結核診断前のキノロン系抗菌薬投与は死亡リスクを1.8-6.9倍に上昇させる
Summary
・キノロン系抗菌薬は結核菌に抗菌活性を有する.
・肺結核にキノロン系抗菌薬を投与すると7-8割の症例で症状が改善し,その後耐性化して再増悪をきたし,結核の発見が3週間程度遅れる.
・肺結核にキノロン系抗菌薬を投与すると,喀痰の結核検査陽性率が7割低下する.
・結核診断前のキノロン系抗菌薬曝露により死亡リスクが1.8-6.9倍増加する.
・過去の報告では,肺結核患者の3割が診断前にキノロン系抗菌薬を投与されている.
・肺結核は胸部レントゲンでは除外診断できず,3割が非典型的画像所見となり,免疫不全患者では7割まで増加する.
・LZD(ザイボックス®)も抗結核活性を有するため注意が必要である.
■キノロン系抗菌薬を安易に肺炎患者,もしくは呼吸器症状が主訴の患者に投与すべきでないという意見が感染症医・呼吸器内科医に多い理由の中でも重要なのがキノロン製剤の結核菌に対する抗菌活性である(他には耐性菌誘発率の高さ,過剰スペクトラム,不整脈・アキレス腱断裂・痙攣等副作用などが理由にある).以下のキノロン系抗菌薬で注意が必要である.
NFLX(パグシダール®),ENX(フルマーク®),OFLX(タリビット®),LVFX(クラビット®),CPFX(シプロキサン®),LFLX(ロメバクト®,バレオン®),SPFX(スパラ®),PZFX(パシル®,パズクロス®),PUFX(スオード®),MFLX(アベロックス®),GRNX(ジェニナック®),STFX(グレースビット®)
■TFLX(オゼックス®,トスキサシン®)以外のキノロン系抗菌薬は抗結核作用を有し,肺結核ではキノロン投与により3日前後で65.8-83%[1,2]で臨床症状が軽快してしまい,その後耐性化して再増悪する.
■結核診断前のキノロン暴露では上記一時的症状改善のみならず喀痰中結核検査の陽性率が73%低下する[3]などで診断が遅れ,最終的に結核治療開始は入院から21-34日後[1,4]まで遅れる(キノロン非曝露群では入院から平均で5日後に治療が開始される).結核菌の分裂増殖は遅く,最適環境下でも10-15時間に1回程度である.しかし,この速度で増殖しても19日後には10^9個という致死的菌量に達しうる.治療開始がもし21-34日間遅れればどうなるかは想像するにたやすく,実際に結核診断前のキノロン曝露により死亡リスクは1.8-6.9倍に増加すると報告されている[1,5].
■当然ながらこの治療の遅れの期間の間に周囲に感染するリスクも高まる.よくあるケースは,開業医で咳嗽症状や肺炎等にキノロン系抗菌薬が処方され,一時的に軽快するも再増悪し,総合病院に紹介され,初回喀痰検査でもひっかからず入院に至るというものである.同室患者,職員にまで感染リスクはおよび,患者の予後のみならず多大なコスト増も病院が被ることになる.
※プライマリケアの場においてこれらを考慮しない安易なキノロン系抗菌薬投与は無責任としか言いようがないが,当院でも年間数例のキノロン曝露後結核が開業医から紹介され,死亡例や職員のQFT陽転化例がでている.通常,1つの薬剤において,それが原因となって死亡例がでるというのはそうそうある話ではない.これは重大な副作用に入っても全くおかしくない事象であり,各製薬メーカーはもっと厳重注意を呼びかけてしかるべきである.
※呼吸器感染症に限らず,プライマリケアにおいてキノロン系抗菌薬が第一選択となるケースはほとんど存在しない.
※当院時間外外来・ERには肺炎患者を帰宅させる際にキノロン系抗菌薬を処方しないよう通達する貼り紙を提示している.呼吸器内科以外の医師が結核を否定して投与できる保証がまったくないからである.
