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EARLの医学ノート

drmagician.exblog.jp

敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

【研究】ビタミンCやEなどの抗酸化物質はBACH1増加により癌細胞の増殖を促す可能性

■酸化還元感受性転写因子BTB and CNC homology 1(BACH1)は,BTBドメインとbZIPドメインをもつ転写抑制因子であり,酸化ストレスによって分解され活性が抑制されている.主な標的遺伝子はヘムオキシゲナーゼ1(HMOX1)で,BACH1はその発現を抑制する.Nuclear factor erythroid 2-Related Factor 2(NRF2:癌細胞ではNRF2シグナルが亢進し,抗酸化能が上昇することが知られている)と拮抗的に働き,酸化ストレス下ではNRF2がBACH1に置き換わって遺伝子発現を活性化する.癌細胞では酸化ストレスが低いため,BACH1が安定化し転写活性が亢進する.既知の研究では,BACH1は肺癌の転移を促進することが示されている.

■本研究では,ビタミンCやビタミンEといった抗酸化物質を投与すると,このBACH1が安定化し,肺癌細胞,腫瘍オルガノイド,移植腫瘍で血管新生関連遺伝子の発現がBACH1依存的に上昇した.BACH1の発現を上げると血管新生関連遺伝子の発現が上がり,BACH1をノックアウトするとその発現が下がったことから,BACH1は血管新生遺伝子のプロモーター領域でクロマチン修飾を直接制御していることが示された.BACH1は低酸素でも抗酸化剤でも低酸素誘導因子HIF1α依存的に発現上昇したが,HIF1α不在下でもBACH1は血管新生遺伝子を誘導できることも判明した.ヒト肺癌サンプルではBACH1発現量と血管新生遺伝子発現に相関がみられ,マウス移植腫瘍モデルで,抗酸化剤はBACH1依存的に腫瘍血管新生を増加させ,BACH1高発現は抗血管新生薬の感受性を高めた.

■では,一部の医療機関で行われている,癌患者に対する高濃度ビタミンCはどうであろうか?ビタミンCについては一般市民にもよく知られている「抗酸化作用」があるが,実は条件次第では真逆の向酸化作用に切り替わることはあまり知られていない.癌細胞においては,活性酸素種ROSの産生が増加していることに加え,鉄イオンなどの遷移金属イオンの利用可能性も高まっている.この環境下で,高濃度のビタミンCを投与すると向酸化作用が発揮される.ビタミンCは遷移金属イオンを還元し,その結果としてヒドロキシルラジカルなどのROSを生成する.このROSの急激な増加が,がん細胞の抗酸化防御機構を圧倒し,酸化ストレスを誘導する.酸化ストレスはDNAやタンパク質,細胞膜の酸化的損傷を引き起こし,癌細胞のアポトーシスを誘導する(正常細胞では遷移金属イオンが制御されており,過剰なROS生成が起きにくいため,アポトーシスは誘導されない).しかしながら,本研究のビタミンCによるBACH1を増加させる結果は,これらの利点を相殺してしまう可能性がある.また,ビタミンCはプロリン水酸化酵素を阻害することで低酸素誘導因子HIFの分解を抑制することで癌細胞増殖を抑制するとされているが,本研究結果ではHIFとは無関係にBACH1は血管新生を誘導してしまう.

■高濃度ビタミンC点滴療法はこの相殺の結果どちらに転ぶかは分からないものであり,場合によっては悪化するリスクすらある.ではRCTではどうであろうか.よく高濃度ビタミンC点滴をうたっているクリニックに掲載されている科学的根拠はどれも質が低いかN数が極めて少ない研究しか扱っていない.ハードアウトカムを検討したN数が多く質の高い研究はほとんどなく,VITALITY試験くらいである.このVITALISTY試験切除不能で未治療の転移を伴う大腸癌に対するFOLFOX+ベバシズマブに高濃度ビタミンCを上乗せするか否かを見た442例非盲検RCT(第Ⅲ相治験)であり,無増悪生存期間 (PFS)に有意差はみられなかった[PMID:35929990]
抗酸化物質がBACH1依存性の腫瘍血管新生を刺激する
Wang T, Dong Y, Huang Z, et al. Antioxidants stimulate BACH1-dependent tumor angiogenesis. J Clin Invest 2023 Aug.31
PMID: 37651203
https://doi.org/10.1172/jci169671

Abstract

【背景】肺癌の進行は血管新生に依存しており,血管新生は通常低酸素誘導性転写因子(HIF)によって調整される低酸素に対する応答である.しかし,HIF以外の転写プログラムが腫瘍血管新生を制御していることを示すエビデンスが増加してきている.

【目的】我々は,酸化還元感受性転写因子BTB and CNC homology 1(BACH1)が,広範な血管新生遺伝子の転写を制御していることをここに示す.

【結果】BACH1は活性酸素レベルを低下させることにより安定化される.その結果,肺癌細胞,腫瘍オルガノイド,および異種移植腫瘍における血管新生遺伝子発現は,正常酸素条件下でビタミンCとビタミンE,およびN-アセチルシステインの投与により,BACH1依存的に大幅に増加した.さらに,内因性のBACH1過剰発現細胞では血管新生遺伝子の発現が増加し,BACH1ノックアウト細胞では抗酸化剤の非存在下で発現が減少した.BACH1レベルはまた,HIF1aノックアウト細胞および野生型細胞の両方において,低酸素症およびプロリルヒドロキシラーゼ阻害剤投与後に上昇した.BACH1はHIF1αの転写標的であるが,血管新生遺伝子発現を刺激するBACH1の能力はHIF1aとは無関係であることがわかった.抗酸化剤はBACH1依存的にin vivo で腫瘍血管を増加させ,BACH1を過剰発現させると腫瘍は抗血管新生療法に感受性を示した.肺癌患者の腫瘍切片におけるBACH1の発現は,血管新生遺伝子およびタンパク質の発現と相関していた.

【結論】我々は,BACH1が酸素および酸化還元に敏感な血管新生因子であると結論づけた.

by DrMagicianEARL | 2023-09-05 14:58 | 文献

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