【論文】ワクチンや治療で予防可能な感染症による癌での経済的負担は年間4788億円
■本研究では社会全体からの視点(社会的視点)からの疾病負担のアプローチをとっており,経済的負担は直接的医療費,死亡による間接費用,障害による間接費用から算出されている.直接的医療費には入院費・外来費,薬剤費などが含まれている.これらは2015年の日本の国民健康保険請求データから得られている.死亡による間接費用は被害者が働けなくなった生産性損失額として推計されており,これは年金の受給開始までの年数と平均年収から計算されている.
■障害による間接費用は治療による欠勤日数と平均日収から計算されている.生活習慣や環境要因に起因する経済的負担は,2015年の日本における癌の発生性能負荷割合(Population Attributable Fraction: PAF/特定のリスク要因への曝露が仮になかった(またはそれに準じる状態であった)とした場合,疾病の発生(または疾病による死亡)が何%減少することになるかを表わす数値指標.本研究で利用したPAFは,日本の癌罹患と癌死亡のデータ,リスク要因の保有率,癌の相対危険度をもとにがんのPAFを計算)から算出されている.
■本研究は2015年時点のデータで,癌による総経済的負担は約2兆8597億円(男性は約1兆4946億円,女性は約1兆3651億円)で,そのうち予防可能なリスク要因に起因する癌の経済的負担は約1兆240億円(男性は約6738億円,女性は約3502億円)で,男女ともに胃癌の経済的負担が最も高く(男性は約1393億円,女性は約728億円),次いで男性は肺癌(約1276億円),女性は子宮頸癌(約640億円)の順に高かった.予防可能なリスク要因別の経済的負担は,「感染」による経済的負担が最も高く約4788億円で,癌種別ではヘリコバクター・ピロリ菌による胃癌が約2110億円,ヒトパピローマウイルスによる子宮頸癌が約640億円と推計された.
日本における予防可能なリスク要因に起因する癌の経済的負担
Saito E, Tanaka S, Abe SK, et al. Economic burden of cancer attributable to modifiable risk factors in Japan. Glob Health Med 2023 May4[Online ahead of print]
https://doi.org/10.35772/ghm.2023.01001
Abstract
【目的】癌の予防可能な原因を制御することで,癌関連の医療費や早期死亡による生産性の損失といった間接的なコストを節約することができる.本研究の目的は,2015年の日本における主要なライフスタイルや環境リスク要因に起因する癌の経済的負担を推定することである.
【方法】我々は,社会的視点から修正可能なリスク要因に起因するがんの経済的コストを評価した.2015年の直接的な医療費は,日本の健康保険請求データベースと特定健康診査から取得し,癌による早期死亡や疾病による間接的なコストを日本の関連する国民調査を用いて推定した.最後に,ライフスタイルと環境リスク要因と関連した癌の経済的コストを推定した.
【結果】ライフスタイルと環境要因に起因するがんの推定コストは,両性で1兆240億6百万円(84億6千万ドル),男性で6737億8千万円(55億6千6百万ドル),女性で3502億2千6百万円(28億9千3百万ドル)で,これは2015年の平均為替レート(1ドル=121.044円)を使用したものである.2015年の日本における早期死亡による損失は合計で2851億5千万円(23億5千6百万ドル)であった.予防できた可能性のある疾病による間接的なコストは2006億2百万円(16億5千7百万ドル)と推定された.生産性の損失は,男性で胃癌(287億3千5百万円/2億3千7百万ドル),女性で子宮頸癌(244億4千8百万円/202百万ドル)が最も高かった.
【結論】ヘリコバクター・ピロリ,ヒトパピローマウイルス,タバコの喫煙を含む感染によるがんの予防と制御は,命を救うだけでなく,長期的にはコストを節約することも可能であると言える.