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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

第41回日本集中治療医学会学術集会参加録~日本版栄養管理ガイドライン,ECMOなど~

2014年3月2日作成
2014年3月11日一部訂正
「2.日本版栄養管理ガイドライン」の部分について間違っている部分があると御指摘をいただきましたので訂正しました.誤解を招いてしまったことをお詫び申し上げます.訂正箇所については打ち消し線を入れて直す形式とさせていただきました.


■京都国際会館とプリンスホテル京都で開催された第41回日本集中治療医学会学術集会の2日目と3日目に参加してきました.2月があまりに多忙だったことによる疲労蓄積もあってあまり精力的にいろいろ聴講したり面白そうなポスター演題を探しにいったり,といったことができませんでした.ちなみにランチョンセミナーの弁当が大変なことになってましたがあれはいったい・・・?

1.ポスター発表してきました

■私自身は『集中治療医が不在のopen ICUで敗血症性ショックの治療成績はどこまで改善できるか?』というタイトルで2日目の午前中にポスター発表を行いました(DP-75-3).本ブログ内でも何度か触れた内容です.2011年8月から11月にかけて,院内独自の敗血症診療ガイドライン/バンドル/プロトコル作成・配布による導入,3回にわたる院内スタッフへの敗血症勉強会等による教育によって治療成績がどう改善したかを報告させていただきました.当院ICUに入室した敗血症性ショック患者52例を対象として,ガイドライン遵守群と非遵守群を院内死亡率で比較した後ろ向きコホート研究です.患者背景に有意差はなく,院内死亡率は30% vs 75%(OR 0.14; 95%CI 0.04-0.50; p=0.003)で,ガイドライン遵守群の方が有意に院内死亡率が低い結果となりました.多変量ロジスティック回帰解析でもガイドライン遵守は死亡リスク減少に関連した独立因子でした(OR 0.004; 95%CI 0.000-0.073).ガイドライン遵守群の死亡率は,重症度(平均APACHE II score 22.0,平均SOFA score 10.4),近年の敗血症性ショックの死亡率の報告,挿管拒否患者が3割含まれていたことも考慮すると妥当であると考えています.

■非遵守群の死亡率が75%なのは高すぎる,と思われるかもしれません(特に救急集中治療医の先生方にとっては).ですが,これが集中治療医不在の病院の現実です.近年日本の重症敗血症の治療成績は20%以下にまで改善してきているとされていますが,これはあくまでも三次病院の成績であり,二次救急施設では以前として高い死亡率のままです.また,質疑応答では,「遵守しない医師の特徴は?」という質問がありました.これは医師年数が長いほど遵守しない傾向があります.ベテランの先生方は自らの経験を信じて,なかなか新しい治療方針に切り替えられない,ということの一傍証かと思われます.

■また,今回,初めてEZRという解析ソフトを使ってみました.それまでは私は無料解析ソフトRを使用していたのですが,EZRはこのRをより使いやすく,日本語表示でワンクリックで解析可能にした無料ダウンロードソフトです.SPSSなどは非常に高価ですので,解析ソフトを購入できない場合はこのEZRをおすすめします.

2.日本版栄養管理ガイドライン

■今回個人的に目玉にしていたのはシンポジウム4『日本版ICUにおける栄養管理ガイドライン作成』です.ドラフト発表かと思っていたのですが,どうやらまだまだ時間がかかるようで,作成途中の状況の発表でした.日本静脈経腸栄養学会(JSPEN)との合同作成で,ガイドラインの正式名称は『日本版重症患者の栄養管理ガイドライン』になるようです.これは汎用性を重視してあえて「ICU」をガイドライン名にいれないようにしたとのことです.

※訂正について:JSPENとの合同作成ではなく,日本集中治療医学会単独での作成とのことです.シンポジウムではJSPEN理事長が参加されてましたが,あくまでもコメンテーターとのことでした.

