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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

【SR】院外心停止患者に対する重炭酸ナトリウム(メイロン®)は死亡リスクを増加させる可能性

■心停止患者に対する心肺蘇生時に慣習的に重炭酸ナトリウムを使用されることがある.重炭酸塩は,古代エジプト人が天然に存在する複合塩であるナトロンという形で初めて使用した.干上がった塩湖の湖底から塩の混合物を採掘して得られていたナトロンの用途は,スキンケア,ミイラ化プロセスにおける薬剤としての日常的な使用,さらには局所的な創傷消毒剤としての使用など,多岐にわたった[PMID:27027749,PMID:11625036].重炭酸水素ナトリウムの医学的適応は,伝統的に高カリウム血症の治療,腎毒性薬剤の尿アルカリ化,および特定の毒性摂取の治療(例えば、三環系抗うつ薬および他のナトリウムチャネル遮断薬の過剰摂取)に限られている.しかし,救急患者における重炭酸水素ナトリウムの使用は,これらの臨床的適応以外のさまざまな臨床場面,特に重篤な代謝性アシドーシスの状況において明確な指針はない.

■重炭酸水素ナトリウムは酸塩基平衡障害の治療によく使用される.心停止患者の体内では酸素交換の不均衡が生じ,その結果アシドーシスが生じる.このため,心停止患者に重炭酸ナトリウムを投与することは理にかなっているという理由で行われてきた経緯がある.確かに,代謝性アシドーシスは,筋細胞収縮能の低下,全身血管緊張の低下,内因性カテコラミンや血管作動薬に対する反応障害,肺血管収縮,免疫反応低下,白血球機能障害などが知られている.しかし同時に,代謝性アシドーシスには,酸素に対するヘモグロビンの親和性が低下して組織への酸素利用率が高まること,血管拡張によって組織への血流が増加すること,イオン化カルシウムの利用率が高まって心筋収縮力が増強することなど有益な作用もある生理学的反応ともいえる[PMID:24377654,PMID:4621213]

■臨床ではどうかというと,2020年に報告された観察研究6報18,406例のシステマティックレビュー[PMID:32978028]では,心停止患者に対する重炭酸ナトリウムの使用は死亡リスクは改善せず,副作用として,高ナトリウム血症,アルカローシス,CO2蓄積などが指摘された.そして今回紹介するのは,American Journal of Emergency Medicine誌に報告されたRCTおよび傾向スコア研究のシステマティックレビューである.結果は,院外心停止患者に対する重炭酸ナトリウムの投与は短期生存率にも長期生存率にも関連せず,感度分析ではむしろ長期生存率を悪化させる可能性があるというものであった.このことから,重炭酸ナトリウムのルーティン使用は益が乏しいどころか害が益を上回る可能性がある

■おそらく重要なのはアシドーシスの原因解除であって,強制的な補正ではないのであろう.逆に言えば,病態によっては重炭酸ナトリウムが有効に働くサブグループが存在する可能性も残されている.アニオンギャップのない代謝性アシドーシス(消化管や尿路からの重炭酸塩の直接喪失,慢性腎臓病に伴うアンモニアの排泄障害等[PMID:22403272])では,重炭酸ナトリウムの喪失が原因であるため,重炭酸イオンの補充がアシドーシスの原因解除に直結しうることから,有効に働くかもしれない.
院外心停止患者における重炭酸ナトリウムの効果:RCTと傾向スコア研究のシステマティックレビューおよびメタ解析
Xu T, Wu C, Shen Q, et al. The effect of sodium bicarbonate on OHCA patients: A systematic review and meta-analysis of RCT and propensity score studies. Am J Emerg Med 2023; 73: 40-6
PMID: 37611525
https://doi.org/10.1016/j.ajem.2023.08.020

Abstract

【背景】院外心停止(OHCA)における重炭酸水素ナトリウム(SB)の有効性に関するエビデンスは議論の余地があり,一般的に質が低い.無作為化比較試験(RCT)および傾向スコアマッチング(PSM)コホート研究に基づき,OHCA患者におけるSBの効果を評価するために系統的レビューおよびメタ解析を行った.

【方法】PubMed,Cochrane,Embaseの各データベースから,開始時から2023年7月15日までのRCTおよびPSMコホート研究を検索した.重炭酸塩群と対照群の比較が明確な成人(16歳以上)の外傷のないOHCA患者を対象とした研究を対象とした.すべての研究で,主要評価項目である短期生存率(ROSC,救急部または入院までの生存率),副次評価項目である長期生存率(退院時の生存率,1ヵ月後の良好な神経学的予後)が報告された.結果はオッズ比(OR)と95%信頼区間(CI)を用いた.バイアスを減らすために,RCTとPSMコホート研究のサブグループ解析を行った.また,異質性を解消するために感度分析を行った.

【結果】21,402人の患者を対象とした6件の研究(RCT3件,PSM3件)が組み入れられた.このメタアナリシスの主要評価項目は,両群間の短期生存率に差がないことを示した(OR=1.04; 95%CI 0.98-1.12; P=0.21; χ2=6.68; I2=25%).副次評価項目では,両群間の長期生存率に差はなかった(OR=0.82; 95%CI 0.50-1.34; P=0.43; χ2=14.96; I2=80%).1つの研究を除外して感度分析を行ったところ,重炭酸塩群の長期生存率は対照群より低かった.

【結論】OHCA患者において,重炭酸ナトリウムの投与は短期生存率にも長期生存率にも関連せず,むしろ長期生存率を悪化させる可能性がある.

by DrMagicianEARL | 2023-08-29 12:36 | 文献

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