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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

マイコプラズマ肺炎(1)「病原体,症状,疫学」

マイコプラズマ肺炎に関するまとめ(1).病原体,症状,疫学について.後日アップ予定の(2)では検査,診断,治療,マクロライド耐性株についてまとめる予定.
Summary
・マイコプラズマは細胞壁をもたない,一般細菌よりも小さい微生物である.
・マイコプラズマは線毛を有する気管支に感染するため,一般的には陰影は末梢まで達しにくい.
・マイコプラズマ肺炎では菌そのものによる直接傷害の関与は少なく,主体となるのはTh1による免疫反応による間接傷害である.
・気管支喘息発作が先行したマイコプラズマ肺炎や,免疫系が未熟な小児においてはTh2免疫が誘導されるため,一般的なマイコプラズマ肺炎とは異なる陰影をきたす.
・マイコプラズマ感染症のうち,肺炎は3-5%であり,その他は気管支炎,上気道炎,不顕性感染である.
・マイコプラズマでは頑固な咳嗽を主とした呼吸器症状が多く,成人では一過性の肝機能障害を伴うことも多い.初期は乾性咳嗽だが,経過が長くなると湿性咳嗽に変化しうる.
・マイコプラズマは小児~若年成人に多い.高齢者では感染例は少ないが,肺炎をきたせば呼吸不全を伴う重症化をきたしうる.
・マイコプラズマ肺炎患者数は増加傾向にあり,オリンピック肺炎と呼ばれた4年ごとの傾向は現在はない.
・2011年夏からの歴史的大流行はマクロライド耐性株増加が原因ではなく,気道粘膜付着に有利となる何らかの変異をきたしたものと考えられている.

1.マイコプラズマ肺炎の病原体
Mycoplasma pneumoniae(以下Mp;マイコプラズマ・ニューモニア)は一般細菌と同様にDNA,RNAを有し,自己増殖能(他の細胞に寄生せず,自己の代謝によって増殖する)を持っている.しかし,一般細菌とは異なる次のような特性を持っている.
(1) 細胞壁を持たない
 細胞質膜は直接外界に接しており,多形性である.このためMycoplasmaは「軟らかい皮膚」という意味のMollicutes網のもとに分類されている.よって,細胞壁合成阻害を作用機序とするβラクタム系抗生物質は無効である.
(2) 孔径0.45μmのフィルターを通過する
 マイコプラズマの細胞の大きさは径0.2μm以下から1.0μm以上と様々である.Mpは細長く長径が2μm,太さは0.1-0.2μm程度であることから,一般細菌は通過しない孔径0.45μmのフィルターを通過しうる.大きさとしては人工の無細胞培地で自己増殖できる最小の微生物であるとされている.
(3) 固形培地上では微小な桑実状もしくは目玉焼き状のコロニーを形成する.ただしコロニー中央部は盛り上がっているのではなく寒天培地中に深く侵入している.
(4) DNAのGN含量は25-42%であり少ない.染色体DNAは細胞寄生性のない(free-living)生物では最小である.Mpでは816394bpである.
(5) 中和抗体が存在する
 一般の細菌に対する抗体を抗原の細菌に作用させても増殖抑止能はない(凝集は認められる).一方,Mycoplasmaでは抗血清中に抗原として用いたMycoplasma増殖を特異的に抑止する中和抗体活性が認められる.この現象はMycoplasma菌種の最終同定に用いられる.

■これまでにヒトから分離されているMycoplasmaは14種類ほど存在するが,ヒトに対して病原性を有するのはMpのみであると言われていた.しかし,近年,M. homnisM. genitaliumUreaplasma urealyticumなど性感染症の病原体として注目されているものである.

■Mpは線毛を有する気管支に感染を起こし,線毛運動障害を起こしやすく,Mpに特徴的な咳嗽の原因のひとつである.このため,CT画像では線毛を有する気管支周囲,すなわち,中枢側優位の陰影をきたすことが多く,末梢には達しにくい.

■Mpの培養菌体はおおむね球形を呈する.しかし,感染部位では細長いフィラメント状で,菌体一端で上皮細胞に強く付着するための細胞接着器官(tip構造)が認められる.ガラスおよび細胞などの表面に接着し,そのまま一方向に動く滑走運動で移動する.その移動速度は0.3-0.4μm/秒とかなりの速度である[1].表面は細胞壁の代わりに多種のリポ蛋白で覆われており,宿主の細胞性免疫を刺激する.経気道的に侵入したMpが気管支上皮に達すると,tip構造を介して線毛上皮に付着する.菌自体による直接反応と菌体表面のリポ蛋白を介した間接反応(細胞性免疫反応)がある.

