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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

マイコプラズマ肺炎(3)「マクロライド耐性マイコプラズマ」

マイコプラズマ肺炎(1)「病原体,症状,疫学」についてはこちらをクリック
マイコプラズマ肺炎(2)「検査,診断,治療」についてはこちらをクリック
Summary
・本邦ではマクロライド耐性マイコプラズマが小児において急増している.その一方で成人においてはマクロライド耐性株感染は比較的稀である.
・マクロライド耐性株は主に23S rRNAドメインVのA2063G変異が原因となっている.
・CAM 400mg/日,AZM 500mg/日の経口投与が奏功しないことは必ずしもマクロライド耐性株であることを示さない.
・マイコプラズマがテトラサイクリン系に耐性を示すことは現時点ではないと考えられている.一方で,キノロン系は点突然変異による耐性化をきたしうる.
・マクロライド耐性マイコプラズマであってもマクロライドが奏功しうるケースもあるが,その一方で感性株と比較して有熱期間などが有意に延長することも報告されている.
・耐性株が増加していても,マイコプラズマ肺炎のエンピリック治療は原則としてマクロライド系抗菌薬が第1選択薬であることに変わりはない.
・マクロライド耐性マイコプラズマ確定例に対してはテトラサイクリンを第1選択とすることが望ましいかもしれない.
・7日間以上解熱しない症例においては免疫学的な異常であると考えられ,ステロイド投与が考慮されるべきである.

1.マクロライド耐性機構
■本邦では臨床におけるマクロライド系抗菌薬の使用量増加に伴い,2000年頃からマクロライドに耐性を示すMp(マイコプラズマ)が出現し始め[1],その後耐性株が急激に増加している[2,3].耐性株は主に小児で見られているが,稀ながら成人での報告も散見される[4].当初は日本のみであったが,アジア[5],欧州[6,7],米国[8]など海外からも報告が見られるようになった.

■マクロライド耐性Mp感染症の診断は薬剤感受性試験もしくは23S rRNAの遺伝子を標的としたPCRを行って生成物の遺伝子変異をダイレクトシークエンス法で調べるなどを行う必要があるが,可能な施設は限られており,労力やコストも考えると現実的ではない.このため,臨床現場においてはマクロライドの奏功有無で判断することになるが,CAM(クラリス®,クラリシッド®)400mg/日やAZM(ジスロマック®)500mg/日の経口投与が有効でないことでマクロライド耐性株と判断することはできない.実際に判定するならばCAM 800mg/日やAZM SR2gで無効であることの確認が必要となる.
⇒理由についてはマイコプラズマ肺炎(2)「検査,診断,治療」の治療の項目参照

■マクロライドはribosomeに作用してポリペプチド合成を阻害する.その作用にあたって23S rRNAドメインVの2063,2064番目のアデニンがとりわけ重要であり[9,10],この部位に置換やメチル化などの変異が入るとマクロライドは作用部位に結合できず,菌は耐性化する.実際,耐性株の約90%は2063番目のアデニンからグアニンへの置換(A2063G)であり,残り10%はA2064Gである[11-14].なお,この部位はその他の細菌とも共通している[15].その他耐性変異として,A2063C,A2064C,C2617G,C2716A,2067番目シトシンの変異などが報告されている[1,9,13,16].菌体内に取り込まれたマクロライドの排出ポンプ機構の存在,あるいはプラスミドを介した耐性機構は見出されていない.

■マクロライドに耐性を示す臨床分離株について,パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)解析を行うと,DNA切断パターンは2タイプに区別されるが,感性株にも同様に2タイプが認められている[2].おそらく2タイプあるクローンの両方にマクロライドの選択圧によって変異が生じ,それらの耐性株がヒトを介して急速に全国へと拡散していったと推察されている.

