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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

【文献】腹臥位療法は重症ARDSの予後を改善する(PROSEVA study)

■腹臥位療法に関する新知見が5月20日にonline publishされた.死亡率にかなりの差がでており注目されているようである.全文フリーであり,是非参照されたい.以下では論文の紹介と腹臥位療法についてのレビューを行った.
重症ARDSにおける腹臥位療法(PROSEVA study)
Guérin C, Reignier J, Richard JC, et al. ; the PROSEVA Study Group. Prone Positioning in Severe Acute Respiratory Distress Syndrome. N Engl J Med 2013 May 20 [Epub ahead of print]
PMID:23688302, Free Article
Abstract
【背景】急性呼吸窮迫症候群(ARDS)患者を含んだこれまでの試験では,人工呼吸管理中での腹臥位療法の予後に与える有用性は否定されてきた.我々は重症ARDS患者において腹臥位療法の早期からの適応効果について検討した.

【方法】この多施設共同前向き無作為化比較試験において,我々は466例の重症ARDS患者を少なくとも16時間の腹臥位療法を施行する群と仰臥位のままの群の2群に割り付けた.重症ARDSは,FiO2が0.6以上,PEEPが5cmH2O,1回換気量が6mL/kg理想体重のもとでPaO2/FiO2比が150mmHg未満の状態にある患者と定義した.プライマリアウトカムは登録から28日時点での全死亡率とした.

【結果】237例の患者が腹臥位群,229例の患者が仰臥位群に割り付けられた.28日死亡率は腹臥位群で16.0%,仰臥位群で32.8%であった(p<0.001).腹臥位療法の死亡におけるハザード比は0.39(95%CI 0.25-0.63)であった.非補正90日死亡率は腹臥位群で23.6%,仰臥位群で41.0%(P<0.001)であり,ハザード比は0.44(95%CI 0.29-0.67).合併症発生率は,心停止が仰臥位群で高かったことを除いて,両群間で有意差はみられなかった.

【結論】重症ARDSの患者において,早期からの腹臥位療法は28日死亡率,90日死亡率を有意に減少させた.

■近年の集中治療領域の報告で死亡率にここまでの差がでた報告は少ない(Kaplan-Meier生存曲線は早期から大きな差がでている).加えて,重症ARDSでの死亡率改善はもともとサブ解析で示されたものであり,集中治療領域でサブ解析をもとにRCTを組んで有意な結果を示した報告はほとんど存在しない.にわかには信じがたい人も多いかもしれない.

■Proseva Study報告から2週間後に今度は肥満患者での腹臥位療法の有用性報告.こちらはN数の少ない症例対照研究のためエビデンスレベルは落ちるが,肥満を有するだけで治療成績にかなりの差がついている.PROSEVA Studyでサブ解析を行うと肥満患者はさらに死亡率が低いのだろうか?
ARDSの肥満患者における腹臥位療法の安全性と有効性;症例対照研究
De Jong A, Molinari N, Sebbane M, et al. Feasibility and Effectiveness of Prone Position in Morbidly Obese Patients With ARDS: A Case-Control Clinical Study. Chest 2013; 143: 1554-61
PMID:23450309
Abstract
【背景】肥満患者は無気肺やARDSへの進展リスクを有する.腹臥位は無気肺を減少させ,ARDSによる重度の低酸素患者において酸素化と予後を改善させるが,肥満患者のARDSにおいては有効性は知られていない.

【方法】この症例対照研究では,ARDS(PaO2/FiO2≦200mmHg)の肥満患者(BMI≧35kg/m^2)にARDSの非肥満患者(BMI≦30kg/m^2)をマッチさせた.主要評価項目は腹臥位療法の安全性と有効性で,二次評価項目は酸素化に対する効果(腹臥位療法終了時のPaO2/FiO2)人工呼吸器装着期間,ICU在室期間,院内感染,死亡率とした.

