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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

【レビュー】終末期の癌患者の感染症に抗菌薬は使用すべきか?Pro&Con

Summary
・固形癌患者の感染症を最も規定する因子は好中球減少や細胞性免疫不全よりも癌そのものによる解剖学的異常であり,CTで構造的評価が必要となることがある.
・終末期癌患者は多様な感染症リスクを有し,広範囲の感染症に罹患しえ,死亡の主たる要因であるが,感染症とその他の炎症病態を鑑別することはしばしば困難となる.
・肺炎,尿路感染症が多く,いずれも3-5割を占める.原因菌では腸内細菌(特に大腸菌)と黄色ブドウ球菌が多い.
・抗菌薬治療により生存率向上,症状改善,快適さの向上が得られるとの報告があるが,一方でその改善率は非常に少ないとも報告されている.
・尿路感染症では抗菌薬は非常に有効であるが,その他の感染症においては抗菌薬奏功度は半分以下である.
・発熱のみをもって抗菌薬を投与することは治療失敗リスクを上昇させる可能性がある.
・複数の抗菌薬による広域カバーは副作用リスクや死亡リスクを増大させる可能性がある.
・患者側には抗菌薬に対する過剰な期待があり,抗菌薬投与の意思決定プロセスは医師単独で行われる傾向があり,是正が必要である.
・抗菌薬投与については,患者・家族,主治医や病棟スタッフ,PCT,ICTをまじえた検討が望ましく,そのゴールは治癒よりも症状緩和とすべきであり,症状改善がない状態での抗菌薬の漫然とした投与は避けるべきである.
■終末期の癌患者において感染症は頻繁にみられるが,同時に感染症以外での発熱や炎症もよく見られるものであり,感染症の診断自体が困難となることがある.このような患者において抗菌薬を投与するべきであろうか?抗菌薬を投与せず亡くなられる患者もいれば,カルバペネム系抗菌薬を亡くなるその瞬間まで投与されているケースもある.以下では,終末期の癌患者における抗菌薬投与の是非についてレビューを行った.

1.終末期の癌患者における感染症

■一口に癌患者といっても感染症リスクは非常に多様である.血液悪性腫瘍と固形腫瘍では感染症リスクは大きく異なるし,固形腫瘍でも免疫不全の程度はばらつきが非常に大きい.このため,癌患者全体でとらえるのではなく,個々の患者においてどの程度の感染症リスクがあるのかについて,知識とアセスメントが必要であり,「癌患者だから免疫不全」という単純な考え方は避けるべきである.

■固形腫瘍患者の感染症を最も規定する因子は好中球減少や細胞性免疫不全よりも解剖学的異常である.固形癌に伴う臓器障害や生体バリアの機能不全といった物理的要因も免疫不全を形成しうる[1].感染症を疑う場合,通常の市中感染症,医療関連感染症,日和見感染症のどれで考えるか,免疫不全がどの程度かを検討しなければならない.それを踏まえた上での抗菌薬投与は一般的な感染症診療の原則に基づいて行うが,前述の通り,(感染症治療を行うのであれば)腫瘍に伴う解剖学的異常を検索する意味も含めてCT検査は積極的に行うべきかもしれない.

■加えて,終末期の癌患者は低栄養状態,骨髄抑制,ステロイド治療,オピオイド投与,医療デバイスなど,感染リスク要因が多数存在し,広い範囲の感染症を合併しうる[2]

■また,終末期の癌患者では感染症以外の要因で発熱や炎症反応を呈することも多い.その原因は,腫瘍熱,薬剤熱,脱水,血栓塞栓症などさまざまであり,これらを明確に鑑別することはしばしば困難である.近年,プロカルシトニンが細菌感染症とそれ以外の鑑別に有用であるとされているが,その数値の解釈は簡単ではなく,偽陽性や偽陰性の問題もあるため,敗血症に至っていない終末期の癌患者において有用とは考えにくく,エビデンスもほとんどない状況である.

■このような状況下で,感染症を疑った場合,抗菌薬を投与するのは簡単であるが,抗菌薬を投与しないのは医療従事者としては選択しづらいオプションであろう.とりわけ国民皆保険制度がある本邦の医療においてはたとえ効果のエビデンスが乏しい治療を選ぶかにおいては「見送り三振」よりも「空振り三振」を好む傾向がある.

