,DIC,抗リン脂質抗体症候群(APL),血栓性血小板減少性紫斑病(TTP),溶血性尿毒症症候群(HUS),薬剤性血小板減少症などがある.
■HITの診断においては,血小板減少や血栓形成などの病像に加え,血小板を活性化するHIT抗体が検出できることが臨床検査医学的に重要(なぜか保険承認がない)である[4,11].しかし,血小板を活性化するHIT抗体をその血小板活性化能としてとらえる感度のよい方法がないため,感度はよいが特異度の低いenzyme immunoassay(EIA)法を代用することが多いため,結果の解釈などで問題点が生じる.すなわち,臨床的にHITでない症例における偽陽性の問題がある.以下に各種HIT検査法を示す[13].
(1) IgG/IgA/IgM型抗体検出EIA:感度>95%,特異度74-77%
(2) IgG型抗体検出EIA:感度98-100%,特異度89-90%
(3) セロトニン遊離試験:感度>95%,特異度>95%
(4) HIT抗体による血小板活性化試験:感度80%,特異度>90%
■HITの第一人者であるWarkentinが最良とするセロトニン遊離試験はHIT抗体の血小板活性化能を放射性同位元素標識セロトニンで検出する方法で,感度,特異度とも非常に優れているが,欧米の一部の施設でしか行われず,本邦では施行できない.本邦で実際に主に行われている検査はIgG/IgA/IgM型抗体検出EIAであり,本邦で一部の施設でしか実施できないIgG型抗体検出EIAに比して特異性が劣る.よって,カットオフ値付近の検査結果は参考程度とし,他の血小板減少要因を除外診断しながらヘパリン中止で臨床症状が改善するかなどを慎重に見極め,治療を進めることが重要である.カットオフ値を大きく上回っていればHIT診断特異度が上がることが知られている[4,11].したがって,検査結果報告を受ける際は陽性・陰性のみならず,どの程度カットオフ値を上回るor下回るかを確認すべきである.
3.ヘパリン投与とHIT
■未分画ヘパリンはHITを最も発症しやすい.ダルテパリン(フラグミン®)などの低分子ヘパリンでも発症することが知られ,最近ではペンタサッカライドであるフォンダパリヌクス(アリクストラ®)でもHIT発症の報告がある.しかし,一方でフォンダパリヌクスをHIT治療薬として利用した際に有用であるとの報告もあり[11,12],フォンダパリヌクスに関する理解はいまだ明確な結論を得るに至っていない.
■HIT抗体は一過性にのみ存在し,ヘパリン投与中止後,HIT抗体は平均100日程度で陰性化することが明らかになっている[14].これは,ヘパリン投与が中止されるとPF4の構造変化が起こらなくなり,抗原が体内に存在しなくなるため,急速に抗体価が低下するものと推測されている.このことから,逆にHIT抗体が存在している時期であるヘパリン最終投与後1ヶ月間は血栓塞栓症発症のハイリスク期間となる.また,ヘパリン中止後,しばらくしてから(数日後に)発症する,あるいは数週間症状が遷延する遅延発症型が存在する[15].これらの症例の場合,HIT抗体の活性化能が非常に強く,症状が重篤化することも少なくなく,これらの症例のHIT抗体はしばしばex vivoアッセイでヘパリン非存在下でも血小板を活性化させうる.直近(少なくとも100日以内)のヘパリン投与によりHIT抗体を保持している患者に,ヘパリン再投与を行った場合,1日以内に急激に発症する急速発症型が存在する[14].HIT抗体存在時にヘパリン大量静注を行うと,5-30分後に発熱,悪寒,呼吸困難,胸痛,頻脈,悪心,嘔吐などを伴う強い全身症状と急激な血小板減少が起こることがある[10].
4.HITの治療
■HITの治療は当然ながらヘパリン中止が第一原則である.治療薬としてのヘパリンだけではなく,圧ライン確保などのためのヘパリン生食や,ヘパリンコーティング回路についても中止する必要がある.
■ヘパリン中止だけでは1日あたり約6%の患者が血栓塞栓症を発症すること,また代替の抗凝固療法を実施すれば血栓塞栓症の発症が劇的に減少することが報告されており[16],ヘパリンに代わる抗凝固剤投与が必要と言われている[17,18].また,HIT抗体検査は結果が返ってくるまでに日数を要するため,臨床的にHITを強く疑った場合は,HIT抗体検査結果を待たずに抗トロンビン薬を開始すべきとする報告もある[19].
■本邦ではHIT治療薬として抗トロンビン薬のアルガトロバン(ノバスタンHI®,スロンノンHI®)が保険で認められており,海外のコホート研究でその安全性と有効性が報告されている[20,21].HITに対するアルガトロバン投与量の調節にはAPTTを指標として用い,基準値の1.5-3.0倍で調節するようFDAでは推奨している.
■本邦では,心臓手術,血液浄化,PCPS維持の際にACT(Activated Coagulant Time)を指標としてアルガトロバンを安全に投与できたとする報告が多数ある[22-25].
■本邦ではHITに対してヘパラン硫酸であるダナパロイドナトリウム(オルガラン®)は承認されていないものの,海外では承認されている.HITに対する投与量については本邦では確立されていない.また,ダナパロイドの本邦での添付文書では,HITの既往歴のある患者で,ヘパリン抗体と本剤との交差反応性のある患者に対しては原則禁忌とされている.
■急性期HITに対してワーファリン単独投与を行った場合,凝固因子の低下より先に抗凝固因子(Protein C)の低下をきたすことで,逆に一時的に血栓経口に傾く可能性があり,急性期HIT患者に四肢壊疽を起こすリスクがあるため[26],ワーファリン単独療法は行わない.血小板数が回復した時点で,抗トロンビン薬と併用する形で投与を開始し,臨床症状が落ち着いた時点でワーファリン単独治療への切り替えを行う.
■DICの治療としてヘパリンが投与されることもあり,逆に10-20%のHIT患者がovert-DICに移行するとされており,その鑑別は容易ではない.しかし,HITの臨床的特徴(発症時期や,血小板数が2万/μL以下になることが少ない,出血傾向を示すことは稀など)を適確に把握し,そのうえで臨床的にHITが疑われる場合には,すべてのヘパリンを直ちに中止するとともに治療を開始し,HIT抗体の測定を行う必要がある.
■最近,HIT-associated consumptive coagulopathyでAPTTの延長が認められる症例で,HIT治療に対する懸念が生じている.HIT治療薬である抗トロンビン薬はその投与量をAPTTでモニターするが,HIT-associated consumptive coagulopathy患者においては特に強力な治療が必要である.しかし,APTTが過度に延長することでの出血の懸念により,抗トロンビン薬の投与量を減量してしまうことが発生する.この場合,HITの治療としてはunderdosingとなるため,HIT病態の悪化を招く可能性があると指摘されている[27].
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