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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.医療におけるAIについても

【まとめ】高齢者におけるRSウイルス感染症とワクチン(1)疫学

高齢者におけるRSウイルス感染症とワクチン(1)疫学

高齢者におけるRSウイルスに対するワクチン2種(アレックスビー®/グラクソスミスクライン,アブリスボ®/ファイザー)が本邦でも承認された.RSウイルスは小児領域ではcommon diseaseだが,高齢者領域ではあまり認知されていない.にもかかわらず,高齢者向けのRSワクチンが承認されたのには当然理由があり,その疫学的背景を知っておかなければならない.今回は,RSウイルスに関する疫学データについて概説する.

■RSウイルス(respiratory syncytial vurus/呼吸器合胞体ウイルス:以下,RSV)はRNAウイルスであり,気道に感染し,肺炎や細気管支炎を引き起こすことが知られている.1956年に米国のウイルス学者Morrisら[1]が上気道炎症状を呈するチンパンジーから最初に発見し,1957年にはChanockら[2]が,乳幼児の気管支炎の原因として初めて発見した.小児においては生後1歳までに半数,2歳までにほぼ全員が感染するとされており,その3~4割が下気道炎に,1~3%が重症化し,入院治療を要する.成人では重症化することがあまりなく,ほぼ感冒扱いであるが,基礎疾患を有する高齢者においては死亡率はインフルエンザに匹敵するとされている.しかし,治療薬がないこと,検査キットが限られていることから,高齢者の臨床現場においてはあまり重視されてこなかった.

■実際,成人のRSVの疫学データは非常に限られているのが現状である.このため,成人におけるRSVの疫学データは,小児における流行と成人における入院や死亡を関連付ける数理モデルに基づいているものが多く,その推定値の精度を疑問視する声も多くあった.このため,実際の疫学データが必要であった.

1.きっかけとなったFalseyらの研究

■Falseyら[3]は,1999年末から2003年初めまでのニューヨーク州ロチェスターでの①健常高齢者と②高リスク成人の前向きコホート,および③急性の心臓・呼吸器疾患で入院した患者を対象に,4年連続の冬季におけるRSV感染を調べ,2005年にNEJM誌に報告している.合計608例の健常高齢者と540例のハイリスク成人が前向きサーベイランスに登録された.3群の平均年齢はいずれも70歳以上であった.ハイリスク成人群では,健常高齢者群や入院患者群に比して子供と接触している人の割合が有意に高かったが,生活状況は3群とも同様であった.健常高齢者群では,慢性疾患の罹患率および薬剤使用率が,成人ハイリスク群および入院患者群よりも有意に低かった.ハイリスク成人群では,心臓・呼吸器疾患がかなりあるにもかかわらず,機能的には健常高齢者群よりわずかに低い程度であった.対照的に,入院患者群では入院前の機能スコアが両群に比べて有意に低かった.

■健常高齢者におけるRSV感染症の発生率は,4シーズンを通じて3.2-7.4%であったのに対し,インフルエンザAの発生率は0-4.2%の範囲であった.ハイリスク成人では,RSV感染症の発生率はさらに高く,4.0-9.6%であったのに対し,インフルエンザAの発生率は0-5.5%であった.これらの発生率を100人月あたりの発生率で比較すると,健常高齢者ではRSVが0.8,インフルエンザAが0.3であったのに対し,ハイリスク成人ではRSVが1.5,インフルエンザAが0.5であった.このように,いずれの集団でもRSV感染症発生率がインフルエンザAを上回っていたことが分かる.また,RSV感染症の89%が症候性感染であったのに対し,インフルエンザAでは65%が症候性感染であったことから,RSV感染症の方が症状が出やすいと考えられる.

■医療資源についても検討されており,健常高齢者のRSV感染症では,100人月あたりの受診率が2.0であったのに対し,インフルエンザAでは3.9であった.一方で,ハイリスク成人におけるRSV感染症では,100人月あたりの受診率が7.5,抗菌薬処方率が9.0,入院率が1.5でしあり,これらの数値は,同じ集団におけるインフルエンザAでの受診率6.0,抗菌薬処方率8.5,入院率0.5とほぼ同等であった.

