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EARLの医学ノート

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敗血症をメインとした集中治療,感染症,呼吸器のノート.Stop Sepsis, Save Lives.

カテゴリ:未分類( 19 )

■ここ数日でテレビやSNSにおいて高齢者の延命治療の問題が話題となっている.ことの発端は大口病院で起きた点滴内消毒剤混入による殺人事件の被疑者が逮捕されたことによる.そして,Twitterにおいて療養病床に勤務する看護師が大口病院にからめて高齢者の延命治療に関して持論を展開し,それらのツイートが多数の人達に大量にリツイートで拡散されていき,まとめサイトにも投稿された.高齢者の延命治療の問題が議論され,一般市民にも浸透することは有益であるが,今回のSNSでの一連の流れで危惧していたことが現実になっているため,ここに批判を記しておく.

1.SNSにおけるとある看護師のツイートについて

■拡散した看護師のツイートを見るに,自身の病院での治療・ケアの実態が書かれていて,療養病床での悲惨さを訴えられている.私も急性期に勤めつつ非常勤で療養病床や在宅往診をやっていたが,この看護師のツイートには杜撰というか不可思議というかそういう医療行為が随所に見られ,高齢者医療が悲惨というよりもその施設独特の看護ケアの慣習が悲惨なことになっているのではないか?高齢者延命問題を語る前にまずその医療行為レベルをどうにかすべきでは?という印象を受けるが,そこは本題からずれるのであえてこれ以上はつっこまない(ただ勉強はし直してほしい).

■なぜ大口病院殺人事件と高齢者延命問題を関連づけたのかである.かの事件はさっそう大量殺人に他ならず,安楽死でも尊厳死でもない.容疑者の供述である「自分の勤務時間帯に患者が亡くなると家族に説明するのが面倒だった」「20人以上でやった」が事実だとすれば,それはもう医療従事者どころか人としての一線を大きく踏み越えた上にそれを20回以上も常習的に行っていたわけで,この事件をきっかけにするには前提条件があまりに異なる.

■ツイートした看護師は,容疑者を擁護しているつもりはないとしつつも「私も同じことをしたかもしれない」と書いており,職場環境の問題があったとしても療養病床に入院している患者の家族がこのツイートを見るとどう思うかである.自分の勤務時間帯に患者が亡くなれば当然仕事量が増え,家族対応も必要になる.そういう意味では,それを回避したいという気持ちがでることはあるだろうが,それと「だから殺す」は全く別物であり,これで共感するというならその職場を去るべきだろう.

■加えて,療養病床の実態をツイートするにあたり,年金目当てで延命を希望する家族を持ち出し,ことさら強調している.確かに年金目当ての延命希望をする家族は私も経験があるが,このようなケースはほんのごく一部に過ぎない.しかし,このツイートから「療養病床にいる高齢患者の家族は年金目当てばかり」という誤解が発生しかねない,と思っていたら見事に「年金で貰える金のために延命させられる高齢者医療の現実」というタイトルで看護師のツイートがまとめサイトに投稿されてしまった.ああいうツイートをすればこういうことが起こることくらい想像がつかなかったのだろうか?高齢患者全体にマイナスイメージがついてしまうのはよくない風潮である.

■繰り返すが,終末期の高齢患者のうち,年金目当ての延命希望ケースはほんのごく一部に過ぎない.なのにそれをことさらに強調して高齢者延命問題を議論するのは全くの不毛である.誤った結論にいきつくだけであるし,年金目当てではない大部分の高齢患者やその家族には適用できるわけがないからである.

■そしてなぜか,年金目当ての延命希望をした患者家族のツイートだけはハッシュタグで「#大口病院」をつけていた.これではあたかも大口病院で殺された犠牲者が年金目当てで延命されていたかのような書き方になっている.大口病院の話をどうしてもからめたいなら犠牲者目線もいれるべきであろうが,そこへの配慮は皆無としか言いようがない.

■高齢者医療の理想を語るのはいいが,「現場の看護師として実情を訴えたい」のであれば,大局的な話ではなく,患者やその家族一人一人がなぜ延命を選択したかも配慮すべきである.極端例だけを持ち出しても誤解しか生まれない.

2.高齢者延命問題にからむ固定観念

■最近,「患者は高齢だから一律に延命不要」という,高齢者を一括りにしてしまう主張をする医療従事者をSNSや某医療従事者コミュニティで散見する.書き込みを見ると実際に実臨床でそういうプラクティスをされておられるが,これはこれでかなり問題だなと感じている.

■高齢者の終末期延命問題に関しては,既に複数の学会から声明等を出しており,QOL/QOD(生活の質/死の質)や終活といった話が活発化しているし,私自身も高齢者の肺炎について,治療により救命はしうるがQOLが下がることの懸念から安易な延命には慎重になる必要があるとのレビューをいくつか執筆している.

■だが,勘違いしてはいけないのは,これらは「延命はダメ」という話ではないということである.これらの高齢者延命問題に対する方向性は,あくまでもエビデンスや臨床現場や学会意見等をふまえた最大公約数的なものに過ぎず,それがすべてではないし,肝心のエビデンスもまだ非常に脆弱であり,ゴールデンスタンダードと呼べるものがあるような領域ではない.

■なので,高齢であるから延命した場合に何が想定されるかの説明を家族にした上での提案程度ならよいが,「高齢だから治療は一律に無意味」という主義主張は暴論になりかねず,インフォームドコンセントのプロセスもすっ飛ばしてその主義主張を医療従事者が患者家族に対して一方的に強引に押し付けることはあってはならない.個々の患者での対応を考えるべき現場の医師がこれをやっては本末転倒である.

■無論,自分の家族の死を決定してしまうという葛藤から延命を希望されるケースも少なくないし,そういう話をこちらから出した直後は特に多い.だが,その後は家族内での話合い等を経ていくと,その延命希望の理由は詳しく聞けば患者家族ごとに様々であり,それらを無視して医療費問題や年金問題に安易につなげるのはいかがなものかと思う.

■延命はダメだということを前提条件にしていたり,患者や家族が延命を選択した理由の考慮をしていなかったりすると間違った延命バッシングにいきかねないし,そういうバッシングが出てきてしまっているのが事実である.延命問題を議論する上で,医療従事者側の事情だけが先行するのは避けるべきだろう.