■直接作用は菌増殖の過程で産生されるか,過酸化水素,活性化水素,活性酵素による上皮細胞の線毛運動障害や粘膜上皮細胞の傷害である.気道上皮が脱落すると,粘膜下に分布するC線維をを中心とした神経線維が外界に露出し,外界からの刺激で神経から神経ペプチドを放出し,神経線維上の咳受容体を刺激する.

■菌表面のリポ蛋白は,マクロファージ上のTLR(toll-like receptor)-1,2およびTLR-2,6を認識し,細胞内シグナル伝達を通じて転写因子NF-κBが活性化され,自然免疫反応を活性化する.また,血中のIL-18(interleukin-18)やIL-8値が上昇する.IL-18はTh1(ヘルパー1 T細胞)サイトカイン,特にIL-2の産生亢進を起こし,マクロファージを活性化し,Th1反応を活性化する.これが間接作用である.

■気管支喘息発作とMpは関連を示す報告が複数存在する.血清診断では,喘息発作入院の約18%にMp感染を合併していると報告されている[2].気管支肺胞洗浄などによる高感度な手法では,喘息安定期ですら約45%にMp感染が示されている[3].Mp感染後の気管支喘息発作誘発では通常のMp肺炎と同様にTh1免疫が誘導されるが,気管支喘息発作がMp感染に先行するとTh1ではなくTh2(ヘルパー2 T細胞)免疫が誘導される[4].この場合,Mp肺炎は通常のCT画像所見はとらず,特に小児では免疫系が未熟なためにTh2関与により炎症が過剰となり,末梢まで達する高濃度で広範囲の浸潤陰影をきたすことが多い[5].このようなケースではステロイドが有効ではないかとも考えられている.

■Mpが産生する毒素にCARDS TX(community-acquired respiratory distress syndrome toxin)が知られている[6,7].CARDS TXを同定することは,感度・特異度が極めて高い検査と言われている3-4).但し,臨床実用化は難しいとされている.このCARDS TXを用いて人工呼吸器関連肺炎患者に対してMpの同定を行ったところ,41%が陽性を示し,これらの患者では人工呼吸器装着時間が長く,低酸素血症に陥りやすい,という報告があった[8].ただし,この研究はデザインが悪いため参考程度に留めておくべきであろう.

2.マイコプラズマ肺炎の症状
■マイコプラズマ感染症において,肺炎は感染者の約3-5%に起こり,残りは気管支炎,上気道炎,不顕性感染となる.肺炎の割には比較的症状が軽く,Walking pneumonia「歩行可能な肺炎」とも呼ばれる.
※肺炎でないのであれば,気管支炎を含め抗菌薬は不要で,自然軽快する.

■潜伏期は通常2-3週間で(書籍によっては7-14日との記載も),初発症状は発熱,全身倦怠感,頭痛などである.咳嗽は初発症状出現後3-5日から始まることが多く,当初は乾性の咳嗽であるが,経過に従い咳嗽は徐々に強くなって「頑固な」咳嗽となり,解熱後も長く続く(3-4週間).特に年長児や青年では,乾性咳嗽で始まっても後期には湿性咳嗽となることが多く,湿性咳嗽であることはマイコプラズマ肺炎を否定する根拠にはならない.ただし,膿性痰は生じにくく,これが生じた場合は二次感染を疑うべきである.なお,強い咳嗽のために,肋間筋の筋肉痛,ときには肋骨骨折が起こることもある.

■鼻炎症状は本疾患では典型的ではないが,幼児ではより頻繁にみられる.嗄声,耳痛,咽頭痛,消化器症状,胸痛は約25%でみられ,皮疹は報告により差があるが6-17%である.喘息様気管支炎を呈することは比較的多く,急性期には40%で喘鳴が認められ,また,3年後に肺機能を評価したところ,対照に比して有意に低下していたという報告もある.また,胸水が貯留することも珍しくはない.

■呼吸器以外の症状の合併は小児期,思春期で多いとされており,髄膜炎,脳炎,Guillain-Barre症候群を含む中枢神経症状,Stevens-Johnson症候群,多形性滲出性紅斑(erythema multiforme exudativum),蕁麻疹などの皮膚病変,血小板減少性紫斑病,貧血,関節炎,中耳炎,心膜炎がある.また,一時的な肝機能障害は成人例に多いとされる.
※AST,ALT上昇はマイコプラズマ感染症を疑うひとつの目安となるかもしれない.