■ではどれくらいの患者が結核診断前にキノロン系の曝露を受けているか?これについての報告をPubMedで検索すると8報[1-8]がヒットした.報告ごとにバラツキはあるが,14.4-48.0%が結核診断前にキノロン曝露を受けており,全体の3677例では1067例(29.0%; 95%CI 27.6%-30.5%)であった.
■2000年頃からマクロライドに耐性を示すマイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)が出現し始め[9],本邦では2005年に15%程度と報告されていたが,2006年には30.6%にマクロライド耐性を認めていると報告された.そして,2011年にはマクロライド耐性マイコプラズマが全国で大流行することとなった.これに対して,耐性株が多いからという理由で最初からキノロン系抗菌薬が濫用されてしまうこととなった.注意しなければならないのは,非定型肺炎の症状だけでは結核は除外できない点である.マクロライド耐性マイコプラズマを想定してのキノロン系抗菌薬のempiric投与は危険を伴う.
※マクロライド耐性マイコプラズマがアウトブレイクしたとはいえ,成人のマイコプラズマ肺炎に対する第一選択は依然としてマクロライド系である.また,マイコプラズマ気管支炎であれば抗菌薬は不要であることが多い.
■結核は胸部X線,ときにはCT撮影であっても除外できない.「上肺野の空洞陰影を伴う肺炎像」という教科書的な典型的像をとらないこともしばしばあるからであり,呼吸器内科医といえども画像だけでは判断に迷うことも多い.肺結核において上肺野に病変を認めるのは,免疫正常者では68.1%であり,免疫不全者に至っては38.4%に過ぎない[10].
■抗結核薬以外で結核菌に抗菌活性を示してしまうのはキノロン系抗菌薬だけではない.in vitroで,MEPM(メロペン®)とCVA(クラブラン酸)の併用が結核菌に対して殺菌作用を示すことが報告されており[11],結核感染マウスモデルにおいてはIPM(チエナム®)またはMEPMとCVAの併用は結核菌増殖を防止できないが生存率が改善したとの報告[12]もある.CVAは結核菌のBlaC βラクタマーゼを不活性化し[13],カルバペネムはペプチド転移呼応祖を不活性化する[14,15]ことが知られており,カルバペネム系抗菌薬やCVA/AMPC(オーグメンチン®,クラバモックス®)は結核菌に何らかの影響を与えてしまう可能性がある.また,抗MRSA薬であるLZD(ザイボックス®)も抗結核菌活性を有することが分かっている[16].これらの抗菌薬使用時は注意が必要である.
■なお,集中治療領域では重症肺炎をみたときに,あらかじめ結核の可能性も考慮して検査を行い,結核と診断された場合はただちに抗結核薬併用療法に切り替えるという条件であれば,最初からキノロン系を使用するのは許容されうる可能性がある(あまりおすすめはしないが).Tsengら[17]は,重症肺炎を模した肺結核を伴う患者において経験的抗菌薬でフルオロキノロンを使用した群と使用しなかった群を比較したところ,100日死亡率は40%vs68%で有意にフルオロキノロン使用群で低い結果となった.ただし,ARDS状態であっても粟粒結核であれば喀痰中には排菌していないことがある.この場合,あらかじめ喀痰検査を行っていても結核がひっかからず,結果的に結核が除外できないリスクが伴うことを考えておく必要がある.
■結核リスク患者は思った以上に多く,そこには免疫不全以外に様々な要因がリスクとなる.スペインでのサーベイランス報告では,喫煙は有意に潜在性結核感染(ツ反で5mm以上と定義)リスクを接触者において1.5倍に上昇させたと報告している[18].また,近年,アドエア®に加えてシムビコート®もCOPDに適応承認となり,健康日本でもCOPDが扱われるようになって他の多数の吸入薬が登場する中,COPD治療薬は戦国時代とも言われ,吸入ステロイドの合剤メーカーがかなりの宣伝を行っている.しかしながら,安易なCOPD患者への吸入ステロイドの使用は避けるべきであり,COPD患者の吸入ステロイド使用は肺結核リスクが9倍,特に胸部画像で陳旧性肺結核を有する患者では25倍に増加することが近年報告されている[19].これらの患者が何かをきっかけに結核を発症した場合,キノロン系抗菌薬が投与されてしまうという懸念はおおいにある.
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