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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

塩野義製薬のインフルエンザの啓蒙CM・サイトについて

■多数の医療関係者が批判している塩野義製薬のインフルエンザの啓蒙CMについて,既に青木眞先生をはじめ多数の医師がブログで問題点を指摘しているため,もうブログ記事にしなくてもいいか,とも思ったが,インフルエンザ診療に携わる医師としてここは声をあげておく必要があるかと思い記事をアップした.

■問題のCMはこちらから見ることができる.
「ちゃんと知ろうインフルエンザ治療のこと」http://www.shionogi.co.jp/influ/
このCMでは,子供をもつ主婦+尾木ママの女子トークで始まる.「インフルエンザって早期治療がいいんだって」のセリフで始まり,尾木ママが「点滴薬まであるんだって」と加わり,最後は「インフルエンザ 早期治療 で検索を」で終わる.さらに,このサイトでは,インフルエンザがどのような病気か,かかったらどうしたらいいか,どんな治療薬があるか,について解説している.おそらく多くの一般市民はこれの何が問題なのかと思うだろうが,医療従事者から見ればおおいに問題である.

問題点1.「抗インフルエンザ薬は不要」という希望選択肢がない

■先述の啓蒙サイトを見ると,「どの治療を受けたいか」で注射薬,内服薬,吸入薬の3択になっている.なぜか「抗インフルエンザ薬は不要」という選択肢がない.投与して当たり前という認識を一般市民に持たせかねない.「インフルエンザに対して有効な薬剤があるならそれを投与すればよい」というほど感染症とは単純な疾患ではない.その病原体に効く薬剤があるからといって,それを投与すればより効果的とは限らないのが感染症の難しいところで,そこを理解していないと薬剤の乱用につながる.薬である以上は副作用を考慮する必要があり,副作用を上回る有用性が得られぬなら,安易にその薬剤は投与すべきではない.

■抗インフルエンザ薬(ここではタミフル®,リレンザ®,イナビル®,ラピアクタ®の4種類のノイラミニダーゼ阻害薬のことをさす)を投与されることによって重症化リスクのない健常成人では21時間の罹病期間短縮という恩恵が得られる一方で重症化率低下や死亡率低下といった有用性は認められないことが2つのメタ解析で示されており[1,2],この結果からは免疫力がある健常成人においては抗インフルエンザ薬を投与せずともさほど影響はないと考えられ,少なくともインフルエンザ患者全員に一律に抗インフルエンザ薬を投与する必要性はないであろう.インフルエンザは多くの場合,自然治癒しうる疾患である.

■その一方で,インフルエンザで重症化しやすい,あるいは死亡率が高まる集団がある.65歳以上の高齢者,妊婦,慢性肺疾患(COPD,喘息,肺線維症,肺結核など),心疾患(僧帽弁膜症,うっ血性心不全など),腎疾患(慢性腎不全,血液透析患者,腎移植患者など),代謝異常(糖尿病,アジソン病など),免疫不全状態の患者といったいわゆるインフルエンザ重症化ハイリスク群の患者である.また,これらのハイリスク群ほどではないが,小児も重症化リスクが若年成人より高い.前述の2つのメタ解析[1,2]で注意しなければならないのは,死亡リスクの高い患者をあらかじめ除外したRCTのみを扱っている点である(RCTを行う以上,リスクの高い患者を組み入れることが困難であった).米国CDCは,「規制当局が保有する臨床試験のみでタミフル®の効果を結論づけるべきではなく,観察研究で評価されるべきである」としてコクランのメタ解析を批判する声明をだしている.

■これらのハイリスク群に対しては抗インフルエンザ薬投与によりメリットが大きくなる可能性が数多く報告されており,Hsuらのタミフル®についての大規模観察研究74報のメタ解析[3]では,ハイリスク群において死亡率を77%減じ,入院を25%減じるとしている.また,2009年の新型インフルエンザH1N1pdm2009のパンデミック時の各国の死亡率をみると,日本が他国と比して非常に低い.これは,海外の他の国では,インフルエンザ罹患時は自宅待機し,タミフル®は服用しない方針であったのに対し,日本においては早期に病院を受診し,タミフル®を処方されていたことが関係しているとされる.これにより,これまでタミフル®処方に対して否定的見解を示してきたWHO,CDCもタミフル®使用検討に方針変更となっている.最も高い死亡率となった米国も「H1N1pdm2009時は日本のようにタミフル®を積極投与をすべきであった」との反省を示している[4]

■抗インフルエンザ薬を使用するとそのインフルエンザに対する抗体が作られにくくなることが報告されており[5,6],このため同一シーズンに2回同じウイルスに罹患しうるということが起こりうる.

