抗菌薬投与の基本的考え方(3)
■列挙するとキリがないが,代表的なものを挙げておく.
(1) 腎障害,肝障害:代謝排泄経路によって障害を起こしうる.
(2) アレルギー:特にペニシリンアレルギー
(3) 不整脈:ニューキノロン系,マクロライド系でTorsades de Pointsによる心室頻拍の報告あり.中年女性でQT延長傾向がリスクファクター.
(4) 血球減少:ST合剤(バクタ®)による骨髄抑制,LZD(ザイボックス®)による血小板減少
(5) 薬剤熱,薬剤性間質性肺炎:全薬剤で生じえる.
(6) 抗菌薬関連下痢症:Clostridium difficile感染症(CDI),Klebciella oxytocaによる下血,MRSA腸炎(存在するかはまだ議論されている)など
(7) PT-INR延長:常在細菌叢変化によるビタミンK吸収障害による
(8) 新薬による有害事象:メーカーによる情報以上に多い可能性あり.
・GRNX(ジェニナック®)はまだ安全性が確立されていない(もともとキノロンは非常に毒性が強い抗菌薬であるがために開発が困難とされている).
・DRPM(フィニバックス®)はMEPM(メロペン®)に比して有害事象多く,とりわけ12バイアル投与では多発との報告あり.(米国FDAが12バイアル投与を行わないよう勧告).
・LZD(ザイボックス®)は腎機能に依らず投与可とされているが,腎障害例で副作用発現の報告あり.
原則⑬:感受性試験の弱点を考慮する
■培養検査結果では検出菌とともに薬剤感受性結果が示される.各抗菌薬についてそれぞれS,I,Rのいずれかが記載される.Sは「感受性あり」,Iは「低感受性」,Rは「耐性」を表す.また,一緒に数値が示されていることがあるが,これはMICである.この感受性試験結果を見て,「この薬剤はSがついているから有効なのでこの抗菌薬を使おう」と安易な考えで使用すると痛い目にあう.
■in vitroとin vivoは異なる.抗菌薬の効果があるのかどうかを実験室で検証した結果と,実際に体内で効果があるかは別物である.bioavailability(生体内利用率)や臓器移行性等を考えなければならない.例えば,MRSA肺炎でVCMを経口投与しても腸管で吸収されないので全く意味がない.また,髄膜炎でMSSAが検出され,MSSAに有効なCEZを投与しても髄液には移行しないので無意味である.抗生剤の吸収,移行性を知らなければ無駄な抗菌薬を投与することになる.他に注意すべきはアミノグリコシド系であり,感受性ありと表示されたからといって単剤投与は行ってはならない(尿路感染症以外では治療失敗に終わることが多い).
■S,I,RでもMICの値次第では治療可能性が変わる.感受性試験結果は,抗菌薬濃度が提示されたMIC値に達しなければ効果がないことになる.たとえば「VCM S MIC2」となっていてもVCMの通常投与量ではMIC 2を達成することは不可能であり,抗菌薬を変更することを考える[33](ただし,計測系の誤差でMICが2となっていることもあり,臨床症状が改善しているならばあえてVCMから変更する必要性は乏しいかもしれない).ペニシリン耐性肺炎球菌はその名の通りペニシリン耐性であるが,PCG 4millionU×6/dayで十分MIC濃度達成が可能であり,ペニシリンで治療できる.同様に,AZM注射製剤でも,その高い移行性によりAZM耐性肺炎球菌に有効であることもある[34].
■MICの値に1管ぶんの誤差が出うることは肝に銘じておく必要がある.
■異なる抗菌薬のMICを比較して最もMICが低い抗菌薬を選択する,というやり方は完全な誤解である.MICの値で異なる薬同士の効果を比較することはできない.
■本当は耐性があるのに感受性ありと表示されてしまうケースがある.例えばESBL産生菌では第3世代セファロスポリン系に耐性があるにも関わらず感受性ありと結果が返ってくることがあり,注意が必要である.また,VCM MIC 2のMRSAは検査上は感受性ありだが臨床上は低感受性菌と考えるべきである.MRSAにおいてCLDMがSとなっていても,EMがRであればCLDMは無効であると考えなければならない[35].