■入院患者においては,RSV感染症とインフルエンザAの在院日数(中央値)は8日vs7日,ICU入室率は15%vs12%,死亡率は8%vs7%であり,RSV感染症はインフルエンザとほぼ同等である.また,RSV感染症の入院患者では肺炎(71%),COPD増悪(46%),気管支喘息増悪(17%),うっ血性心不全(17%)などを合併しており,これらの合併症の頻度は、インフルエンザA入院患者とほぼ同等であった.

■65歳以上の呼吸器疾患入院患者のうち,RSV感染症が関与していたのは,肺炎入院の10.6%,COPD増悪による入院の11.4%,うっ血性心不全入院の5.4%,気管支喘息増悪による入院の7.2%であった.研究期間中のRSV流行シーズンとそれ以外の時期で比較すると,これらの4疾患はRSV流行シーズンで入院率が有意に高くなっていた.

■本研究によって,RSV感染症が高齢者やハイリスク成人において重要であることが示され,インフルエンザと同様に対応が必要であることが分かる.

2.日本の疫学データ

■日本の高齢者(65歳以上)におけるRSV感染症のデータをKuraiら[4]が2022年に報告している.本研究は2019年4月から2020年7月まで日本の高齢者施設10施設で行われたもので,歩行可能な高齢者1000例が登録された.RSVによる急性呼吸器疾患発生率は2.4%(95%CI 1.54-3.55%),RSVによる下気道疾患発生率は0.8%(95%C 0.35-1.57%)であった.

■RSVによる急性呼吸器疾患24例の症状持続期間の中央値(範囲)は18.0(10~33)日であり,インフルエンザA/H1よりも気道の症状がベースラインに戻るまでに時間がかかる傾向がみられた.主な症状は,鼻閉(62.5%),咽頭痛(75.0),咳嗽(79.2%),喀痰(62.5%)であった.発熱がみられたのは8.3%であった.発症時期は,RSV流行シーズンの2019年6月1日から2019年11月30日に17例(71%)が発症していた.

3.世界の疫学データ

(1)メタ解析

■Savicら[5]は,米国,カナダ,欧州,日本,韓国の60歳以上のRSV感染症データを報告した研究21報のメタ解析を行った.これによると,RSVによる
 急性呼吸器感染症発症率は1.62%(95%CI 0.84-3.08%)
 入院率は0.15%(0.09-0.22%)
 院内死亡率は7.13% (5.40-9.36%)
であった.これらのデータを日本にあてはめると,RSVによる急性呼吸器感染症発生件数は年間約70万例,うち入院が約6万例,院内死亡が約4500例となる.

■Maggiら[6]は,RSV感染による高齢者の入院率と死亡率をインフルエンザと比較した16報762,084例のメタ解析を行った.入院率(RR 0.93; 95%CI 0.53-1.62; p=0.80; I2=0%)や死亡率(RR 1.19; 95%CI 0.98-1.45; p=0.08; I2=0%)に有意差は見られなかった.

(2) 主な観察研究

■Ackersonら[7]は,60歳以上の入院患者で,RSV感染症患者645例とインフルエンザ患者1878例の後ろ向き観察研究を行った.RSV感染症患者は,インフルエンザ患者に比して,うっ血性心不全(35.3% vs 24.5%; p<0.001)とCOPD(29.8% vs 24.3%; p=0.006)が有意に多かった.また,背景因子調整後で,RSV感染症はインフルエンザ患者よりも7日以上の入院(OR 1.5),肺炎(OR 2.7),ICU入室(OR 1.3),COPD急性増悪(OR 1.7),1年以内の死亡(OR 1.3)が有意に多かった.

■Brancheら[8]は,2つ以上の急性呼吸器疾患症状または心臓・呼吸器慢性疾患の増悪を示す18歳以上の入院患者を前向きにスクリーニングし,RSV検査を実施した.この集団での年間RSV感染症発生率は44.2-58.9/10万人であり,高齢になるほど上昇し,65歳以上では136.9-255.6/10万人と高かった.65歳以上におけるRSV感染症による入院発生は,
 COPD患者で13.41倍
 糖尿病患者で6.44倍
 冠動脈疾患患者で6.46倍
 心不全患者で3.99-7.63倍
であった.
■Begleyら[9]は,急性呼吸器疾患で入院した成人患者のうち,RSV感染が6%,インフルエンザが18.8%であった.しかし,基礎疾患別では,うっ血性心不全患者では37.3% vs 28.8%(p<0.0001),COPD患者では47.6% vs 35.8%(p<0,.0001)といずれもRSV感染の割合の方が高かった.RSV感染患者は1週間を超える入院(OR 1.38; 95%CI 1.06-1.80)や人工呼吸器装着(OR 1.45; 95%CI 1.09-1.93)の割合がインフルエンザ患者より高かった.

