【文献】敗血症性DICに対するアンチトロンビン製剤の治療効果を検討した2報,およびレビュー
■敗血症性DIC患者におけるアンチトロンビン投与の治療効果と病理学的特徴の研究
Sakamoto Y, Inoue S, Iwamura T, et al. Studies on therapeutic effects and pathological features of an antithrombin preparation in septic disseminated intravascular coagulation patients. Yonsei Med J 2013; 54: 686-9
PMID:23549815,Free Full Text
概要:2000年から2008年までの敗血症性DIC患者88例(ヘパリンは非使用)において,AT投与群34例と非投与群54例を比較した後ろ向き解析.ATは1500-3000単位/日を3-5日間投与した(総量4500-15000単位).患者背景は,性別,年齢,APACHEⅡスコア,SOFAスコアに有意差はないが,急性期DIC診断基準スコアはAT群が有意に高かった.死亡率はAT投与群で有意に低かった(26.5% vs 42.6%, p=0.0045).佐賀大学からの報告.
■本報告は後ろ向きであることや,研究対象期間が2000年から2008年までであり敗血症治療の変遷による治療成績の変化が加味されていないことを踏まえると死亡率低下のエビデンスレベルは低いが,本邦で保険診療上使用可能な上限4500単位より多い量の投与により死亡率改善が得られている点がこれまでの国内からの報告と異なる点と言え,ATの予後改善効果の一傍証となるかもしれない.
■急性期DIC診断基準で診断された敗血症性DICに対するアンチトロンビンの効果
丸藤哲,齋藤大蔵,石倉 宏恭,他.急性期DIC診断基準で診断された敗血症性DICに対するアンチトロンビンの効果.日本救急医会誌 2013; 24: 105-113
概要:日本救急医学会DIC特別委員会による,敗血症性DICに対するATの効果を検討した13施設共同のRCT.このRCTでは体重ごとにAT投与量が定められ,2000単位/日前後が投与されている.58例登録の時点で中間解析が行われ,AT群で有意なDIC改善効果がみられたものの,28日死亡率は有意差が認められなかった(10.7% vs 13.3%, p=1.00).本研究は死亡率で有意差をみるには検出力不足(4900例必要)と判定され,60症例登録に3年を要したことなどから,この中間解析をもって中止となった.
■このRCTは,第二次多施設共同前向き試験において各施設が任意に実施したDIC治療方法をpropensity 解析により検証した結果,感染症を基礎病態として発症する急性期DIC症例にアンチトロンビン製剤を早期投与すると症例の予後が改善する可能性が示唆された[1]ことや,KyberSept trialのサブ解析の結果をもとに行われたが,非常に低い死亡率であることからも分かる通り重症でない敗血症も登録可能であり,対照群はメシル酸ガベキサートを使用してもいいなど,研究デザインに問題があると思われる.
■ATの主な生理作用は抗凝固作用であり,血液凝固反応の制御において重要な生理的セリンプロテアーゼ阻害薬である[2].主にThrombinと活性型凝固第IXa,VIIa,Xa,XIa,XIIa因子を阻害し,血中Thrombinに対する阻害活性の75-80%がATの作用であると言われている[3].また,ATには,血管内皮細胞上のヘパラン硫酸や,好中球表面上に存在するシンデカン-4(ATに対する特異的受容体)にATが結合することで抗炎症作用が発揮されることが判明している[4].ただし,この抗炎症作用はAT活性値を生理的AT活性値以上(120%以上)に保持した場合にしか発現しない[5].
■ATの生体内半減期は健常人では約65時間である.ところが,DIC急性期などの凝固亢進状態下では,約7時間にまで短縮し[6],血中AT活性値は低下する.低下の原因としては,血液凝固亢進による消費,血管内皮・肝臓における産生能低下,エラスターゼによる分解,血管透過性亢進による血管外漏出(cappillary leak)などが関与している[7].AT活性値はSOFAスコアと有意な逆相関(y=13.4-0.09x, r=0.513, p<0.001, n=82)を示すことが知られており[8],AT活性値が50%未満のDIC患者は予後不良な重症患者群であることも判明している[9].
■これらのことから,AT補充療法がDICにおいて有用と考えられ,臨床で使用されるに至る.本邦では1500単位の3日間投与(総量4500単位)がスタンダードであり,AT活性値が70%以下での投与が推奨されてきた(近年はrecombinant thrombomodulin製剤の登場によりその投与基準値は下げられる傾向にある).しかし,この治療法の有効性は質の高い臨床的な研究では検証されておらず,実質としてエビデンスがなかった.そこで行われた日本救急医学会DIC委員会による上述のRCTが行われたわけであるが,研究デザインの問題もあってか失敗に終わっている.
※大阪DIC研究会での丸藤先生の講演によると,「AT活性値が40%の患者が一番AT製剤の投与効果がある.一方,30%以下ではcapillary leakもあり投与しても意味がないため,30%以下の患者では投与するなと言っている」とのことである.