【結果】2005年1月から2009年12月までの間に149例がARDSで入院となった.33例の肥満患者が33例の非肥満患者とマッチした.腹臥位療法の中央期間(25-75パーセンタイル)は,肥満患者で9時間(6-11時間),非肥満患者で8時間(7-12時間)であった(p=0.28).51例に合併症がみられ,25例が肥満患者,26例が非肥満患者であった.少なくとも1つの合併症を有する患者数は両群間で同等であった(n=10, 30%).PaO2/FiO2は非肥満患者(113±43mmHg→174±80mmHg)よりも肥満患者(118±43mmHg→222±84mmHg)で有意に増加した(p=0.03).人工呼吸器装着期間,ICU在室日数,院内感染に有意差はみられなかったが,90日死亡率は肥満患者で有意に低かった(27% vs 48%, p=0.05).

【結論】肥満患者における腹臥位療法は安全であり,非肥満患者よりも酸素化を改善させるかもしれない.腹臥位療法の恩恵を最も受けるであろうARDS患者のサブグループは肥満患者である.

■4足歩行動物として数億年かけて進化してきた肺と胸郭は脊椎に吊るされる形となる腹臥位において適応性が高い.しかし,直立2足歩行を獲得したヒトは腹臥位を日常的に行うことはない.よって,ヒトが臥位になるときは腹圧により横隔膜の背側部分は呼気終末に胸腔側に張り出す形となる.すなわち,立位時に比して背側肺底部は拡張が起こりにくいという現象が生じる上,重力の影響で血流が多くシフトしている部位であるためにシャントが増加する.さらに,鎮静下での人工呼吸器による陽圧換気では背側横隔膜はさらに動かなくなり,背側肺底部に吸気が送り込まれにくくなる.さらに背側肺底部は心臓や肺そのもの重力,腹圧によってコンプライアンスが低下し,無気肺も生じやすくなる.

■以上のメカニズムから,肺底部のコンプライアンスや無気肺を改善する方法が必要となり,とりわけ重症ARDSでは陽圧換気だけでは対処しきれない.一方,前胸部は非荷重領域であり,コンプライアンスもよい部位であるため,空気が入りやすい.この性質を利用し,rescue therapyとして用いられるのが腹臥位療法である.これにより,肺胞リクルートメント効果[1,2],背側肺底部の換気血流比の改善[3,4],心臓の肺圧迫解除[5],人工呼吸による肺実質ずり応力によるストレス軽減[6],体位ドレナージ効果などにより改善効果が期待される.

■腹臥位療法の最初の報告は1974年のBryanら[7]であり,ARDSへの応用が広がるに至る.初期は腹臥位療法によってPaO2がすみやかに改善を示す報告が多かったが,それが予後を改善するかについては検証されていなかった.これを最初に検証したのがGattinoniら[8]によるイタリア多施設共同RCT,Prone-Supine Studyである.この報告では,ALI/ARDS患者304例を腹臥位療法群と仰臥位療法群で比較しており,酸素化は改善したが,死亡率に有意差はなく,むしろ腹臥位療法によって合併症が有意に増加する結果となった.

■Gattinoniらの報告では,予定した症例数に達する前に試験を中止したため症例数が不足したこと,1日のうち腹臥位療法の時間が短かった(平均で7時間以下).これらの問題点を解消するため,2004年にGuirenらは,腹臥位療法の時間を8時間以上とし,791例の急性呼吸不全患者を登録したRCTを行い報告している[9].この報告においても腹臥位療法は酸素化上昇や人工呼吸器関連肺炎の減少を示したものの,死亡率に有意差は見られなかった(28日死亡率:腹臥位群32.4% vs 31.5%, RR 0.97, 95%CI 0.79-1.19, p=0.77).ただし,post-hoc解析ではP/F≦88の最重症例の10日間の研究期間の死亡率は改善されていた.

■一方,Gattinoniらも腹臥位療法時間を1日あたり20時間まで延長させたProne-Supine II Study[10]を行った.324例を登録したこのRCTにおいても,死亡率に有意差はみられなかった(28日死亡率:腹臥位群31.0% vs 32.8%, RR 0.97, 95%CI 0.84-1.13, p=0.72).重症例に限定したサブ解析においては,死亡率に有意差はみられなかったが,腹臥位療法群において改善傾向がみられた(37.8% vs 46.1%, RR 0.87, 95%CI 0.66-1.14, P=0.31).