原則⑭:併用療法を考慮する
■細菌性感染症の場合,通常は単剤投与で治療するのが原則である.併用による効果は,スペクトラムの拡大と相乗効果が期待できるが,多くの場合,相乗効果については不確定であり,推奨する根拠に乏しい(重症緑膿菌に対するβラクタム系+アミノグリコシド系,感染性心内膜炎に対するPCG+アミノグリコシド系の併用,肺炎球菌肺炎に対するβラクタム系+マクロライド系はシナジー効果があり有用とされる).そのため,安易に併用の選択は行うべきではない.併用によって耐性菌の出現が抑制するという目的もあるが,明らかなエビデンスはなく,議論中である(特にGNRに対しては全く証明されていない).また,医療費増大・副作用リスク増大というデメリットも理解しておく必要がある.しかし,骨髄炎や心内膜炎などの慢性感染症に対し,長期的な抗菌薬投与が必要な場合は,原因となる細菌によっては併用が薦められる場合もある.なお,注意すべきものを下記に挙げる.
(1) VCM+AGs,VCM+AMB
重症感染症でこの併用を選択しうることがある.この併用方法では腎障害や聴力障害が急速に進行することがあり,米国では死亡例も出ている.併用するなら慎重投与が望まれる.
(2) LZD+RFP
Cmaxの21%低下,AUCの32%低下が報告されており,LZDの効果が減弱する[36-38].
(3) VCM+LZD
有用性はなく,むしろ作用拮抗による有効性低下の可能性も指摘されている[39].
(4) CLDM+マクロライド系
細菌のribosome50Sへの親和性がEMの方が高いため,CLDMを併用してもCLDMの効果はない.
(5) Fidaxomicin+AZM
併用により5日間中の心血管死がわずかだが報告されている[40].
(5) ITCZ+INH
ITCZの血中濃度が低下する.
(6) アゾール系+RFP
アゾール系血中濃度が減弱し,RFP血中濃度が上昇する.特にVRCZ+RFPは禁忌である.
(7) MFLX+RFP
MFLXの血中濃度が減弱する[41].
(8) ガンシクロビル+IMP/CS
痙攣発作リスク上昇の報告あり.
(9) CAM+LZD
CAMの濃度上昇リスクあり,心血管系リスクを有する患者では注意が必要である.
(10) RFP+CAM,RFP+EM
CAMやEMの血中濃度が減少する.
(11) コリスチン+AGs,コリスチン+AMB,コリスチン+VCM
神経毒性のリスクが上昇する.
■triple cover(カルバペネム系+グリコペプチド系+アミノグリコシド系orフルオロキノロン系)はほとんどの病原菌をカバーしうるため有効と思われがちだが,逆に死亡率が上昇すると報告されている[24,25].カルバペネム系+バンコマイシンの併用もほとんどをカバーするが,ルーチンでの使用は逆に死亡率を悪化させると報告されている.広域であるが,推定に基づいたある程度狭域なスペクトラムで抗菌薬を使用することで耐性菌選択圧を減じることができる.
■抗菌薬併用療法は一概に決まってはいないが,敗血症性ショックや死亡率が25%を越える重症感染症においては2剤併用の抗菌薬療法で28日死亡率が有意に改善するが,2剤目追加は24時間以内に行わなければ有効性は失われると報告されている[42,43].一方,重症でない敗血症では単剤の方が予後がよいと報告されている[42].
原則⑮:適切なコンサルテーションを行う
■黄色ブドウ球菌感染症,カンジダ感染症,高度耐性菌,多剤耐性菌を検出した場合は感染症医もしくはICTへのコンサルトが望ましい.これらは全て重症かしやすく,かつ治療に難渋しやすいからであり,高度な専門性が要求されるからである.抗菌薬選択ひとつで患者の予後のみならず,その後の耐性菌出現等に大きく影響を与えることになる.
