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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

超高齢者肺炎患者の入院や抗菌薬治療には意味があるか?(1) ~治療とQOLのジレンマ~

Summary
・70歳以上の肺炎は抗菌薬が進歩しても予後は改善しておらず,その原因は宿主の状態にあり,特に誤嚥は予後不良因子である.
・医療介護関連肺炎分類による抗菌薬の推奨は根拠が乏しく,広域抗菌薬の乱用につながりかねない.
・超高齢者肺炎は心不全,嚥下機能障害を含む廃用症候群,認知症,低栄養状態,電解質異常などを合併した,加齢に伴う種々の機能低下であるfrailty,あるいはpost-frailtyの状態を呈する症候群であり,感染症のみでとらえるべきではない.
・抗菌薬治療は延命効果と急性期の症状緩和効果がある一方で,長期のQOLを悪化させる要因になりえ,入院治療はさらに長期QOLを悪化しうる.
・その一方で,終末期の緩和ケアであれば,苦痛緩和目的での抗菌薬治療も有効であれば許容されるべきかもしれない.その上でオピオイドをはじめとする症状緩和も併用されるべきであろう.
・急性期病院における超高齢者肺炎の診療は治療と同時に大きな侵襲となり,大幅なADL・QOLの低下を招く.
・本邦では超高齢者肺炎患者の多くの家族は嚥下機能低下を過小評価しやすく,その受け入れは初期はしばしば困難であり,十分な説明をもって時間をかけて家族に伝える必要がある.
1.高齢者の肺炎は感染症か?

■肺炎は感染症であり,その治療の主軸は抗菌薬であるとされている.このため,若年者では肺炎で死亡することはまず経験されない.しかしながら,超高齢者肺炎では抗菌薬を投与すれば解決するというものではない.実際に厚生労働省の統計では,70歳を境に肺炎死亡率は増加し始める.日本呼吸器学会が定めた肺炎重症度分類A-DROP[1]でも,男性は70歳以上が,女性は75歳以上が重症度リスクとして挙げられている.また,1970年から1991年までの肺炎死亡率の動向[2]を見てみると,70歳未満は肺炎死亡が減少傾向を示したのに対し,70歳以上は増加している様子がよく分かる.

■この70歳をカットオフとした死亡の増加減少の違いは何か?これは抗菌薬の発達とともに若年層は死亡率が低下したが,70歳以上の高齢者は抗菌薬の進歩の恩恵を受けていないことが推察される.実際に,厚生労働省の人口動態推計の疾患別死亡率を見ると,ペニシリン系抗菌薬が発売された1950年頃,マクロライド系抗菌薬が発売された1965年頃は肺炎死亡率は減少傾向を示しており,若年層の肺炎死亡が大幅に減少したことを反映してのものである.一方,1975年以降にセフェム系,カルバペネム系,キノロン系が発売されたが,死亡率は増加の一途をたどっている.高齢化により70歳以上の人口が増え,これらの集団が抗菌薬では治癒しえない何らかの要因で死亡していることを物語っているものと思われる.

■近年,医療介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン[3]が日本呼吸器学会から発表され,重症度,耐性菌リスクにより,抗菌薬使用について4クラスに分類がなされた.この中で,中等度のC群,重症のD群では広域抗菌薬が推奨され,MRSAリスクのある患者については抗MRSA薬の併用まで推奨がなされている.しかしながら,実際にはC群では推奨抗菌薬を使わずとも予後は変わらない,SBT/ABPCを使用すれば8割は治癒しうる,という報告が学会等で発表されるようになった.これは耐性菌が単なる検出菌であるのか原因菌であるのかについて明確な根拠なしに広域抗菌薬が推奨されてしまった経緯がある.
※当院では,NHCAP診療ガイドラインは広域抗菌薬によるover treatmentにつながること,抗菌薬治療以外について重視していないことから,研修医には一切ガイドラインについて教えていない.

※MRSAを含む薬剤耐性菌を有する患者の予後が悪いことは多くの研究で示されている.しかしながら,高齢者肺炎において抗菌薬の奏功度を見ているとこれらの菌が肺炎起因菌となっていることは実際にはかなり少ないと思われる.耐性菌検出の意味は起因菌であるか否かよりも,その患者の身体機能の衰えを反映しているのではないかと考えている.