■2005年のCurleyらの米国7施設102例の小児ARDSを対象としたRCT[11]でも死亡率に有意差はみられていない.2006年にManceboらは腹臥位療法の目標時間を20時間/日まで長くして検討した136例RCTを行い,腹臥位療法が有意にICU死亡率を減少させることを示している(43% vs 58%, p=0.12)[12]

■2007年に6報RCT,1372例のメタ解析を行い,腹臥位療法は酸素化を有意に改善するが,死亡率を改善させない(OR 0.97, 95%CI 0.77-1.22)と報告された[13].しかしながら,これまでの臨床試験のサブ解析では重度の低酸素血症(P/F<100)がある患者においては生存率を改善させる可能性が示唆されていたため,2010年に10報RCT,1867例のメタ解析[14]が行われ,重症低酸素血症(P/F<100)群と中等度低酸素血症(P/F<300)群での腹臥位療法の効果が検証された.結果は,中等度群では死亡率に変化はないが(RR 1.07, 95%CI 0.931.22, p=0.36),重症群では死亡率の低下がみられた(RR 0.84, 95%CI 0.74-0.96).今回,PROSEVA studyはこの重症例を対象として腹臥位療法のRCTを行い,死亡率を大きく改善させるに至っている.

■なお,Surviving Sepsis Campaign Guidelines 2012[15]においては,腹臥位療法はP/F≦100の症例においてGrade 2Bで推奨されている.日本版敗血症診療ガイドライン[16]においても解説で同様の推奨をしている.

■ただし,腹臥位療法は決して容易にできる方法ではない.腹臥位管理中には,皮膚圧迫傷害,気管チューブの閉塞,事故抜管,血圧低下などが生じることは数多くの報告で示されるところである.また,仰臥位から腹臥位への体位変換後に91.7%の挿管患者で気管チューブが移動し,うち48%は10mmも移動しており,また86.3%でチューブカフ圧が減少することも報告されている[17].鎮静も必要となる上,スタッフの労力も増すことを考えれば,マンパワーは不可欠であり,すぐに明日から使える治療法とはいかないであろう.

■PROSEVA studyでここまで大きな死亡率の差がでたのはそのプロトコルにあると思われる.逆に言えばここまで厳格なプロトコルを組まなければ効果は得られないだろう.また,重症ARDSあれば全例とも腹臥位療法が有効かというと決してそういうわけではない.重力により血流が増加する背側肺に陰影が有意なARDSでは有用であるが,びまん性陰影をとるARDSでは奏功しない.このため有効となる患者を見出すためにCT検査は必要になるだろう.また,原疾患コントロールが不十分な場合,血中サイトカイン濃度が高いままとなり,腹臥位療法を施行すると下側になった肺のサイトカイン濃度が上昇し,新たに炎症性の陰影が出現することになってしまう.肺性ARDS(direct ARDS)であれば,感染性分泌物の経気管移動により健常肺野に新たに病巣が形成されてしまうリスクもある.適応に関しては十分に患者の状態を考慮して行わなければならない.

■PROSEVA studyにおける腹臥位療法の禁忌項目を以下に示す.
① 頭蓋内圧亢進(>30mmHg)もしくは脳還流圧低下(<60mmHg)
② 侵襲的処置が必要な大量出血
③ 15日以内の気管・胸部手術
④ 15日以内の顔面の外傷・外科手術
⑤ 深部静脈血栓症もしくは2日以内の肺塞栓加療
⑥ 2日以内の心臓ペースメーカー植え込み術
⑦ 四肢・胸郭・骨盤の骨折・脱臼
⑧ 心血管作動薬を使用しても平均動脈圧が70mmHg以下
⑨ 妊娠
⑩ 前面1本の胸腔ドレーンで管理する気胸

■腹臥位療法の合併症やスタッフの仕事量を減らす手段として前傾側臥位療法がある.神津らはARDS患者17例を前傾側臥位群と腹臥位群に割り付けた無作為化クロスオーバー試験を行い,腹臥位療法には劣るものの前傾側臥位療法はPaO2は有意に改善し,合併症はほとんど起こらず,マンパワーも少なくてすむと報告されている[18]

■腹臥位療法を受ける人工呼吸器患者の早期経腸栄養においては,25度ヘッドアップし,注入速度を6時間毎に25mL/hrから85mL/hrまで増加させ,prokineticsとしてエリスロマイシンを投与する方法が有効であると報告されている[19]