3.マイコプラズマ肺炎の疫学
■健常な成人,児童に多く,幼児には少ない.また高齢者ではChlamidophila感染(昔のクラミジア)と比較して数は少ないが,高齢者における呼吸不全を伴う重症肺炎の原因菌のひとつであるという認識が必要である

■小児の市中肺炎でMpの占める割合は以下の通りである[9]
 0-1歳未満:1.8%
 1-2歳未満:5.8%
 2-6歳未満:25.2%
 6歳以上:62.5%
なお,新生児では重症化することもある.

■国内におけるMp肺炎の発生状況は,病原診断があまり行われなかった1980年代には,他の病原体によるものも含まれる異型肺炎として小児科2500箇所の小児科定点から報告されるデータに基づいてサーベイランスが行われていた.しかし,1999年4発の感染症法思考により,Mp感染症がその多くを占めるものの,異型肺炎として複数の病原体が混在する画像診断に基づく届け出ではなく,病原診断を行ったMp感染症の診断に基づく届出に切り替わり,現在に至る.

■Mp肺炎(マイコプラズマ肺炎)はヒト-ヒト感染のみであり,5類感染症として定点把握されている.Mp肺炎の全国500箇所の基幹定点医療機関(2次医療圏域ごとに1ヶ所以上設定された,300人以上収容する施設を有する病院)からの報告に基づいている.

■日本におけるMp肺炎の流行は1968年~1978年にはオリンピック開催年に重なって4年毎に流行していたためオリンピック肺炎とも呼ばれていた.しかし,1992年以降,この周期性が崩れ,晩秋~早春にかけて規則正しく流行のピークが出るようになった.日本のMp肺炎に関する国立感染症研究所の疫学データではでは,2006年以降,定点あたりの患者報告数が増加しており,その傾向は続いている[10]
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■2011年夏~冬にかけて,定点あたりの報告数は1999年の調査開始以降,かつてないほどの大流行が起こっている.これは,マクロライド耐性株の増加が原因との説もあったが,現在では否定的である(言うまでもないが,3.11に由来する放射能との関連性を示唆する根拠もない).実際には,ほとんど耐性株のない(耐性率0-3%)海外においても日本よりやや早く2010-2011年にかけて,日本と全く同様の歴史的大流行が見られた.この疫学的事実から,日本における2011年の大流行が必ずしも耐性率の高さと関係していないことを示唆している.現在,歴史的大流行の原因として,マイコプラズマが免疫監視から逃れて呼吸器粘膜に付着するうえで有利な何らかの変異が起きたことが推測されている.

[1] 宮田真人.マイコプラズマの滑走運動:新たな生体運動のメカニズム.蛋・核・酵 2005; 50: 239-45
[2] Lieberman D, Lieberman D, Printz S, et al. Atypical pathogen infection in adults with acute exacerbation of bronchial asthma. Am J Respir Crit Care Med 2003; 167: 406-10
[3] Martin RJ, Kraft M, Chu HW, et al. A link between chronic asthma and chronic infection. J Allergy clin immunol 2001; 107: 595-601
[4] Chu HW, Honour JM, Rawlinson CA, et al. Effects of respiratory Mycoplasma pneumoniae infection on allergen-induced bronchial hyperresponsiveness and lung inflammation in mice. Infect immun 2003; 71: 1520-6
[5] Tanaka H, Koba H, Honma S, et al. Relationships between radiological pattern and cell-mediated immune response in Mycoplasma pneumoniae pneumonia. Eur Respir J 1996; 9: 669
[6] Kannan TR, Baseman JB. ADP-ribosylating and vacuolating cytotoxin of Mycoplasma pneumoniae represents unique virulence determinant among bacterial pathogens. Proc Natl Acad Sci USA 2006; 103: 6724-9
[7] Winchell JM, Thurman KA, Mitchell SL, et al. Evaluation of three real-time PCR assays for detection of Mycoplasma pneumoniae in an outbreak investigation. J Clin Microbiol 2008; 46: 3116-8
[8] Muir M, Cohn SM, Louden C, et al. Novel toxin assays implicate Mycoplasma pneumoniae in prolonged ventilator course and hypoxemia. Chest 2011; 139: 305-10
[9] 中村明.気管支肺感染症病因診断の問題点.日小児会誌 2003; 107: 1067-73
[10] 国立感染症研究所.マイコプラズマ肺炎2006年.病原微生物検出情報. 2007; 28: 31-2
by DrMagicianEARL | 2012-09-06 19:44 | 肺炎

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