■カンジダ菌血症では眼科へのコンサルトも必須である.眼内炎をきたした場合は失明することもあるため,場合によっては訴訟問題にもなる.抗菌薬全身治療では奏功しないこともあり,AM-B眼内注入療法や手術を選択することもある.
■感染巣検索の上では放射線科への相談も積極的に行うべきである.
■人体に投与する薬物には,TDM(血中濃度モニタリング:therapeutic drug monitoring)が必要なものがあり,薬剤課に依頼する.TDMが必要な抗菌薬にはアミノグリコシド系,VCM,TEIC,FLCZがある.これらは治療濃度域が狭く複写王が比較的生じやすい抗菌薬である.そのため,有効性確保と副作用を避けること,さらには抗菌薬耐性菌の出現の抑制を目的としてTDMを実施し,投与量や投与間隔を適切に設定する必要がある.抗MRSA薬でTDMを必要としないのものはLZD,DAPである(ただし,必要との意見も出始めている).これについては,日本TDM学会/日本化学療法学会によるTDMガイドラインを参照されたい.
■TDMを実施した場合には特定薬剤治療管理費として保険点数処理され,いずれも初回管理費470点(月1回のみ算定,1-3ヶ月までは同点数であるが,4ヶ月以降は235点へ減点),加算(薬剤の投与を行った初回月のみ加算)280点.つまり初回投与し,TDMを施行したら7500円の保険診療が病院に支払われる.
原則⑯:腎機能を考慮する
■抗生剤投与により腎機能が悪化することがある以上,腎障害患者への投与量を変更する必要性が出てくる.薬物の排出半減期(T1/2)は,Cl(クリアランス)とVd(分布容積)で決まる.Clが向上すれば排出半減期は短縮し,Vdが増えれば排出半減期は延長する.重症患者におけるClすなわち排出半減期は疾患の経過や治療内容によって変化する.低血圧の標準的初期治療は輸液であるし,低血圧が持続すれば昇圧薬が投与される.このような状況では,心拍出量が正常上限を上回るのも珍しいことではない.一方で人工呼吸を実施していると胸腔内圧上昇から心拍出量が低下し,抗菌薬のClが低下するという報告がある.腎機能障害が高度でなければ重症患者の腎血流量は増えていることが多く,CrCl(クレアチニンクリアランス)が上昇し,水溶性抗菌薬の排泄能が亢進する.したがって,重症熱傷患者であってもCrClを指標にすれば水溶性抗菌薬の投与量を適切に調節することができる.
■正確なCrClは蓄尿を必要とするため,抗菌薬投与を開始する際はCr値から腎機能を推定するしかない.非肥満者での推定式としては最も有用なものはCockroft-Gaultの公式である.この公式において,用いる体重(BW)は理想体重(BT^2×22)である[44].ただし,mg/kg基準で用量を計算する場合は実際体重を用いる.肥満者(理想体重より20%以上重いorBMI>30)では,実際体重を用いて別の公式を用いる[45].
■しかし,これらの公式はCr変動の激しい急性腎障害では指標とはなりにくく,また過少評価してしまうリスクがある.腎機能の評価にもっとも有効な方法は,蓄尿によるCrClであるという強力なエビデンスがある.最近の研究では,2時間蓄尿CrClでもよいとされている.
■なお,腎不全患者への用量調節が不要な抗菌薬もある.具体的には,AZM,CTRX,CPM,CLDM,DOXY,LZD,CPFX CR,ITCZ Flu,MNZ,MINO,CPFX Tab,MFLX,RBT,KCZ,MCFG,VRCZ Tabがある.
[33] Rybak M, Lomaestro B, Rotschafer JC, et al. Therapeutic monitoring of vancomycin in adult patients: a consensus review of the American Society of Health-System Pharmacists, the Infectious Diseases Society of America, and the Society of Infectious Diseases Pharmacists. Am J Health-syst pharm 2009; 66: 82-98
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