高齢者肺炎患者の入院や抗菌薬治療には意味があるか(3)~意思決定と助言~
■高齢者肺炎について,過去に2回記事をアップした.今回は3回目となるが,the New England Journal of MedicineのClinical Practiceに非常に参考になる論文がでていたので紹介する.
高度認知症■高齢化社会を迎えるにあたり,このようなケースはよく経験される.日本では多くの場合は病院に救急搬送されることになる.その一方で国によっては,入院しないという意思表示,いわゆるDNH(Do Not Hospitalized)orderが可能である.ここには死生観のみならず,保険制度,経済事情,家族の社会背景,福祉,宗教等,さまざまな違いが関与し,国や地域によっての考え方の違いが生じる.
Mitchell S. CLINICAL PRACTICE. Advanced Dementia. N Engl J Med 2015; 372: 2533-40
PMID:26107053
【症例提示】
10年以上のアルツハイマー病の既往を有する89歳男性の老人ホーム入所者が,38.3℃の発熱と咳嗽,28回/分の頻呼吸を呈した.看護師の報告では,彼は6カ月以上,著職時に咳き込み,誤嚥トラブルが生じていた.彼は深刻な記憶障害があり,もはや自分の娘も認識できず,寝たきり状態で,いくつかの単語をつぶやくことができる程度で,いかなる日常生活動作も行うことができない.看護師は,彼を入院させるべきかどうか尋ねてきた.この患者をどのように評価して治療すべきであろうか?
【Key Clinical Points】
「高度認知症について」
・米国において高度認知症は主要な死亡原因となっている.
・深刻な記憶障害(例えば家族を認識できないなど),最小限の言語コミュニケーション,歩行能力の欠如,日常生活動作(ADL)を行えないこと,尿・便失禁といった特徴を有する.
・最も一般的な臨床的合併症は,食事摂取の問題と感染症であり,これらのマネージメントの意思決定が必要である.
・事前のケア計画はケアにおいて重要である.治療の意思決定はケアの目標によって誘導されるべきである.90%以上の医療ケア委任者は患者の快適さが主要目標としている.
・観察研究では,高度認知症患者において,経腸栄養管にいかなる有益性もなく,経腸栄養は推奨されないとしている.
・観察研究では,ホスピスケアのいくらかの有益性が示されている.高度認知症患者は利用可能ならば,緩和ケアとホスピスケアサービスを提供されるべきである.
【結 論】
冒頭に提示した男性は高度認知症と誤嚥性肺炎を示唆する症状を有している.この症例において,老人ホームの患者における肺炎に対する抗菌薬の投与に関する最小限の臨床基準(体温<38.8℃,新規発症の咳嗽,呼吸回数>25回/分)を満たしている.
患者の治療を始める前に,彼の娘は彼の状況を知らされるべきであり,ケアの目標を検討する必要がある.もし快適さに焦点をあてた目標であることが明確なのであれば,症状を取り除く治療のみを行うべきである.そうでないならば,娘は父親の一般的な予後が,高度な認知症のため,治療に関係なく予後が不良であることを助言すべきである.彼女は誤嚥性肺炎が嚥下の問題で生じるものであり,これは高度認知症患者ではよくみられることで,今後も持続することを理解する必要がある.その上で,治療の選択肢とその利点・欠点を概説する必要がある.
快適さの処置が好ましいのであれば,それ以上のことは行わない.症状は治療されるべきであり,ホスピスや緩和ケアが提供されるべきである.娘が父親の寿命を延長することが彼の希望と合致すると感じるのであれば,最低限の侵襲的な経路による抗菌薬の投与を老人ホームで開始する必要がある.もし賢明な助言をした上で、娘が,父親はまだあらゆる可能性のある延命介入(例えば気管挿管など)を望むだろうと思っていた場合は,その希望は尊重されるべきあり,抗菌薬を老人ホームで開始し,もし彼の状態がさらに悪化するならば入院させるべきである.彼のケアの目標は状態の変化によって見直されるべきである.
■現在,日本では誤嚥性肺炎で入院した患者の4割が,肺炎が改善しても全量経口摂取に到達できない状況にある.この数字は,寝たきりで高度認知症を有する患者層に絞ればより高い割合となるであろう.このような状況において,ケアの目標をどこに設定するか,患者と病院と施設,あるいは医療職種間でも意見の相違がみられることはよくある.このため,患者の状態が全く同じであっても,同じ目標になるとは限らない.
■上に紹介した論文では,高度認知症患者の疫学的現状,意思決定のためのアプローチ,高度認知症患者に生じる合併症(食事摂取の問題,感染症),入院すべきか否か,緩和ケアとホスピス,薬剤使用,経腸栄養(胃瘻・経鼻胃管)のガイドライン等について50報の引用文献をもって議論している.そして,そこから,医療者が患者家族にどのように助言し,どのように家族に意思決定をしてもらうかについて非常に参考になると思われる.
■以下も参考にされたい.
超高齢者肺炎患者の入院や抗菌薬治療には意味があるか?(1) ~治療とQOLのジレンマ~
http://drmagician.exblog.jp/21527127/
超高齢者肺炎患者の入院や抗菌薬治療には意味があるか?(2) ~人は肺炎で死ぬのか?~
http://drmagician.exblog.jp/22579502/