[1] Guerin C, Badet M, Rosselli S, et al. Effects of prone position on alveolar recruitment and oxygenation in acute lung injury. Intensive Care Med 1999; 25: 1222-30
[2] Cornejo RA, Diaz JC, Tobar EA, et al. Effects of Prone Positioning on Lung Protection in Patients with Acute Respiratory Distress Syndrome. Am J Respir Crit Care Med 2013 Jan 24
[3] Mutoh T, Guest RJ, Lamm WJ, Albert RK. Prone position alters the effect of volume overload on regional pleural pressures and improves hypoxemia in pigs in vivo. Am Rev Respir Dis 1992; 146: 300-6
[4] Richard JC, Janier M, Lavenne F, et al. Effect of position, nitric oxide, and almitrine on lung perfusion in a porcine model of acute lung injury. J Appl Physiol 2002; 93: 2181-91
[5] Albert RK, Hubmayr RD. The prone position eliminates compression of the lungs by the heart. Am J Respir Crit Care Med 2000; 161: 1660-5
[6] Mentzelopoulos SD, Roussos C, Zakynthinos SG. Prone position reduces lung stress and strain in severe acute respiratory distress syndrome. Eur Respir J 2005; 25: 534-44
[7] Bryan AC. Conference on the scientific basis of respiratory therapy. Pulmonary physiotherapy in the pediatric age group. Comments of a devil's advocate. Am Rev Respir Dis 1974; 110: 143-4
[8] Gattinoni L, Tognoni G, Pesenti A, et al; Prone-Supine Study Group. Effect of prone positioning on the survival of patients with acute respiratory failure. N Engl J Med 2001; 345: 568-73
[9] Guerin C, Gaillard S, Lemasson S, et al. Effects of systematic prone positioning in hypoxemic acute respiratory failure: a randomized controlled trial. JAMA 2004; 292: 2379-87
[10] Taccone P, Pesenti A, Latini R, et al; Prone-Supine II Study Group. Prone positioning in patients with moderate and severe acute respiratory distress syndrome: a randomized controlled trial. JAMA 2009; 302: 1977-84
[11] Curley MA, Hibberd PL, Fineman LD, et al. Effect of prone positioning on clinical outcomes in children with acute lung injury: a randomized controlled trial. JAMA 2005; 294: 229-37
[12] Mancebo J, Fernández R, Blanch L, et al. A multicenter trial of prolonged prone ventilation in severe acute respiratory distress syndrome. Am J Respir Crit Care Med 2006; 173: 1233-9
[13] Abroug F, Ouanes-Besbes L, Elatrous S, Brochard L. The effect of prone positioning in acute respiratory distress syndrome or acute lung injury: a meta-analysis. Areas of uncertainty and recommendations for research. Intensive Care Med 2008; 34: 1002-11
[14] Sud S, Friedrich JO, Taccone P, et al. Prone ventilation reduces mortality in patients with acute respiratory failure and severe hypoxemia: systematic review and meta-analysis. Intensive Care Med 2010; 36: 585-99
[15] Dellinger RP, Levy MM, Rhodes A, et al; Surviving Sepsis Campaign Guidelines Committee including the Pediatric Subgroup. Surviving sepsis campaign: international guidelines for management of severe sepsis and septic shock: 2012. Crit Care Med 2013; 41: 580-637
[16] 織田成人,相引眞幸,池田寿昭,他;日本集中治療医学会Sepsis Registry委員会.日集中医誌 2013; 20: 124-73
[17] Minonishi T, Kinoshita H, Hirayama M, et al. The supine-to-prone position change induces modification of endotracheal tube cuff pressure accompanied by tube displacement. J Clin Anesth 2013; 25: 28-31
[18] 神津玲,華山亜弥,前田智美,他.前傾側臥位が急性肺損傷および急性呼吸促迫症候群における低酸素化血症,体位変換時のスタッフの労力および合併症発症に及ぼす影響.人工呼吸 2009; 26: 210-7
[19] Reignier J, Dimet J, Martin-Lefevre L, et al. Before-after study of a standardized ICU protocol for early enteral feeding in patients turned in the prone position. Clin Nutr 2010; 29: 210-6
by DrMagicianEARL | 2013-06-08 17:48 | 敗血症性ARDS

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