■NHCAP診療ガイドラインのお手本である,米国の医療ケア関連肺炎(HCAP)ガイドラインについては,その分類に疑問を呈する報告が相次いでおり,Britoら[4]はHCAPに関するレビューを行い,HCAPガイドラインは広域抗菌薬が不必要な患者にまで広域抗菌薬が投与されており,耐性菌リスクを有する肺炎症例すべでに必ずしも併用療法を行う必要はないとする内容を述べている.Attridgeら[5]もレビューにおいて,HCAPガイドラインを遵守した治療が予後を改善する根拠はないとしている.さらに,Kettらは,薬剤耐性菌を疑われた患者集団においてガイドラインで推奨された広域カバーの抗菌薬併用療法を行ったガイドライン遵守群が非遵守群より死亡率が有意に高かったと報告している[6].2013年にはCharmersらの24報22456例メタ解析[7]において,「HCAPの概念は主に低い質のエビデンスに基づいており,耐性菌を正確に検出していない.HCAPにおける死亡率は耐性菌の高い頻度を反映しない」と結論づけられている.広域抗菌薬や抗MRSA薬は70歳以上の高齢者肺炎においてそれほど大きな意味をなさない,抗菌薬の選択は予後に影響を与えていない可能性が高い.

■ではこの70歳以上という年齢にはどういう特徴があるのか.Teramotoら[8]は,本邦の肺炎患者の多施設前向き研究を行い,年齢別の誤嚥関与の頻度を報告している.これを見ると,50歳から誤嚥は始まっており,60歳代では約半数,70歳代では70%以上,80歳以上では90%前後に達している.70歳以上での誤嚥の関与がいかに多いかであるが,この誤嚥という因子が肺炎の予後決定因子であることも報告されている.使用すべき抗菌薬がほぼ同じになるであろう肺炎球菌肺炎予後を,市中肺炎群(CAP群)と医療ケア関連肺炎(HCAP群)で比較した228例コホート研究PROCORNEU study[9]では,30日死亡率は7.6% vs 29.5%(p<0.001)であり,起因菌と使用する抗菌薬が同一であるにもかかわらずHCAP群で有意に高い結果となった.この中で,誤嚥因子は死亡リスクを5.65倍増加することが示されている.同様に,CAPであろうが,HCAPであろうが,誤嚥が死亡リスクを上昇させる要因であることを示す報告が複数でてきている[10,11]

■誤嚥は嚥下機能低下というベースの合併症の存在に他ならない.さらに誤嚥は数多くの機能低下の氷山の一角に過ぎず,超高齢者肺炎には様々な合併症がつきまとう.心不全,嚥下機能障害を含む廃用症候群,認知症,低栄養状態,電解質異常などであり,抗菌薬治療が予後に関連せず,これらの宿主因子が予後に関連していることは既に多くの報告が示す通りである.これらの患者はいわゆるfrailtyと呼ばれる状態かそれ以下の状態(私はpost-frailtyと表現している)にあり,肺炎治療で実際に難渋するのは肺炎ではなくこれらの背景病態の管理である.すなわち,超高齢者肺炎は感染症というよりも加齢による種々の機能低下による症候群に他ならず,肺炎はその急性増悪病態と考えてよいかもしれない.同様に,超高齢者心不全についても同様の議論はなされるべきと思われる.
※当院では肺炎が治癒せず遷延して死亡するというケースはまず経験することがなく,肺炎が直接死因となることは基本的にない.多くの場合,ベースの慢性心不全の増悪による難治化で,肺炎治癒後も心不全が遷延するケースが死亡する.死亡統計では原疾患が死因として集計されるため,肺炎そのものが直接死因として多いと認識されがちであるが,私はそれには懐疑的である.

2.超高齢者肺炎に抗菌薬治療は意味があるか?

■超高齢者肺炎に抗菌薬治療を行うか行わないかでその後の予後はどう違うのであろうか?そのひとつの答えとなる可能性があるのがGivensらのCASCADE study[12]である.この報告は米国22の介護施設の認知症が進行した肺炎患者225例の前向き観察研究を行ったものである.患者背景を見ると,「Do-not-hospitalised order(入院しない意思表示) 114 (50.7%)」とある.延命治療拒否の意思表示は日本でもDNAR(Do Not Attempt Resuscitate)として知られているが,入院拒否のDNHは日本では馴染みがないだろう.この米国の研究ではこのDNHの意思表示をあらかじめしている患者が約半数にのぼる(もちろん医療保険等の社会的背景の日米での違いはあるが).全患者のうち,抗菌薬を投与しなかった患者は8.9%であった.抗菌薬を投与することで死亡リスクは80%減少し,DNHの意思表示は死亡リスクを2.21倍に有意に増加させた.本研究では,人生の最後(End-of-life)のQOLを快適に過ごせたかについて評価するスケールを用いており,抗菌薬治療を行わなかった患者に比して抗菌薬治療を行った患者はQOLが低く,入院した患者ではさらにQOLが低下していた.

