世界手洗いの日にちなんで~医療従事者の手指衛生~
2014年10月15日改訂
世界手洗いの日(Global Handwashing Day)
1.医療従事者の手指衛生
(1) WHO,CDCの推奨
■世界保健機関(WHO)は,手洗い・手指衛生(hand hygiene)を「決して付加的な行為ではなく,それ自体が不可欠な医療行為である」としている.しかしながら手指衛生はどの病院においてもきっちり守られているとはいえない現状がある.WHOガイドライン作成者でもあるPittetらの報告では,手指衛生実施率はほぼ50%を下回っている[1].仕事が忙しい(=ケアの頻度が増す)につれて,通常ならば手洗いの必要回数が増えるにもかかわらず,実際には手洗い実施率が極端に低下することも報告されている[2].手指衛生は耐性菌保有患者に接触するときのみに行うものではなく,全患者のケアにおいてなされるべきものである.
■医療従事者の手指が媒体となり,病原体の感染伝播が発生する5段階についてPittetらは警鐘をならしている[3].
皮膚には100-100万個/cm^2の常在菌が存在し,腋窩部や鼠径部には特に多い.健常な皮膚からは1日に100万個の落屑があり,細菌と一緒に剥がれ落ちる.MRSAなどの耐性菌が皮膚に定着している患者においては患者の皮膚のみならず周囲の環境から大量に耐性菌が検出される.Kramerらが各病原体の乾燥環境下での感染性持続時間を報告しているので参考にされたい[4].この報告を見ても分かる通り,数ヶ月以上生存可能な菌は非常に多い.
②第2段階:医療従事者の手によって微生物が運搬される
医療ケアを行えば医療従事者の手指は10-20%が病原体で汚染され,菌が100-1000CFU付着する.これが衣服,パソコンのキーボードやPHS,ドアの取っ手をはじめさまざまな部位に触ることで他の医療従事者にも伝播されていく.実際,聴診器,ネクタイ,あごひげ,ネクタイなども汚染されていることが多数報告されている[5-11].医療現場ではネクタイ着用はしないよう英国医師会が提案しており[12],あごひげがある男性も剃るべきである[10].
③第3段階:微生物は手の皮膚上で最低数分間は生存している
手指に付着した病原体はアシネトバクター属で60分,緑膿菌で30分程度は生存している.
④第4段階:医療従事者による手指衛生が未実施,または,不適切である
⑤第5段階:汚染された手指が別の患者と直接接触,あるいは患者が直接触れる可能性のある環境に付着する.
■米国CDCの隔離予防策ガイドライン[13]においては,手指衛生は標準予防策の構成要素の第1番目に挙げられており,①血液・体液などに触れた後,②手袋を外した直後,③次の患者をケアする前,の3つのタイミングが示されている.WHOでは“Clean care is safer care〝をスローガンに手指衛生の実施率改善に努めており,手指衛生の必要な5つの具体的場面を設定している[14].
① 患者に接する前(Before Patient Contact)
② 無菌的処置を行う前(Before Aseptic Task)
③ 体液曝露の可能性があった後(After Body Fluid Exposure Risk)
④ 患者に接した後(After Patient Contact)
⑤ 患者周囲環境に接した後(After Contact With Patient Surroundings)
■手指衛生には通常石鹸または消毒薬成分含有石鹸(スクラブ剤など)と水による手洗いと,水をしようしないアルコールをベースにした製剤の使用が含まれる.特に前述のCDCガイドラインで挙げられた3つの場面での手指衛生の必要性を述べた報告は多い[15-20].
(2) 手袋は手洗いの代用とはならない
■手袋の着用は手洗いの代用ではなく,手袋の着用が手洗い不要の理由とはならない.手袋を外す際にどれだけ注意を払っても手指は汚染される.また,手袋には微小孔(ピンホール)が医療従事者が考えているよりはるかに多く存在し,着用後にもピンホールは生じうる.実際,未使用の手袋でも微小な穴が1-7%存在し,再生処理したものでは10-75%の微小孔を認めたと報告されている[21].日本グローブ工業会によると,たとえ手術時の滅菌グローブであっても少なくとも1.5%にピンホールが空いているとされている.実際に手袋を脱いだ手から患者と同一菌が1.7-4.2%の割合で検出されている[22].
※2014年10月,テキサス州でエボラ出血熱患者がでた際に,ケアにあたった看護師がエボラ出血熱に感染した.この看護師はPPE(シールド付きマスク,キャップ,ガウン,手袋)によるmaximal barrier precautionをしていたにもかかわらず感染しており,PPEを脱ぐ際に手指に付着した可能性が指摘されている.適切なPPE着脱のチェックが必要である.
(3) 手指衛生の方法,流水手洗い後の乾燥について
■手の除菌という観点からは多くの場合,消毒薬成分含有石鹸や速乾性手指消毒薬の使用が,普通石鹸による手洗いより優れている[23,24].よって,目に見える汚染がある場合には流水による手洗いが推奨されるが,簡便さや除菌効果を考慮すると,それ以外の場合にはアルコール系消毒薬を含有した速乾性手指消毒薬の使用が適している.また,石鹸と流水による手指衛生のエビデンスの多くが,手洗い時間が30秒~1分の検討であるのに対し,実際の臨床現場では平均15秒未満である.なお,時間が短いほど石鹸成分が残留し,手荒れの原因となる.