■以上のように,抗インフルエンザ薬を使用すれば劇的によくなる,というわけでもなく,副作用のリスクもあり,罹患したのに抗体ができなくなるというデメリットも有する.3割負担でも薬剤だけで1000円以上かかるということもあり,これらを説明した上で患者と相談し,抗インフルエンザ薬を使用しないという選択肢もあってしかるべきであろう.健常成人であれば,重症例でない限りは抗インフルエンザ薬が不要な可能性もあり,それならばわざわざ早期受診する必要性にもおおいに疑問がもたれる(受診せず自宅養生という選択肢もある).一方で重症化リスクの高い患者では早期治療を積極的に考慮すべきであろう.

問題点2.周囲への感染の危険性が考慮されていない

■インフルエンザウイルスの感染経路は飛沫感染である.感染危険距離は1mであり,ヒトが吸い込む飛沫の直径は0.5-5μmであるが,たった1個の飛沫でも感染が成立する.また,ヒトがよく触る部位にウイルスが付着し,それを触った場合はそこから何らかの経緯で気道内に入り込むことがある.咽頭にウイルスが付着した場合,15秒以内にうがいを行わなければ粘膜内に浸潤してしまう(このため,原則としてうがいではインフルエンザは予防できないとされる).それほどインフルエンザウイルスの感染力は強い.

■このようなインフルエンザ患者が病院に来院することは他の患者への危険も伴う.病院には上述のハイリスク群に含まれる患者が多く存在し,その患者に院内で感染することはなんとしても避けなければならない.塩野義製薬はCMやサイトでラピアクタ®という抗インフルエンザ薬の点滴そのものを宣伝したわけではないが,点滴薬の存在を強調しており,サイトでも希望治療薬の一番上に点滴薬を持ってきており,なんとかして間接的にラピアクタ®を強調しようとしていることがうかがえる.日本は点滴が大好きな文化が根付いており,「抗インフルエンザ薬の点滴があるならすごく効きそう」という先入観を与えかねない.このCMやサイトによって抗インフルエンザ薬の点滴を希望する患者が増える可能性は十分にあると思われる.

■ラピアクタ®の点滴時間は15分以上かけて行う必要があり,院内に余計にインフルエンザ患者を長く留め置くことになってしまう.隔離可能な部屋を有する病院ならまだいいが,そうでないならば感染対策上ラピアクタ®を外来で使用することは禁止とすべきだろう.これは何もラピアクタ®に限ったことではない.空気感染,飛沫感染の可能性がある患者に対する外来点滴治療は感染対策上細心の注意を払う必要があり,行わないという選択肢があるならば行うべきではない.

※抗インフルエンザ薬ではないが,ジスロマック®注射製剤の点滴は2時間を要する.外来で投与されるとき,ほとんどの場合は原因菌が確定していないケースがほとんどであり,そのような患者を外来点滴で2時間院内にとどめる場合,感染対策上問題がある.特にインフルエンザ,結核の除外がなされていない状況では問題である.非定型肺炎の診断基準では結核もあてはまってしまうという欠点がある.また,画像検査で結核は否定できない.肺結核において上肺野に病変を認めるのは,免疫正常者では68.1%であり,免疫不全者に至っては38.4%に過ぎない[7]

■病院としてはインフルエンザ患者は帰宅できるのであればさっさと薬剤を処方してできる限り早く帰宅させることが原則で,点滴によって院内滞在時間を長引かせるようなことはすべきではない.

※当院ではラピアクタ®を採用してはいるが,上述の理由により,院内感染対策室の方針で外来でのラピアクタ®投与を禁止している.よって患者からの希望があってもラピアクタ®を外来では使用できないようになっている.

問題点3.耐性化リスクを考慮していない

■微生物の環境適応性は我々の想像をはるかに超えており,今や世界中に抗菌薬耐性の細菌が蔓延している状態にあるが,これはウイルスであっても例外ではない.現在の抗インフルエンザ薬主要4剤が発売されるまではアマンタジンが唯一のインフルエンザ治療薬であった.しかし,インフルエンザウイルスはM2蛋白質の5箇所のアミノ酸のうち1つでも変異が起これば耐性化する.実際にin vitro研究ではアマンタジン存在下でたった1回の継代培養で耐性ウイルス株が検出された.アマンタジン耐性株は2003年に中国で増加傾向となり,わずか3年後には香港型H3N2株の91%が耐性化している.このため,米国CDCはインフルエンザ治療の目的でアマンタジンを使用すべきではないと勧告した.