■なお,このCASCADE studyのコホートデータにおいて,保険会社Medicadeの診療ごとの支払いシステム利用者とMedicadeがケアをマネージメントしたシステム利用者を比較した解析[13]では,マネージメント群の方がDNHが多く,急性疾患での病院搬送が少なく,侵襲的介入も少なかったと報告している.

■救命・延命という点では抗菌薬治療や入院は有用かもしれないが,それと引き換えに著しいQOLの低下を伴っており,抗菌薬も病院への入院も患者への侵襲となっていることを示している.実際に誤嚥やDNHの意思表示のないことは侵襲的治療に関連した因子であることが報告されている[14].van der Steenら[15]は,米国とオランダの介護施設の認知症を伴う下気道感染症932例の前向きコホート研究を行い,行動抑制はADLを低下させ,経口抗菌薬治療は3ヶ月死亡率を改善させないと報告している.2012年に米国集中治療医学会からPICS(Post-Intensive Care Syndrome)の概念が提唱されたが,これは疾患そのものの侵襲のみならずICUでの医療行為による侵襲がICU退室後の種々の長期予後を悪化させていることを示しており[16,17],超高齢者肺炎においてもPost-Hospitalized Syndromeとも呼ぶべき問題がある.すべての医療・介護従事者は入院自体が侵襲であることを認識する必要がある.

■逆に抗菌薬治療の差し控えは認知症を進行させる,重症肺炎を惹起させる,食物・水分の経口摂取量が減る,脱水が進行するなどの弊害があることを指摘する報告[18]や,肺炎による死亡の直前は認知症患者において著しい苦痛を伴い,死が差し迫っている状況での抗菌薬の使用はこれらの不快さを減じるかもしれないとする報告[19]もあり,必ずしも抗菌薬を投与しないことがよりよい余生を過ごすことにつながるとは限らない.また,病院の介入は,その患者の終末期において,呼吸困難や疼痛といった苦痛の緩和目的でのオピオイドをはじめとする各種薬剤の投与も(病院によっては)可能であるという一面も有する[20].抗菌薬治療を行わないことは症状面での苦痛を増大させるが,死までの時間は短く[21],ここに入院による緩和ケアの意義はあるかもしれない.

■超高齢者肺炎において,抗菌薬を使うべきか,入院すべきか否かについては個々の患者での熟慮も必要であり,そこには社会的背景や個人の思想・宗教もからんでくるため,今後も答えはなかなかでない問題といえる.「抗菌薬の選択は予後に影響を与えない」は「抗菌薬投与有無は予後に影響を与えない」という意味ではないことに注意が必要であり,抗菌薬を投与しても無駄という風潮を危険視する意見もある[22].まとめると,抗菌薬治療は延命効果と急性期の症状緩和効果がある一方で,長期のQOLを悪化させる要因になりえ,入院治療はさらに長期QOLを悪化しうる.その一方で,終末期の緩和ケアであれば,苦痛緩和目的での抗菌薬治療も許容されるべきかもしれない(ただし,抗菌薬投与による副作用で死亡率が悪化することも知られており,無目的かつ漫然とした使用は避けるべきである).その上でオピオイドをはじめとする症状緩和も併用されるべきであろう.

3.高齢者肺炎における急性期病院の役割は?

■高齢者自身はどう考えているか.認知機能が保たれた介護施設患者へのアンケート調査[23]では,誤嚥性肺炎を繰り返した場合どうするかについて,61.5%が入院を希望し,73.1%が抗菌薬治療を希望した.69%は経鼻胃管栄養を希望せず,71%は胃ろうを希望しなかった.59.6%は再誤嚥のリスクがあっても経口摂取がしたいと答えた.

■当院では軽症であっても肺炎はすべて呼吸器内科で診療を行っている.急性期は積極的加療を行い,抗菌薬に加え,嚥下困難例は早期から一時的に経鼻胃管や中心静脈カテーテルを挿入して栄養管理を行いながら嚥下・運動リハビリテーションを行い,ときにアルブミン製剤を使用することもある.敗血症性ショック例もICUで治療を行わない場合であってもプロトコル導入により一般病棟の治療でも救命率が向上した.急変時no CPR希望が多いため,利尿薬(フロセミド)にすら反応しない心不全合併例の救命は困難であることが多かったが,トルバプタン(サムスカ)の登場によりこれらの難治例も救命できるようになり,死亡率は非常に低くなった.このように急性期の救命という意味では非常に超高齢者肺炎の治療成績がよくなったが,さて,はたしてこれらの当院の治療成績向上は意味があるのだろうか?仮に超高齢者肺炎の平均死亡率よりも当院の死亡率が非常に低かったとしても,それはよりよい医療を提供しているわけではないのではないか?そんな疑問を抱きながら肺炎治療を今日も行っている.