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by DrMagicianEARL | 2018-07-13 14:38 | Comments(0)
■この度の西日本の豪雨災害でお亡くなりになられた方々の御冥福をお祈り申し上げます.また,被災された方々の1日でも早い復興をお祈りいたします.

■被災地での医療は通常の状況とはかなり異なり,疫学的状況が大きく変化します.このまとめは2年前の熊本地震の際に作成したものですが,ひきつつ以下に感染制御をはじめとする種々の医療関連マニュアルや各学会からの注意喚起を掲載します.被災地での活用や,今後の災害に備えての参考にしていただければ幸甚です.また,「こんなマニュアルもあるよ」というのがあれば御教授ください.こちらに掲載いたします.
【緊急】「平成28年熊本地震」への対応(日本内科学会)
http://www.naika.or.jp/saigai/kumamoto/
日本薬剤師会熊本地震専用ホームページ
http://www.nichiyaku.or.jp/saigai2016/index.html
大規模自然災害の被災地における感染制御マネージメントの手引き
http://www.kankyokansen.org/other/hisaiti_kansenseigyo.pdf


災害と感染症対策
http://www.kansensho.or.jp/disaster/index.html

やむを得ない場合の抗HIV薬内服中断の方法について(東日本大震災時情報)
http://www.acc.ncgm.go.jp/earthquake/020/110315_001.html

医療資源の限られた状況における敗血症治療の推奨(欧州集中治療医学会:英文,フルテキスト無料)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22349419
災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン
http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2014_shimokawa_h.pdf


循環器系学会からの被災地の皆様への注意とお知らせ~避難所生活の方と車中で避難をされておられる方へ~いわゆるエコノミークラス症候群の予防について
http://www.j-circ.or.jp/topics/20160418_vte.htm
厚生労働省からの周知依頼「平成28 年熊本地震で被災した妊産婦及び乳幼児等に対する支援のポイント」
http://www.jsog.or.jp/news/pdf/20160418_kumamoto.pdf
平成28年熊本・九州地震に伴う「日本糖尿病学会 熊本・九州地震対策本部」の設置について
http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=62
高齢者災害時医療ガイドライン(試作版)第2版
http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/member/kaikai/koku_saigai-guideline.html
日本透析医会災害情報ネットワーク
https://www.saigai-touseki.net/

熊本県透析施設協議会
https://www.saigai-touseki.net/?bid=100
リウマチ性疾患あるいは膠原病患者の内服薬について(東日本大震災時情報)
http://www.ryumachi-jp.com/info/news110314.html
熊本県災害時の栄養管理ガイドライン~市町村における避難所栄養管理のための手引き~
http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_2574.html
災害精神保健医療マニュアル
http://www.ncnp.go.jp/nimh/seijin/H22DisaManu110311.pdf

子どもの心のケアのために(日本小児科医会)
http://jpa.umin.jp/download/kokoro/PTSD.pdf

災害時の発達障害児・者支援エッセンス-発達障害のある人に対応するみなさんへ-
http://www.rehab.go.jp/ddis/%E7%81%BD%E5%AE%B3%E6%99%82%E3%81%AE%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E5%85%90%E3%83%BB%E8%80%85%E6%94%AF%E6%8F%B4%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/?action=common_download_main&upload_id=813
大規模災害リハビリテーション対応マニュアル
http://www.jrat.jp/images/PDF/manual_dsrt.pdf
災害ボランティアの安全衛生対策マニュアル VER4.1
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/volunteer/bousai-volunteer/link/pdf/anzen_manual_ver4.1.pdf

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by DrMagicianEARL | 2018-07-08 20:07
■敗血症においては,質の高いエビデンスではありませんが,初期抗菌薬投与はできるだけ早く,診断から1時間以内に行うこととされ,これが日本版敗血症診療ガイドラインでもSSCGでも推奨されています.実際に抗菌薬投与が遅れるほど死亡率が増加したという観察研究もいくつもあります.しかし,2回目の抗菌薬投与が遅れたらどうなるかということを検討した研究は私の知る限りありません.今回,2回目の抗菌薬投与タイミングの遅延について検討した珍しい研究が報告されましたので御紹介します.

■結果は,その抗菌薬の推奨投与間隔が短いほど2回目の抗菌薬投与の遅延発生率が高く,2回目の抗菌薬投与の遅延は院内死亡,人工呼吸器装着に関連している,というもので,思った以上に影響があるという印象です.ただし,データを見ていただいても分かる通り,遅延時間の中央値が異常に長いです.まるまる1回ぶん投与し忘れてるかのうような遅れ方で,さすがにこの研究を行った病院のシステムに致命的な問題があるのではないかと疑うレベルです.ここまで遅れたらインシデントレポートものじゃないでしょうか?そりゃここまで遅れたら予後にまで影響しますよね・・・
敗血症で救急部門から入院した患者の2回目の抗菌薬投与の遅延:頻度,リスク因子,アウトカム
Leisman D, Huang V, Zhou Q, et al. Delayed Second Dose Antibiotics for Patients Admitted From the Emergency Department With Sepsis: Prevalence, Risk Factors, and Outcomes. Crit Care Med 2017 Mar 21 [Epub ahead of print]
PMID: 28328652

Abstract
【目 的】
1) 敗血症で入院した患者の2回目の抗菌薬投与の遅延の頻度と大きさを検討する;2) 遅延のリスク因子を検出する;3) 探索的検討:遅延と患者アウトカム(2回目投与後の死亡,人工呼吸器装着)の関連性を検討する.

【方 法】
本研究は三次の大学病院の単施設で行った10ヶ月間の連続的敗血症コホートの後ろ向き研究である.敗血症または敗血症性ショック(定義:感染症,SIRS基準2項目以上,低灌流/臓器障害)で救急部門から入院した全患者を前向きに抽出した.18歳未満,救急部門で初期抗菌薬投与を受けていない,2回目の投与前の死亡,患者の抗菌薬拒否は除外とした.我々は初回から2回目までの抗菌薬投与の時間と遅延の頻度を検討した.初回から2回目投与までの時間が推奨されている間隔より25%以上長ければ遅延とした.注目した因子は,患者背景,推奨投与間隔,併存疾患,臨床症状,2回目投与時の場所,初期蘇生治療,抗菌活性機序とした.