■本ガイドラインは2012年10月にキックオフミーティングが開かれ,現在も作成中です.SCCM/ASPEN,ESPEN,CCPGの3つのガイドラインをベースにし,さらに①病態別の推奨,②看護師の行う処置の推奨,③小児での推奨,④現場で使用しやすくするためエビデンスの低いものにも言及する,というガイドラインになっています.7つの大項目,53のClinical Questionを設け,RCTやメタ解析のシステマティックレビューを行って推奨を決定していくことになっていますが,各委員が日常業務を行いながらの膨大な量の文献を精読していくため著しく時間がかかることから,システマティックレビューを行う項目を制限する方針となっています.具体的には,SCCM/ASPEN,ESPEN,CCPGにおいて推奨が一致して,かつその後新しいRCTの報告がなければシステマティックレビューは行わず,海外ガイドラインの推奨をそのまま踏襲する方針となりました.

推奨レベルはGrade 1Bというように,日本版敗血症診療ガイドラインと同じ手法でつけています.しかしこれはSSCGに見られるような海外のGRADEシステムとは表記が同じだけで全く異なるものです.日本の推奨レベルの決定は,研究ごとに評価していくのに対し,GRADEシステムはアウトカムごとに評価を行っていきます.この点は日本版敗血症診療ガイドライン案がドラフト発表された2011年3月の時点でGRADEシステムじゃないことの問題点を指摘されていたはずなんですが(海外からも「そんなものをGRADEシステムと呼ぶな」と忠告があった),残念ながら今回の日本版重症患者の栄養管理ガイドラインでもGRADEシステムではありませんでした.

※訂正について:推奨度についてはシンポジウム直前に表記を変えることになったとのこですが,一部の先生方はスライドを変更する時間がなく,今回の発表になったとのことです.日本版敗血症診療ガイドラインについては海外からの指摘ではなく,パブリックコメントからの指摘とのことです.

■現在作成中のガイドラインのClinical QuestionとAnswer,根拠が一部お披露目となりました.だいたいは既存のガイドライン通りですが,看護師が行う処置についてはエビデンスがないことだらけで,まとめるのがかなり大変そうでした(エビデンスレベルはほとんどがDになるんじゃないでしょうか).

■ひとつ引っかかったのは,「近年の報告では中心静脈カテーテルは鎖骨下静脈,頸静脈,大腿静脈のいずれでも感染率に差がないのでどこから行ってもよい」とする推奨です.今後パブリックコメントの募集が始まった段階でこの推奨が変わっていないのであれば,正直ここはツッコまざるを得ません.確かに近年のRCT,メタ解析において,中心静脈カテーテル挿入が大腿静脈か頸静脈かで感染率に有意差がないとの報告がでていますが,これはRCTのきっちりしたプロトコル,施設の感染対策レベルの高さに支えられたエビデンスであり,外的妥当性については注意しなければいけない内容です.おそらくこのエビデンスは日本のどの施設でも一般化できるような内容ではないと考えます.感染対策に従事している立場上,この推奨は危険と考えます.

■この項目を見て,RCTのエビデンスだけでガイドラインを作成するリスクが垣間見えた気がします.臨床現場に近い生々しいデータは実はRCTよりも観察研究です.RCTの問題点の1つに,限られた患者しか対象に含まないということがあります.例えばオセルタミビルが成人のインフルエンザに有効かを検討したRCTにおいては,もともと死亡リスクの高い患者は含まれずに評価を行いますから,死亡率に差がでるということは考えにくいわけです.しかしながらコクランレビューはそれらのRCTを集めたメタ解析を行い,オセルタミビルに死亡率改善効果はないという結論をだしてしまい,米国CDCから猛反論を受けることになったわけです.さらに,RCTには厳格なプロトコルが組まれるために融通性がきかない,という問題点もあり,RCTのプロトコルが患者によっては日常診療とはかけ離れた治療になってしまうこともあります.例えば抗菌薬の臨床効果を比較したRCTでは,投与期間が全患者で一定であり,症状が改善した時点で終了するということができません.患者状態に合わせて早期終了あるいは投与期間を延長してしまった場合は,アウトカム評価対象から脱落とみなされてしまうわけです.