■リハビリと口腔ケアを積極導入することにより早期回復・退院をめざす医療介入を行っても,嚥下困難となり,依然として超高齢肺炎患者の約4割(当院の場合)が経口摂取以外の栄養経路が必要となってしまう現実がある.これらの患者層は可逆的なfrailtyという状態を超えたpost-frailtyという状態にあり,その機能を戻すことはもはや困難な患者集団である.難治例の救命はそれだけ患者に侵襲を与え,身体機能・精神機能を大幅に低下させ,post-frailty状態の患者を生み出しているという現状が急性期病院の肺炎診療にあたる医療従事者につきつけられている.しかしながら米国で導入されているDNHという概念を本邦で普及させるには法整備と自宅や介護施設で看取れる社会環境の変革がまず必要であり,加えて,日本の国民への「老衰」への認識を考えてもらう必要がある.健康日本21で日本国民に周知させるためにメタボリックシンドロームや糖尿病,COPDがとりあげられているが,今の日本国民により必要なのはこの老衰の認識ではないか.残念ながら老化に関しては「アンチエイジング」の認識しか広まっていない.日本人は,風邪ひとつをとってみても分かる通り,「点滴」「病気になったら病院へ」の文化が定着している民族であり,DNHという考え方はなかなか根付かないだろう.

■高齢者肺炎で救急搬送されてくる患者の家族はそのほとんどが患者の嚥下機能の衰えを認識しておらず,肺炎が治れば元通りになると考えている家族は非常に多い.それゆえ,肺炎は治療したが嚥下機能は廃絶していることを告げると,あたかも癌告知のようなショックを受ける家族もおり,誤嚥性肺炎を起こすことは,たとえそれが初めての誤嚥性肺炎であっても嚥下機能がギリギリの状態にまで衰退している場合も少なくはなく,癌の進行と似たようなものなのかもしれない.少なくとも,患者の機能がここまで衰えていること,余生についてそろそろ考えるべき時期がきていることを十分な説明をもって時間をかけて家族に伝えるという意味での入院・救命の意義はあるかもしれない.

※「窒息してもいいから食べさせて」と言う家族もたまにいる.当然ながら“倫理的問題”により病院や施設ではそのようなことは不可能で,嚥下機能廃絶患者に危険を承知で経口摂取してもらうなら自宅で家族に行ってもらうしかない.しかし,人間にとって三大欲のひとつ「食欲」の手段である経口摂取をさせないことは“倫理的問題”にはならないのか?

※現在私は,超高齢者肺炎では,肺炎が治癒しても約4割が経口摂取困難になること,その際は他の栄養摂取経路の選択(末梢点滴,胃ろう,中心静脈ポート)が必要になることを入院時の家族へのムンテラで説明している.さらに,急性期にできるだけ早い改善をもって回復期のリハビリと早期退院でADLを落とさないようにするため,一時的に経鼻胃管や中心静脈カテーテル,アルブミン製剤を使用して(実際に中心静脈カテーテルを挿入するのは末梢点滴がとれないケースがほとんど)短期間の集中的治療を行うことを説明している(これらの退院・転院までの一連の流れはより効率化させるため,TAPERing projectと称する回復期介入のガイドライン/プロトコルを作成し,現在クリニカルパスとして運用を開始している).抗菌薬は耐性菌リスクがあってもほとんどのケースはABPC,SBT/ABPC,CMZで治療(過去に緑膿菌感染の既往があればPIPCまたはTAZ/PIPCを考慮することもある.抗MRSA薬が最初から投与されることはまずない)しており,治療開始4日目前後の奏功度と培養結果を見て継続かescalationするかを決定している(普段はde-escalationを行っているが,超高齢者肺炎だけは例外的に狭域で開始して必要に応じてescalationを行っている).このescalationについて近々コホート研究として報告を検討している.


超高齢者肺炎患者の入院や抗菌薬治療には意味があるか?(2) ~ヒトは肺炎で死ぬのか?~ はこちら

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by DrMagicianEARL | 2014-01-06 10:41 | 肺炎

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