【結 果】
敗血症828例のうち,272例(33%)で投与間隔の25%以上の遅延発生があった.遅延発生率は推奨投与間隔が短くなるにつれて依存的に増加していた:24時間間隔で11例(4%)が遅延(中央値18.52時間),12時間間隔で31例(26%)が遅延(中央値10.58時間),8時間間隔で117例(47%)が遅延(中央値9.60時間),6時間間隔で113例(72%)が遅延(中央値9.55時間).多変量回帰では,投与間隔は主要な遅延を有意に予測していた(12時間:OR 6.98, 95%CI 2.33-20.89; 8時間:OR 23.70, 95%CI 8.14-69.11; 6時間 OR 71.95, 95%CI 25.13-206.0).さらなる独立危険因子は,救急部門での入院(OR 2.67, 95%CI 1.74-4.09),最初の3時間の敗血症バンドル遵守(OR 1.57, 95%CI 1.07-2.30),高齢(OR 1.16/10歳, 95%CI 1.01-1.34)であった.探索的多変量解析では,主要な遅延は院内死亡(OR 1.61, 95%CI 1.01-2.57)や人工呼吸器装着(OR 2.44, 95%CI 1.27-4.69)であった.

【結 論】
2回目の抗菌薬投与遅延は,特により半減期の短い薬物治療を受けた救急部門の患者でよく見られた.これらは遵守されるべき初期治療を受けた患者において逆により多い頻度であった.主要な2回目の抗菌薬投与遅延と死亡率増加,入院期間延長,人工呼吸器装着率増加との間に関連が見られた.

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by DrMagicianEARL | 2017-04-12 14:48 | Comments(0)
■2016年6月20日付発売のWedgeに村中璃子氏の記事が掲載された.内容は,HPVV(ヒトパピローマウイルスワクチン,子宮頸がんワクチン)を投与されたマウスに脳障害が出たとする信州大学の池田修一氏らの研究に捏造疑惑,というものである.この不正が事実であれば,HPVVが脳障害を起こすという根拠はなく,日本だけで騒がれているHPVV薬害の根拠が崩壊し,まさに「日本版Wakefield[1]」ともいえるべき事態となる.スポンサーは厚生労働省であるが,今後どう対応をするのであろうか.

■詳細はWedge誌をご覧いただきたいが,この研究の内容は見れば見るほどおかしい.まず,研究デザインの時点で意味不明である.本研究では,NF-κB p50欠損マウスをHPVV(サーバリックスのみでガーダシルは検証せず),インフルエンザワクチン,B型肝炎ワクチン,生理食塩水の4種類の接種に割り付けて比較を行っているが,具体的には以下の方法となっている.
・研究で用いたNF-κB p50欠損マウスは放置していても脳障害を起こすモデル
・実際に用いたマウスは欠損マウスと正常マウスの交雑種
・マウスに投与したワクチンの量はヒトに換算すれば通常のワクチン接種の100倍以上の量
・各群のマウスの数は3-5匹ずつしかいない
■ここまではlimitationの範疇とも言える.たが,実際に行われた研究や解析は以下の通りとのことで,これは許容されるものではない(そもそも3月の発表ではHPVVワクチン接種マウスの脳に障害が生じたとしかとらえられない発表であった).
・発表された解析マウスの写真は,ワクチンを接種したマウスではなく,接種マウスの血清を脳にふりかけられた別のマウスのものであり,マウスが異なる上に血液脳関門(BBB)を無視している
・HPVV群以外のマウスでも脳に障害がでていた(どのマウスも自己抗体があるので当然の結果)
・HPVV群だけ緑色に染色(脳に抗体沈着があることを示す結果)された写真をチョイスし,その他の群では染色されていない写真を池田氏がチョイスした
・解析データはすべて1匹のものである(N=1,すなわちチャンピオンデータ)
■これではHPVV接種が脳障害を起こす根拠などまったく示せていないに等しい.子宮頸がんという人命がかかる疾患,あるいはHPVV副作用,その両方にとって重要な研究であるにもかかわらずこのようなことをやっているとしたらSTAP騒動どころではなく,罪は重い.

[1]DrMagicianEARL. 【文献】ワクチンやそれに含まれるチメロサール,水銀は自閉症と関連しない.メタ解析(Wakefieldの論文捏造の詳細含む) 2014年5月21日 http://drmagician.exblog.jp/22025386/
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by DrMagicianEARL | 2016-06-20 11:52 | Comments(0)
■一昨日(2015年12月12日)の朝方あたりからSNSの方でSTAP細胞の名前があちらこちらで出現し,何事かと思って見に行ったら,「米国での研究でSTAP現象が再現され,小保方氏の主張が正しかった」という旨のブログが拡散されていました.そのせいか多数の人が信じ込んでしまったようですが,結論から言うと,STAP細胞はありません.もうあちらこちらで既に指摘されてるとは思いますが,ここでも記載しておきます.

■まず,該当論文は11月27日に発表された以下のものです.Nature誌に掲載されたという誤情報が流れてますが,NatureではなくScientific Reports誌です.再現性の課題はこれからですが,論文内容自体は興味深いものですので,全文フリーなので是非御一読を.
傷害誘導性骨格筋由来幹細胞様細胞集団の特性
Vojnits K, Pan H, Mu X, et al. Characterization of an Injury Induced Population of Muscle-Derived Stem Cell-Like Cells. Sci Rep. 2015 Nov 27;5:17355
PMID: 26611864
http://www.nature.com/articles/srep17355
■簡単に内容を述べると,「マウスの骨格筋傷害モデル(ひっかいた)を作成したところ,その骨格筋から新しい幹細胞の集団を発見し,この幹細胞(筋細胞由来幹細胞iMuSCs)は部分的に初期化され,多分化能を示した.」というものです.これまで炎症による臓器傷害では傷害部位からのシグナルにより骨髄等から間葉系幹細胞様の細胞が誘導され組織修復されているのではないかという仮説が検討されており(これがMuse細胞ではないかという説もある),このiMuSCsは筋由来なんだろうか?という疑問もあります.傷害された細胞が幹細胞化したわけでもないということでちょっとまだ不明瞭な研究です.これから再現性の実験がなされていくのでしょう(骨格筋をどうやって傷つけたのかが争点になりそうな予感も).もっとも掲載誌がScientific Reportsという点があれなんですが・・・(御存知の方も多いと思いますが,査読が緩く,かつお金を払ってオープンアクセスで掲載する雑誌です).