■終末期癌患者の死亡においては感染症が最多の原因とされる.その感染部位の検討[3-5]では,尿路感染症と呼吸器感染症が多く,いずれも3-5割程度を占め,皮膚軟部組織感染症や血流感染症がそれぞれ1割前後である.原因菌としては,腸内細菌,特に大腸菌が多く,ついで黄色ブドウ球菌がつづく[3,4]

■終末期癌患者が感染症を発症した場合,抗菌薬投与を受ける患者はそのうちの4-84%[6]と幅があるが,多くの報告は60%以上の数字がでており,高頻度に抗菌薬投与を受けている.また,亡くなる当日まで抗菌薬投与を受けている患者も多い[7,8].同時に,経験的治療になりやすいことから,適切か否かはともかく広域カバーの抗菌薬が選択されやすい傾向があり,Chunら[9]の検討ではTAZ/PIPCが37%,次いでVCMが33%であった.また,抗菌薬多重カバー(抗真菌薬,抗ウイルス薬)も少なからず行われている[10,11]

■前提として,終末期癌患者の感染症における抗菌薬投与は,必ずしも治療を目的とするとは限らない.もちろん単一菌種の単純性尿路感染症であれば短期間の抗菌薬投与で容易に治療できるが,実臨床では感染症治療は難渋することもしばしばある.低アルブミン血症による抗菌薬効果の減弱,腫瘍閉塞に伴う感染部位への抗菌薬移行性の低下などの効果阻害要因に加え,免疫能低下,重複感染,複数の菌種による感染,耐性菌などの存在がその治療を困難とさせる.

■また,抗菌薬投与の判断を難しくさせる要因として,余命推定が難しいことも挙げられる.本邦の研究[12]では,癌診療医による癌患者の余命推定はせいぜい3割程度しか当たらないことが報告されている.また,システマティックレビュー[13]によれば,医師は癌患者の余命を長めに推定してしまう傾向があるとされる.終末期で余命数日内という正確な判断ができるのであれば抗菌薬使用頻度は大きく変わるかもしれないが,現実的にはかなり難しく,「まだ最期の状況ではない」との判断で抗菌薬がなされることも多いと思われる.

2.終末期の癌患者の感染症に抗菌薬は使用すべきか?

■終末期癌患者における抗菌薬治療の是非を評価することは非常に難しく,RCTもガイドライン推奨もない状況にある.多くの研究は後ろ向き研究であり,前述の余命推定がしばしば困難であることに加え,その抗菌薬使用の適切性の判断も困難である上に,研究デザインによっては全例死亡することを前提とした研究(死亡から遡って1週間までのデータ集積を報告したもの)も複数あり,抗菌薬使用の妥当性評価をさらに難しくさせている.以下では過去の文献からPros & Consのそれぞれのデータを抽出して提示する.

Pros:「終末期癌患者には抗菌薬を投与すべき」

■Chenら[14]は,ホスピスおよび緩和ケアユニットに入院した535例の後ろ向き解析を行い,抗菌薬が投与されなかった患者では投与された患者に比して生存期間が有意に短かく(8.7±9.9日 vs 14.6±13.1日; p=0.03),3日死亡率も有意に高かった(50% vs 15.2%; p=0.015).また,抗菌薬を投与した方が,PS,口頭での意思疎通,意識レベルが改善していることから,患者の快適性を改善させたとしている.

■Mirhosseiniら[15]は,緩和ケアユニットに入室した26例の患者において抗菌薬投与前と投与後のEdmonton Symptom Assessment Scale (ESAS)スコアを評価したところ,不安以外のすべての項目において小さな改善を認めたと報告している.また,感染症に関連した症状の患者のアセスメントでも,すべての症状が小さく改善していた.医師によるアセスメントでは,咳嗽のみ有意ではあったが,すべての症状でごくわずかながら改善を認めた.抗菌薬治療後の患者の予後に関して,多くの医師のアセスメントでは症状が改善したとしている.

■Chihら[16]は,緩和ケアユニットに入院した終末期癌患者799例の後ろ向き解析を行い,Cox比例ハザード回帰解析では,抗菌薬投与は投与後1週生存率を有意に改善させた(HR 0.66; 95%CI 0.46-0.95)と報告している.

■Lamら[5]は,緩和ケアを受けた進行癌患者87例(感染エピソード計120事例)についてロジスティック回帰では,呼吸困難が感染症治療期間中の予後不良に関連しており,感受性に基づいた抗菌薬投与(vs経験的投与)と抗菌薬静脈内投与(vs経口投与)が予後良好に関連していたと報告している.

■また,終末期癌患者において尿路感染症は比較的治療しやすく,67-92%で抗菌薬治療で改善が得られる[6]ことから,とりわけ尿路感染症では抗菌薬治療を行うべきかもしれない.

