【GL】ARDSのESCIMガイドライン改訂
1.ESICMによるARDSガイドライン改訂
急性呼吸窮迫症候群のESICMガイドライン:定義,表現型,呼吸補助戦略
Grasselli G, Calfee CS, Camporota L, et al. the European Society of Intensive Care Medicine Taskforce on ARDS. ESICM guidelines on acute respiratory distress syndrome: definition, phenotyping and respiratory support strategies. Intensive Care Med 2023 Jun.16[Online ahed of print]
https://link.springer.com/article/10.1007/s00134-023-07050-7
Abstract
本ガイドラインの目的は,欧州集中治療医学会(ESICM)の2017年臨床診療ガイドライン(CPG)を更新することである.このCPGの範囲は,成人患者と非薬物療法による急性呼吸窮迫症候群(ARDS)のさまざまな側面にわたり,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるARDSを含む.これらのガイドラインは,ESICMを代表して,国際的な臨床専門家,1人の方法論家,患者代表からなるパネルによって策定された.レビューは,系統的レビューとメタ解析のための報告項目の優先順位付け(PRISMA)ステートメントの推奨事項に準拠して行われた.我々は,エビデンスの確実性を評価し,推奨事項をグレード付けし,各研究の報告品質をEQUATOR(医療研究の品質と透明性を向上させる)ネットワークのガイドラインに基づいて評価するために,Grading of Recommendations Assessment, Development, and Evaluation(GRADE)手法に従った.CPGは21の質問に対応し,次の領域に関する21の推奨事項を策定した:(1)定義,(2)表現型,および(3)高流量鼻カヌラ酸素療法(HFNO),(4)非侵襲的換気(NIV),(5)1回換気量設定,(6)陽圧呼気終末圧(PEEP)とリクルートメント手技,(7)腹臥位,(8)神経筋遮断薬,および(9)体外生命維持法(ECLS).さらに,CPGには臨床実践に関する専門家の意見が含まれており,将来の研究の領域を特定している.
ガイドラインの各推奨のまとめ:Table.2または下画像参照参照()
2017年のガイドラインとの比較のまとめ:Table.3または下画像参照(https://link.springer.com/article/10.1007/s00134-023-07050-7/tables/19)
急性呼吸窮迫症候群の患者のケア;2023年欧州集中治療医学会(ESICM)の臨床ガイドラインの要約3.ARDS定義をめぐる議論(Domain 1の要約)
Angus DC, Seymour CW, Bibbins-Domingo K, et al. Caring for Patients With Acute Respiratory Distress Syndrome; Summary of the 2023 ESICM Practice Guidelines. JAMA 2023 Jun.17[Online ahead of print]
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2806597
概要
【主な推奨】
心原性肺水腫やCOPD急性増悪が原因ではない非気管挿管患者の急性低酸素性呼吸不全において,気管挿管リスクを減らすため,従来の酸素療法に比して高流量鼻カニュラ酸素療法(HFNO)の使用が推奨される(強い推奨;中程度のエビデンスレベル)
ARDSを有する気管挿管患者のにおいて,死亡率を減らすために低1回換気(予測体重に対して4-8mL/kgの換気量)を使用し,より大きな換気量は使用しないことを推奨する(強い推奨;高いエビデンスレベル)
長時間の高圧換気リクルートメント手技や短時間の高圧換気リクルートメント手技は使用しないことを推奨する(心長時間 強い推奨;中等度のエビデンスレベル/短時間 弱い推奨;高いエビデンスレベル)
中程度から重度のARDSを有する気管挿管患者において,死亡率を減らすため,腹臥位療法を使用することを推奨する(強い推奨;高いエビデンスレベル)
ARDSを有する気管挿管患者において,死亡率を減らすため,持続的な神経筋遮断薬の連続静注をルーチンに使用しないことを推奨する(強い推奨;中程度のエビデンスレベル)
ECMOの基準を満たす患者をECMOセンターに紹介することを推奨する(強い推奨;中程度のエビデンスレベル)
【背景】
・急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の死亡率はいまだに高く,COVID-19パンデミックでも医療機関に莫大な負担がかかった重度の呼吸不全である.
・2017年の米国胸部疾患学会(ATS)と欧州集中治療医学会(ESICM)のARDS臨床実践ガイドラインの改訂版をESICMが発表した.
【方法論】
・ESICMのエグゼクティブリーダーシップは,エキスパートパネルを選定し,3つの領域(ARDSの定義,ARDSのフェノタイプ分類,ARDS患者の呼吸サポート)に焦点をあてるため3人の共同議長を招聘した.
・共同議長と方法論家は呼吸サポートを7つのドメインに分けた.