■今回の騒動は,このiMuSCsの研究内容を見た「小保方晴子さんへの不正な報道を追及する有志の会」のブログがこの研究をバイアスをかけて紹介したのがきっかけです.そしてこの紹介をアフィリエイト系のブログが「STAP細胞は存在した」という内容を流布したことでSNS上で「小保方氏の発見は真実だった」と拡散されていったわけです.小保方らの研究で用いたプロトコルで再現したわけでもないのにSTAP細胞が存在しただの小保方氏が正しかっただのと結びつけるのは無理があります.

■まず,論文を見れば一目瞭然ですが,iMuSCsはSTAP細胞とは全く別物です.刺激による万能細胞化は,確かにSTAP現象が指し示すものではありますが,STAPよりも以前から知られているもので,植物ではよく観察され,一部の動物でも生じています.これが哺乳類でも起こるのだろうかという検討はずっとなされてきたことです.その上で,ガラスの細管と弱酸性溶液を使うという処理によってできるのがSTAP細胞ということになります.小保方氏をはじめとするSTAP研究グループが行ったのは仮説に基づいた捏造だったことで既に決着がついています.iMuSCsは全く異なる手法,異なる細胞から作られたものです.これを「STAP細胞は存在した」とするのは的外れですし,iMuSCsの研究者にも失礼です.最初に刺激による体細胞の万能化を示した研究グループの功績になるのであって,不正捏造によって作られ再現性も得られなかったSTAP細胞が認められるものではありません.よって,このiMuSCsの論文は,以前から検討されていた「哺乳類の細胞において刺激により多分化能を獲得しうる」という仮説が示されたということであり(ただし繰り返しますが再現性の検証はこれからです),STAP細胞が存在することを示したものではありません.

■なお,iMuSCsの論文の中では小保方氏の過去の論文の引用がありますが,その引用された論文はNature誌に掲載されたあのSTAP論文ではなく,2011年にTissue Eng Part A誌に掲載された論文であり,この小保方氏の論文を含めた7つの研究論文(ようするに小保方氏以外のグループも研究していたわけです)を考察で提示した上で「しかし,どの研究も多能性幹細胞が分化した身体組織から発生する可能性を証明していない」と記述しています.なのでこの研究者もSTAP細胞は認めていません.

■今後も体細胞に刺激を加えて初期化・多能性幹細胞を作成した研究が発表されるたびに「STAPは存在した」なんて言うのはやめましょう.科学研究への冒涜ですし日本の恥を発信してるようなもんです.
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by DrMagicianEARL | 2015-12-14 16:29 | Comments(0)
■この件はこのブログで触れる予定ではなかったのですが,インターネット上のとある場所に書き込みがあり,思うところがあって記事を書きました.

■東日本大震災に伴う福島第一原発事故においてはインターネット上で様々な情報が飛び交っているのは御承知の通りで,その中にはデマが多数混じっていること,これらのデマに便乗して活動している学者がいることも事実です.その上で,とりわけ注目されている小児の甲状腺の問題はこの4年間で多数のデータ報告が出てきました.放射能の影響がどの程度あるのか,今後も見ていく必要がありますが,少なくともデータを客観的かつ公平にバイアスなく解析・考察する必要性がでてきます.

■そのような中,先日,岡山大学の津田敏秀先生の論文がEpidemiology誌にpublishされました.甲状腺癌の推移のモニタリングは今後も必要であり,データを解析しようとした津田先生の姿勢は,内容の妥当性は別にすれば評価されるべきではあると思います.疫学調査とその解析は誰かがやらねばなりません.
Tsuda T, Tokinobu A, Yamamoto E, et al. Thyroid Cancer Detection by Ultrasound Among Residents Ages 18 Years and Younger in Fukushima, Japan: 2011 to 2014. Epidemiology 2015 Oct 5 [Epub ahead of print]

■この論文を見ると,まずethicsに関する記載がありませんのでこの時点で論外で,「はたして倫理委員会をちゃんと通して論文を書いたのだろうか?」という疑問があります(Epideiology誌では記載が求められるはずですが査読でなぜひっかからなかったんでしょうね?).そこは置いといて,中身を見ると,年齢調整がなされていない,放射線量がより低い会津地方をベースにしていない,多重比較になってしまっている等いろいろな統計解析上の問題が見えます.どんな論文にもなんらかの瑕疵があるとはいえちょっとこの解析はさすがにないんじゃないでしょうか.

■external comparisonにおいては国立がんセンターのデータを震災前のデータとして比較を行っており,結果は「甲状腺癌が震災前データの30倍」というもので,この数字がネットで多数流れています.この程度ならスクリーニング検査バイアスの可能性が高いと思われます.しかしなぜか津田先生は「30倍という数字はスクリーニングバイアスや誤差では説明できない」と述べておられ,その一方でなぜそう言えるのかについて根拠を示していません.この津田先生の比較のやり方を用いれば,平成24年から行われた甲状腺結節性疾患追跡調査事業結果と比較すると,青森県・山梨県・長崎県でも甲状腺癌発症率は70倍近くになってしまいます(極端な比較ではありますが).また,昨年のthe New England Journal of Medicineで,甲状腺癌のスクリーニング検査を行うだけで30倍程度は簡単にいってしまうことが報告されています.これらから考えてもなぜあのような考察の表現になるのかおおいに疑問です.

■そもそも,この論文では甲状腺癌の潜伏期間を4年と仮定しており,この仮定を置いてしまうと論文が成り立たなくなります.本論文の最大のトリックだと思われますが,本研究の計算方法であれば,潜伏期間を短く設定すればするほど国立がんセンターの年間罹患率よりいくらでも大きな「〇〇倍」という数字が出せてしまいます.そして,潜伏期間を4年と仮定した根拠が「福島第一原発事故からと仮定した」であり,これでは福島第一原発事故以外が要因のケースもすべて4年としてしまうということになり,論法がここで崩壊します.ようするに,「Aが生じたことでBが生じたかどうか検討する」おいう因果関係に言及する研究において,「Aが原因でBが生じたという仮定の設定下での解析」を津田氏は行っていることになります.完全に循環論法というか,結論ありきの自分の主張バイアスがかかってしまっていて,これでは滅茶苦茶です.

