【雑感】研究会での1例報告の質と意義
■昨年から各製薬メーカーの研究会が急激に増えている.その結果,多数の医療従事者が学会以外で発表を行う機会が増えているが,「メーカに頼まれたのでとりあえず1例報告でも出そう」という流れで発表されるケースもあり,最近の研究会を見るに一般演題の質が落ちてきているのではないかと感じることがある.
※1例報告のタイトルで「~の一例」と漢数字を用いている発表を見かけることがあるが,「~の1例」と算用数字にするのが一般的である.
■1例報告の意義が何であるかが全く考慮されていないような1例報告は,結局何が言いたいのかよく分からないまま終わってしまい,聞いている側としても質問する以前の問題になってしまう.メーカー主催の研究会では,メーカーに頼まれて無理やり症例報告を出してくるケースもあるが,症例提示だけして考察は文献提示のみのような,“メーカーのための1例報告”にしか見えないような発表では聞いている側は全く興味もわかない.そのような発表は,演者が1例報告の意義を軽視しているのではないか,と勘ぐってしまう.
■1例報告を発表するのは若手医師が多く,1症例をまとめあげてプレゼンテーションするスキルを磨くための教育的手段としても有用である[1]にもかかわらず,その価値を失わせてしまうような発表をさせるのは当然ながら好ましくなく,1例報告を殺しているに等しい.その点を指導医も考慮しておく必要がある.たとえメーカー主催の研究会であっても,1例報告はアカデミックなものとして発表し,ディスカッションを惹起する内容にすることを心がけたい.
■1例報告は主に導入,症例提示,考察および文献レビュー,結論で構成されるのが一般的であり[2,3],単なる観察報告ではない.導入部では,観察対象,目的,その報告のメリットを提示する.とりわけ,その1例報告がなぜ目新しいのか,あるいはメリットレビューであるのかについて説明する必要があり,そのために発表者は自身の主張を補強する包括的な文献レビューを行う必要もある.症例提示では,時系列に沿って詳細な説明を行っていく.そして考察は最も重要なセクションであり,既知の文献を踏まえ,正確で,時には独創性もふまえた評価を行い,新しい知識を引き出し,その報告の重要な特徴をまとめることになる.そして,結論は簡潔に,かつ根拠に基づく推奨と妥当性を提示する.
※これに対して,症例集積等の研究ではIMRAD format(導入introduction,方法methods,結果results,議論discussion)と呼ぶ.
■1例報告は「たかがn=1だから」という理由で軽視されがちではあるが,「1例を笑う者は結局1例に泣く」と言われている通り,1例報告は全く無駄ではない.我々が日常的に知っている確立された疾患とその治療法なども最初は1例報告から始まって発見・確立されたものが数多く存在する[4].また,多数の症例を集めた抽象的な報告とは異なり,1例報告では1例に対する深い考察が可能である(具象的).1例報告では珍しい症例,教訓となる症例,これまでに報告がなかった症例,といった貴重な症例の知見が報告され[5],それを個人や一施設の経験に終わらせることなくオープンにすることで,他施設での診療や研究に活かすことが可能となる.いわゆる経験(tacit knowledge)の明確化(externalization)による情報共有である.
■症例集積報告に比較すれば1例報告のエビデンスレベルが低いのは確かであり,これが1例報告を軽視する最大の要因になっていると思われる.これは医学雑誌でも同様である.1例報告は他の研究論文と比較して引用されにくいため,1例報告を数多く掲載すればその医学雑誌のインパクトファクターは下がることになる[6].このため,一流誌はインパクトファクターが下がるのを回避するため,1例報告は掲載せずレビューを多く掲載する,1例報告をregular articleではなくletter等で受理して掲載する,といった操作によりインパクトファクターを上げているという事実がある.しかし,上述の通り,症例集積では抽象的内容にとどまるのがlimitationであり,1例報告は深く踏み込んだ議論が可能となる.研究会のパネルディスカッションがいい例であろう.また,1例報告から仮説を導き出し,そこから症例集積につなげる,といったプロセスも可能である.
■また,1例報告はベンチマーキングの一種でもある.自分の仕事を外在化させ,他の医療従事者から厳しい評価を受けることで自分の臨床(clinical practice)の質を高める(Quality Improvement)ことができる.研究会での1例報告に対する質疑応答は疑問点を聞くためだけのものではなく,批判的吟味やディスカッションもあってしかるべきである.
■さらに,1例報告は,その1例を詳細に至るまで正確に把握し,限られた発表時間で報告するために特に重要な情報を選択し,文献的考察もふまえて提示するプロセスを培うことができる.1例報告はCase-Based Teachingであり,実症例からの医学的情報を通して批判的思考(critical thinking)と意思決定(decision making)のスキルを学ぶ手法として重要であり,初心者の医学論文執筆に必要なベーシックスキルを磨く手段でもある[7].