■アマンタジンの後に登場したのがタミフル®である.このタミフル®は当初は耐性株が出現しにくいと考えられていたが,2004年には小児の入院患者などでタミフル®による治療後に香港型H3N2の18%が耐性化していたと報告されている[8].さらに,2007-2008年シーズンにはソ連型H1N1において高頻度にH275Y変異による耐性株が北欧で出現し,2008年に入って南半球で,2008-2009年シーズンは日本でもH275Y変異による耐性ウイルスが100%でみられるようになった.ラピアクタ®については耐性株の増加は報告されていないものの,やはりH275Y株では感受性低下が示されており,インフルエンザウイルスの耐性化に注意が必要である.リレンザ®,イナビル®も今のところ耐性株の報告はほとんどなく,耐性化しにくいと考えられているが,タミフル®発売時と同様に耐性化しないという楽観論は危険であると思われる.

■医療従事者にとって,感染症における抗菌薬,抗ウイルス薬の適正使用は目の前の患者の治療のみならず,10年・20年先の未来の患者における耐性株感染リスクを減少させるための治療でもある.乱用をすれば耐性ウイルスが増加する可能性がある以上,全患者に抗インフルエンザ薬をすすめるという安易な考えでインフルエンザ診療を行うべきではない.

その他問題点

■この他にも,医療費の圧迫(ラピアクタ®は抗インフルエンザ薬の中でも一番高い),他の疾患(ノロウイルスによる感染性胃腸炎,心筋梗塞,肺炎などなど)の患者でもごった返すシーズンに点滴を施行することによる病院スタッフの仕事量の増加,医師と患者のインフルエンザに対する認識のズレを悪化させてしまう,など塩野義製薬のCM・サイトの問題点は多い.なんとかして感染対策にかかわる医療従事者が苦労して治療薬を適正使用するよう推進し,一般市民にも正しい知識を啓蒙している中で,製薬会社が臨床現場の意図とは真逆の内容をCMやサイトで一般市民に発信するのは遺憾と言わざるを得ない.塩野義製薬は医療関連感染対策研修サポートツールも作成して医療機関に配布している製薬会社でもあるだけに,実に残念である.

■ラピアクタ®は決して不要な薬ではなく,重症例においては積極的に使用すべき薬剤である.しかしながら,上述の様々な問題点を無視し,「早期受診」「早期治療」という聞こえのいいうたい文句での情報発信は啓蒙とは言いがたい.

[1] Jefferson T, Jones MA, Doshi P, et al. Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children. Cochrane Database Syst Rev 2012; 1: CD008965
[2] Ebell MH, Call M, Shinholser J. Effectiveness of oseltamivir in adults: a meta-analysis of published and unpublished clinical trials. Fam Pract 2013; 30: 125-33
[3] Hsu J, Santesso N, Mustafa R, et al. Antivirals for treatment of influenza: a systematic review and meta-analysis of observational studies. Ann Intern Med 2012;156: 512-24
[4] Kuehn BM. Antiviral drugs underused in US patients for 2009 influenza A(H1N1) pandemic. JAMA 2011; 305: 1080-3
[5] Sawabuchi T, Suzuki S, Iwase K, et al. Boost of mucosal secretory immunoglobulin A response by clarithromycin in paediatric influenza. Respirology 2009; 14: 1173-9
[6] Takahashi E, Kataoka K, Fujii K, et al. Attenuation of inducible respiratory immune responses by oseltamivir treatment in mice infected with influenza A virus. Microbes Infect 2010; 12: 778-83
[7] Kobashi Y, Mouri K, Yagi S, et al. Clinical features of immunocompromised and nonimunonocopromised patients with pulmonary tuberculosis. J Infect Chemother 2007; 13: 405-10
[8] Kiso M, Mitamura K, Sakai-Tagawa Y, et al. Resistant influenza A viruses in children treated with oseltamivir: descriptive study. Lancet 2004; 364: 759-65
by DrMagicianEARL | 2014-01-12 18:20 | 感染症

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