■この論文データから結論を得ることはできません.統計解析手法の不備を無視したとしても,多いとも多くないとも言えないはずの結果です.しかし,この論文の考察や結論は甲状腺癌増加ありきのかなりバイアスがかかった表現になっています.まあここまでは,ニュース等で震災後の津田先生の発言や考えを知っていれば想定の範囲内とも言えますし,私も「ああまたか」程度に思っていましたが・・・.
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by DrMagicianEARL | 2015-10-14 16:59 | Comments(0)
※宣伝で申し訳ありません

8月より日経メディカルの看護師向けサイト「日経Aナーシング」に連載を月2回ペースで執筆しております.看護ケアを行う上で,現場にありがちな勘違いや落とし穴など,ベッドサイドですぐに活かせるエビデンスをまとめて発信していきます.日々のケアの見直しや新たな取り組みに活かしていただければ幸甚です.
日経Aナーシング
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/anursing/fuke/201509/543886.html
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by DrMagicianEARL | 2015-09-29 13:09 | Comments(0)
※今回はエビデンスレビューではありません

■今年の春より新しい糖尿病治療薬であるSGLT-2(sodium-dependent glucose transporter 2:ナトリウム/グルコース共輸送体2)阻害薬が各メーカーから続々と発売されている.具体的にはイプラグリフロジン(スーグラ®),ダパグリフロジン(フォシーガ®),ルセオグリフロジン(ルセフィ®),トホグリフロジン(デベルザ®,アプルウェイ®),カナグリフロジン(カナグル®),エンパグリフロジンである.SGLT-2は尿細管において,ろ過された原尿に含まれているブドウ糖をナトリウムと共に尿細管細胞内に再吸収することでブドウ糖の過剰は排泄を防止する作用がある.SGLT-2阻害薬はこの機序を阻害することで「尿から糖をだす」薬剤である.

■基本的に「新薬」とは非常にいい響きで魅力的であり,製薬メーカーの宣伝も力が入り,そこに飛びつく医師もいるだろう.この新薬をどう扱うかは医師の裁量に任されることになる.①新薬なのでしばらく処方せず市販後の様子を見てから判断する医師,②いろいろ調べて患者を限定してしっかり観察しながら処方する医師,③とりあえず使ってみようという医師などさまざまである.私自身は②のスタンスをとることが多い.

■これまで分かっていることとして,他の経口血糖降下薬との併用試験があるものの,3種類以上の併用試験は存在しない,(ダパグリフロジンのデータでは)ビグアナイド系との併用で有害事象が最も多くその有害事象はほとんどが低血糖ではない(詳細が公開されていないが高乳酸血症と推察される),尿量が増えるため脱水リスクが生じうる,尿路感染・膣感染が生じうる,肥満患者で特に有効などがある.これらの情報から血糖コントロールのみならず,ADL,尿路感染既往,自己衛生,コンプライアンス,併用薬,その他様々な因子を考えなければならず,これらを考慮すれば投与対象となりうる患者はかなり限られるはずであり,他の経口糖尿病治療薬のエビデンス蓄積や薬価での優先順位も考慮すればそう簡単には見つからないだろう.実際,私自身は②のスタンスでSGLT-2阻害薬を処方を検討しているが,いまだに1例も処方対象となる患者が見つからない.

■しかし,臨床試験を経て発売開始となったSGLT-2阻害薬処方例において,わずか半年で7例(因果関係不明の2例を含む)もの死亡例がでている.市販後調査での有害事象や死亡例の一覧を見たが,複数の糖尿病治療薬との併用例やコンプライアンスが悪い患者がずらりとならび,死亡例には脱水要素がある患者が目立った.また,SGLT-2阻害薬の研究会やWebセミナーをいくつか聴講したことがあるが,いずれにおいても質疑応答で「このような処方をしているがどうか?」「こんな症例にこういう使い方をしているがどうだろう?」という質問が多く,その大半が到底適切とは考えられない処方のやり方で驚いた.これは濫用に他ならない.これでは有害事象は後をたたないであろう.

■臨床試験においては厳格な登録基準,除外基準,プロトコルが組まれて行われる.よって臨床試験の結果のみならず方法も非常に重要となる.一方,市販後は医師がこれらを理解していない限りは臨床試験と乖離した結果となることがしばしばあり,近年の肺癌でのイレッサ訴訟はそれを反映したものである.現実的には適正使用できない医師も非常に多いことは様々な薬剤で経験されていることであり,ことSGLT-2阻害薬ですでにこれだけの死亡例が出たのであれば,薬剤メーカーは宣伝の自粛をするとともに,学会はいったんSGLT-2阻害薬の処方権限を専門医に限定するなりe-learningを義務付けるなり何らかの対処をすべきであろう.現時点ではこの薬剤はプロ仕様の薬剤ととらえるべきである.
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by DrMagicianEARL | 2014-11-19 16:40 | Comments(0)
Summary
・パルスオキシメータ普及により,臨床現場においてバイタルサイン計測の際,呼吸数は計測されないことが多い実態がある.SpO2は呼吸数の代替指標にはならず,急性変化においては呼吸数がより早期に鋭敏に反応するが,急変前のバイタルサインでは呼吸数計測が最も欠落しやすい.このため,呼吸数の生理学的意義の教育が急務である.
・SpO2のみで呼吸状態を評価せず,モニターではなく患者から直接呼吸数を計測すべきである.
・高酸素血症はCO2ナルコーシス,活性酸素による肺傷害,吸収性無気肺などの有害事象リスクがある.重症患者において高酸素血症は死亡リスクが増加する報告が多数あり,低酸素血症よりも死亡率が高まる報告も複数ある.
・酸素投与患者においては「SpO2 100%=PaO2 100mmHg」ではない.SpO2 98%でPaO2 100mmHgに相当し,SpO2 98-100%のときはPaO2 100-500mmHgまでの幅をとりうる.このためSpO2≧98%のときは高酸素血症が生じている可能性が高く,少なくとも97%以下に制限すべきであるとされる.
・人工呼吸器患者での至適SpO2目標値のエビデンスは乏しいが,近年の研究から,90-92%での管理が今後推奨される可能性がある.
・COPD急性増悪患者においてはSpO2 88-92%での管理が望ましい.
・終末期患者の緩和ケアにおいて,SpO2が正常でありながら呼吸困難を訴えることは多いが,このような患者において酸素投与は室内気吸入と比較して症状緩和効果は変わらない.しかし,患者の呼吸困難症状自体は軽減されており,酸素投与は考慮してもよい選択肢である.
・終末期患者においてはSpO2目標値を定めるよりも快適さを重視すべきである.
・終末期患者においては病態を考慮した上でNPPVの使用も検討してもよい.

