医療機関・薬局・高齢者施設などでのマスク非着用者への対応について
1.はじめに
■2023年3月13日から政府のCOVID-19対策が「マスク着用は個人判断」を基軸とする方針になったが,その詳細が市民に周知されているとは言えない状況にある.このため,医療機関(院外薬局なども含む)や高齢者施設において「マスク着用は個人の判断」という文言のみが先行してマスク非装着のまま医療機関を訪問する市民が出てくる可能性があり,実際に3月13日にマスクを装着しないままクリニックや薬局に入ってきてトラブルになったという事例が既にSNSで共有されている.
■これまで日本各地で散見されたような,諸施設・交通機関での反マスク思想による過剰なクレーム,業務妨害,暴力行為が今後医療機関や高齢者施設でも起きる可能性もある.マスク非着用者はマスク着用の旨をポスターやホームページに掲載しても普通に入ってくることがあるため,対応マニュアルを事前に整えて毅然と対応する必要がある.中途半端な対応ではそこでグダグダと長時間対応する羽目になり,さらに職員への感染リスクも増すことになる.
2.事務連絡及び関連法規
■2023年2月10日付の厚生労働省新型コロナウイルス対策推進本部の事務連絡「マスク着用の考え方見直し等について(令和5年3月13日以降の取扱い)」[1](以下、「事務連絡」とする)の内容を抜粋する.基本方針は「マスク着用は個人の判断」としているが,以下のことが記載されている.
■事務連絡「2.着用が効果的な場面の周知等」において以下の内容が記載されている.
高齢者等重症化リスクの高い者への感染を防ぐため,マスク着用が効果的な下記の場面では,マスク着用を推奨すること.■事務連絡の「3.症状がある場合の対応」において以下の内容が記載されている.
(1)医療機関受診時
(2)高齢者等重症化リスクが高い者が多く入院・生活する医療機関や高齢者施設への訪問時
新型コロナウイルス感染症の検査陽性の者,同居家族に陽性者がいる場合は(中略)通院等やむを得ず外出する時には,人混みは避け,マスクを着用すること.■事務連絡の「4.医療機関や高齢者施設等における対応」において以下のことが記載されている.
高齢者等重症化リスクが高い者が多く入院・生活する医療機関や高齢者施設等の従事者については,勤務中のマスクの着用を推奨すること.■事務連絡の「5.留意事項」において以下のことが記載されている.
事業者における対応なお,この事業者における対応に関しては,第32回基本的対処方針分科会の議事録[2]において,内閣審議官の菊池氏より以下の通りの解釈であると説明がある.
マスクの着用は個人の判断に委ねられるものであるが,事業者が感染対策上または業務上の理由等により,利用者又は従業員にマスクの着用を求めることは許容される.
全体のトーンとして,個人の判断に委ねるというふうに言ってるので,マスクの着用を求めることは一般的には許容されないのだけれども,事業者の判断で感染対策上とか事業上の理由でやることは許容されるということで記載させていただいています.
■事務連絡のこれらに加え,以下の関連法規がある.
■以下の民法521条により,施設側には一定の範囲で契約をする利用者を選ぶ自由があるとされており,マスク着用有無もこれに該当する.
1.何人も,法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる.
2.契約の当事者は、法令の制限内において,契約の内容を自由に決定することができる.
■また,施設管理権における治安を保持する為諸権限について以下の通りとなっている.
施設管理者が入場立ち入りを拒否した者に対して施設外へ退去を命じること(対象が命令に従わない場合は不退去罪が成立し,警察に介入を求めることができる)
※不退去罪:刑法第130条「正当な理由がないのに建造物に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する.」
※ 当該施設の治安を保持する為に社会一般的に認められる権利は,憲法に規定される基本的人権に抵触しない程度で,刑法等の現行法に抵触しない範囲での人や物の行為・言動を制限するもの
■以上より,令和5年3月13日以降も医療機関や高齢者施設においてはマスクが推奨されており,かつ感染対策上の理由で利用者にマスク装着を求めることが可能であり,これらは民法521条および施設管理権によって保護される.このことから、マスク着用についてポスターを貼った上で,医療機関や高齢者施設にマスク着用せず訪問してきた方には,マスク装着をお願いした上で,それでも健康上の理由なくマスク装着を拒否する場合は院内・施設内立ち入りをお断りすることが可能である(ボイスレコーダー所持下での対応を).
