【診断基準】PASC(long-COVID,新型コロナウイルス後遺症)の新定義
■臨床現場においても,現状は症状頻度に基づく既知の知見と除外診断に頼っている状況で,診断基準が定められてはいなかった.今回,約1万人規模での前向きの大規模観察研究が行われ,それをもとにPASCの定義が提案され,また,この定義に基づいた疫学データの解析が行われ,その結果がJAMAにonline firstでpublishされたので紹介する.LASSO解析では12の症状が抽出され,各症状ごとにスコアリングがなされ,合計点数の最適な閾値は12点以上とされた.
SARS-CoV-2感染後遷延症状(PASC)の定義の開発1.どのような方法か
Thaweeethai T, Jolley ES, Karlson WE, et al. Development of a Definition of Postacute Sequelae of SARS-CoV-2 Infection. 2023 May 25[online First]
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2805540
Abstract
【背景】SARS-CoV-2感染は,急性感染後の持続的な,再発性の,または新規症状や他の健康影響を生じることと関連しており,これを遷延症状(postacute sequelae of SARS-CoV-2 infection, PASC)またはLong-COVIDと称する.PASCを特徴付けるためには,未感染者と感染者から一貫性のあるデータを収集することが必要である.
【目的】自己報告された症状を用いてPASCの定義を開発し,コホート間,ワクチン接種状況,感染回数におけるPASCの頻度を記述すること.
【デザイン,設定,対象】米国の33州とワシントンDC,プエルトリコにある85の登録施設(病院,保健所,地域団体)で,SARS-CoV-2感染の有無に関わらず成人を対象とした前向き観察コホート研究を実施した.2023年4月10日までにRECOVER成人コホートに登録された参加者は,急性症状発現または検査日から6か月以上後に症状調査を完了した.選択は,人口ベース,ボランティア,利便性サンプリングを含んだ.
【曝露】SARS-CoV-2感染
【評価項目】PASCと44の参加者報告症状(重症度の閾値付き)
【結果】選択基準を満たす合計9764人の対象(SARS-CoV-2感染者89%,女性71%,ヒスパニック/ラテン系16%,非ヒスパニック黒人15%,中央値年齢47歳[IQR、35-60])が含まれた.37の症状について,調整されたオッズ比は1.5以上(感染者対非感染者)であった.PASCスコアに寄与する症状には,肉体的または精神的負荷後の疲労感,倦怠感,ブレインフォグ,めまい,消化器症状,動悸,性欲または性機能の変化,嗅覚や味覚の喪失または変化,喉の渇き,慢性的な咳嗽,胸痛,異常運動などが含まれていた.2021年12月1日以降に初めて感染し,感染後30日以内に登録された2231人の参加者のうち224人(10% [95% CI、8.8%-11%])が6か月後にPASC陽性であった.
【結論】PASCの定義が前向きコホート研究で症状に基づいて開発された.他の調査のための枠組みを提供するための第一歩として,実用可能なPASCの定義をサポートするために,他の臨床的特徴をさらに取り入れた反復的な改良が必要である.
■この研究は,NIHのRECOVER(Researching COVID to Enhance Recovery)Initiativeの一環として,PASCを理解し,治療し,予防することを目的として行われており,現在も参加者登録を継続中である.感染者は,WHO基準をもとにしたCOVID-19患者とし,発症日または検査陽性日を0日定義として,6か月以上の症状調査を完了した者を解析コホートに含めている(30日以内を急性コホート,30日超を遷延コホートと設定).今回は2023年4月10日以前に登録された参加者が対象となっている.
■非感染者とされている者でも,抗体検査陽性が確認された場合は感染者に再分類されている.主要評価項目は以下に示す44の症状である(Supplymentaly Appendics 3のeTable.1参照).
全身症状:1.倦怠感 2.発熱/汗/悪寒 3.P-E疲労感(肉体的または精神的負荷時の症状悪化) 4.下肢腫脹 5.非特異性疼痛■統計解析は全体と以下の3つのサブコホートごとに報告された.
心臓:6.胸痛 7.心拍数増加(不整脈や結滞も含む)
皮膚:8.脱毛 9.皮膚色調変化 10.皮膚疼痛 11.発疹
耳:12.聴覚異常
眼:13.視力異常
消化管:14.腹痛 15.口渇 16.胃腸症状(食後膨満感,嘔吐,下痢,便秘) 17.口腔疼痛 18.歯の異常
代謝:19.喉の渇き
筋骨格:20.背部痛(脊柱の疼痛) 21.下肢痛 22.関節痛 23.筋肉痛 24.筋力低下
神経:25.異常運動 26.ブレインフォグ 27.浮動性めまい 28.頭痛 29.感覚異常(しびれ感,ちくちく感) 30.麻痺 31.痙攣 32.味覚/嗅覚異常(脱失) 33.振戦 34.非特異的神経学的異常
精神:35.不安 36.抑うつ 37.性欲・性機能変化 38.睡眠障害
生殖器:39.骨盤生殖器の疼痛
呼吸器:40.慢性咳嗽 41.息切れ 42.睡眠時無呼吸 43.咽頭痛
泌尿器:44.膀胱異常
急性コホートのオミクロン流行期:感染者2231,非感染者388
遷延コホートのオミクロン流行期前:感染者3732,非感染者290
遷延コホートのオミクロン流行期:感染者2666,非感染者438
■症状の頻度は,症状を報告し,対応する中程度から重度の症状の重症度閾値を超える割合として定義され,頻度が2.5%以上の症状が考慮された.感染状態による症状の頻度が報告され,重み付けされたロジスティック回帰を用いて調整されたオッズ比(aOR)が計算された.感度解析では,新規発症した症状の頻度を,感染1年前にその症状のない参加者のうち,その症状を持つ割合として定義された.