■血中酸素濃度を計測する上でパルスオキシメータは非常に便利である.パルスオキシメータは日本光電工業の青柳卓雄氏が発明し[1],1977年に旧ミノルタ社(現在のコニカミノルタ)が初号機MET-1471を発売している.それまで血中酸素濃度は呼吸数,唇の色,採取検体や術中出血の血液の色でしかその場では判断できなかった中,パルスオキシメータによって定量評価が可能となったことは画期的であった.Severinghaus氏[2]は2007年のAnesthsia and Analgesia誌において 「青柳氏の開発したパルスオキシメータは,ノイズを有益な情報に転換する天才の発想」と評している.1990年代に入るとパルスオキシメータは大幅に小型化し,今では医療において様々な場で用いられている.その便利さの一方で,パルスオキシメータが普及したことにより生じている問題点がある.

1.SpO2を計測すれば呼吸数が不要になるわけではない
症例1.不明熱精査で入院した85歳の認知症男性(意思疎通不可).
「頻呼吸になっているが,SpO2は96%あるから大丈夫だろう.」

→30分後にショック状態となり,SpO2は83%まで低下
→頻呼吸は腸腰菌膿瘍による敗血症の徴候だった

症例2.肺炎で入院した72歳男性.夜間就寝中.
「SpO2が91%と低めだから酸素を増量しよう.」

→SpO2は95%を維持していたが,10分後に呼吸停止の状態で発見される.実は巡回時は呼吸数が10回/分しかなく,CO2ナルコーシスによる呼吸抑制だった.

■SpO2は呼吸数の代償パラメータとはならない.血中酸素濃度が低下傾向になると生体は呼吸数を増加させて酸素取り込みを増大させ,血中酸素濃度を維持しようとする.すなわち,SpO2は呼吸数で代償しきれなくなったときに低下が始まるため,呼吸数の反応よりも遅れることになる.このため,呼吸数は鋭敏なマーカーとして非常に重視されており,たとえば敗血症の診断基準に用いられてきたSIRS基準[3],肺炎重症度CURB-65[4]などで,項目の中にSpO2やPaO2ではなく呼吸数が含まれている.

■パルスオキシメータの普及によりバイタルサイン計測の際に呼吸数が測られていないことは,よく経験される.Chenら[5]は,急変が起こる前のバイタルサイン記録で特に呼吸数の記載が欠落していることを指摘している.また,Cretikosら[6]は「呼吸数:無視されたバイタルサイン」,Hoganら[7]は「なぜ看護師は患者の呼吸数をモニターしないのか」というタイトルのレビューを報告している.バイタルサインの生理学的意味の教育を行うとともに,測定方法,呼吸数評価の上での意思決定などを医療スタッフに指導していく必要がある.

■心電図モニターに呼吸数が表示されるが,胸郭の動きで見ているもので正確にでないことも多い.また,人工呼吸器のモニターの呼吸数も,患者のトリガーが拾えていない場合は過小評価になり頻呼吸を見逃すリスクが生じる.呼吸数評価は必ず患者から直接計測すべきである.なお,近年,正確に呼吸数を計測できる機器であるBioHarnessが開発された[8]が,なかなか普及には至らないであろう.

■呼吸数増加が意味するものは,①代謝性アシドーシスに対する呼吸代償,②組織酸素需要量の増大,③交感神経興奮状態(心因性の過喚起症候群を含む)である.一方,呼吸数の低下が意味するものは呼吸中枢の抑制(麻薬・鎮静薬,CO2ナルコーシス,中枢神経障害)である.

2.酸素投与患者のSpO2≧98%は安全ではない
症例3.呼吸困難で救急搬送された80歳女性.来院時血液ガス分析ではCO2蓄積なし.急性心不全の診断でNPPVを装着,CPAP modeでFiO2 100%で開始し,SpO2 99%を維持

→30分後にCO2ナルコーシスによる呼吸抑制でSpO2が大きく低下.血液ガス分析を行うと,PaO2 205mmHg,PaCO2 64mmHgであった.
※人工呼吸管理を要する急性心不全患者の30%はCOPDを基礎疾患に持っている

症例4.尿路感染症による敗血症性ショックと呼吸不全で挿管人工呼吸管理(PEEP 5cmH2O)となった64歳女性.SpO2が急激に低下したため,FiO2を50%から100%に増量

→SpO2がさらに低下
→PEEPを15cmH2Oに変更するとSpO2改善.
■モニター機器はSpO2が低値ではアラームが鳴るが,SpO2高値ではアラームは鳴らない.つまり,モニターは高酸素血症を教えてはくれないのである.低酸素血症の危険性は多くの医療従事者が認識している一方で,高酸素血症の危険性はCO2ナルコーシス以外ではあまり認知されていないと思われる.

■CO2ナルコーシスは特にCOPD病態で生じやすい.COPD患者は必ずしもCT画像所見上肺気腫を呈しているとは限らない.また,肺の加齢性変化によってもCO2が蓄積しやすくなることは知っておく必要がある.よって,このような患者では特に過剰酸素を回避しなければならない.

■酸素毒性についてはKalletら[9]が2013年のRespiratory Care誌に非常によくまとまったレビューをだしている.これによると,空気中の酸素濃度(21%)を超えると活性酸素が増加し,細胞傷害に関連する.高濃度酸素により肺細胞傷害が生じ,ARDSの原因となると同時に,喀痰クリアランスが低下し,免疫細胞の殺菌力が障害され,肺炎の原因となる.高酸素性肺傷害はPaO2 450mmHg以上,またはFiO2>0.6で特に生じやすい.

