「First, Do No Harm」をヒポクラテスの誓いとして使うべきではない
■「"First, Do No Harm"はヒポクラテス(Hippocrates)の誓いのひとつである」と由来を答える人がほとんどと思われる.しかし,ヒポクラテスの誓いにはこのような短文はない.ヒポクラテスの誓いの中には,英訳で「I will prescribe regimens for the good of my patients according to my ability and my judgment and never do harm to anyone.(自身の能力と判断に従って,患者に利すると思う治療法を選択し,害と知る治療法を決して選択しない.)」とあり,ここが類似している点である.確かにこの文章の一部としてDo No Harmを取り出したと考えることもできるかもしれない.しかしながら,意味がわずかながら異なってくること,ラテン語としては合わないことも指摘されている.そもそも頭につく「First」や「Above all」はいったいどこから来たのか?
■実は近年の由来の調査[1]では,この「Do No Harm」はヒポクラテスの言葉ではないとされている.弟子のガレン(Galen)という説もあったが,それも否定的であり,この言葉の由来は実はヒポクラテスの誓いにつながらない可能性が高いとされ,19世紀に英国の医師Thomas Sydenhamが考案したとされる.「First, Do No Harm」という言葉をヒポクラテスの言葉として引用すべきではなく,用いるならヒポクラテスの誓いからそのまま文章を引用すべきである.
■多くの人がこの言葉の由来を勘違いしている上に,教育現場でも不適切な引用が非常に多い.この言葉を批評というよりは象徴として用いていること[2]や,この言葉そのものに対する批判もでてきている.短い言葉ゆえに,しかも「First」や「Above all」が前に付いた結果,害を与えないことが前面に出すぎてしまいヒポクラテスの誓いが意図する意味と乖離し[3],害を過剰評価することで患者が得られるであろう利益とのバランスを考えなくなってしまうリスクがある[4].それゆえ「First, Do No Harmという短い言葉だけを示すのは不適切である」と指摘されている.
※私はこの「First, Do No Harm」という言葉は,原稿や講演会では使わないようにしています.
■First, Do No Harmについての由来等を検証した詳しい論文について読まれたい方は,ややマニアックな内容ではあるが以下の文献[1]がおすすめである.
[1] Smith MC. Origin and Uses of Primum Non Nocere - Above All, Do No Harm. J Clin Pharmacol 2005; 45: 371-7
[2] Brewin T. Primum non nocere ? Lancet 1994; 344: 1487-8
[3] Touhey JF. Balancing benefit and burden: merely avoiding harm does not carry out the intent of the Hippocratic oath. Health Prog 1989; 70: 77-9
[4] Lasagna L. The therapist and the researcher. Science 1967; 158: 246-7