■各症状には推定係数に基づいてスコアが割り当てられ,参加者は報告された各症状のスコアを合計して総合スコアが割り当てられた.10分割交差検証を使用して,PASCのための最適なスコアの閾値が選択された.
2.結果はどうだったか?
(1)参加者概要
■合計9764人の参加者(感染者8646人,非感染者1118人)が研究の基準を満たした(女性71%(うち18%が妊婦),ヒスパニック/ラテン系16%,非ヒスパニックの黒人15%,感染時点でのワクチン接種完了者58%,年齢中央値47歳[IQR 35-60]).感染者と非感染者の間で年齢,性別,人種と民族の分布は同等であった.
(2)症状頻度,症状レベル感度解析
■全体のコホートでは,44症状中37の症状が頻度2.5%以上であり,37のすべての症状について感染者対非感染者の調整オッズ比(aOR)が1.5以上であった.重症度の閾値を使用した症状の頻度(感染者対非感染者)における絶対差が15%以上ある症状は,肉体的または精神的負荷時の疲労感増悪(28% vs 7%,aOR 5.2[95%CI 3.9-6.8]),疲労感(38% vs 17%,aOR 2.9 [95%CI 2.4-3.4]),浮動性めまい(23% vs 7%,aOR 3.4 [95%CI 2.6-4.4]),ブレインフォグ(20% vs 4%,aOR 4.5[95% CI、3.2-6.2]),および消化管症状(25% vs 10%,aOR 2.7[95%CI 2.2-3.4])であった.感度解析でも,感染者の間で,新規発症した症状の頻度は,肉体的または精神的負荷時の疲労感増悪(28%),倦怠感(37%),浮動性めまい(21%),ブレインフォグ(20%),胃腸症状(20%)などが同様に高かった.
(3)サブコホート解析
■急性コホートのオミクロン株流行期,遷延コホートのオミクロン株流行期前,遷延コホートのオミクロン株流行期のサブコホート全体で,人口統計および併存疾患の分布は同等であったが,遷延コホートのオミクロン流行期前のサブコホートではワクチン未接種の割合が高かった.症状の頻度と感染者と非感染者の差は,「急性コホートのオミクロン流行期<遷延コホートのオミクロン流行期<遷延後続オミクロン前」であった(下図参照).ワクチン接種を完了した急性コホートオミクロン株参加者の症状の頻度は最も低かった.
(4)PASCスコア
■LASSO回帰(変数選択と正則化の両方を実行し,生成する統計モデルの予測精度と解釈可能性を向上させる回帰分析手法)により12の症状を特定し,それぞれのスコアは1から8までの範囲であった(下図参照).使用された最適なPASCスコアの閾値は12以上であった(下図A).
(5)サブコホートごとのPASC
急性コホートのオミクロン流行期:9.8%(95%CI 8.6-11%)
遷延コホートのオミクロン流行期前:35%(95%CI 34-37%)
遷延コホートのオミクロン流行期:17%(95%CI 15-18%)
■PASC陽性者の症状頻度はサブコホート全体で類似していたが,ブレインフォグ,消化管症状などはオミクロン流行期の方が多かった.ワクチン接種完了者のPASC陽性の割合は,ワクチン未接種者よりも低かった.
急性コホートのオミクロン流行期:9.7% vs 17%
遷延コホートのオミクロン流行期前:31% vs 37%
遷延コホートのオミクロン流行期:16% vs 22%
■オミクロン流行期では,再感染者のPASC陽性の割合は,1回の報告済み感染者と比較して多かった.
急性コホートのオミクロン流行期:20% vs 9.7%
遷延コホートのオミクロン流行期:21% vs 16%
(6)PASCに関するサブグループ分析
■PASC陽性の割合は
入院有無:入院患者39%,非入院患者22%
性別:男性19%,女性25%
年齢:18~45歳20%,46~65歳28%
■横断的な分析では,PASC陽性者の割合は解析に使用された月を通じて一定であった.6か月後と9か月後に繰り返し訪問があったサブグループでは,PASC陽性の参加者の68%が次回の訪問時にも陽性であった.筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の基準を満たした感染者のうち,98%がPASCの基準を満たした.
(7)全体のコホートでのPASCの感度解析
■重症度のスコアをPASCスコアの決定に含めない場合,感染者のPASC陽性の割合は27%,非感染者のPASC陽性の割合は4.7%となった.さらにPROMIS Global 10の基準を追加してPASC陽性とすると,感染者のPASC陽性の割合は17%,非感染者のPASC陽性の割合は3.0%となった.