■また,肺胞に必要以上の高濃度の酸素が投与されると,肺胞内酸素が急激に吸収されることで肺胞が虚脱したり,肺サーファクタントの減少が生じることによる気道閉塞が起こりやすくなり,吸収性無気肺が生じて,酸素濃度が低下する[9,10].このような肺胞虚脱はずり応力(shear stress)[11]による肺傷害(atelectrauma)から炎症を惹起してARDS悪化の要因となる[12].このため,人工呼吸管理で高濃度酸素が必要な状態では同時に高いPEEPが必要となる[13]

■他にも,急性心筋梗塞に対する酸素投与による高酸素血症は冠動脈血流量を7.9-28.9% 有意に減少させるとする報告もある[14]

■高酸素血症が実際に臨床アウトカムにどの程度影響を与えるかについては,近年,死亡率を増加させるという報告が重症患者,特に心筋梗塞,心肺蘇生後,脳外傷の患者においていくつも報告があり,そのうちのいくつかは低酸素血症よりも予後が悪いことを報告している[15-21].これらのことからも,高酸素血症はできる限り回避すべきである.

■では,高酸素血症はSpO2ではどの程度か.以下はSpO2とPaO2の関係を表す酸素解離曲線である.
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■教科書の中には,SpO2 100%=PaO2 100mmHgであるかのようなグラフを掲載しているものもあるが,これは大間違いであり注意されたい.実際の酸素解離曲線はSpO2 98%程度でPaO2 100mmHgとなり,酸素投与患者におけるSpO2 98-100%はPaO2では100-500mmHgほどの幅がある.よって,SpO2が98%程度以上であれば,投与酸素量は積極的に下げていくべきである.
※看護指示で酸素投与量を「SpO2>97%維持」といった書き方は避けるべきである.
※原則として酸素投与下でSpO2 100%が許容されるのは緊急挿管時のみである.


3.酸素投与患者・人工呼吸器患者・COPD患者での目標SpO2は?

■前述の通り,高酸素血症を避ける上でも目安としてSpO2上限は少なくとも97%以下にとどめておくべきであり,98%以上であれば酸素投与量を下げるべきである.

■人工呼吸器患者においては,より低いSpO2での管理でよいと考えられているが,明確なコントロール域の検討はなされていない[22].実臨床ではSpO2>98%の時間が長い患者が多いなど,過剰な酸素投与が頻繁に行われている実態も観察研究として報告されている[23,24].近年のSuzukiら[25]の予備前後比較研究では90-92%での管理でも問題はなかったと報告されており,また,ICUスタッフへのアンケート[26]では90-92%での管理プロトコルは容易であったとの回答が9割以上であった.この管理域がbestであるかについて今後予備RCTが組まれる予定である.

■COPD患者においては酸素投与でCO2ナルコーシスが生じるリスクがある.しかし,臨床現場では「COPDだから一定以上の酸素量を投与してはならない」という誤解がよくあり,中には看護指示で「酸素は最大5L/分まで.改善なければドクターコール」としている医師もみかける.しかし,COPD患者では血中酸素濃度が上昇しすぎることが問題であり,呼吸不全に陥っている場合は酸素投与を躊躇してはならず,酸素投与量よりもSpO2を見て判断すべきである.

■Austinら[27]は,COPD急性増悪患者の救急搬送時にSpO2 88-92%管理群と酸素8-10L/分投与群を比較した405例RCTを行い,SpO2管理群の方が死亡率が有意に低かった(2% vs 9%; RR 0.42; 95%CI 0.20-0.89; p=0.02).Plantら[28]は,COPD急性増悪患者でPaO2>75mmHgの患者の多くが呼吸性アシドーシスを示しており,低酸素血症と呼吸性アシドーシスを回避するためにはSpO2を92%以下にコントロールすべきとしている.GOLDのガイドライン[29]においても,COPD急性増悪に対してはSpO2 88-92%を推奨している.

4.終末期患者の呼吸困難の緩和ケアにおけるSpO2と酸素投与

■緩和ケアを受ける終末期患者において,低酸素を呈する器質的病変がなく,SpO2が正常範囲であるにもかかわらず呼吸困難症状を訴えることは多く,SpO2と患者の呼吸症状が乖離することはしばしば経験される.当然ながらSpO2が正常という理由をもって何もしないのは論外である.

■このような患者における主な治療選択はオピオイドということになるが,酸素はどうすべきか.低酸素血症のない患者において酸素投与は高酸素血症を招くため有害となりうることは前述の通りであるが,このような患者においては酸素投与はすべきであろうか.一般的には癌患者の疼痛管理でプラセボは使うべきではないとされるが,呼吸困難症状に対しては明らかではなく,酸素投与で安心する患者がいることも事実である.また,終末期患者において求めるべきアウトカムは生命予後とは限らないことも考慮しなければならない.

■終末期患者において呼吸困難に対する緩和ケアは癌患者での報告がほとんどである(ただし,ICU多臓器不全患者,肺線維症,慢性心不全,COPD,肝硬変などの終末期患者においても推奨されるべきエビデンスと思われる).低酸素血症のない癌患者における酸素投与を検討した研究は複数のRCT[30-33]とシステマティックレビュー[34,35]があるが,これらでは酸素投与は呼吸困難症状を緩和しないと報告している.Abernethyら[33]のRCTは最も多いN数を有し,かつ最も新しい研究である.この研究は豪州,米国,英国の9施設で,余命いくばくもなく,死前期呼吸困難がみられ,PaO2が7.3kPa(≒54mmHg)以上の患者239例において,鼻カニューレでの酸素投与群120例と室内気投与群119例を比較している.呼吸困難改善度は両群間で有意差がなく,終末期の呼吸困難患者において,鼻カニューレでの酸素投与は何ら患者に症状緩和の利益をもたらさないと結論づけている.

■ただし,各群での呼吸困難症状改善度はいずれも施行によって有意な改善を得ており,全く何もしないよりは鼻カヌラをつけて室内気を流すだけでも効果は得られるとも考えられる(プラセボ効果ではあるが).室内気で流せないのであれば0.5L等の少量投与も検討してもよいかもしれず,最終的には個々の患者でその効果を評価しながら決定すべきであろう.基本原則として,このような終末期患者においてはSpO2の目標値を定めるよりも患者の快適性を求めるべきである[36]

■また,癌終末期患者の呼吸困難症状では,肺の状態(たとえば癌性リンパ管症)によってはNPPVが有効であるとの報告もあり[37,38],米国では推奨されている.ただし,このような患者がCO2ナルコーシスを呈していた場合にも使用すべきかについてはいまだ不明である[39](CO2ナルコーシス患者が呼吸困難による苦痛を感じているかは不明確である).