■また流水の場合,乾燥に時間もかかる.これに対し,特定の洗い場の必要がなく,即効性があり,自然乾燥に時間のかからないアルコール製剤は臨床現場の実情に合っており,手指衛生遵守率を上昇させる可能性が高い.手洗い後の手指の乾燥はしばしば軽視されており,ペーパータオル3枚程度を使わなければ十分な乾燥はできない.濡れた手は乾燥した手の100-1000倍の菌を運ぶ[25].また,不十分な乾燥ではその後の手袋装着時に手指に余計な刺激を与えたり手袋が損傷する原因となる.手荒れを最小限に抑えるため,温水は使用せず,品質のよい紙タオルで(ゴシゴシこするのではなく)軽く叩くようにして水気をきるようにする.
■ただし,ノロウイルスなどの一部のウイルスや芽胞(Clostridium difficileなど)などにはアルコール系消毒薬は効果が低いことを確認し,石鹸や流水による手洗いを適宜組み合わせることが望ましい.ノロウイルスにおいてはin vitroで,30分間のエタノール製剤曝露によっても除去できないことが報告されている[26].
■Clostridium difficile関連下痢が治癒してから間もない患者の皮膚,特に腹部,胸部にはCDが保菌されていることが報告されている[27].下痢が治ってからClostridium difficileの保菌率が50%以下になるのに7日間を要している.これは今後の院内での感染対策において大きな影響がある可能性がある.下痢症状が治ってもなお皮膚にClostridium difficileが保菌されている場合,院内伝播のリスクが大きく,下痢が治ってからも接触感染対策の期間を考慮しなければならない.
■手指消毒薬に菌が耐性化することは通常濃度で使用される限りはありえないため,抗菌薬のように消毒薬をローテーションさせる必要はない.
■ICUでの手洗いの水の水質に関してはCDCガイドラインにもはっきりした記載はなく,水道水でも十分であるという意見もあり,水質の定期的な細菌培養検査を行って十分な監視体制がとられている施設では水道水でよいが,そうでない施設では滅菌水が望ましい.また,水道管内に滞留している水にレジオネラが増殖することがある.このため,水を使用するときは最初の水をある程度流してから使用すべきかもしれない.
(4) 手指衛生遵守率の実態とその改善のために何をすべきか?
■どの施設でも指摘されているが,手指衛生の遵守率が最も低いのは医師である.大学病院多施設調査では,手の汚染と遵守率が最もひどいのは教授であり,若い医師ほど手指衛生遵守率が高いとされている.しかしながらその若い医師ですら看護師と比較すると手指衛生遵守率ははるかに低いのが現状である.手指衛生を調査した本邦4施設共同3545例観察研究[28]では,適切な手指衛生順守率は19%(医師15%,看護師23%)と報告されている.
■この数値から,院内感染・耐性菌水平伝播の原因に手指衛生不足がかかわっている可能性がかなり高いことが伺える.中には患者に触れさえしなければ院内感染は起こらないと考えている医師すらいるが大きな間違いである.これらの意識啓発をベテラン医師に行ってもおそらくは遵守率改善は望めない.よって,「鉄は熱いうちに打て」の通り,研修医から手指衛生を体で覚えさせる必要がある.また,サーベランスで,同一主治医から同一耐性菌を検出している場合は,ICTからその医師に対して手指衛生指導を行う必要もあるだろう.
■医療従事者以外,すなわち患者や患者家族などの手指衛生はついつい忘れられがちである.病院訪問者の手洗いの順守率は25%と非常に低いが,積極的な手洗い励行の介入によって遵守率は68%まで著明に改善し,長時間訪問者では77%まで改善したと報告されている[29].感染対策上必要であることを説明し,病室の出入りの際の手指衛生実施に協力いただけるようにすべきである.
■手指衛生を改善するための方策をWHOが提案している.
① システム変更(インフラ整備)
・アルコール式手指消毒剤をケア現場のすべてに配置
・手洗い場には液体石鹸,ペーパータオル,ごみ箱の設置
② 訓練と教育
・WHOが推奨する手指衛生の必要な5つの場面に基づく定期的な教育と正しい手指衛生手技の訓練
③ 評価と還元
・職員間で知識を共有および手指衛生実施状況調査の実施とその還元
④ 現場に手洗いのポスター掲示
・手指衛生の重要性を忘れないための手技やタイミングに関するポスターの掲示
⑤ 施設での医療安全の文化づくり
・手指衛生の改善を最重要事項とし,患者の安全を意識させる環境づくり
※個々の医療スタッフが速乾性消毒剤を持ち歩くのも有効である.
■知識・認識・行動制御・促進といった因子だけでは手指衛生の改善には十分でなく,行動の変化の決定要素に焦点をあてることでより手指衛生の改善がより有効なものとなる[30].
■各病院の手指衛生の状況を数値化する最も簡便な手段は手指消毒薬使用量データであり,各病院の感染対策室はこの数値を算出すべきと思われる.これに関しては,アルコール消毒薬の使用量で評価すると参考になる.具体的には,1回あたりの使用量が3cc(ヒビスコール®では1プッシュ1.5ccで1回あたり2プッシュ必要)として,全使用量を患者数×期間で割った「1人の患者につき1日に使用される量」を算出する.一般的には15cc/患者人/日が最低の標準ラインとされている.ただし,病室に入るときと出るときの最低2回を考えても,15cc/患者人/日だと消毒回数5回,すなわち2.5回しか病室に出入りがない計算になるため,実はこれでも少ない.
■手指衛生用速乾性アルコール消毒薬の使用量を増加させる一手段として,各スタッフが携帯式の消毒薬を持つことであり,これにより多くの施設で消毒薬使用量が増加した.
■SHEA/IDSAによる手指衛生のガイドライン[31]が発表されているので参考にされたい.
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