■観察研究はRCTよりも広い患者集団を対象としますから,臨床現場の現状を反映しやすい研究といえます.もちろん観察研究データ内で介入・非介入の比較を行う場合,患者の背景因子が同等でないことが多くバイアスリスクは回避できませんし,その解析は重回帰を用いなければアウトカムのより正確な評価はできません.重回帰を行う以上はそのアウトカムに関連しうるであろう変数を用いますが,この変数選択も解析者のバイアスリスクがあります.しかし,これらのバイアスリスクに注意した上で大規模かつ質の高い観察研究であれば,ガイドラインの根拠対象とすべきで,実際にGRADEシステムではRCTと同様に観察研究も根拠対象に含まれています.RCTのみを根拠としたガイドラインでは,臨床現場の認識と乖離が生まれるのは避けられないと思われます.

■栄養素ではグルタミンとセレンについて言及がありました.昨年,多臓器不全を有する人工呼吸器患者においてグルタミンは死亡率を悪化,セレンは効果なし,という大規模RCTであるREDOXが報告されたことは記憶に新しく,それを反映しての推奨がなされるようです.もっともREDOXをはじめとする海外の栄養素の研究は,本邦の日常診療では考えられない高用量であるほか,本邦にはない注射製剤も用いられており,海外のエビデンスをそっくりそのまま日本のガイドラインに移植,なんてことはできず,評価が難しいものになりそうです.セレンの注射製剤についてはすでに日本でPhaseIIIにまで治験が進んでいるとのことでした(ただし,あまりにも安価で,メーカーが製造するかは不明とのこと).

3.ECMO,iLA
■2日目,3日目とECMO関係のランチョンセミナーに参加してきました.エビデンスは乏しいですが,この領域はどんどん進んできています.2009年のインフルエンザA/H1N1pdm2009によるARDSに対するECMOで惨憺たる治療成績だった本邦も,厚生労働省までまきこんだ日本呼吸療法医学会によるECMO projectが進行中です.

■ECMOで極めて良好な治療成績をだしているカロリンスカ大学ECMOセンターのKenneth Palle Palmer先生からは,いかにしてECMO患者の管理を行うかの講演がありました.要点を以下にまとめます.
(1) ECMO患者は早期に気管切開を行い,CVVHFを使用しつつ,low PEEP(4cmH2O),モルヒネ(±デクスメデトミジンorクロニジン)を用い,原則として覚醒状態で管理する.
(2) 超重症難治性ARDSでは肺胞内にまで細胞が入り込み,肺が硬くなる.こうなってはhigh PEEPもオープンラングリクルートメント手技も無効であり,原則有効な治療法はないため,ECMO管理下であきらめずにひたすら待つ.30日くらい待つと,肺胞内細胞の50%がapoptosisとなり,肺胞がようやく開通するようになる.
(3) ECMO患者には特定の場合を除き,胸郭に侵襲的処置は一切与えず,何もすべきではない.気胸が生じても胸腔ドレーンを挿入せず,人工呼吸器を2-3日はずす.胸水が生じても放置でよい.ドレーン処置は逆に出血を招き,患者を失うことになりかねない.血胸の場合は外科による血腫除去(4日間連続手術が必要になるかもしれない)が必要であり,ECMOのヘパリンは使用せず,高いflowとACT 120-150で管理する.
(4) 40日たっても改善がみられない場合は肺生検を行う.その際,出血により外科手術と大量輸血が必要となるが,それでも肺生検は行うべきである.
(5) 「ポンプは友であり,ポンプが動いていれば大丈夫,ECMOを信じ,余計なことはせずひたすら待つ」.この感覚を身につけるためにはかなりの症例経験が必要である.
(6) 敗血症に対するECMOはこれまで禁忌とされてきたが,近年ではECMOが使用されるようになってきた.機序は不明だがVV-ECMOであっても昇圧剤投与量を減じることができる.カロリンスカECMOセンターでは平均SAPS III score 90点(予測死亡率81%)の敗血症性ショック患者の死亡率は18%,NNTは約1.5であった.
(7) VA-ECMO脱血は右房から行う.脱血カニューラには等間隔に穴があるが,MRI撮影すると実際に脱血するのは装置側の穴2-3個であり,先端側からは脱血されない.よって大腿静脈から右房に先端を留置しても実際には下大静脈から脱血することになり,頸静脈にも25Frのカニュレーションが必要.
(8) ECMO患者の酸素代謝をSpO2のみで判断してはならない.必ず酸素含有量(Hb×1.34×SpO2×CO)で評価する.
■ドイツのレゲンスバーグ病院からはThomas Bein先生がドイツで開発されたiLA(商品名NovaLung,Talheim社)について講演された.通常のECMOはポンプを用い,2-3L/分のhigh flowです.一方,ポンプは使わず動静脈圧較差を使い1-2L/分という中等度のflowでガス交換を行うのがiLA(interventional lung assist)です.このiLAは日本ではすでに治験が行われ,承認がおりれば東レ・メディカルから販売予定です.