■それでもマスク非着用のまま退去しない場合は不退去罪で警察を呼ぶという毅然とした対応ができる(状況によっては業務妨害も適用されうる).退去せずいろいろと理解不能なクレームをつけてくることが想定されるが,健康上の正当な理由もないのであればそれに対してまともに対応する必要はなく,施設管理者の決定で当院・当施設ではマスク着用が必須であることを全面に押し出すことである.
■なお,健康上の理由でマスク非着用を認める例として以下のことがあげられる.
(1)急性の呼吸困難症状によりマスク装着が困難
(2)慢性呼吸器疾患、慢性心疾患、精神疾患(認知症含む)、マスクに伴う皮膚障害によりマスク装着が困難であると診断/判断されている(診断書があることが望ましい)
(3)2歳未満
(4)来院時に医療機関・高齢者施設側が医学上マスク着用が困難と判断した場合
2.マスク(ユニバーサル・マスキング)のエビデンスについて
ユニバーサル・マスキングとは
症状有無にかかわらずすべての人がマスクを着用する方法であり,COVID-19が発症前や無症状病原体保有者からも感染しうる特徴を考慮して導入されたもの.国全体で行う場合や,感染拡大地域や特定の施設,特定のシチュエーションに限定して行うこともある.
■2023年2月8日付第116回厚生労働省アドバイザリーボード資料「マスク着用の有効性に関する科学的知見」[3]において各種エビデンスが参照可能であり,マスク着用(ユニバーサル・マスキング)の有効性が多数報告されている.
■2023年1月30日のコクランレビュー[4]において、マスク着用は統計学的有意差をもっての有効性を示せなかったとの結果が出ているが,この報告をもって「COVID-19にマスクは効果なし」とする誤解が多数出ている状況にあり,コクラン編集部がこの誤解に懸念を示している[5].この報告は以下の理由から、そもそもCOVID-19におけるユニバーサル・マスキングの効果を検証できておらず,このコクランレビューをもって現在のマスクによる感染症対策を否定することはできない.
・本コクランレビューに含まれている研究はユニバーサル・マスキングが行われるより前(COVID-19 パンデミックより前)のものがほとんどで、COVID-19の特徴を踏まえた対策としてのユニバーサル・マスキングの効果を評価できていない.実際、COVID-19パンデミック以降の研究に絞ると有効性は示されている.
・マスク着用の目的は「マスク着用によって他者への感染を防ぐ」であるが、本コクランレビューは「マスク着用で自身の感染が減るか」を検証しており,本来のCOVID-19対策の目的とは合わない内容である.
・いずれの研究でもマスク着用群のマスク着用遵守率が非常に低い
[1] マスク着用の考え方見直し等について(令和5年3月13日以降の取扱い).厚生労働省新型コロナウイルス対策推進本部.2023年2月10日.
https://www.mhlw.go.jp/content/001056974.pdf
[2] 新型インフルエンザ等対策推進会議基本的対処方針分科会(第32回)議事録.内閣官房.2023年2月10日.
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/taisakusuisin/taisyo/dai32/gijiroku.pdf
[3] マスク着用の有効性にかかわる知見.第116回(令和5年2月8日)厚生労働省アドバイザリーボード資料.2023年2月8日.
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001055263.pdf
[4] Jefferson T, et al. Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses. Cochrane Database Syst Rev 2023 Jan.30
https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD006207.pub6/full
[5] Statement on 'Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses' review. Cochrane. 2023 Mar.10
https://www.cochrane.org/news/statement-physical-interventions-interrupt-or-reduce-spread-respiratory-viruses-review