■Hartnettら[10]は,米国5施設での急性呼吸器感染症の入院例を前向きに登録し,インフルエンザ280例,RSV感染症120例を解析対象とした.RSV群の方が高齢者が多く(平均年齢63.1歳 vs 59.7歳),基礎疾患を有する割合が高かった(87.5% vs 81.4%).基礎疾患のある患者での解析では,RSV群の方が入院期間が長く(中央値4.5日 vs 4.0日),酸素療法の必要性が高かった(79.8% vs 59.5%).退院後3ヵ月時点での抗菌薬・気管支拡張薬・ステロイド等の薬剤使用率が高く,再入院率が高かった(13.4% vs 11.9%).

■Falseyら[11]は,12か国40施設での急性呼吸器感染症で入院した成人患者の前向き多施設研究を行い,366例がインフルエンザ,238例がRSV,100例がヒトメタニューモウイルス(hMPV)に感染していた.RSV患者は高齢で基礎疾患を持つ割合が高く,入院前の有症状期間が長かった.また,RSVとhMPV患者では,気管支拡張薬,ステロイド,酸素投与が多かった.ICU入室率や合併症率に有意差はなかったが,RSVとhMPVで3ヵ月以内の再入院率が高かった(RSV 2.5%,インフルエンザ1.6%,hMPV 2%).インフルエンザは発症件数が最も多いが,RSVとhMPVの方が基礎疾患が多く,医療資源利用が大きいことが示された.
■Wiseman[12]らのRESCEU研究では,英国と米国のクリニックを受診したCOPD急性増悪310件のうち,RSV関連は27件(8.7%)を占めており,RSV-N タンパク質に対する抗体は診断に有用と報告している.

■Loubetら[13]は,フランスのインフルエンザ様疾患で入院した成人患者1452例を前向きに登録し,59%が65歳以上,83%が基礎疾患を有していた.これらの患者のうち4%がRSV陽性であった(インフルエンザは39%).RSV陽性患者の年齢中央値は74歳で,85%が基礎疾患を有しており,癌と免疫抑制薬治療がRSV陽性と関連していた.RSV陽性患者の入院期間中央値は9日で,合併症は58%に発症し,肺炎が最も多く(44%),呼吸不全(28%)や心不全(18%)もみられた.8%のRSV陽性患者がICUに入室し,入院中死亡率は8%であった.

■Descampsら[14]は,フランスの5施設でインフルエンザ様疾患で入院した成人患者1428例のを前向きに登録し,8%がRSV陽性,31%がインフルエンザ陽性であった.RSV陽性者はインフルエンザ陽性者に比べて平均年齢が高く(73.0歳 vs 68.8歳,p=0.015),慢性呼吸器疾患(52% vs 39%, p=0.012)や心疾患(52% vs 41%, p=0.039)の割合が高かった.RSV陽性者はインフルエンザ陽性者に比べて入院期間が長く(中央値8日 vs 6日,p<0.001),呼吸器合併症の発生率が高かった.RSV陽性者の背景因子調整後の複合アウトカム(1つ以上の合併症+7日以上の入院+ICU入室+人工呼吸器装着+院内死亡)のリスクは,インフルエンザの1.5倍であった(aPR 1.5; 95%CI 1.1-2.1).退院後の転帰(30日死亡,90日死亡,90日以内の再入院率)はRSV陽性者とインフルエンザ陽性者で有意差はなかった.

■以上の結果から,成人RSV感染症患者は,絶対数としてはインフルエンザ患者より少ないものの,インフルエンザに比して,高齢であり,重症化リスクは同等以上で肺炎合併が多く,入院期間は長く,特に慢性呼吸器疾患(主にCOPD)や心疾患(主に心不全)を有する患者においてはアウトカムがより不良であることが分かる.高齢者へのRSVワクチンについては次回の記事でまとめるが,現時点では自治体からの公的補助がほぼないがゆえに高額となるため,COPDや心不全を有する患者など特にリスクの高い患者に絞る必要性がでてくるだろう.
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by DrMagicianEARL | 2024-03-27 16:07 | 感染症

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