・エキスパートパネルは,各ドメイン内で患者または集団の介入比較アウトカムの質問をフレーム化し,GRADE方法論を使用してエビデンスを評価した.また,定義とフェノタイプ分類に関する専門的な解説レビューも提供した.
・パネルは審議をサブグループに分けたが,全てのパネリストが文書中で行われたすべての声明を承認するかについて投票を行った(少なくとも80%の合意形成が必要).
・GRADEに準拠して,パネルは声明を強い(推奨)または弱い(提案)として整理し,サポートするエビデンスを強い,中程度,または弱いと判定した.
これらの臨床実践ガイドラインに関する主なポイント・最新版の最も注目すべき特徴は,2017年以来の変更の数であり,過去6年間に生成された大量のエビデンスを反映している(主なガイドライン文書の表3を参照).
【定義】
・パネルは現在のARDSの定義の見直しを試みたが,現在の定義の改訂は範囲外とみなした.
・現在の定義に含まれない,高流量鼻カニュラ酸素療法(HFNO)などの非挿管換気戦略が気管挿管前に適用される可能性のあるARDS患者について,既存の肺疾患や心不全によって説明されない急性低酸素性呼吸不全(AHRF)としてラベリングした.
【気管挿管前のAHRF患者への最善のケア方法】
・IMVは肺損傷を悪化させる(いわゆる人工呼吸器関連肺傷害)ことがあるため,IMVの回避は患者の転帰を改善する可能性がある.
・HFNOは従来の補助酸素よりも優れており,気管挿管前に試すべきであると結論付けた.
・マスクやヘルメットを介した非侵襲的換気などの他の気管挿管前戦略については十分なエビデンスがないとした.
【ARDSを有する気管挿管患者への呼吸サポートの最善の方法】
・低1回換気量(換気量を予測体重に対して4-8mL/kgに設定)の使用を推奨した.・代替PEEP戦略(高いPEEP,PEEP反応性を用いた個別化されたPEEP調整など)の使用については推奨しなかった.
・間欠的な肺リクルートメント手技は有害である可能性があるとし,その使用はもはや推奨されない.
【ARDSを有する気管挿管患者および持続的な中程度から重度の低酸素血症を有する患者への追加の戦略】
・持続的な低酸素血症への最初の選択戦略として腹臥位療法の使用を引き続き推奨した.
・持続的な神経筋遮断薬のルーチン使用は推奨しない.
・体外式膜型人工肺(ECMO)を推奨した.
【COVID-19に関する特別な声明】
・COVID-19と関連しないARDSに関してのほとんどの強い推奨事項は,おそらくCOVID-19にも適用されると考えられるが,直接的なエビデンスが少ないため,推奨レベルは弱められた.
・COVID-19に特有の提案の1つは,まだ気管挿管されていない患者に対しての腹臥位療法の検討である.
【示唆と次のステップ】
ガイドラインが適用される患者の定義
・ARDSの新しい定義が重要であり,機械的換気へのアクセスが制限された環境での患者のケアの指針と,気管挿管前にHFNOなどの戦略が適用される可能性のある患者の同定に役立つ.
・ARDSはおそらくAHRFの一部だが,ARDSとAHRFを別々の状態として定義することの臨床的な妥当性と必要性は現在も混乱の原因となっている.
・新しい定義の策定には,複雑な重複症候群を持つ医学の他の分野で行われているような,ステークホルダーのより幅広い代表を含むより構造化された取り組みが必要である.
治療反応に基づいて患者を細分化する
・ARDSのサブタイプは過去のデータをもとに可能な治療可能な特徴として記述されているが,これらのサブタイプがARDSの真のサブカテゴリーを表すのか,それともARDSの存在に関係なく急性疾患の基盤となる疾患メカニズムのクラスターなのかは不明である.
・今後の研究では,サブタイプに応じた治療のエビデンスが出てくる可能性がる.
COVID-19を特別なケースと考える
・本ガイドラインで最も注目すべきサブタイプは,ARDSをCOVID-19によるものかそうでないものかに分けたことである.
・①COVID-19には比較的特徴的な肺病態を有する可能性があるが,ARDSになる要因となる他の状態についても同様の議論が成り立つこと,②COVID-19では重篤な二次性細菌性肺炎を起こす,SARS-CoV-2血栓性凝固症の肺病態を呈する,という特徴がある,③SARS-CoV-2は2019年以来変異しており,肺病態における変異型に基づく違いがあるかもしれない,といった問題がある.
ガイドライン作成のプロセスの最適化
・2017年版からの変更点が多数あることから,より頻繁な更新が有用である可能性が示唆される.
