【文献+α】赤血球輸血の保存期間と死亡率のRCT(ABLE study)
成人重症患者における輸血製剤の保存期間(ABLE study)
Lacroix J, Hébert PC, Fergusson DA, et al; ABLE Investigators and the Canadian Critical Care Trials Group. Age of Transfused Blood in Critically Ill Adults. N Engl J Med 2015, Mar 17
PMID:25776801
【背 景】
新鮮な赤血球は,細胞の変化と長期の貯蔵中の血液成分中の生理活性物質の蓄積による毒性作用のリスクを最小限に抑えて酸素供給を強化することで重症患者における転帰を改善することができる可能性がある.
【方 法】
この多施設無作為化二重盲検試験において,我々は成人重症患者を,保存期間8日以内の赤血球輸血を受ける群と標準的保存期間の赤血球輸血を受ける群に割り付けた.主要評価項目は90日死亡率とした.
【結 果】
2009年3月から2014年5月までで,カナダおよび欧州の64の施設において,1211例の患者が新鮮な赤血球輸血を受ける群(新鮮血群)に,1219例が標準的保存期間の赤血球輸血を受ける群(標準血群)に割り付けられた.赤血球輸血製剤の保存期間は,平均(±標準偏差)で,標準血群が22.0±8.4日であったのに対し,新鮮血群で6.1±4.9日であった(p<0.001).90日時点で,新鮮血群で448例(37.0%)が,標準血群で430例(35.3%)が死亡した(絶対リスク差1.7%; 95%CI -2.1 to 5.5).生存解析では,新鮮血群の死亡の危険率は,標準血群と比較して1.1であった(95%CI 0.9-1.2; p=0.38).他のいかなる副次評価項目(主要疾患,人工呼吸器装着期間,結構動態,腎代替療法,入院期間,輸血反応)やサブグループ解析においても両群間に有意差は認めなかった.
【結 論】
新鮮赤血球の輸血は,標準的保存期間の赤血球と比較して,成人重症患者における90日死亡率を減少させなかった.
■血液製剤の発展の歴史は,薬剤とは異なるその特殊性から,有効性のみならず有害事象をいかに防ぐかの戦いであった.昔は採取した血液をその場でそのまま使うということがなされていたが,当時は血液型の概念もなく,器具の殺菌が不十分であったことから輸血の成功率は低く,19世紀末には輸血療法はあまり行われなくなり,輸血医学は衰退の一途をたどっていた.しかし,1900年にオーストリアのKarl LandsteinerがABO式血液型を発見すると輸血は再び脚光を浴び,さらに1913年にAlbert Hustinが,クエン酸ナトリウムが血液の凝固を防ぐことを発見,1916年にはクエン酸やブドウ糖を赤血球に混ぜて数日間冷蔵保存した後にウサギに輸血することに成功したことで,輸血が第一次世界大戦中に多くの負傷した兵士の命を救うことになり,輸血療法は大きく進歩することになった.さらに第二次世界大戦時には血液保存液ACD(acid-citrate-dextrose)が開発されるに至る.
■赤血球を保存すると,2-3DPGの低下,ATPの低下,脂質過酸化反応,ヒスタミンやサイトカイン産生等による劣化が知られている.これらの変化の多くは輸血後に可逆的であるが,臨床においてどの程度影響があるかは分かっていなかった.そのような中,2008年にNew England Journal of Medicineにおいて衝撃的な報告がなされた.Kochら[1]は,1998年から2006年までにCABGと弁置換術において赤血球輸血を受けた患者6002例のデータの後ろ向き解析を行い,保存期間が14日以内の2872例と14日超過の3130例を比較した.結果は,保存期間が長い群の方が死亡率が有意に高く(1.7% vs 2.8%, p=0.004),72時間以内の挿管率が有意に高く(5.6% vs 9.7%, p<0.001),腎不全が有意に多く(1.6% vs 2.7%, p=0.003),敗血症や菌血症が有意に多かった(2.8% vs 4.0%, p=0.01).この傾向は背景因子で調整しても同様であった.
■その後,多数の観察研究が報告されたが,結果は様々であった.一方,RCTにおいては小規模なものしかなかったが,多くの報告が死亡率に有意差はないという結果であった.Wangら[2]は,輸血の保存期間に関する21報(RCT3報,前向き観察研究6報,後ろ向き観察研究12報)409966例のメタ解析を行った.結果は,保存期間が長い赤血球輸血(2-3週間以上)は,死亡リスク(OR 1.16; 95%CI 1.07-1.24),多臓器不全リスク(OR 2.26; 95%CI 1.56-3.25),肺炎リスク(OR 1.17; 1.08-1.27)が有意に高いという結果であった.
■しかし,このメタ解析ではstudy typeでのサブ解析は行われていない.このメタ解析に登録された3報のRCT[3-5]および,その後報告された2報のRCT[6,7]では死亡率,その他合併症に有意差は認められていない.これらはほとんどが小規模研究であり,今回,大規模RCTとしてこのABLE studyが組まれ,赤血球輸血製剤保存期間が臨床アウトカムに影響を及ぼさないということでほぼ決着がついたと言えよう.
■なお,現在もう1つの大規模RCTであるTRANSFUSE trialがANZICS主導で進行中であり,5000例の登録を予定している[8].
[1] Koch CG, Li L, Sessler DI, et al. Duration of red-cell storage and complications after cardiac surgery. N Engl J Med 2008; 358: 1229-39
[2] Wang D, Sun J, Solomon SB, et al. Transfusion of older stored blood and risk of death: a meta-analysis. Transfusion 2012; 52: 1184-95
[3] Fernandes da Cunha DH, Nunes Dos Santos AM, Kopelman BI, et al. Transfusions of CPDA-1 red blood cells stored for up to 28 days decrease donor exposures in very low-birth-weight premature infants. Transfus Med 2005; 15: 467-73
[4] Hébert PC, Chin-Yee I, Fergusson D, et al. A pilot trial evaluating the clinical effects of prolonged storage of red cells. Anesth Analg 2005; 100: 1433-8
[5] Schulman CI, Nathe K, Brown M, et al. Impact of age of transfused blood in the trauma patient. J Trauma 2002; 52: 1224-5
[6] Kor DJ, Kashyap R, Weiskopf RB, et al. Fresh red blood cell transfusion and short-term pulmonary, immunologic, and coagulation status: a randomized clinical trial. Am J Respir Crit Care Med 2012; 185: 842-50
[7] Fergusson DA, Hébert P, Hogan DL, et al. Effect of fresh red blood cell transfusions on clinical outcomes in premature, very low-birth-weight infants: the ARIPI randomized trial. JAMA 2012; 308: 1443-51
[8] Kaukonen KM, Bailey M, Ady B, et al. A randomised controlled trial of standard transfusion versus fresher red blood cell use in intensive care (TRANSFUSE): protocol and statistical analysis plan. Crit Care Resusc 2014; 16: 255-61