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by DrMagicianEARL | 2014-08-05 20:43 | Comments(0)
■2014年7月29日の日経メディカルにこのような記事がでていた.プライマリケアの現場における経験ならではの考え方なのかもしれないが,特に症例集積での検討も提示されているわけではなく,正直な話この処方を参考にされるのはさすがに避けていただきたいと思いここにとりあげた.日経メディカルも,専門家による査読があるわけではないので難しい部分はあるだろうが,せめてガイドラインや薬剤添付文書を確認した上で記事掲載を考えていただきたいものである.
COPDの増悪を防ぐ“かぜ薬セット”
生命を脅かす急性増悪 ステロイドで早く炎症抑える

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201407/537531.html
■ここでとりあげられている症例は69歳のヘビースモーカーでⅢ度のCOPD患者,定期処方薬はアドエア®,スピリーバ®レスピマット,クラリス®(長期低用量マクロライド療法),サルタノールインヘラー®(頓用)である.COPDでは去痰薬が有効であるとしてガイドライン上推奨されているのであるが,定期処方されてはいないようである.ただ,実際の喀痰の評価が書かれていないため必要性の推定は困難ではある.

■それよりも気になるのが増悪時の処方である.
「プレドニン®5mg 6錠分3,PL顆粒® 3g分3,テオドール®100mg 3錠分3,フスコデ配合錠® 9錠分3,クラビット®500mg 1錠」

■プレドニン®の処方は妥当であるが,問題はそれ以外の処方である.簡単に言うと,COPD急性増悪病態への有効性が疑問であるばかりか有害事象リスク,薬物相互作用のオンパレードである.理由を以下に述べる.

■PL顆粒®はいわゆる風邪薬であり,はたしてそもそも風邪に有効なのかは疑わしい部分もあるが,これが仮に風邪に有効であったとしても本症例では使用すべきではない.本患者は抗コリン薬であるスピリーバを使用しており,PLと併用すると抗コリン薬の作用が増強され,副作用リスクが高まる.本患者で心疾患の評価がなされたかは不明であるが,死亡率上昇が指摘[1-3]されたスピリーバ®レスピマットは心血管リスクを有する患者においてはまだ安全とは言い難い状態にあり(TIOSPIR study[4]は心血管リスクを有さない患者も含まれているため評価できない),抗コリン薬の作用を増強するような薬剤は避けるべきである.なお,ガイドラインにはPLの記載はどこにもない.

■テオドール®などのいわゆるメチルキサンチンは,入院率,入院期間,自覚症状を改善させる結果は得られず,有効域と有害域が近いため嘔気,嘔吐の副作用も多く[5],COPD急性増悪においては日本呼吸器学会[6],GOLD[7],NICE[8],ATS/ERS[9],豪州[10],カナダ[11]のすべてのガイドラインで第一選択で推奨はされていない.有害性を考慮すれば,使用するとすれば他の気管支拡張薬に対する効果が乏しいときのみ静注で使用とされており,基本的には使用すべきでないという意見の方が多いようである[12].また,本患者では普段からテオドールを使用しておらず,急性増悪時に有効性を得ようとするならば静注によるローディングが必要となるため,テオドール®100mgの3錠分3の内服に効果があるのかは疑問である.さらに,本患者はマクロライド系抗菌薬のクラリス®を定期内服しており,おまけにニューキノロン系抗菌薬クラビット®も処方されている.これらの抗菌薬併用によりテオドールの血中濃度が予期せぬレベルに上がるリスクもあり,クラビット®の痙攣リスクも上昇する.以上から本患者においてはテオドール®を使用するメリットが少ないばかりか有害性が上回るリスクをはらんでいる.

■フスコデ®は鎮咳去痰配合剤であり,ジヒドロコデインリン酸塩を含む.COPD患者に対してはRCTで効果が既に否定されている.併用により抗コリン薬スピリーバ®の血中濃度が上昇するリスクがあり,また,COPD急性増悪に鎮静・呼吸抑制作用を有する薬剤は避けるべきであろう.急性増悪にルーティンで本剤を処方する必要性は疑問である(なお気管支喘息発作に対しては禁忌である).

■クラビット®も本患者においては推奨できない.本患者はCOPDであり,気道クリアランスが低下しているため,下気道に菌が定着しやすく[13],結核発生リスクが2.5-24.9倍[14,15]まで増加することが報告されている.加えて吸入ステロイド(アドエア®に含まれる)を定期吸入しており,Dongら[16]の25報22898例のメタ解析ではCOPD患者のステロイド吸入により結核のリスクが2.29倍増加することが報告されている.

■クラビット®をはじめとするキノロン系抗菌薬は結核菌に対する抗菌活性を有しており,肺結核ではキノロン投与により3日前後で65.8-83%で臨床症状が軽快してしまい[17,18],その後耐性化して再増悪する.結核診断前のキノロン暴露では上記一時的症状改善のみならず喀痰中結核検査の陽性率が73%低下する[19]などで診断が遅れ,最終的に結核治療開始は入院から21-34日後まで遅れる[17,20](キノロン非曝露群では入院から平均で5日後に治療が開始される).結核菌の分裂増殖は遅く,最適環境下でも10-15時間に1回程度である.しかし,この速度で増殖しても19日後には10^9個という致死的菌量に達しうる.治療開始がもし21-34日間遅れればどうなるかは想像するにたやすく,実際に結核診断前のキノロン曝露により死亡リスクは1.8-6.9倍に増加すると報告されている[17,21]

■なお,結核は胸部X線,ときにはCT撮影であっても除外できない.「上肺野の空洞陰影を伴う肺炎像」という教科書的な典型的像をとらないこともしばしばあるからであり,呼吸器内科医といえども画像だけでは判断に迷うことも多い.肺結核において上肺野に病変を認めるのは,免疫正常者では68.1%であり,免疫不全者に至っては38.4%に過ぎない[22]

※プライマリケアの場において結核を考慮せずに安易なキノロン系抗菌薬投与が行われた結果,再増悪して入院し,喀痰からの検出が遅れ,最終的に死亡に至る症例を経験した医師は少なくないだろう.同時に院内感染対策上も非常に問題となる.一般的にキノロン系抗菌薬が呼吸器感染症で第一選択として使用する必要性はむしろ低く,増悪時に患者に服用させるためにあらかじめ持たせておくという方法は決して行うべきではない.

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by DrMagicianEARL | 2014-07-29 21:53 | Comments(0)

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