・パネルは公開された文献にしかアクセスできておらず,個々の臨床試験からの個別患者データへのアクセスによって複数の臨床試験からのエビデンスステートメントの生成が向上することができる.
・GRADE方法論を使用するなど,厳密さと一貫性を確保するためにいくつかの手順を踏んでいるが,パネルの選択プロセス,解説レビューの作成,取り組むべきQuestionの決定,エビデンスの要約など,他の部分は明確に指定されていない.
・例えば,95%信頼区間が広く,1.0をまたいでいる介入もあり,益と害のバランスの懸念が排除されていないことを示唆しているが,パネルはそのような介入の一部を強く推奨した一方で他の介入は推奨しないなど一貫していない.
ガイドラインの開発から実践への適用まで
・エビデンスに基づく治療ガイドラインの策定は,臨床現場でエビデンスに基づいた介入が実施されるために必要ではあるが,不十分である(例えば,低1回換気は長年の推奨事項にもかかわらず,その採用率は患者の2/3以下).
・新しいエビデンスの最適な採用においてICUでは特に課題があり,ICUチームメンバーは多職種であるがゆえにそれぞれの専門職によって一貫性がない可能性がある.
・ICUチームメンバーは頻繁にローテーションや入れ替わりがあり,継続性に課題がある.また,24時間体制でケアを提供する必要があり,シフトごとの頻繁な引き継ぎが必要である.
【結論】
COVID-19パンデミックは,ARDSの壊滅的な結果を世界に示した.ARDSはパンデミック以外でも一般的で致命的な症候群である.この症候群の最適なケアを見つけるために多くの研究が行われ,最新のガイドラインはエビデンスベースがいかに迅速に変化しているかを示している.新しいARDSガイドラインは,呼吸サポートの多くの面についてより正確な効果の推定が必要であり,広範な症候群の定義に合致する患者をより良く定義し,サブタイプ化する必要性も示している.最終的には,最新のエビデンスに精通したチームによって提供されるケアがすべての患者に利益をもたらすことが求められる.その目的のために,これらのガイドラインは非常に貴重であり,ESICMのこの取り組みを称賛する.
ARDSの定義について,ESICMでは,定義の範囲拡大や診断基準の時間枠についての議論が行われた.具体的には,HFNOの使用が増加しているため,HFNOを使用している患者も酸素化基準に該当するようにARDSの定義を修正する必要性が議論された.ただし,この修正がARDSの重症度を低下させる可能性や患者間の比較に影響を与える可能性があるという反対意見もある.
さらに,過去10年間では,S/F比(SpO2/FiO2比)を使用した低酸素血症の程度の評価において,P/F比よりもS/F比の使用が増加してきた.S/F比は侵襲性が少なく容易に利用できるという利点があるが,特に皮膚が濃い色の患者やショック状態の患者,末梢循環の低下がある患者ではSpO2の測定に不正確さがあるという課題もある.また,多くの患者はSpO2を97%以上に保つように治療されており,情報量の少ないS/F比になる場合もある.
また,胸部X線写真の基準の有用性も議論の的となった.信頼性が中程度から低いとされ,一部の環境(途上国など)では利用困難である.最近のRCTでは,標準化されたARDSの胸部X線診断トレーニングによる解釈の改善は示されていない.過去10年間には,胸部X線写真の基準の廃止,片側性陰影がARDSの基準を満たすことを許容すること,全体的な定義を満たすためにCTスキャンを必要とすること,肺超音波を定義基準とすることなど,ARDSの放射線学的アプローチについても議論が行われてきた.
さらに,専門家パネルは,ARDSの診断基準が該当する期間についても議論した.ARDSは一過性の現象ではなく,数日または数週間かかる症候群であると一致している.急速に改善するARDSの存在も確認されており,治療介入の価値を検証するためには,診断基準が該当する期間の長さが重要となる.ただし,長い安定期間は特異性を高める一方,早期の治療介入を阻害する可能性がある.酸素化は臨床的介入や人工呼吸器設定によって影響を受けるため,ARDSにおける酸素化障害を標準化された人工呼吸器設定を使用して判断すべきかどうかも議論された.
専門家パネルは,ARDSの概念モデル(特定の炎症と損傷への宿主応答)とARDSの定義における炎症の評価手法の不一致にも言及した.肺の炎症や免疫応答の直接的な評価方法のデータが不足しているためにこの不一致が生じている.ARDSのサブフェノタイプの適用には成功例もあるが,ARDSの概念的な病態生理モデルと臨床的に実施可能な定義を調和させるためには,さらなる作業が必要である.同時に,ARDSの定義における死亡率の予測妥当性が最も重要な尺度であるかどうかも議論された.ARDSの診断精度は普遍的な基準が存在しないがゆえに評価困難である.