院内抗菌薬適正使用ガイドライン「初期抗菌薬の選択(1)」
各項目についてのガイドラインに記載した解説文はこのブログでは省略(抗菌薬の基本原則にだいたいの内容は記載している).ここではなぜこの項目にしたのかについてのみ下に記載した.
第3章.初期抗菌薬の選択
1.スペクトラム起因菌推定,患者背景,重症度の3点をベースにスペクトラム選択方法を提示した.ただし,過剰広域となりすぎないよう,グラム染色を使用した狭域化の努力を行うことも明記した.
1-1.その病態に対して抗菌薬を初めて投与する際は,経験的治療(empiric therapy)として,原因感染症を推定し,その感染症で疫学的に頻度の高い原因菌をカバーできる抗菌薬の投与を行う.
1-2.重症例や免疫抑制状態の場合,抗菌薬の選択は想定される微生物を網羅する広域抗菌薬の投与が推奨される.
1-3.軽症,中等症で,感染防御能が正常であるときは,その感染症において特に頻度の高い病原微生物を網羅できる範囲で,できるだけ狭域の抗菌薬を選択すべきである.
1-4.広域抗菌薬の多用は,宿主環境や病院環境における耐性菌の増加を誘導し,次に生じる感染症をより難治なものにすることを留意する.
1-5.グラム染色,塗抹鏡検所見を参考にして原因菌を推定し,抗菌薬の狭域化を図ることを検討する.
1-6.年齢,基礎疾患,最近の抗菌薬使用歴,過去の検出菌等を参考にして耐性菌リスクを考慮する.
1-7.特に嫌気性菌活性を有する抗菌薬を使用する際は,腸内細菌叢破綻による薬剤性関連下痢症(特にClostridium difficile関連下痢)を誘発するリスクを考慮し,probiotics製剤の併用を考慮する.
1-8.TFLX(オゼックス®)以外のニューキノロン系抗菌薬,LZD(ザイボックス®)は抗結核菌活性を有するため,結核が考慮されうる状態に対してはその除外がなされるまでは使用すべきではない.
腸内細菌叢温存を重視し,probiotics製剤併用も明記している.これは今後作成予定の院内早期経腸栄養ガイドラインへのリンクも目的とした項目である.この項目に関しては特に以下の文献を重要視し,提示した.
Vollaard EJ, Clasener HA. Colonaization resistance. Antimicrob Agents Chemother 1994; 38: 409-14
Shimizu K, Ogura H, Tomono K, et al. Patterns of gram-stained fecal flora as a quick diagnostic marker in patients with severe SIRS. Dig Dis Sci 2011; 56: 1782-8
Hempel S, Newberry SJ, et al. Probiotics for the prevention and treatment of antibiotic-associated diarrhea: a systematic review and meta-analysis. JAMA 2012; 307: 1959-69
市中肺炎などにおいて,第一選択でキノロン系を使用するケースがよく見られるが,本ガイドラインにおいてはその使用を非推奨としている.実際に当院呼吸器内科においては,肺炎に対する経験的治療としてニューキノロン系を第一選択にすることはほとんどなく,使用しないことで治療に難渋したケースもほとんどない.肺結核が空洞形成や上肺野に形成されたりなど典型的画像所見をとっていれば分かりやすいが,実際には通常の肺炎像と鑑別が困難なケースも多数存在する.とりわけ,AIDSなど免疫力が低下した患者における結核像は非典型的であることが多い.以上から安易なニューキノロン投与には警鐘を鳴らすべきである.開業医においてはニューキノロン系を経験的治療により第一選択で投与されるケースが非常に多く,初期は奏功したもののあとになって再燃し,当院に紹介となり結核であったケースがあとをたたない.
同様に,LZD(ザイボックス®)も抗結核菌活性を有するため同様の注意が必要であり,肺炎のみならず,椎体炎などでもMRSAであるとは限らず(とりわけTh12の椎体炎は結核を疑うべきである),グラム染色や抗酸菌染色を活用して結核を除外する必要がある.
2.臓器・組織移行性解説では各臓器と抗菌薬の移行性のよい組み合わせ,悪い組み合わせの表を提示した.バイオフィルムへの移行性については臨床的に考慮して使用されていることも多いが,in vivoでエビデンスが確立されているというわけではないため,項目としては示さず,解説に「マクロライド系,テトラサイクリン系,CLDM(ダラシン®)は菌のバイオフィルム透過性を亢進させるとのin vitroの報告があるが,in vivoでの有効性については現時点では結論が出ていない.」と記載するに留めた.
2-1.抗菌薬投与の際は,感染巣である臓器・組織への移行性を考慮する.
2-2.マクロライド系,ニューキノロン系,テトラサイクリン系,CLDM(ダラシン®),RFP(リファンピン®),ST(バクタ®)は組織移行性がよく,細胞内や組織内の濃度が血中濃度より高濃度になる.
2-3.膿瘍を形成している場合は,抗菌薬移行性は悪く,ドレナージ,デブリードマン,デバイス除去などの外科的処置も検討する.
膿瘍を含めた感染巣コントロールについては以下の文献を重要視して提示した.
Marshall JC, Maier RV, Jimenez M, et al. Source control in the management of severe sepsis and septic shock: An evidence-based review. Crit Care Med 2004; 32: S513-26
3.殺菌性の考慮殺菌性と静菌性は日常診療ではまず考える必要はないが,特定の状況では考慮しなければならないため,単一項目として記載した.ただし,殺菌性と静菌性はあくまでも便宜上の分類であり,はっきりと区別できるわけではない.また,解説ではtoleranceについても記載している.
3-1.一般的に抗菌薬の殺菌性と静菌性の違いは多くの場合考慮する必要はないが,免疫力が重度に低下している患者や,敗血症,髄膜炎,感染性心内膜炎,重症ブドウ球菌感染症,重症グラム陰性桿菌感染症,好中球減少症においては殺菌性抗菌薬の検討が必要である.
4.local factor / antibiogram抗菌薬適正使用を進める上でなくてはならない項目である.感染症に対するempiric治療は熱病などの書籍により選択することはできるが,実際には国,地域,施設,さらには病棟によってもその起因菌の頻度や感受性が異なる(以下の文献を特に重要視して提示している),いわゆるlocal factorが存在する.これを理解していなければ不必要に広域にカバーしたり,カバー漏れが生じる.
4-1.同じ感染症であっても,起炎菌の頻度や薬剤感受性は施設ごとに異なり,また,地域特有の感染症を考慮しなければならない場合もあることを留意する.
4-2.当院において検出される各菌の薬剤感受性を考慮する.
Souli M, Galani I, Giamarellou H. Emergence of extensively drug-resistant and pandrug-resistant Gram-negative bacilli in Europe. Euro Surveill 2008; 13; 47
Rhomberg PR, Jones RN. Summary trends for the Meropenem Yearly Susceptibility Test Information Collection Program: a 10-year experience in the United States (1999-2008). Diagn Microbiol Infect Dis 2009; 65: 414-26
当院では院内サーベイランスが充実しており,antibiogramもその一環である.その年の1月に前年の院内antibiogramを全医師および各病棟に配布している.一般的に推奨されている抗菌薬がその菌に本当に有効であるかを判断する上でも重要である.
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