■マイコプラズマ属は自立増殖可能な最小の微生物であり,構成遺伝子量は大腸菌の17%程度しかない.その中でもMpはプラスミドを介した耐性機構は存在せず[17],Mpの薬剤耐性機構は23S rRNAドメインⅤの点突然変異のみである.このためプラスミドを介する耐性機構が主体であるテトラサイクリン系薬剤に対してはマイコプラズマは耐性を獲得しない(16S rRNAの塩基点突然変異株は知られているが,最小発育阻止濃度の上昇はわずかで,臨床的なMINO耐性にはならない[18]).なお,キノロン系は前述の通り点突然変異をきたし,耐性化しうる.

■マクロライド耐性株の増加にはAZMが関与しているとの意見がある.これは,大屋らによる報告[19,20]が根拠になっている.各種マクロライドを通常の臨床で用いられる範囲の濃度でin vitroの培地に添加してMpを培養し,人為的に耐性菌を誘導する実験を行った.この実験では,EM,CAMでは耐性化率が7%程度であるのに対し,AZMでは12-15%程度の株が耐性化しており,統計学的有意差ではないが,AZMで耐性誘導が高い傾向が見られている.また,CAMはA2064Gの変異を優位に誘導しているのに対し,AZMではA2063Gの出現率がCAMより4倍高く,耐性株の90%をA2063Gが占めること,耐性株が最初に発見されたのがAZM市場販売開始の2000年[1]であることを考慮すれば,AZMが耐性株増加の一因となった可能性がある.実際,当初はAZMは錠剤・細粒のみであり,1日用量500mgの経口投与であることから,濃度不十分であった可能性は否定できない(現在はAZM SR2g製剤があるため,高濃度で長時間推移することから耐性化は抑制しえると思われる).しかし,本実験はあくまでもin vitroであり,実臨床ではAZMがマクロライド耐性化をCAMより有意に誘導したとする根拠はなく,CAMが400mg/日では効果不十分な可能性も指摘されていること,AZMが他のマクロライド系よりはるかに炎症部位や貪食細胞への移行性が高いことを考えると,現時点でAZMの関与は不明である.

■本邦では成人の慢性肺疾患症例などに対して行われている少量マクロライド系薬の長期投与によって,マクロライド耐性Mpがさらに爆発的に蔓延する可能性は,投与される年齢などを考慮すれば,低いと考えられている.実際,マクロライド少量長期療法は少なくとも1990年頃にはほぼ普及しており,10年が経過した2000年に突然耐性菌が出現・増加した原因とするには疫学的にも無理がある.

2.マクロライド耐性マイコプラズマ肺炎の治療
■臨床現場では日常診療での治療成績と細菌学的検査結果との間に乖離がある可能性が指摘されている.実際,耐性菌が分離されたMp肺炎症例11例のうち8例で臨床的にはマクロライド系薬が有効であったと主治医が判断していることが報告されている[21].また,耐性菌による肺炎が感受性菌による肺炎と比較して臨床症状が重症である傾向はなく,治療に難渋する症例もそれほど多くないとした報告もある[22].炎症反応にかかわるIL-8などのサイトカインの産生を抑制する作用も有するCAMは耐性菌の治療においても効果が期待できるとする報告もみられる[23]

■その一方で,Mp肺炎症例の中にはCAMやAZMによる治療が失敗し,発熱が遷延し,咳嗽も増悪してMINOに変更することで改善が認められる例も多く経験される.Mp肺炎に対するマクロライド系抗菌薬投与開始後の有熱期間は,マクロライド感性株では平均1.4日であるのに対して,マクロライド耐性株では4.3日であった.また,マクロライド系薬投与開始後48時間以上発熱が持続する患者数の割合は,マクロライド感性株で19.2%であるのに対し,マクロライド耐性株では72.7%であり,耐性株感染症例でのマクロラドの治療効果は感性株感染症例に比して有意に劣るという結果が報告されている[22,24,25]
※2011年12月より本邦で発売となったAZM注射製剤は組織内濃度が極めて高いことから耐性株への奏功も期待されたが,当院で経験したマクロライド耐性Mp肺炎ではAZM注射製剤の5日間投与を行っても解熱は得られず,その後MINOに変更したところ速やかに解熱した.たとえ高用量であっても耐性株に奏功しないケースも存在するということである.