■一方,重症敗血症を対象として海外ではATの臨床研究が行われてきたが,その投与量は3000-7500単位/日を4日間投与するというレジメンが多く,本邦の投与量をはるかに上回っている.最大規模の研究は,2314例の重症敗血症患者を対象とした,ATを4日間で総量30000単位投与するレジメンを検討したプラセボ対照二重盲検RCTであるKyberSept trial[10]であり,28日死亡率は両群で有意差がない(38.9% vs 38.7%, p=0.94)という結果であった.このことから,Leviらによる英国のDICガイドライン[11]では,「ATについてはさらなるRCTがでるまで態度を保留する」という立場をとっており,ATの使用を推奨していない.また,Surviving Sepsis Campaign Guidelines 2012においても「重症敗血症に対してATは使用すべきではない」としている.
■ただし,KyberSept trialが対象としているのはDICではなく重症敗血症患者である.また,Surviving Sepsis Campaign Guidelinesが発表される前の研究であり,原疾患治療の程度は現在のものと異なることに注意が必要である.その後,行われたサブグループ解析では,DICと診断できた患者のなかで,ATが投与された群がプラセボ群に比べて死亡率が有意低かった(25.4% vs 40.0%, p=0.02)[12]ことから,敗血症性DICにおいてはATが死亡リスクを低下させる可能性が示唆され,これはその後行われた3報RCT(うち2報はサブ解析)のメタ解析[13]でも示されている(OR 0.649, 95%CI 0.422-0.988).これらの結果を根拠としてAT使用が本邦では推奨され,科学的根拠に基づいた感染症に伴うDIC治療のエキスパートコンセンサス[14]では推奨度B1,日本版敗血症診療ガイドラインでもGrade 2Cで推奨となった.
■しかし,根拠となる報告は日本よりはるかに高用量のATを使用しており,サブ解析であることも考慮すれば,本邦でのAT 1500単位/日を3日間という使用量は,死亡リスクのアウトカムの観点からは何ら根拠がない.実際に,上述の通り,本邦のレジメンでのRCTではAT群と対照群で死亡率に有意差がついておらず,本記事で紹介した死亡率改善を示したSakamotoらの報告も,保険適応外の高用量レジメンである.よって,文献エビデンスに基づくならば,本邦のAT標準投与量が推奨される根拠はないということになる.保険診療上の適応用量を越えて高用量を投与すべきか,という問題もあるが,極めて高額なコスト(1バイアルあたり10万円弱)がかかることや大規模な前向きRCTがまだ行われていないことを考慮すればまだ推奨はされないものと思われる.よって,現時点ではATを使用する根拠は「ATが低い敗血症性ショック患者において臓器不全が進行し,予後不良に関連する」「高用量ではATが死亡リスクを改善する可能性が示唆されていることから(本邦の標準量である)低用量でも改善しうるかもしれないという推測」のみである.
■なお,日本のガイドラインを含む世界の3つのガイドラインを統一させたDICガイドライン[15]が2013年に発表となったが,このガイドラインではATは「将来的に無作為化比較試験による前向きのエビデンスが必要であるが,アンチトロンビン製剤や遺伝子組み換えトロンボモデュリン製剤の投与は特定のDIC患者において考慮されるかもしれない(Ungraded).」という扱いとなっている.
■AT製剤はAT欠乏症患者でのデータで1単位/kg投与によりAT活性値が1.01±0.30%/U上昇するとされている[16](1500単位投与ならば体重50kg患者では約30%上昇).ただし,敗血症患者では上述の理由によりATは急速に消費されていくことから,このデータは単純にはあてはまらない.敗血症患者での検討では,1単位/kg投与で敗血症で1.81±1.75%/U/kg,重症敗血症で1.36±1.65%/U/kg,敗血症性ショックで0.37±1.21%/U/kg上昇するとされる[17].
■Thrombinに対するATの阻害作用は,ヘパリン存在下で通常の約1000倍以上に促進することが判明している.一方で,ATとヘパラン硫酸の結合部位はヘパリンとの結合部位と同一であるため,ATとヘパリンの併用は抗炎症効果を厳弱させることが判明している[4].この2つの相反する作用がどう影響したかは不明であるが,KyberSept trial[10]のサブ解析では,AT使用中にヘパリンを併用しなかった患者において,AT群の90日死亡率が有意に改善し(44.9% vs 52.5%, p=0.03),ヘパリン併用は出血性リスクをむしろ増加させた(23.8% vs 13.5%, p<0.001).
■近年,本邦でATの分割投与(500単位×3回/日)や持続投与が少数の症例集積ながら相引らによって検討されている.そのひとつが,Shock誌に発表された,8時間毎のAT 500単位の投与は24時間間の一括投与よりATトラフ活性値を有意に上昇させたとする報告[18]である.この報告では,一括投与群の方が出血傾向が有意に高いことも報告されている.一方で,陵城らは,37例のDIC患者の検討で,非感染性DICにおいては分割投与群よりも一括投与群でAT活性値が有意に上昇しており,感染性DICでは両群間に有意差はみられなかったと報告している[19].これらの結果から,相引らは,敗血症性DICに対して,①APTT非延長例では1500単位を3分割し,8時間毎に投与,②APTT延長例では1500単位を3時間で投与した後1500単位を24時間持続投与,というレジメンを提唱している.また,敗血症性DICにおいては20%アルブミン製剤の後,ATを投与するとAT活性値がアルブミン非投与例よりも有意に増加するとされている(capirally leakを考慮したものと思われる).
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