【大規模観察研究】日本での敗血症に対するカルバペネムの効果は?
敗血症に対する初期抗菌薬治療としてのカルバペネムの有効性:全国規模の観察研究としての非カルバペネム広域β-ラクタム系抗菌薬との比較■敗血症の初期抗菌薬では広域抗菌薬が経験的によく選択される傾向がある.特にカルバペネム系抗菌薬はよく使用される抗菌薬であり,海外のガイドラインでも推奨されている.しかしながら,海外と日本では抗菌薬耐性化率が大きく異なり,日本はカルバペネム系抗菌薬の耐性化率はかなり低い方である.また,市中感染事例においては,広域抗菌薬でなくても治療できるケースは多く,例えば若年者の急性腎盂腎炎や肺炎球菌肺炎ではCTRXでも十分に治療可能である.感染症学的にカルバペネム系抗菌薬のおおまかな適用は以下の通りである.
Umemura Y, Yamakawa K, Tanaka Y, et al. Efficacy of Carbapenems Compared With Noncarbapenem Broad-Spectrum Beta-Lactam Antibiotics as Initial Antibiotic Therapy Against Sepsis: A Nationwide Observational Study. Crit Care Med 2023 May 26[Online ahead of pront]
PMID: 37232855
https://doi.org/10.1097/ccm.0000000000005932
Abstract
【目的】敗血症においては通常,原因となる病原体が抗生物質投与開始時に特定されないため,初期治療としてカルバペネムが一般的に使用される.カルバペネムの不適切な使用を減らすためには,ピペラシリン・タゾバクタムや第4世代セフェム系などの代替の経験的処方の有効性を明らかにする必要がある.本研究では,これらの抗菌薬と比較して敗血症の初期療法としてのカルバペネムの生存効果を評価することを目的とした.
【デザイン】多施設の後ろ向き観察研究
【設定】日本の三次救急施設
【患者】2006年から2019年までに敗血症と診断された成人患者
【介入】カルバペネム系の初期抗菌薬治療の投与
【方法】本研究では,日本の大規模データベースから抽出した敗血症の成人患者のデータを使用した.患者は初期治療で,カルバペネム系投与群と非カルバペネム系広域β-ラクタム系抗菌薬投与群の2群に分類した.院内死亡率は,傾向スコアを用いた逆確率治療重み付け(IPTW法)によって調整されたロジスティック回帰モデルによってグループ間で比較された.患者の特徴に応じた効果の異質性を評価するために,いくつかのサブグループでのロジスティックモデルも適用した.
【結果】敗血症を発症した7,392人の患者のうち,3,547人がカルバペネム系抗菌薬を投与され,3,845人が非カルバペネム系抗菌薬を投与された.ロジスティックモデルでは,カルバペネム系抗菌薬治療と低い死亡リスクとの間には有意な関連は見られなかった(aOR 0.88, p=0.108).サブグループ解析では,敗血症性ショック患者,ICU患者,および人工呼吸器装着患者においてカルバペネム系抗菌薬治療と関連する生存上の利益があることが示唆された(p値:それぞれ<0.001, 0.014, 0.105).
【結論】非カルバペネム系広域抗菌薬と比較して,敗血症の初期療法としてのカルバペネム系抗菌薬は低い死亡リスクとは有意に関連していなかった.
Empiric Therapy(経験的治療)■また,カルバペネム系ではカバーできないものには以下のものがある.
・市中感染症では壊死性軟部組織感染症のみ
・FN等の免疫不全患者の感染症
・医療関連感染症で重症もしくは緊急度が高い場合
Target Therapy(感受性結果で適応判断)
・ESBL産生菌
・AmpC βラクタマーゼ産生菌
・薬剤耐性の緑膿菌,アシネトバクター
MRSA,MRCNS■これらを踏まえた上で,感染症領域でカルバペネム系を使用する機会はかなり限られる.また,カルバペネム系抗菌薬を過信しすぎないことである.例えば,日本においては,肺炎球菌に対するCTRXの感受性はほぼ100%であるのに対し,カルバペネム系抗菌薬では数%耐性化している.肺炎球菌による細菌性髄膜炎の治療においてはカルバペネム系抗菌薬の方が分が悪いのである.
腸球菌(Enterococcus faecium)
メタロβラクタマーゼ産生菌
カルバペネマーゼ産生肺炎桿菌(KPC)
Stenotrophomonas maltophilia
Burkholderia cepacia
レジオネラ,マイコプラズマ,クラミジア
Clostridioides difficile
ウイルス,真菌,寄生虫
■一方で,敗血症ではどうだろうか?敗血症であっても,市中感染ならばCTRXなどの非広域抗菌薬でも基本的には十分であるが,同時にわずかな可能性とはいえ,もし非広域抗菌薬が効かない菌が原因であった場合,その患者が敗血症ならば適切な抗菌薬を投与していないとなると死亡リスクが高まる恐れもある.重症患者治療の現場においてはそのようなジレンマをかかえることになる.
■そのような中,広域抗菌薬としてTAZ/PIPCはカルバペネム系抗菌薬とほぼ同等のスペクトラムを持ち,第4世代セファロスポリン系抗菌薬もスペクトラムがやや異なるとはいえ広域である.カルバペネム系の温存を考えるなら,TAZ/PIPCや第4世代セファロスポリン系を優先したいところで今回の観察研究である.抗菌薬の研究は各国の耐性菌事情が大きくことなるため,解釈が難しくなる.今回は日本のデータであることから,非常に参考なる.この研究の結果から,少なくとも敗血症病名であればルーティンでカルバペネム系にする意義は乏しいかもしれない.一方で,敗血症性ショックなどの重症例ではカルバペネム系の方が死亡率が低く,ここには抗菌活性の違いもあるかもしれない(例えば,ESBL産生菌にはTAZ/PIPCは有効だが,菌量が多くなると不利になることがあるという特徴もある).また,今回の研究では,カルバペネム系抗菌薬の使用はMRSA/MRCNS感染のリスクが有意に高く,抗菌薬の使用期間が長くなることも示されている.
■言うまでもなくカルバペネム系抗菌薬の使用には一長一短がある.敗血症の初期治療でカルバペネム系抗菌薬を使用することについて私はそこまで否定はしない.だが,本研究結果を考慮するならば,同じ敗血症でもどの程度の重症度なのかを見極める必要があり,これは私の臨床感覚とも合致している.このあたりは救急医や集中治療医は判断に長けているが,それ以外の医師は「重症」の感覚が曖昧であることも多い.酸素投与量が多いなら重症,白血球数やCRPが高いなら重症,敗血症ならば全て超重症,といった大雑把な患者の状態評価になっていないだろうか?広域抗菌薬の乱用にはこの部分も大きいと,日々AST活動をしていて痛感する.
■特段これは重症感染症に限った話ではない.ICUであれ一般外来であれ,抗菌薬を使用する前に,目の前の患者のより状態評価を適切に行うことが抗菌薬適正使用につながるものだと思われる.