■1例報告はEBM(Evidence-Based Medicine;科学的根拠に基づいた医療)に必ずしも従うものではない.EBMは多数の集約データから導かれたアウトカムをもとに提示されるものであり,最大多数患者にとっての最大公約数的利益を与えるものである.当然ながらEBMがカバーし得ない事例も数多く存在する(むしろカバーしていない事例の方が多い領域もあるかもしれない).1例報告はこのようなEBM時代の中でも新しい観察を我々に伝えうるものである[8].同時に,1例を通して,その患者にとっての最大利益を目指すHBM(Human-Based Medicine;患者本位の医療)を議論するものでもある.
■本記事を書こうと思ったのは,ここ2年間の研究会を見てである.とりわけ私の場合はDIC(播種性血管内凝固)の研究会に参加することが多く,DIC関連の研究会で違和感を覚える1例報告を散見する.DICという疾患は単一で生じる病態ではなく,必ず原疾患が存在する.そのせいもあってなのか,DICの研究会でよく目にするのは「ある疾患が重症化し,DICも併発した.原疾患も治療し,ついでにDIC治療薬も投与してDICが治った」という1例報告である.
■もちろんこれがよくないというわけではない.凝固線溶マーカーをはじめとしてラボデータがどのように変動し,原疾患や患者の状態にどのように影響し,過去知見との矛盾有無や自身の考察と批判的吟味等をふまえ,新しい観察・教訓的推奨を提示することでまとまった報告になる.あるいは,DIC治療の報告で過去にその原疾患での報告がないケースなどでは有用な報告になるだろう.しかし実際には,考察において,その1例における深い考察がなく,さながら“メーカーの宣伝そのまま”のように見える治療薬の一般論と文献を並べるだけに終始している発表が目に付く(そういう発表に限って薬剤名が一般名ではなく商品名になっていることが多い印象がある).これでは症例集積検討ではなく1例報告にした意義が感じられない.既にPhaseⅢでDICに対する効果が示され,その後も多数の症例対照研究等でDIC治療効果が示されている薬剤をもってきて,1例報告で「DICにDIC治療薬を投与したら治った」だけしか言わないような報告はそろそろやめてはどうだろうか?
※こういう発表がでてくるそもそもの原因は,DICの病態そのものが理解されていない部分も影響していると思われる.原疾患ありきのDICではあるが,「ついでに合併したのでついでに治療しておく」というような単純な付けたし病態では決してない.
※後援メーカーへのリップサービスをするために,提示された症例の結果と異なる結論を無理やり述べるケースも見ることがある.先日,とあるメーカー主催の研究会で,各大学の教授・講師陣が症例提示していくパネルディスカッションがあったが,4症例中3症例でそのようなプレゼンテーションが見られ,さすがにめまいがした.明らかにやりすぎである.
※当院では,研修医のスキルアップの目的で,年2回,院内で研修医による学術発表が行われている.文字が多く図が少ない等ビジュアル的な問題や時間内にプレゼンテーションしきれないといった問題はまだあるものの,内容としては症例提示から考察に至るまで毎回非常によくまとまった1例報告を見せてもらい関心している.ただし,実務以外の,こういった1例報告や論文の書き方や論文の読み方を体系的に教える指導システムがあるわけではないので(抄読会すらないのは問題・・・),これが今後の当院の1つの課題であろう.
[1] Iles RL, Piepho RW. Presenting and publishing case reports. J Clin Pharmacol 1996; 36: 573-9
[2] Cohen H. How to write a patient case report. Am J Health Syst Pharm 2006; 63: 1888-92
[3] Alwi I. Tips and tricks to make case report. Acta Med Indones 2007; 39: 96-8
[4] Senapati A. The clinical section--a special case for case reports. J R Soc Med 1996; 89: 95P
[5] Ozçakar L, Franchignoni F, Frontera W, et al. Writing a case report for the American Journal of Physical Medicine and Rehabilitation and the European Journal of Physical and Rehabilitation Medicine. Eur J Phys Rehabil Med 2013 Apr 18
[6] Paulus W. Acta Neuropathologica and their case reports. Acta Neuropathol 2008; 115: 269-71
[7] McEwen I. Writing case reports: a how-to manual for clinicians. 2nd Ed. Alexandria, VA: American Physical Therapy Association; 2001.
[8] Papanas N, Lazarides MK. Writing a case report: polishing a gem? Int Angiol 2008; 27: 344-9