■iLAは非常にコンパクトで,膜の耐用性も高く,将来的には救急車やドクターヘリによる搬送中の人口肺として使用できるのではないかと期待されています.カニューレと膜がヘパリンコーティングされているため,血栓予防のヘパリンは低用量(100IU/kg/day)ですむ.(AV-)iLAは大腿動脈から脱血し,低抵抗ガス交換膜を通し,大腿静脈に送血します(動静脈圧較差は60-80mmHgは必要).CO2除去能に優れますが,酸素化能はVV-ECMOほどではありません.AV-iLA導入は2人の医師でスピーディーに行う必要があり,セルジンガー法で動脈には13-15Fr,静脈には17Frを挿入します.また,ミニポンプがついたiLA activeの登場で,23Frを大腿静脈1箇所に挿入するだけのVV-iLAも可能になっています.

■iLAの適応は,重度の高炭酸ガス血症とアシドーシスを有し,重度の低酸素血症がないこととされています.レビュー論文では,iLAの目的は,①超肺保護換気の施行(6mL/kgよりもさらに少ない低1回換気療法),②重症ARDSの補助,③重症気管支喘息またはCOPD急性増悪によるCO2蓄積解除,とされている.禁忌はショック,重度の凝固障害,多臓器不全などです.

■Bein先生が用いているプロトコルでは,急性呼吸不全患者においてまず肺保護換気を行い,pH<7.25ならば呼吸数を30以上に変更し,それでもpH<7.25かつMODSであればiLAを導入するとしています.NPPV失敗患者においては挿管人工呼吸にするよりもiLAを施行した方が死亡率が低いとのことです.

4.ひっかかった講演

■とあるセッションで,「さすがにこれは・・・」と思う講演に2つ遭遇しました.

■大学教授の先生がデータも示さずに「○○は不要」という,ほぼゴールデンスタンダードになっている治療を否定する口調を繰り返していました(この先生はいつものことではありますが).アカデミックな学会でこのような講演が許されていいんでしょうか?既存の治療法の有効性を疑う姿勢は必要ですが,データを見せていただかなければまったく説得力もありません.

■また,別の先生,この方も大学教授なんですが,統計解析が不適切と思われる講演がありました.症例数が少ない検討での死亡率評価でχ2乗検定は行うべきではありません.この場合はFisher正確確率検定を行わなければ不正確で,結論そのものが変わってしまうことがあります.また,介入群と非介入群のマーカー変化の比較で,t検定とMann-Whitney検定の区別がなされずに解析が行われていたほか,減少幅の比較もなしに絶対値比較だけで有意に減少と結論づけるのは平均への回帰を無視しており,この様なやり方で有用性評価をすべきではありません.

■まだ若い未熟な先生がこういう講演をしてしまうことはあるかもしれませんが,大学教授が,それも学会という場でこんなことをやっていては・・・,と感じました.
by DrMagicianEARL | 2014-03-02 16:54

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