Cons:「終末期癌患者には抗菌薬は投与すべきではない」

■Mohammedら[17]は,人生最後の入院となった癌患者258例において,発熱が生じ抗菌薬投与がなされた患者のうち,症状改善が得られたのはわずか17.3%であったのに対し,症状不変が29.2%,症状悪化が53.5%であったと報告している.これらは発熱のみで投与しており,感染症ではない病態に抗菌薬投与を行っていた可能性もあるが,逆に言えば発熱だけで抗菌薬を投与することは控えるべきかもしれない.

■Ohら[8]は,症状コントロール目的のみで入院した終末期癌患者141例を解析している.平均生存日数は31.2日間であり,医師が臨床的に感染症であると診断した患者の84.4%が抗菌薬治療を受け,抗菌薬使用後に48%が発熱を制御できたが,症状改善が得られたのはわずか15.1%であり,55.4%は改善がみられなかったが,63.8%は死亡するその日まで抗菌薬投与がなされていた.

■また,Prosにもある通り,尿路感染症の場合は抗菌薬の反応性は良好であるものの,他の部位の感染の患者では半分以下の改善率しかないと報告されている[18]

■また,抗菌薬を投与することは同時に副作用等の侵襲を与えうること,延命治療でしかない可能性もあることも理解しておかなければならない.癌患者においては多数の薬剤を使用する,いわゆるポリファーマシーも指摘されており[19],そこに抗菌薬が加わることによる相互作用も考慮が必要である.多剤併用によるカバーを行えば少なくとも感染症が悪くなることはないだろう,という安直な考えは危険である.耐性菌をカバーすべく複数の抗菌薬を併用して超広域カバーを行うと,あとでde-escalationを行ったにもかかわらず死亡率が増加することも示されている[20,21](うち1報はRCT)ことから,思っている以上に併用による副作用は大きいのかもしれない.

3.終末期癌患者に抗菌薬投与を行うかどうかをどのように決定すべきか?

■上記Pros & Consを見ても分かる通り,終末期癌患者の抗菌薬投与の是非については答えがでない状況にあり,その使用を決定する過程は非常に複雑である.これまでの研究で結果に大きくばらつきが出るのは,「終末期」の明確な定義が定まっていないことも関係している.

■Yaoら[22]は,末期癌で緩和ケアユニットに入院した201例の患者にアンケートを行った.最も多かった誤解は,「感染症の全末期癌患者において抗菌薬使用は有用」であり,これの反対意見を述べていた13.4%のみであった.また,45.8%は死が差し迫った末期状態においてさえも抗菌薬使用を希望し,26.4%は抗菌薬を希望せず,27.8%は不明確であった.最終的にこの抗菌薬を投与するかについて最も影響を与えるのは医療スタッフであった.このように,患者側に抗菌薬に対する過剰な期待がある場合もあり,同時に医療スタッフからの言動の影響も受けやすい.

■Stielら[23]の報告では,緩和ケアを受けている終末期患者で抗菌薬治療中断理由を調査したところ,全身状態の悪化が41.4%,治療の反応性なしが25.7%,患者の明確な希望が14.3%であった.さらに,この抗菌薬治療の開始はしばしば医師単独で決定されていた.

■このように,終末期癌患者においては抗菌薬使用の適切性のみならず,患者側と医療側の抗菌薬に対する感覚の乖離,意思決定プロセスの問題点がある.また,治療(Infection Control)も大事であるが,症状緩和(Symptom Control)できるかどうかが,抗菌薬を投与するか否かの指標とするべきであるとの意見もある[18,24].このあたりは,主治医,ICT(感染制御チーム),PCT(緩和ケアチーム)で連携して評価する必要もある.いずれにせよ,症状改善が得られないのであれば,その抗菌薬を漫然と投与しつづけることは避けるべきであろう.

■緩和ケアを受ける癌終末期患者へのアプローチは,患者の希望,症状緩和,QOLの観点に基づき個別に対応し,患者・家族と医療提供者側が人工呼吸器・透析・輸血などの使用に際して行うか行わないかを話し合うのと同様に,抗菌薬についても検討すべきである.緩和ケアにおける抗菌薬治療のゴールは症状緩和であり,急性期病態における死亡率の低下を目標とした治療とはアウトカムが異なりうる.尿路感染症に対しては有効性は高そうであるものの,それ以外については全体的な生存期間延長を示す強い根拠が乏しく,医療スタッフ側は抗菌薬使用の限界を知る必要がある.

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by DrMagicianEARL | 2015-09-29 23:05 | 感染症

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