■以上のように,耐性株におけるマクロライドの奏功度に関してはまだまだ議論の余地はある.耐性株においてはマクロライド系薬の治療効果が減弱すること,耐性株が増加していることが分かるが,そのような現状においても,マイコプラズマ肺炎の治療の第1選択はマクロライド系抗菌薬である.以下に理由を挙げる.
(1) Mpにはribosomeのオペロンが1組しか存在しない[26].オペロンはribosomeを作成するための生産ラインであり,そこに突然変異を持っている耐性菌は生物学的には欠陥菌であり,増殖力は劣っている.このため,耐性菌が感染しても免疫系により排除されやすい.これが非特異的防御能力が小児より発達している成人においてマクロライド耐性Mpが少ない理由と考えられている.
(2) Mp感染症は菌による直接傷害はほとんどなく,宿主の免疫応答が有害に作用した免疫発症であり,たとえ抗菌薬投与がなくとも基本的には2-3週間以内に自然治癒するself-limitedな感染症である.この点は耐性菌においても同様であり,Mp感染症においては細菌学的耐性と臨床的耐性は必ずしも同義ではない.
(3) マクロライド系にはサイトカイン産生の抑制など抗菌作用以外に免疫修飾作用もあり,マクロライド耐性Mp肺炎であっても,その病態が免疫の異常応答であることを考慮すれば,マクロライドの免疫修飾作用が治療効果として機能する可能性がある.
(4) MINO,DOXYなどのテトラサイクリン系は副作用の点から問題があり,キノロン系も耐性化の懸念がある.
※CAM 400mgやAZM 500mgの経口内服はマイコプラズマに限らず感染症全体において治療効果は不十分な可能性がある.LVFX 500mg錠が登場したのと同様に,より高用量での使用が標準化されるべきなのかもしれない.マクロライド頻用がマクロライド耐性肺炎球菌を生み出した背景として,投与量不足も一因ではないだろうか?CAMなら800mg,AZMならSR2g製剤の使用が標準化されるべきではないかと考える.

■Mp肺炎が疑われるケースでは,小児呼吸器感染症診療ガイドライン2011では,第1選択薬としてマクロライド系薬を使用し,48時間以内に解熱が見られない場合はマクロライド耐性肺炎Mpを考慮してテトラサイクリン系やキノロン系(TFLX:オゼックス®)を使用することを推奨しているが,実際には全身状態や全体の発熱期間などを慎重に判断した上で,他剤への変更を考慮すべきであろう.

■ただし,学校に通う,あるいは労働年齢である若年者において耐性菌感染に対するマクロライド使用で病悩期間が延長されることがその患者においてどこまで許容されうるかという社会的問題もあり,ケース・バイ・ケースで第1選択薬をMINOに切り替えるなどの配慮が必要であろう.

■マクロライド耐性Mp肺炎確定例ではテトラサイクリン系のMINO,DOXY,キノロン系(小児ならTFLX)が選択されるが,MINO,DOXYがTFLXより有意に24時間以内のMp DNAコピー数を減少させることが報告されており[27],キノロン系の点突然変異の可能性も考慮するとテトラサイクリンが第一選択とすべきと考えられる.MINOは歯牙黄染の副作用のため8歳以下では原則使用しないこととされているが,IASRの報告では,8歳以下の小児であってもMINO 4日間投与で問題ないとされており,実臨床においても5-7日間程度では歯牙黄染はおきないというのが多くの小児臨床医の印象のようである.

■マクロライド耐性Mpによる脳炎をきたした小児の症例報告が本邦よりでており[28],このようなマイコプラズマによる脳炎が疑われるケースでは小児であっても最初から積極的にMINOが選択されるべきかもしれない.

■総発熱日数が7日以上を経過している場合には,菌の感受性の問題というよりは宿主側の免疫応答の問題である可能性が高く,むしろステロイド治療の適応を考慮すべきかもしれない.

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マイコプラズマ肺炎(2)「検査,診断,治療」
by DrMagicianEARL | 2012-10-08 19:07 | 肺炎

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